日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
直腸癌術後に急激な経過を呈した重症Clostridium difficile感染症の1例
佐原 康太大田 洋平阿部 有佳藪下 泰宏薮野 太一辰巳 健志望月 康久高橋 正純杉田 昭
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2018 年 51 巻 2 号 p. 162-169

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Abstract

症例は63歳の女性で,特記すべき既往歴はなかった.直腸癌に対し,腹会陰式直腸切断術を施行し術後第10病日に退院した.術後第12病日から水様便の増加を認めたため術後第14病日に緊急入院となった.血液検査ではWBC 37,200/μl,CTでは横行結腸から下行結腸にかけて浮腫を伴う拡張を認め,便培養でClostridium difficile感染症(Clostridium difficile infection;以下,CDIと略記)と診断した.抗生剤治療を行ったが同日,CT所見の増悪,全身状態の著しい悪化を認め,入院24時間後に重症CDIによるショックと診断し緊急で,大腸全摘,回腸人工肛門造設術を施行した.摘出検体では横行結腸~下行結腸に偽膜付着を伴う小潰瘍が多発していた.術後集中治療を行ったが,術後30時間後に多臓器不全で永眠された.術前CDI発症リスクの低い患者においても重症CDIにより致死的な経過を辿ることがあり,術後下痢症状に留意すること,年齢や白血球数の推移など考慮した手術治療の早期決断・介入が重要であると考えた.

はじめに

Clostridium difficile感染症(Clostridium difficile infection;以下,CDIと略記)は,抗生剤投与後の菌交代現象によって異常増殖したC. difficileが産生する毒素がもたらす疾患の総称である.しばしば術後にみられる下痢の原因菌として問題となるが,欧米では2000年以降,CDIのアウトブレイクが起きて死亡を含む重症例の増加が報告されている1).今回,直腸癌術後に重症CDIを発症し,大腸全摘手術を施行,術後も集中治療を行ったにもかかわらず救命できなかった1例を経験したため,文献的考察を交えて報告する.

症例

患者:63歳,女性

主訴:水様便増加,嘔吐

既往歴:特記すべき事項なし.

家族歴:特記すべき事項なし.

生活歴:喫煙 なし,飲酒 なし.

現病歴:2015年12月に血便を主訴に当院消化器内科を受診した.精査の結果,直腸癌 Rb,type 2,cT2N0M0 cStage IIと診断され,当科紹介となった.2016年1月腹腔鏡下腹会陰式直腸切断術,D3郭清を施行し,術後第10病日に合併症なく退院した.この際に手術当日からcefmetazole(CMZ)1 g q12h×3日間投与を行った.また,退院時の便性状は水様で,ストーマの便排除回数は4回/日であった.

退院3日目に水様便増加,嘔吐が出現した.症状が増悪したため,退院4日目に緊急入院となった.

入院時現症:身長157 cm,体重45 kg,意識清明.体温36.6°C,心拍数115回/分,整,血圧94/63 mmHg,経皮的動脈血酸素飽和度96%(RA),腹部やや膨満・軟,腸蠕動音減弱があり,腹部全体に圧痛を認めたが,反跳痛は明らかではなかった.

入院時血液検査所見:著明な白血球増加とCRP値の上昇を認めた.動脈血ガス分析では代謝性アシドーシスと乳酸値上昇を認めた(Table 1).また,入院時に採取した血液培養検査は陰性であった.

Table 1  Blood test findings at admission
​Blood count ​Blood chemistry
​WBC 37,200​/μl ​TP 6.1​ g/dl
​Neutro 34,240​/μl ​Alb 3.2​ g/dl
​Lymph 3​% ​UN 12.3​ mg/dl
​RBC 4.53×104​/μl ​Cr 0.58​ mg/dl
​Hb 14.5​ g/dl ​Na 136​ mEq/l
​Hct 41.8​% ​Cl 101​ mEq/l
​Plt 69.9×104​/μl ​K 3.1​ mEq/l
​MCV 92.3​ fl ​T-Bil 1.2​ mg/dl
​MCHC 32.0​% ​AST 21​ IU/l
​ALT 15​ IU/l
​Blood gas ​LDH 306​ IU/l
​pH 7.354​ ​ALP 234​ IU/l
​HCO3 15.7​ mmol/l ​CRP 7.3​ mg/dl
​BE −8.0​ mmol/l
​Lac 4.13​ mmol/l

入院時胸腹部X線検査所見:

腹部単純CT所見:脾彎曲を中心に横行結腸からS状結腸にかけて浮腫を伴う拡張を認め,最大腸管径は55 mmであった(Fig. 1a).左傍結腸溝と骨盤内に腹水を認めた.明らかなfree airは認めなかった(Fig. 1b).

Fig. 1 

The CTs at admission are shown. (a) The maximal diameter of the colon was 55 mm. (b) Ascites was recognized in Douglas’s pouch and around the left colon.

下痢症状と炎症反応高値から感染性腸炎を含む大腸炎と診断し,絶食による腸管安静と点滴加療の方針とした.一般便培養検査,CD toxin検査を行った.

入院後経過:入院4時間後にはさらに白血球数上昇(73,660/μl)と血小板減少(8.7×104/μl)を認めた.入院5時間後,感染症内科からの提言によってCDIを疑い,vancomycin(VCM)2 g q6h経口投与とmetronidazole(MNZ)500 mg q8h静脈投与を開始した.入院9時間後にCD毒素,CD菌体抗原ともに陽性と判明し,一般便培養検査では有意菌は認めなかった.入院13時間後から血圧低下を認め,多量の細胞外液投与を要した.入院18時間後に施行した下部消化管内視鏡検査では横行結腸~S状結腸にかけて偽膜の増殖を認め,再検したCTでは腹水の著明な増加・巨大結腸症の所見を認めた(Fig. 2).その後血圧が低下した.重症CDIによるショック,中毒性巨大結腸症の診断で入院24時間後に緊急手術の方針とした(Fig. 3).

Fig. 2 

Colonoscopy demonstrated several pseudomembranes between the transverse and sigmoid colon.

Fig. 3 

The clinical course from the admission to the operation is shown. There are the chronological changes of WBC, Plt, Lac and the preoperative treatment.

手術所見:中下腹部正中切開で開腹した.腹腔内には淡黄色漿液性の腹水を4,200 ml認め,左側結腸を中心に漿膜面の発赤と著明な壁肥厚,拡張を認めた.壊死や穿孔を疑う所見はみられず,上行結腸は浮腫状変化のみであった.回腸末端からS状結腸人工肛門までの残存大腸全摘を行い,単孔式回腸人工肛門を造設した.

切除標本所見:横行結腸~S状結腸粘膜は浮腫状,暗赤色で偽膜に覆われ,腸管壁は粘膜・筋層ともに肥厚を認めた.盲腸~上行結腸にかけては浮腫状変化が主体であった(Fig. 4).腸管虚血を示唆する所見は認めず,non-occlusive mesenteric ischemia(NOMI)は疑われなかった.

Fig. 4 

The mucosa of the transverse to sigmoid colon was edematous and covered by pseudomembranes. The change of the right colon was less marked.

術後経過:Meropenem(MEPM)1 g q12g+teicoplanin(TEIC)800 mg q12hの静脈投与を行った.ノルアドレナリンやバソプレシンなど昇圧剤を併用してもショックの離脱は難しく,CD toxinによる血管透過性亢進が疑われ,エンドトキシン選択除去用吸着式血液浄化を施行した.DIC scoreは6点(急性期DIC診断基準)と基準を満たし,トモンボモデュリン アルファ製剤も投与を行った.さらに,肝逸脱酵素の著明な上昇に対し,shock liverの診断で血漿交換療法や持続血液透析濾過法を行ったが,術後30時間後に多臓器不全で死亡した(Fig. 5).

Fig. 5 

The clinical course from the operation to death is shown. There are the chronological changes of WBC, Plt, Lac and postoperative treatment. rTM: thrombomodulin, PMX-DHP: direct hemoperfusion with polymyxin B immobilized fiber, PE: plasma exchange, CHDF: continuous hemodiafiltration.

2000年代初頭に欧米でCDIがアウトブレイクした背景としてC.difficileの強毒性株(BI/NAP1/027)が報告されているが1),本症例のPCR ribotyping解析では,PCR-ribotype 369と同じパターンであり多くの日本医療機関における優性株の一つであった.

考察

CDIは抗菌薬投与に伴う菌交代現象によって生じる感染性腸炎であり,術後下痢症の原因としてもしばしば遭遇する疾患である.また,CDIにおける抗菌薬以外のリスクとして,プロトンポンプ阻害薬(PPI)投与中,65歳以上の高齢者,ICU入室歴,経鼻チューブ挿入,手術後,免疫不全者,肥満などが挙げられ2),消化器疾患の周術期患者はCDI発症リスクを有する患者が多いと予想される.本症例のリスク因子は「手術後」のみであった.

重症CDIの定義については,Society for Healthcare Epidemiology of America(以下,SHEAと略記),Infectious Diseases Society of America(以下,IDSAと略記)やAmerican College of Gastroenterology(以下,ACGと略記)から白血球数やアルブミン値などによる分類基準が示されているが統一された見解はなく3),一般的には中毒性巨大結腸症や腸管穿孔例,集中治療や手術を要するような状態と考えられている.Sailhamerら4)によると,重症CDIの割合はCD腸炎と診断された入院患者4,796例のうち199例(4.1%)であったと報告されている.

CDIの治療については「軽症から中等症」と「重症」で異なっており,「軽症から中等症」では主に抗菌薬投与を行うが,「重症」例に関しては中毒性巨大結腸症やショック状態となって外科的治療が行われる場合がある.また,外科的治療の適応はSHEA/IDSA(2010)とACG(2013)のガイドラインでTable 2のように明記されている5).重症CDIに対する外科治療の有用性に関しては,手術群で死亡率が統計的に有意に低かった(P=0.008)という報告や死亡リスクが低かった(OR 0.70)というsystematic reviewがある6)7).しかし,手術群においても術後死亡率は19~71%と高率であり8),現在の外科的治療の適応が適正であるかどうかはさらなる検討の余地があると思われる.

Table 2  Indications for surgery of severe CDI patients in ACG guideline
2013 ACG5)
Surgical therapy should be considered in patients with any one of the following attributed to CDI:
 1. Hypotension requiring vasopressor therapy
 2. Clinical signs of sepsis and organ dysfunction
 3. Mental status changes
 4. WBC count ≥50,000 cells/μl
 5. Lactate ≥5 mmol/l
 6. Complicated CDI with failure to improve on medical therapy after 5 days

本邦における重症CDIの報告については,医学中央雑誌Web版で1977年から2016年9月までを検索(「重症」,「Clostridium difficile」,「偽膜性腸炎」をキーワードとして検索,会議録は除く)したところ,重症CDIを満たす報告は本症例含め17例であった(Table 39)~23).男女比は男:女=10:7,術前白血球数(記載中の最高値,中央値)は21,550/μlであった.手術が施行されたのは10/17例(58.8%)で,診断から手術施行までの期間は3.5日(median)であった.死亡例は非切除の症例で2/7例,手術例では4/10例と差は認められなかった.

Table 3  Literature review of published reports of severe CDI patients in Japan
No. Author Year Age Sex WBC (/μl) Operation Period to operation (days) Outcome
1 Hata9) 2000 60 F 2,460 done 13 alive
2 Uchimoto10) 2003 73 M 33,800 done 1 alive
3 Inoue11) 2003 80 M 15,500 undone death
4 Hanabata12) 2007 72 F 21,550 done 15 alive
5 Tokoro13) 2009 69 M 27,200 done 4 death
6 Tuchida14) 2010 74 M 800 undone alive
7 Koinuma15) 2012 69 M 17,200 done 1.5 death
8 Hayashi16) 2012 83 M 21,500 done 1 death
9 Kakiuchi17) 2013 27 F 25,550 done 3.5 alive
10 Kakiuchi17) 2013 57 F 43,620 done 5 alive
11 Hagiya18) 2013 40 F 6,600 undone death
12 Shima19) 2013 60 M 24,500 undone alive
13 Ono20) 2015 82 M 49,710 done NA alive
14 Takeda21) 2015 71 M 15,200 undone alive
15 Kuwano22) 2015 84 M 16,500 undone alive
16 Asonuma23) 2016 49 F 46,100 undone alive
17 Our case 63 F 73,660 done 1 death

NA: not available

重症CDIの予後不良因子としては,Sailhamerら4)が199例を検討し,①70歳以上,②高度の白血球増多(≥35,000/μl)または白血球減少(<4,000/μl)または幼弱化(桿状白血球 ≥10%),③心肺不全(挿管または昇圧剤の使用)の3因子を全て満たすと死亡率は57.1%で,一つも満たさなければ0%であったと報告している.また,Leeら24)は緊急手術を施行したCDI患者335例の検討で,術後30日以内の死亡リスクとして80歳以上,術前の敗血症性ショック,severe COPD,透析患者などを挙げている.さらに,Lamontagneら6)は,重症CDI患者のサブグループ解析で75歳以上,免疫抑制のない状態,バソプレッシンを要するショック,白血球数 ≥20,000/μl,血清乳酸値2.2~4.9 mmol/lにおいて有意に手術群の死亡が低かったと述べている.以上このことから,手術を施行することによって死亡リスクが低下する一群が存在することが伺われる.

本症例は重症CDIによって急激に全身状態が悪化し,残存大腸全摘や集中治療を行ったが入院から約60時間で死亡した.初診時に認めた高度な白血球上昇(37,200/μl)の他に,巨大中毒性結腸症や乳酸値上昇(7.7 mmol/l)を呈した後の手術介入となり,重症CDIの死亡リスクでは白血球増多とショックを有していた.重症CDIに対する切除の有用性はいまだに明らかでないが,Table 2のような条件を満たした場合や,高齢者や重篤な背景疾患を有する患者などはより早期の手術治療を行うことによって予後改善が得られるか,今後症例の集積を待つべきと思われる.

利益相反:なし

文献
 

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