日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
食道癌サルベージ手術後のトリコスポロン敗血症の1例
佐々木 智彦本山 悟佐藤 雄亮吉野 敬脇田 晃行南谷 佳弘
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2015 年 48 巻 10 号 p. 811-816

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Abstract

症例は37歳の男性で,胸部中部食道癌 cT4N2M0 cStage IVaに対する根治的化学放射線療法,追加化学療法およびサルベージ食道切除術後3か月にトリコスポロン敗血症に罹患した.急性呼吸促迫症候群も併発し人工呼吸器管理を要した.治療の中心は抗真菌剤であり,診断後直ちにアムホテリシンBを投与開始,その後ボリコナゾールを追加して治癒した.深在性トリコスポロン症は免疫機能低下状態で発症するまれで極めて予後不良な日和見感染症である.これまで血液悪性疾患治療中に発症した報告が多いが,消化器癌においても集学的治療が拡大し高度な免疫機能低下症例が増え,本症の発生頻度は増加するものと思われる.今後,深在性真菌症として致死率の高い本症に対する警戒も必要であり,発症時は血液培養検査による迅速な診断と適切な抗真菌剤の選択が重要となる.

はじめに

トリコスポロンは健常人にも発症する夏型過敏性肺臓炎の起因菌として知られている.しかし,深在性トリコスポロン症の発症はまれで,免疫機能低下状態で日和見感染症として発症するため致死率は高い1).今回,我々はStage IVa食道癌に対する根治的化学放射線療法後にサルベージ食道切除術を施行した患者に発症したトリコスポロン敗血症に関して,その治療経過と治療法について若干の文献的考察を加えて報告する.

症例

患者:37歳,男性

既往歴:アルコール依存症で入院加療歴あり,喫煙歴なし.

家族歴:実父が食道癌のため死亡

現病歴:2011年10月,胸部中部食道癌,10 cm,3型,高分化型扁平上皮癌,cT4(胸部下行大動脈)N2(101R,104L,106recR,106recL,107:計5個)M0 cStage IVaと診断,これに対し根治的化学放射線療法(照射:計61.2 Gy,シスプラチン 40 mg/m2:Day 1,8,フルオロウラシル400 mg/m2:Day 1~5,8~12,計2コース)を行ったが部分奏効であり,追加化学療法(ドセタキセル 50 mg/m2:Day 1,シスプラチン15 mg/m2:Day 1~4,フルオロウラシル800 mg/m2:Day 1~4,計3コース)を行った.2011年5月,画像上T4が解除されたものの主病巣に癌の遺残があったためサルベージ食道切除術(食道亜全摘,胃噴門部切除,2領域リンパ節郭清,胸壁前経路胃管再建,腸瘻造設)を行った.術後病理組織学的診断はCRT-pT1a(EP)N0M0 pStage 0,pPM0,pDM0,pR0,Grade 2 CRT effectであった.術後2か月,外来通院中に遅発性縫合不全による前胸部皮膚の発赤を認めたため,入院の上,抗生剤投与(タゾバクタムナトリウム・ピペラシリンナトリウム13.5 g/日)を行い保存的に治療した.入院から約1か月後に38°C以上の発熱とあきらかな右季肋部痛,腹部超音波検査で胆囊の壁肥厚を認めたため急性胆囊胆管炎と診断し,抗生剤投与および経皮経肝胆囊ドレナージを行ったが改善せず,治療開始後第4病日に開腹下胆囊摘出術を施行した.病理組織学的検査所見では,胆囊粘膜上に悪性所見はなく中等度のリンパ球形質細胞浸潤を伴う慢性胆囊炎と診断され,その時点での胆囊の炎症は軽度であった.

胆囊摘出術後も38°C前後の発熱が続き第6病日に行った血液培養検査で酵母様真菌(Trichosporon species)陽性と判明し,第8病日から抗真菌剤(アムホテリシンB 250 mg/日)を投与開始,また多量に貯留した右胸水をドレナージしたが,第9病日に39°C以上の高熱と呼吸状態悪化を呈した.

理学所見:体温39.0°C,SpO2 90%(ベンチュリーマスク10 L 98%下),両肺野に湿性ラ音を聴取,全身に皮膚病変は認めなかった.

血液ガス分析:pH 7.47,pO2 64 mmHg,pCO2 49 mmHg(pO2/FiO2=128)と酸素化不良を認めた.

血液検査所見:白血球数10,100/μl,CRP 12.69 mg/dlと炎症反応はさらに増強し,T-bil 1.4 g/ml,AST 37 U/l,ALT 67 U/l,ALP 620 U/lと肝胆道系酵素の上昇を認めた.さらに,血小板数4.6×103/μl,PT-INR 1.2,FDP 12.9 μg/mlと播種性血管内凝固症候群(disseminated intravascular coagulation; 以下,DICと略記)の診断基準(DICスコア5点)を満たした.

胸部X線検査所見:両側下肺野中心に著明な透過性の低下と右肺の虚脱を認めた(Fig. 1).

Fig. 1 

Chest X-ray shows bilateral infiltrative shadows and collapse of the right lung.

胸部CT所見:両肺野にびまん性スリガラス状陰影と粒状影を認めた(Fig. 2).

Fig. 2 

Chest CT reveals extensive ground glass opacities and diffuse micronodules of the bilateral lungs.

以上より,急性呼吸促迫症候群(acute respiratory distress syndrome;以下,ARDSと略記)と診断,気管内挿管と人工呼吸器管理を行うため集中治療室(intensive care unit;以下,ICUと略記)へ入室した(Fig. 3).人工呼吸器管理前から使用していたメロペネム2 g/日とアムホテリシンB 250 mg/日は継続,これに加え喀痰培養で耐性表皮ブドウ球菌が検出されていたため,テイコプラニン 400 mg/日を追加,DICに対してトロンボモジュリンα 19,000単位/日とガベキサートメシル酸塩1,500 mg/日を開始,またARDSに対してメチルプレドニゾロンコハク酸エステルナトリウム250 mgを単回投与した.また,ニューモチスシスカリニ肺炎の予防のためST合剤1 g/日を併用した.徐々に肺炎像,呼吸状態は改善し,第18病日に抜管,第21病日にICUを退室した.

Fig. 3 

Clinical course of the patient and dosing periods of antibiotics.

抗真菌剤は第16病日からボリコナゾール300 mg/日を追加,第20病日からはボリコナゾール400 mg/日のみとし,第34病日からはボリコナゾールを内服へ変更した.第6病日以降,血液培養でTrichosporon speciesが検出されていたが,第22病日の血液培養で無菌であることを確認した.また,便培養からはCandida speciesとYeast like cellsを検出したが,第29病日の培養検査で陰性化した.経過中,喀痰や胸水の培養検査では真菌を検出しなかった.病状は軽快し,第56病日に退院した.

考察

深在性トリコスポロン症は健常者には発症せず,免疫機能が低下している易感染性宿主に発症する極めて予後不良な日和見感染である.本邦での最初の報告は,1978年の白血病患者に発症した敗血症症例である2).本症の原因真菌はT. asahiiT. mucoidesの2種が判明しており,ほとんどがT. asahiiである3).本邦での発症頻度は全深在性真菌症の1%未満4),また,真菌血症に占めるトリコスポロン血症の割合は6%程度であるが1),カンジダ属に次ぐ真菌血症の原因真菌である.当院におけるこの10年間の真菌血症の原因真菌はカンジダ属が84例,トリコスポロン属は本症1例のみであり,その希少性がうかがえる(約1.2%).なお,本論文中に引用した文献は医学中央雑誌(対象期間:1977年から2014年9月)とPubMed(対象期間:1950年から2014年9月)をもとに「トリコスポロン」,「Trichosporon」をキーワードとして検索した.

本症は長期間の副腎皮質ステロイド投与,中心静脈カテーテル留置がリスクファクターとなり,好中球機能が発症メカニズムに大きく関与するといわれているため血液悪性疾患の経過中に発症することが多く,本邦では80%以上の症例で血液疾患を持っていた5).本菌の感染経路としては,抗癌剤による消化管粘膜障害や広域抗菌薬による腸内細菌叢撹乱が要因となる消化管経路,中心静脈カテーテルを介した経静脈的経路を中心に,経気道的,経尿路的な感染も示唆されている1).本症例は既往歴や偏食傾向などの生活歴が原因で治療開始前から総リンパ球数の低下を認めており,すでに免疫機能低下状態であった可能性が高いことに加え,根治的化学放射線療法,追加化学療法,食道サルベージ手術とさらに免疫機能低下を助長する高侵襲な治療を重ねたこと,手術後の合併症で栄養状態や全身状態が不良であったことなどが重なり発症の原因となった可能性が考えられる.術前には好中球減少を2回ほど認めたが,本症発症時の好中球数は正常範囲内であった.本症発症前に遅発性縫合不全に対して約2週間の抗菌剤投与を行っていた点,便培養からもYeast like cellsを検出していた点から消化管経路での感染の可能性が高い.また,本症例はトリコスポロン症発症時には中心静脈カテーテルを留置しておらず末梢静脈から補液・薬剤投与を行い,喀痰や尿からは真菌を検出しなかった.

トリコスポロンは酵母様真菌で,クリプトコックスとは遺伝子学的に極めて近く同じ抗原性をもつ夾膜を有するため,本症患者の血清はクリプトコックス抗原陽性となる6).β-D-グルカンは本症の約50%で陽性化するが,その他の真菌でも陽性化するため特異性は低い.胸部X線写真ではびまん性浸潤影を中心に多彩な所見を示す.血液生化学検査や画像所見などから本症を診断することは困難である.ところが深在性トリコスポロン症の70%以上は血液から真菌が検出されており7),今のところ血液培養検査のみが確定診断に有用である.カンジダ属を中心とした他の深在性真菌症との鑑別や抗真菌剤を選択するうえで,可及的速やかに血液培養検査を実施することが肝要である.

深在性トリコスポロン症は急性に発症し播種性に進行する傾向があり,抗菌薬に反応しない発熱,肺炎,肝機能障害,腎機能障害など多臓器症状を呈し全身へ拡大し,約30%には多発性丘疹・硬結性紅斑などの皮膚病変を伴う8).播種性カンジダ症とは臨床経過や症状が極めて類似しているが,血液培養以外の検査で鑑別することは困難である.トリコスポロン属はカンジダ属より感染力は弱いが,トリコスポロン症はカンジダ症以上に予後不良で,好中球の速やかな回復がないかぎり致死率は約70%にのぼり5)9),血中トリコスポロン陽性の場合は2週間以内の死亡率が上昇するとも報告されている5).本症例も発熱,急性胆囊胆管炎,肺炎,ARDSへと進展したが,適切な集中治療に加え比較的早期に血液培養からトリコスポロンを同定し抗真菌剤を選択・投与できたことが,患者を救命しえた要因の一つであると考えられる.病理組織学的検査所見では胆囊の炎症は軽度なものであったが保存的治療の影響も考えられ,胆摘を行う判断に至った点については臨床経過をふまえて妥当なものであったと考える.急性胆囊胆管炎を併発していたものの,病態の本質はトリコスポロン血症であったものと考えられ,初回発熱時に血液培養を施行していればトリコスポロン症をより早い段階で診断でき,治療へと結びつけられた可能性はある.抗真菌剤では深在性真菌症の標準的治療薬であるアムホテリシンBを開始したが,肺炎からARDSへと進展した.ARDS発症後には追加投与したボリコナゾール含め両剤が効果的であったと思われるが,血液培養検査でトリコスポロン陰性化時点には,ボリコナゾールが単独投与されていた.

深在性トリコスポロン症は稀有な疾患であり治療報告が少なく,確立された治療法がないのが現状である.深在性真菌症の治療においてミカファンギンはカンジダ属に広く有効で,副作用が少ない点からも第一選択薬とされやすい.しかし,1→6-β-Dグルカン合成酵素をもつクリプトコックス属やトリコスポロン属に対して,1→3-β-Dグルカン合成酵素阻害薬であるミカファンギンは本来抗真菌活性がない.本邦の疫学調査では本症の70%で発症前にミカファンギンが投与されていたことが明らかにされ5),キャンディン系抗真菌剤の使用に伴うブレイクスルー感染症としての報告が増加している10).改訂された深在性真菌症の診断・治療ガイドラインにおいても注意喚起がなされている11).薬剤感受性試験ではキャンディン系抗真菌剤には自然耐性を示し,アゾール系抗真菌剤に対する感受性が良好である12).特に本症に対し最も薬剤感受性が良いボリコナゾールを含むアゾール系抗真菌薬の使用が本症発症後の生存率を有意に改善した報告もある5)

今後,食道癌含め消化器癌において術前治療として強力な抗癌剤併用療法あるいは化学放射線療法などが拡大され,本症例のように高度な免疫機能低下状態となる症例は増加するものと思われる.深在性真菌症としてカンジダ症のみならず,致死率の高いトリコスポロン症に対する警戒も重要であり,抗真菌剤の適切な選択が求められる.今後さらに治療経験を集積し,より迅速な診断法と最適な抗真菌剤投与法の確立が期待される.

利益相反:なし

文献
 

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