抄録
日本海側に比べて寡雪のため更新が不順とされる太平洋側のブナでも, 積雪が残る寒い地域であり, シカの影響が弱ければブナの更新は比較的順調と考えられる。そこで本研究は, 太平洋側におけるブナの更新を左右する要因の解明を目的とした。全国の太平洋側ブナ個体群における1 ha以上の面積での毎木調査データ (25箇所) を用いて, GLMMの総当り法を用いて最適モデルを選出した。解析の結果, 太平洋側のブナ幼木 (DBH<10 cm) 密度は, 最寒月平均気温と過去 (1979年) のシカ分布の有無の2変数で説明したモデルが最適モデルと判断された。当時シカがいなかった調査地では寒冷な場所ほどブナ幼木密度は高くなるのに対し, シカがいた調査地では寒冷地でも幼木密度は低かった。また温暖な調査地では過去のシカ分布によらず, 幼木密度は非常に低かった。ブナ幼木密度に対する気温変数の相関は, 夏季より冬季で高く, 降水量と最深積雪深, 親木 (>30 cm) 密度, シカ頭数密度では有意な相関はなかった。本研究から太平洋側ブナ個体群の更新は, 冬期の気温が低い場所で順調であるが, シカによってこの関係が一部で乱されていることが解明された。