日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
腹腔鏡下胆囊摘出術後の創部に認めた腹壁子宮内膜症の1例
石田 隆篠崎 浩治寺内 寿彰遠藤 和洋木全 大古川 潤二小林 健二尾形 佳郎
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2016 年 49 巻 6 号 p. 563-568

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Abstract

症例は49歳の女性で,1991年に胆囊結石症に対して,腹腔鏡下胆囊摘出術を施行された既往がある.2012年4月頃より,臍部創に有痛性の皮下腫瘤を自覚するようになった.悪性の可能性も否定できず,手術を勧めたが,月経困難症・子宮内膜症があり,本人の強い希望で,婦人科でホルモン治療を先行することになった.以後,臍部痛は改善したが,2014年9月より再び臍部痛を認めるようになり外来を再受診した.腫瘤は30 mm大と増大傾向を示したため,2014年11月に全身麻酔下に腫瘤摘出術を施行した.腫瘤は腹直筋前鞘や腹膜と接して存在していたため,一部を合併切除し,腹壁欠損に対して,メッシュを用いて修復術を施行した.病理組織学的所見は,子宮内膜症であった.創部に生じる腹壁子宮内膜症は,9割以上が婦人科領域の手術既往によるものであるが,本症例は腹腔鏡下胆囊摘出術後の創部に発生した極めて稀有な症例であるため,報告した.

はじめに

子宮内膜症とは子宮内膜様組織が異所性に存在し,増殖する病態をいう.手術創を含めた腹壁に生じるものは,ほとんどが婦人科領域の手術既往によるもの1)であり,腹腔鏡下胆囊摘出術後の創部に発生した子宮内膜症は非常にまれであると考えられたので,若干の文献的考察を加え報告する.

症例

症例:49歳,女性

既往歴:1991年に胆囊結石症に対して腹腔鏡下胆囊摘出術を施行.

家族歴:特になし.

現病歴:2012年4月頃より,臍部創に有痛性の皮下腫瘤を自覚するようになった.腫瘤は15×10 mm大で可動性に乏しく,弾性硬であった.Schloffer腫瘍やデスモイド腫瘍を疑ったが,悪性の可能性も否定できず,手術の方針とした.しかし,月経困難症・子宮内膜症があり,本人の強い希望で,まず婦人科でホルモン治療を施行することになった.以後,臍部痛は改善したため,通院を自己中断していた.2014年9月より再び臍部痛を認めるようになり外来を再受診した.腫瘤は30 mm大と増大傾向を示したため,2014年11月に手術を施行した.

入院時現症:腹部は平坦かつ軟,臍部創右縁に30 mm大の有痛性腫瘤を認める.他には特記すべき所見なし.

入院時検査所見:特記すべき所見なし.

腹部造影CT所見:臍部に増大傾向を示す30 mm大の皮下腫瘤を認める(Fig. 1).

Fig. 1 

Abdominal CT findings show a mass approximately 30 mm in size, relatively demarcated from the surroundings, and solid tumor with enhancement effects at the site of the umbilical surgical scar after laparoscopic cholecystectomy.

手術所見:全身麻酔下に腫瘤摘出術を施行した.前回の術創(臍上孤状切開)を,約5 cm右側に延長し,腫瘤のマージンを確保しつつ周囲組織と剥離した.腫瘤は腹直筋前鞘や腹膜と接して存在していたため,一部を合併切除した.腹壁欠損部を,半吸収性メッシュを用いて修復した.

摘出標本所見:切除した腫瘤は,大きさ3 cmで弾性硬,割面は灰白色であった.遺残が疑われる部を一部追加切除した(Fig. 2).

Fig. 2 

Removed specimen includes a 3.0 cm white tumor. The portion suggestive of tumor remnant was additionally removed.

病理組織学的検査所見:切除組織内に子宮内膜組織を認め,子宮内膜症と診断された(Fig. 3).絹糸などの異物や悪性所見は認めなかった.

Fig. 3 

Histopathology demonstrates endometrial tissue (HE ×100).

術後経過:術後経過は良好で,術後8日目に退院した.術後8か月経過し,再発徴候を認めていない.

考察

子宮内膜症とは子宮内膜様組織が本来の正常な位置以外に異所性に存在し,組織学的には良性であるにもかかわらず,増殖・浸潤する病態をいう.発症年齢は生殖年齢である30歳代に多い.皮膚に発生する頻度はMasson2)やScottら3)の集計によると,子宮内膜症全体の1.9~2.5%と比較的まれである.

随伴する症状としては腹痛や疼痛を伴う場合が多い.報告例のうち,月経周期に一致した病変部の腫脹,疼痛,血性分泌物などの症状が認められた例は,45.9%と報告されている1)

骨盤内の生殖臓器,腹膜とは異なる部位に内膜症病巣が存在するものを異所性子宮内膜症と呼んでいたが,子宮内膜症そのものがすでに異所性であることから,近年「異所性子宮内膜症」から「特異部位子宮内膜症」という診断名に統一することが,日本エンドメトリオーシス学会で提唱されている4)5)

子宮内膜症の発生機序として,子宮内膜細胞移行説,体腔上皮化生説,胎生組織遺残説,複合説などがある6).子宮内膜細胞移行説は子宮内膜細胞がさまざまな経路を介して移行し,他の組織内に異所性に生着する説で,経卵管移植説(月経血が卵管経由で腹腔内に逆流),転移性移植説(脈管,リンパ管で輸送),機械的移植説,直接進展説がある.手術創部に発生する腹壁子宮内膜症については,機械的移植説の可能性を指摘する報告が多い7)~9).しかし,一元的な発生機序での説明は困難とする報告が多く6)7),いまだ確定的な結論は出ていない.

術前診断に関しては,月経随伴症状の有無に関しての詳細な問診が重要である.手術瘢痕部に発生する腫瘤性疾患として,腹壁縫合の絹糸などの異物を核として発生するSchloffer腫瘍や,デスモイド腫瘍などが鑑別疾患として考えられる.しかし,無症状の症例では画像所見や血液検査でも特異的な所見がないため,術前診断は困難なことが多い.治療は,悪性疾患の除外のため診断的意義も含め,外科的切除が第一選択とされている.術前診断が得られた症例に対して,ホルモン治療が行われた報告もあるが,治癒には至らず最終的には外科的切除が行われている10).自験例でも症状の消失やサイズの縮小を認めたが,治癒には至らなかった.外科的切除後の再発例11)や,腹壁子宮内膜からの悪性転化の報告12)もあるため,切除の際には子宮内膜組織の残存がないよう,十分なマージンを取って切除することが最も重要である.

手術瘢痕部に発生した腹壁子宮内膜症の報告例は,医学中央雑誌で1977年から2015年4月の期間で,「腹壁子宮内膜症」をキーワードとして検索したところ,自験例を含め52例(会議録を除く)の報告例1)5)12)~25)があった.このうち,48例(92.3%)が婦人科領域の手術で,そのうち帝王切開が42例(82.7%)を占めていた.外科領域の手術はわずか4例1)12)26)(7.7%)で,自験例を除く3例1)12)26)はいずれも開腹手術であった.外科領域で腹腔鏡手術後創部に発生した報告例は,検索しえた範囲ではなく,本邦初である(Table 1).同様の海外報告例は,PubMedで1950年から2015年4月の期間で「abdominal wall endometriosis」,「port site」,「laparoscopy」をキーワードに検索したところ,2例(腹腔鏡下胆囊摘出術7)および腹腔鏡下虫垂切除術27)後に発生した各1例ずつ)認めるのみであり,極めて稀有と考えられた.

Table 1  Clinical features of 52 cases of endometriosis in the abdominal wall reported in Japan
Age* (years) 34.4 (24–54)
Period between previous operation
and present treatment* (months)
75.8 (3–276)
Previous operation (cases) Gynecological 48 (92.3%)
  cesarean section   42 (82.7%)
  hysterectomy etc    6 (11.5%)
Others  4 (7.7%)
  gastrectomy    1 (1.9%)
  appendectomy    1 (1.9%)
  small bowel resection    1 (1.9%)
  laparoscopic cholecystectomy    1 (1.9%)
Symptoms with menstruation (cases) 25 (48.1%)

* average (range)

一般に術後創部に発生する腹壁子宮内膜症は,子宮内膜が創部に機械的に移植(implantation)されることが主な原因と考えられている.これは,帝王切開を初めとした子宮内膜を開放する婦人科手術が,腹壁子宮内膜症発生の大半を占めることによる1).実際に,腹壁子宮内膜症の発症予防のため,創縁保護器具の使用や,閉創前の創洗浄を強く推奨する報告もある28)29).一方で,自験例のような腹腔鏡手術後の創部に発生する腹壁子宮内膜症は,機械的移植以外に,気腹による子宮内膜細胞の播種の可能性を指摘する報告もある7).Cozzolinoら7)は腹腔鏡下子宮内膜症手術時に,創縁保護などの機械的移植予防を十分に行ったにもかかわらず,術後ポート創部に発生した1例について,気腹が関与した可能性を指摘し,考察している.

いずれにしても,創部に発生する腹壁子宮内膜症を,一元的に説明することは困難であり,症例により機序が異なる可能性が考えられる.自験例については,23年前の腹腔鏡手術時の資料が残っていないこともあり,原因の特定は困難であった.低頻度ではあるが,再発例や悪性転化の報告もあることから,本症例は定期的な経過観察を継続している.

利益相反:なし

文献
 

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