日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
多発性十二指腸ガストリノーマに対して亜全胃温存膵頭十二指腸切除術を施行した1例
西村 廣大太田 俊介池山 隆大森 健治
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2015 年 48 巻 12 号 p. 993-1000

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Abstract

症例は54歳の男性で,数年間持続していた下痢が,プロトンポンプ阻害薬投与により改善したことからガストリノーマを疑われ当院を紹介された.精査の結果,十二指腸に4個,膵頭部に1個のガストリノーマを疑った.さらに,副甲状腺機能亢進症も認め,多発性内分泌腫瘍症1型と診断した.膵および多発十二指腸ガストリノーマに対して亜全胃温存膵頭十二指腸切除術を施行した.切除標本の病理検索で19個の十二指腸ガストリノーマを認めたが,膵頭部腫瘍は粘液性囊胞腺腫だった.術後経過は良好で,現在無再発フォロー中である.多発性内分泌腫瘍症1型に合併する十二指腸ガストリノーマは多発性,小病変を特徴としており,本症例でも術前診断できなかった小病変が多数存在していた.

はじめに

ガストリノーマは神経内分泌腫瘍(neuroendocrine tumor;以下,NETと略記)に分類され,十二指腸からの発生が最も多い1)2).高い悪性頻度とリンパ節転移率のためリンパ節郭清を伴った手術治療が基本となる.膵・消化管NETは多発性内分泌腫瘍症1型(multiple endocrine neoplasia type 1;以下,MEN1と略記)に合併することが知られており,多発性の場合や十二指腸ガストリノーマでは,MEN1の鑑別が必要とされる.今回,MEN1に合併した多発性十二指腸ガストリノーマに対して亜全胃温存膵頭十二指腸切除術(subtotal stomach-preserving pancreatoduodenectomy;以下,SSPPDと略記)を施行し,術前診断しえなかった多数の十二指腸ガストリノーマが病理組織学的に診断されたので報告する.

症例

症例:54歳,男性

主訴:下痢

既往歴:尿管結石症手術(20代)

家族歴:特記事項なし.

現病歴:数年前より水様性下痢が持続していた.

2012年6月,下血で近医受診し,胃潰瘍の診断でプロトンポンプ阻害薬を処方されたところ,下痢症状も改善したためガストリノーマを疑われ当院紹介となった.

来院時現症:身長162.0 cm,体重62.2 kg,腹部所見は平坦,軟,圧痛なし.

来院時血液検査所見:ガストリン1,100 pg/mlと高値で,グルカゴン負荷試験で10分後には2,100 pg/mlまで上昇したため,ガストリノーマの存在が疑われた.また,アルブミン補正Caは 10.1 mg/dlと基準値上限は超えていなかったが,PTH-Intact 115.0 pg/mlと上昇を認めたため副甲状腺機能亢進症と診断した.

甲状腺超音波検査所見:副甲状腺の検索を行ったが,副甲状腺腫瘍は認めなかった.

頭部単純CT所見:下垂体腫瘍は認めなかった.

上部消化管内視鏡検査所見:胃粘膜全体に発赤調肥厚が目立った.十二指腸下行部に6 mm大の中心陥凹を伴った類円形の粘膜下腫瘍を2個認めた(Fig. 1).

Fig. 1 

Endoscopic findings of the duodenum. Two circular submucosal tumors with central dimpling were found at the descending part of duodenum (circles).

十二指腸内視鏡超音波検査所見:十二指腸腫瘍は粘膜下層に主坐を持つ境界明瞭で均一な低エコー腫瘤として描出された.

内視鏡下に生検施行し,免疫染色検査を行った.

十二指腸腫瘍生検(免疫染色検査)所見:gastrin(+),chromograninA(+),CD56(NCAM)(+),synaptophysin(+)より十二指腸ガストリノーマの診断を得た.

腹部ダイナミック造影CT所見:十二指腸下行部~水平部にかけて5~8mm大の動脈相で濃染され平衡相まで造影効果を示す壁内腫瘍を4個認め(Fig. 2a~c)多発ガストリノーマが疑われた.同様の造影効果を持つ5 mm大の腫瘍を膵頭部にも1個認め,左副腎には20 mm大の乏血性腫瘍を認めた(Fig. 2d).リンパ節転移や肝転移は認めなかった.

Fig. 2 

Abdominal dynamic enhanced CT findings. a, b, c: Four enhanced tumors (5–8 mm in size) were detected at the descending and horizontal parts of the duodenum (arrowheads). d: An enhanced tumor, 5 mm in diameter, was detected at the head of the pancreas (red arrowhead). A low density tumor, 20 mm in diameter, was detected at the left adrenal gland (yellow arrowhead).

血液検査所見(各種ホルモン値):インスリン5 μU/ml,ACTH(副腎皮質刺激ホルモン)8.00 pg/ml,コルチゾール6.90 μg/dl,アルドステロン47.6 pg/ml,カテコールアミン3分画(ノルアドレナリン,アドレナリン,ドーパミン)それぞれ370 pg/ml,46 pg/ml,11 pg/mlといずれも基準範囲内であった.

術前診断:以上の検査所見より,①多発性十二指腸ガストリノーマ,②膵頭部ガストリノーマ,③原発性副甲状腺機能亢進症,④非機能性左副腎腫瘍を有することからMEN1と診断した.

③は明らかな腫瘍が検索されず,④は非機能性でサイズも小さいためフォローアップとし,①および②に対して外科治療を施行することとした.MEN1合併ガストリノーマであり,術前診断できていない多発小病変の存在が危惧されること,また明らかな転移所見は認めなかったものの,悪性度の高いガストリノーマであるため,十分な根治性が必要と考えた.よって術式はリンパ節郭清を伴ったSSPPDを選択した.

手術所見:2群リンパ節郭清(膵頭部癌に準ずる)を伴ったSSPPDを施行した.膵胃吻合で再建した.

切除標本所見:肉眼所見で十二指腸に10個の粘膜下腫瘍を認めた(Fig. 3).

Fig. 3 

Macroscopic findings of the resected specimen. Ten duodenal tumors were detected macroscopically (arrowheads).

病理組織学的検査所見:300 μm~8 mm大の十二指腸ガストリノーマを19個認め,免疫染色検査はgastrin(+),chromograninA(+),CD56(NCAM)(+),synaptophysin(+),Ki-67 indexはlow positive rateでNET G1であった(Fig. 4).膵頭部腫瘍はガストリノーマでなく粘液性囊胞腺腫であった.リンパ節転移は認めなかった.

Fig. 4 

Microscopic findings. a: HE stain, ×40. There were 19 neuroendocrine tumors (300 μm–8 mm in size) at the distal part of the duodenum. b: Immunostaining (gastrin), ×400. Staining of gastrin was positive.

最終診断:以上の所見より,MEN1に伴った多発性十二指腸ガストリノーマ(NET G1)と診断した.

術後経過:術後経過は良好で,術後10日目に退院し,術後1か月の血液検査でガストリンは正常値に改善していた.術後2か月間プロトンポンプ阻害薬を内服していたが,下痢症状なく経過したため投与終了した.その後も下痢症状なく経過し,現在,無再発で外来フォロー中である.

考察

ガストリノーマを疑う症状として胃酸過剰分泌による消化性潰瘍や逆流性食道炎,膵酵素不活性化による下痢などが挙げられる.本症例でも胃潰瘍からの出血と持続する下痢を契機に十二指腸ガストリノーマが診断された.ガストリノーマは十二指腸が最も多く,次いで膵臓が多い.膵臓,十二指腸以外はまれである.また,ガストリノーマのうち20~38%はMEN1を合併している3)~6)

MEN1の約60%に膵・消化管NETが併存しており,それらは膵臓・十二指腸から同時性・異時性に多発することが多く,単発性は26%に過ぎない7).そしてMEN1に併存する膵・消化管NETの約半数はガストリノーマであるといわれている.MEN1に伴うガストリノーマ(以下,MEN1-ガストリノーマと略記)は十二指腸に多く発生するが8),膵ガストリノーマが併存する場合もある.MEN1-ガストリノーマは,70~100%が十二指腸に局在し,膵ガストリノーマの合併が約13%とする報告もある9)10).そのため本症例のように多発性十二指腸ガストリノーマが存在する症例ではMEN1を強く疑って検索する必要がある.

本症例では,明らかな多発性十二指腸ガストリノーマに加えて原発性副甲状腺機能亢進症を有していたことからMEN1と診断した.MEN1遺伝子変異検査は本人の同意が得られず施行していない.また,下垂体腫瘍の検索も不十分であり今後の追加検査を要する.

膵・消化管NETの根治的治療法は切除手術であるが,MEN1に併存するものは,多発性,小病変,肝転移の頻度が散発性(非家族性)に比べて高いといった特徴があり,これらを考慮した合理的な外科治療が求められる10)11).膵・消化管NETのなかでもガストリノーマの悪性頻度は高く,60~90%が悪性腫瘍と報告される1)12)13).また,ガストリノーマはリンパ節転移を60%以上と高率に認めるため,肝転移や遠隔転移を伴わないと診断した場合はリンパ節郭清を伴った根治切除術が必要とされる1)12)14)

一般的に非家族性ガストリノーマの術式は,核出術や部分切除が基本であり,十二指腸に多発している場合でも十二指腸温存が可能である15).一方MEN1-ガストリノーマの術式に関しては,十二指腸に数個であれば十二指腸部分切除,十二指腸多発例では,十二指腸全切除が推奨されてはいるが,術前・術中診断での具体的な腫瘍の個数や局在によってどの術式を選択すべきかについては統一的な見解が得られていない.また,術前診断で十二指腸ガストリノーマの局在を同定したうえで,十二指腸部分切除を施行したものの残存十二指腸に再発を認めた症例報告も散見されるため,部分切除での根治性は不確実と思われる(Table 110).十二指腸全切除術は,膵頭十二指腸切除術(pancreatoduodenectomy;以下,PDと略記)のほかに膵温存十二指腸全切除術(pancreas preserving total duodenectomy;以下,PPTDと略記)が施行される.特に膵体尾部にも腫瘍が多発する症例では膵体尾部切除を施行しても膵頭部を温存できるため有用とされ,膵頭部ガストリノーマ合併例に関しては膵頭部腫瘍核出術の追加が奨められている9).しかし,リンパ節郭清の観点からするとPDの方がPPTDより根治性が高く,リンパ節転移が疑われる症例や腫瘍径の大きい症例などでは,PDが望ましいとされる10)

Table 1  A case of duodenal relapse after partial resection for duodenal gastrinomas in MEN1
No. Author/Year Age/Sex Number of duodenal gastrinoma in 1st surgery Number of duodenal gastrinoma in 2nd surgery Years until relapse after 1st surgery Relapse after 2nd surgery
1 Imamura10)/2011 61/F 5 1 8
2 Imamura10)/2011 56/F 3 2 6

Surgical technique is extirpation of gastrinoma or partial resection of duodenum in all case.

本症例は,術前に4個の十二指腸ガストリノーマが診断されていたが,MEN1-ガストリノーマであり,術前診断しえていない多発小病変の可能性を考慮すると,十二指腸全切除の必要があると判断した.さらに,術前診断で膵頭部ガストリノーマが疑われたため,PDまたはPPTD+膵腫瘍核出術の選択肢が考えられた.しかし,術前にリンパ節転移の有無を確定できないため,根治性の高いPDが最適であると判断し,SSPPDを施行した.切除標本の病理組織学的検査結果では19個もの多発性十二指腸ガストリノーマを認め,十二指腸全切除は妥当であった.また,最終的にリンパ節転移はなく,膵頭部腫瘍はガストリノーマではなかったが,SSPPDの選択は妥当であったと考える.

多発性十二指腸MEN1-ガストリノーマについて「十二指腸」,「多発」,「MEN1」,「ガストリノーマ」のキーワードで医学中央雑誌1977年~2014年12月まで,「duodenum」,「multiple」,「MEN1」,「gastrinoma」のキーワードでPubMed 1950年~2014年12月まで検索した.十二指腸全切除が施行され,病理組織学的に診断された多発性十二指腸MEN1-ガストリノーマで,個々の症例記載があった10例に自験例を含めた11例をTable 2に示した10)16)~19).多発の定義は曖昧であるため,今回の検索では十二指腸に2個以上認めた(単発でない)症例とした.平均年齢47.8(37~66)歳,男女比 4:7,個数は無数が3例あったが,個数を記載した報告の中では本症例の19個が最多であった.膵ガストリノーマの合併は11例中4例に見られた.それ以外の同時性ガストリノーマで,胆囊(症例2,9)や胆管(症例10)に合併した症例もあり,術前・術中検索において十二指腸,膵臓だけでなく肝臓,胆道系の検索も要する.症例4は,術後3年で肝転移再発を認めているが,術後血清ガストリン値の正常化が見られず,根治切除できていなかったと考えられる.その他の症例では本症例含め,術後血清ガストリン値は正常化し再発は認めていない.

Table 2  Reported studies of resected multiple duodenal gastrinomas in MEN1
No. Author/Year Age/Sex Number of duodenal
gastrinoma
Pancreatic gastrinoma
location/number
Surgery Relapse
1 Takahashi16)/2005 46/M 5 head/numerous PD
2 Meguri17)/2008 41/F numerous head/numerous PPPD
3 Imamura10)/2011 39/F 7 PD
4 Imamura10)/2011 51/F numerous PPTD Liver
5 Imamura10)/2011 48/F numerous PPTD
6 Imamura10)/2011 57/F 7 PPTD
7 Imamura10)/2011 32/M 3 body/1, tail/1 PPTD, PX
8 Watabe18)/2013 66/M 3 body/1 SSPPD
9 Tonelli19)/2013 55/F 3 PD
10 Tonelli19)/2013 37/F 2 PD
11 Our case 54/M 19 SSPPD

PD: pancreaticoduodenectomy, PPPD: pylorus-preserving pancreatoduodenectomy, PPTD: pancreas preserving total duodenectomy, PX: partial resection of the pancreas

膵・消化管ガストリノーマが見つかった症例では,まずMEN1の可能性を検索すべきである.MEN1-ガストリノーマであれば多発の可能性を前提として検索し,術式を決定すべきである.CTや超音波検査といった画像診断で検出できない場合には,局在診断として選択的動脈内刺激薬注入法を併用することで根治性が上がると思われる18)

ガストリノーマの術後に関しては,定期的なフォローアップが肝要であり,術後一定期間は血清ガストリン値測定とCTによる画像診断が必要である.膵・消化管NET診療ガイドラインでは,MEN1に合併した膵・消化管NETにおけるフォローアップ期間終了時期に関するコンセンサスはないが,膵NETの累積発症率は高齢に至るまで増加しており20),生涯にわたるサーベイランスの継続が妥当としている.今回の検索で,十二指腸多発MEN1-ガストリノーマにおいて,十二指腸部分切除例で術後5年以上経過して十二指腸再発した症例報告があった(Table 1,Case No. 1)が,十二指腸全切除例では5年以上経過してからの再発例は認めなかった.本症例は術後,血清ガストリンが正常値に低下し,現在まで再上昇を認めておらず,画像上も再発を疑う所見は見られていないが,甲状腺機能亢進症や左副腎腫瘍を含めたMEN1関連疾患とともに最低5年間はフォローアップが必要と考える.

十二指腸MEN-1ガストリノーマでは,術前診断しえない小病変を含んだ多発例が多く,十二指腸全切除が有用である.

利益相反:なし

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