2014 Volume 47 Issue 9 Pages 538-544
悪性線維性組織球腫(malignant fibrous histiocytoma;以下,MFHと略記)は四肢軟部組織に好発する腫瘍であり,骨や軟部組織に転移・再発することが多く,消化管に転移することはまれである.今回,我々は上行結腸に転移し,腸重積症を呈したMFHの1例を経験したので報告する.症例は68歳の男性で,左胸壁のMFHに対し腫瘍切除術施行7か月後に胸椎転移を来し,除圧固定術を施行した.その2か月後に右下腹部痛を主訴に来院し,CTにて上行結腸の軟部腫瘤による腸重積を確認した.回盲部切除術を施行し,上行結腸腫瘍が病理組織学的検査より,MFHの転移であると診断した.現在回盲部切除術後53か月経過したが,腹腔内に再発は認めず,肺転移は出現しているが,骨転移は著変なく経過している.
悪性線維性組織球腫(malignant fibrous histiocytoma;以下,MFHと略記)は四肢軟部組織に好発する肉腫で1),成人軟部組織原発の悪性腫瘍のなかでは最も頻度が高く,予後不良な疾患である.通常,骨や軟部組織に転移・再発することが多く1)2),消化管に転移することはまれであり,自覚症状に乏しいため,進行してから診断されることが多い.今回,我々は上行結腸に転移し,腸重積症の状態で発見されたMFHの1例を経験したので報告する.
患者:68歳,男性
主訴:右下腹部痛
既往歴:30歳時,胃潰瘍に対し幽門側胃切除術を施行.
家族歴:特記すべきことなし.
現病歴:2007年10月,当院整形外科にて左腋窩から側胸部に及ぶ胸壁腫瘍に対し腫瘍切除術を施行した.他部位には画像検索上,腫瘍性病変は認めなかった.病理組織学的検査所見上,多量の粘液状基質を背景に紡錘形・類円形異型細胞が疎に増殖する粘液様肉腫の像とともに,異型紡錘形細胞が花むしろ状パターンを呈して密に増殖する像が混在する肉腫で,異型多核巨細胞を伴った多形性が目立つ部も認められた(Fig. 1).免疫組織化学にて特定の分化傾向は認められず,MFHと診断した.切除断端に放射線照射(計60 Gy)を施行した.2008年5月,背部痛,および下肢の筋力低下を自覚し,脊椎MRIにて第5胸椎転移と診断し,胸椎除圧固定術,放射線照射(計45.2 Gy),および化学療法(doxorubicin+ifosfamide)を施行した.2008年7月より右下腹部痛出現,腹部CTにて上行結腸の壁肥厚を認め当科依頼となった.

Pathological findings of primary tumor of the chest wall: Spindle- or round-shaped atypical cells sparsely proliferated in the background of thick mucus-like substrate, forming myxoid sarcoma. Tumor cells arranged in a storiform pattern (A), and the pleomorphic findings contained bizarre giant cells (B).
入院時現症:身長163 cm,体重54 kg,発熱,貧血を認めなかった.圧痛は認めず,腹部に腫瘤を触知しなかった.
入院時血液検査所見:Hb 11.9 g/dl,Ht 34.8%と軽度の貧血の所見を認めた.その他,血液生化学検査に異常所見は認めず,血清のCEAは7.6 ng/mlと上昇していたが,CA19-9は正常範囲内であった.
腹部造影CT所見:上行結腸内に径3 cm大の腫瘍が先進部となり(Fig. 2A),右側結腸にtarget signを呈する腸重積の所見を認めた(Fig. 2B).腹水貯留は軽度認めるものの,リンパ節転移や肝転移,および腹膜播種は認めなかった.

Abdominal enhanced CT scan shows a large mass with soft-tissue density (A) with a target sign (B) in the ascending colon. Intussusception was observed in the right colon. There was no evidence of metastasis in the lymph node, liver, or peritoneal cavity.
下部消化管内視鏡検査所見:上行結腸に表面平滑かつ境界明瞭な径3 cm大の1型の腫瘍を認めた.腫瘍表面は白苔で覆われ,腫瘍により内腔はほぼ閉塞している状態であった(Fig. 3).生検を施行したが,necrotic tissueの診断で確定診断は困難であった.

Endoscopic findings of the ascending colon. A solid tumor measuring 3 cm in diameter was observed. The lumen of the ascending colon was nearly obstructed by a slough covered tumor.
以上の所見より,病理組織学的診断には至らなかったが画像診断上,上行結腸腫瘍による腸重積症と診断し,大腸癌およびMFHの転移も考慮に入れ手術の方針となった.
手術所見(2008年8月施行):下腹部正中にて開腹し腹腔内を検索すると,右側結腸の腸重積は解除されており,腫瘍は上行結腸のBauhin弁対側に存在していた.明らかな肝転移,腹膜播種および腹水は認めなかった.腫瘍は充実性であり,腫瘍中心の漿膜は陥入していたが,腫瘍の露出は認めなかった.明らかなリンパ節腫大は認めなかった.壁内主体に発育する腫瘍の肉眼的所見,臨床経過および画像所見より総合的にMFHの上行結腸転移と判断し,回腸末端より口側5 cm,腫瘍から肛門側5 cmで腸管を切離し,回結腸動脈は根部で処理した.
摘出標本:腫瘍は上行結腸のBauhin弁対側に存在する4.5×4.5×3 cm大の腫瘍であった(Fig. 4).腫瘍は主に粘膜下で増殖しており,粘膜面に露出するのは一部であった.漿膜面に腫瘍は突出しているものの,腫瘍の露出は認めなかった.

The resected specimen contains a pedunculated tumor on the opposite side of the Bauhin valve in the ascending colon. The tumor measured 4.5×4.5×3 cm, and grew mainly in the submucosa and muscularis propria in the colonic wall. There was no clear evidence of exposure of the tumor to the serosal surface.
病理組織学的検査所見:粘膜下組織から固有筋層内に及ぶ境界不明瞭な腫瘍を認めた(Fig. 5A).多形性が目立つ異型核を有する紡錘形細胞の増殖からなる肉腫の像で(Fig. 5B),一部に奇怪な形状の核を有する多核巨細胞(bizarre giant cell)も混在して認められた(Fig. 5C).免疫組織化学染色検査にて腫瘍細胞はc-kit(–)(Fig. 5D),CD34(–)であることからgastrointestinal stromal tumor(GIST)は否定され,cytokeratin(–),vimentin(+)であることから未分化癌も否定された.この他にα-smooth muscle actinが一部で弱陽性を示したが,その他のマーカーは全て陰性であり,腫瘍の分化傾向を特定しうる所見ではなかった.初回の胸壁腫瘍では病理組織学的に粘液様肉腫の像が多く見られたが,今回の腫瘍と類似する多形性が目立つ部も少なからず混在しており,今回の大腸腫瘍は基本的にこれと同様の病理像であり,MFHの上行結腸転移と診断した.

Pathological findings of metastatic tumor: The tumor was located in the submucosa and muscularis propria in the colonic wall, and the border was unclear (A). The tumor was pleomorphic and was composed of spindle cells in a complicated arrangement (B). Bizarre giant cells were observed (C). Tumor cells were negative for c-kit (D).
術後経過:経過は良好であり,術後9病日で整形外科に転科となった.術後に胸椎転移に対して,doxorubicin+ifosfamidの化学療法を,計4コース投与した.2013年2月現在,術後53か月経過したが,腹腔内に再発は認めず,肺転移は出現しているものの,骨転移は著変なく経過し生存中である.
MFHは1964年に初めてO’Brienら2)によって悪性線維性黄色腫(malignant fibrous xanthoma)として報告された腫瘍で,1978年にWeissら1)が病理組織上の概念を提唱し,病理組織学的検査所見を整理し,紡錘型の線維芽細胞様細胞と組織球様細胞が混在する悪性腫瘍と定義した.組織像により,①striform pleomorphic type,②myxoid type,③giant type,④inflammatory type,⑤angiomatoid typeの5型に分類される3).しかし,組織球起源も含めてMFHの分化を特定することは困難であることから,2004年のWHO分類では,MFHと未分化型多形肉腫(undifferentiated pleomorphic sarcoma)が同義語とされ,明らかな分化傾向をとらえることができない腫瘍群として認識されつつある4).本例における大腸腫瘍は,病理組織学的検査所見上,明らかな分化傾向を特定しえない未分化な多形肉腫の所見であり,胸壁腫瘍と基本的に同様な所見であることより,MFHの転移として矛盾はないと考えられる.
MFHは一般的に50~70歳代,男性に多く,また四肢(59.2%),体幹(17.7%)に好発するとされている1)5).また,MFHの予後に関しては2年生存率が50~60%5)6),5年生存率が48%5)との報告がある.局所再発は44~47%5)6),遠隔転移は20~42%5)6)にみられ,遠隔転移は肺に最も多く,リンパ節,肝臓,骨などにもみられる1)2).腸間膜を含めた消化管への転移は,病理解剖例を含めてもMFHの診断症例の4%と少ないものであり1),本症例のように消化管へ転移する症例はまれである.
文献的に過去の大腸MFHについて検索を行ったが,PubMedでMFH,malignant fibrous histiocytoma,colon,rectum,colorectalの組み合わせで1950年から2012年12月まで,また医学中央雑誌刊行会Web版でMFH,大腸,結腸,直腸の組み合わせで1983年から2012年12月までで検索可能であったものは,自験例も含め30例であり,原発性のものは25例,転移性のものは5例であった7)~14).全消化管において,転移性腫瘍を来した場合の症状としては,穿孔や狭窄,閉塞が60~70%を占め,腸重積を呈するものは10~20%と,消化管転移の中では少ない発症形態であった15)~17).特にMFHが大腸に転移した例に限定すると,腸重積の所見を呈したものは本症例のみであった.
MFHの治療の第一選択は外科的切除である.MFHは被膜外増殖や血管内浸潤を示すことが多いために再発率が高い.このため初回切除時の切除範囲が重要であり,5年生存率は広範囲に切除した場合は84%であるのに対し,単純摘出例では46%と大きく低下するとの報告がある5)6).また,所属リンパ節転移は比較的少ないため,転移が疑われる場合のみ所属リンパ節郭清を行うのが適当とする報告もある1).本症例では,術前に確定診断が得られなかったが,明らかな所属リンパ節腫大を認めなかったため,腫瘍より十分な距離を確保して腸管を切除し,また回結腸動脈の根部で腸間膜を処理したため,切除範囲としては十分であったと考えている.
外科的切除だけでなく,化学療法や放射線療法などの集学的治療が行われる場合がある.肝転移を伴ったMFHに対してepirubicin,efophosphamide,methonaを使用した化学療法が有効であったとする報告18)や,切除不能後腹膜MFH に対するadriamycin,cyclophosphamideの化学療法に放射線を加えた治療が奏効したとの報告19)がある.さらに,局所進行S状結腸原発MFHに対し,epirubicin,cisplatin,vincristineによる化学療法を施行後,切除可能となった術前補助化学療法としての報告例20)もある.MFHに対する術後補助化学療法は標準的なものは確立されておらず,十分な切除縁が得られない場合に行われ,それ以外では切除不能の局所病変を持つ場合や転移病変を持つ場合に,緩和療法として化学療法を行う場合があるとされている21).本症例では骨転移が存在したため,回盲部切除後にdoxorubicin,ifosfamidを用いた化学療法を施行した.
今回,我々は腸重積症を呈したMFH大腸転移に対して外科的切除を行い,大腸切除後53か月間腹腔内再発なく,長期生存が得られた症例を経験した.MFHからの消化管転移はまれであるが,その可能性を念頭において追跡,診断する必要がある.手術による腸重積の解除が,予後の延長とQOLの改善に寄与したと考えられた.
利益相反:なし