日本消化器外科学会雑誌
Online ISSN : 1348-9372
Print ISSN : 0386-9768
ISSN-L : 0386-9768
症例報告
下行結腸癌に対する大腸ステント留置後に孤立性大網転移による再発を来した1例
木村 泰生藤田 博文山川 純一瀧口 豪介丸山 翔子高井 亮荻野 和功小川 博
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2018 年 51 巻 2 号 p. 146-153

詳細
Abstract

症例は33歳の女性で,2年前に下行結腸癌による大腸イレウスに対して自己拡張型金属ステント(self-expandable metallic stent;SEMS)留置後に,腹腔鏡下左半結腸切除術を施行した.その際の病理組織学的所見は,中分化型腺癌,深達度SS,n0,ly1,v1,stage IIの診断であった.術後2年目にCEAの上昇およびCTで下腹部に約3 cmの腫瘤性病変を認め,FDG-PETでも同部のみに集積を認めたことから孤立性再発病変と判断し,腹腔鏡下に腫瘤摘出術を施行した.術中所見では腫瘤は大網内に約3 cmの孤立性の腫瘤として認め,その他に明らかな播種および転移病変は認めなかった.病理組織学的所見では,下行結腸癌の血行性大網転移と診断された.結腸癌の孤立性大網転移はまれな再発形式で,これまでに報告例はない.本症例は近年増加傾向である金属ステント留置後の手術症例(外科手術前の処置bridge to surgery;BTS)であり,ステント留置と大網再発の因果関係は不明であるが,大腸ステント留置症例における長期的な予後は不明な点も多いため今後も症例の蓄積が必要である.

はじめに

2012年に本邦において大腸癌イレウス症例に対して自己拡張型金属ステント(self-expandable metallic stent;以下,SEMSと略記)留置術が保険適応となり,大腸癌イレウスに対する減圧方法の新たな選択肢として近年増加傾向である.しかし,欧米では大腸癌イレウス症例に対する術前の金属ステント留置は,腫瘍学的予後を悪化させる可能性があるため推奨されていない1).本症例は下行結腸癌による大腸癌イレウスに対して術前に金属ステントを留置した後に待期的に根治手術を施行し,術後2年目に大網内に孤立性転移にて再発を来した.これまでに結腸癌の孤立性大網転移の報告例はなく,また金属ステント留置後の再発形式としても大網転移の報告例はない.本症例の大網転移が術前の金属ステント留置と因果関係があるかは不明だが,まれな再発形式を来しており,金属ステント留置に伴う腫瘍学的予後の観点も交えて,若干の文献的考察を加えて報告する.

症例

症例:33歳,女性

主訴:なし.

既往歴:慢性甲状腺炎

生活歴:飲酒なし.喫煙なし.

入院時現症:身長158 cm,体重44 kg,BMI:17.6

現病歴:2013年12月頃から嘔吐が出現した.その後も症状の改善ないため,2014年1月に当院消化器内科を受診した.来院時に施行された腹部CT(Fig. 1)にて下行結腸腫瘍による大腸イレウスを認めたため,同日緊急透視下下部消化管内視鏡検査が施行された.透視下下部内視鏡検査では,下行結腸に全周性2型腫瘍を認め,下行結腸癌によるイレウスと診断し同部にSEMSを留置した(Fig. 2A, B).生検ではwell to moderately differentiated adenocarcinomaの診断であり,大腸イレウスを伴った下行結腸癌,2型,全周性,cT3,cN0,cM0,cStage II(本邦の大腸癌取扱い規約第8版)と診断した.

Fig. 1 

Abdominal CT scan shows the segment of the thickened wall at the almost completely obstructed descending colon (arrowhead).

Fig. 2 

A: Endoscopy showing an elevated lesion with ulceration (type 2) in the descending colon involving the entire circumference of the colon wall. B: Fluoroscopy colonoscopic view after colonic stent placement.

大腸ステント留置により速やかにイレウスは改善し,ステント留置2日後から経口摂取可能となり,ステント留置20日後に下行結腸癌に対して腹腔鏡補助下左半結腸切除術を施行した.術中所見では,腫瘍口側の腸管は良好に減圧されており,腹腔内に腹水および播種などを疑う所見は認めなかった.また,大腸ステントは腫瘍が中心となるように屈曲することなく留置されており,腫瘍およびその口側肛門側の腸管壁においてステントの露出や穿孔は認めなかった.D3郭清を行った後に,腫瘍から10 cmの距離を離して口側は結腸脾彎曲部,肛門側はS状結腸で腸管を切離し,体腔外で機能的端々吻合にて再建を行った.摘出標本では,腫瘍は全周性2型病変で,大腸ステントによる腫瘍および口側肛門側粘膜面への圧挫所見は認めたが,ステントに起因する穿孔などの所見は認めなかった.病理組織学的所見はmoderately differentiated tubular adenocarcinoma,type 2,4.2×3.1 cm,pT3(ss),pN0(総計0/41),ly1,v1,pPM0,pDM0,pRM0,pStage II(大腸癌取扱い規約第8版)であった(Fig. 3).術後経過は良好で術後1日目から飲水および食事を開始し,術後7日目に退院となった.退院後は外来にてhigh risk stage IIの判断で補助化学療法(UFT/UZEL療法)を6か月間完遂した.

Fig. 3 

Histological findings of the descending colon cancer show a moderately differentiated tubular adenocarcinoma.

その後は転移再発所見認めず経過していたが,術後2年経過した2016年1月のCTにて腹腔内に約3 cmの腫瘤性病変の出現を認めた.また,2015年7月まで1 U/dl台と正常範囲であったCEAが8.8 U/dlと上昇を認めた.

入院時現症:身長158 cm,体重44 kg,BMI:17.8,体表リンパ節を触知しなかった.

血液検査所見:血算生化学検査では特記すべき異常所見は認めず,CA19-9は28.1 U/dlと正常範囲内であった.下行結腸癌によるイレウス発症時は18.3U/dlと高値であったCEAは,切除後は1 U/dl台まで低下していた.しかし,画像上腫瘤を確認できた時点でCEAは8.8 U/dlへと上昇を認めた.

腹部造影CT所見:右下腹部に造影にて濃染される約30×31 mmの腫瘤性病変を認めた,その他に明らかな腫瘤性病変は認めず,大動脈周囲リンパ節腫大および肝転移など遠隔転移を示唆する所見は認めなかった(Fig. 4).

Fig. 4 

Abdominal contrast-enhanced CT showing an enhanced 30×31 mm intraabdominal tumor on the right side of the pelvic space (arrowheads).

FDG-PET所見:CTで指摘された腫瘤は骨盤左側に移動しており,同部に強い集積像を認めた(SUVmax 6.1).その他に再発を疑うFDGの集積は認めなかった(Fig. 5).

Fig. 5 

FDG-PET showing an abnormal uptake with maximal standardized uptake value of 6.1. The intraabdominal tumor is located in the central pelvic space.

以上の検査所見より,下行結腸癌の腹膜播種再発,リンパ節転移再発,腹腔内原発性腫瘍の可能性を考慮し,診断的治療をかねて腹腔鏡下に腫瘤摘出術を予定した.

手術所見:臍部からの単孔式腹腔鏡下手術にて開始した.腹腔内に前回手術の影響による癒着は認めなかった.腹腔内の検索では肝転移,腹膜播種病変を認めなかった.骨盤底に少量の腹水を認めたが,腹水細胞診は陰性であった(Class I).術前に指摘された腫瘤は大網左側に脂肪組織に被覆された約30 mmの腫瘤として存在し,周囲臓器への浸潤などは認めなかった.胃大網動静脈は温存しつつ腫瘍を含む大網を可及的に全切除し手術を終了した(Fig. 6).

Fig. 6 

Operative findings of the laparoscopic view. There is no dissemination and the tumor is located in the omentum. The tumor is located in the pelvic space and could be easily pulled to the upper abdominal space.

病理組織学的検査所見:腫瘤は大網内に被膜を有する白色充実性4.5×3.6×1.7 cmの腫瘍(Fig. 7A)で,組織学的には中分化型管状腺癌を認め,既往の下行結腸癌の組織との類似性を示したため,下行結腸癌の転移病変と診断された(Fig. 7B).また,腫瘤は被膜に包まれており腫瘍成分の腹腔側への露出は認めず,腫瘤内にリンパ節成分も認めず同時に摘出された大網内のリンパ節への転移も認めないことから,下行結腸癌の大網への血行性転移と診断した(Fig. 7C).

Fig. 7 

A: The resected tumor with the greater omentum was a solid white mass, 4.5×3.6×1.7 cm in size. B: Histological findings of the resected greater omentum mass show a moderately differentiated adenocarcinoma with marked necrosis and calcification which is similar to the histology of the descending colon cancer (HE ×10). C: Arrowheads indicate serosa of the greater omentum and carcinoma tissue shows no serosal exposure (HE ×2.5).

術後経過:経過は良好で術後2日目に退院となった.退院後は本人の希望もあり補助療法としてXELOX療法を6か月施行し,現在まで転移再発は認めず経過観察中である.

考察

大腸癌イレウスは全大腸癌の3.1~15.8%に起こるとされており2)3),けっしてまれな病態ではないが,その治療方針は定まっていない.大腸癌イレウスに対して,従来は緊急手術やイレウス管による減圧後の待期手術が主であったが,2012年に本邦においてSEMSの使用が保険収載されてからは,SEMS留置後の手術症例(外科手術前の処置bridge to surgery;以下,BTSと略記)も治療選択肢の一つとなった.SEMS留置により高い腸管減圧効果が得られ,その結果一期吻合が可能となることで人工肛門造設例が減少し,患者のQOLに寄与できるとされている.本邦でもSaitoら4)が大腸癌イレウスに対するBTS症例312例に対する前向き研究において,技術的成功率97.8%,臨床的成功率92.5%,穿孔率は1.6%,一期吻合は93%に施行され,人工肛門造設率は10.1%と報告されており,大腸癌イレウスに対するSEMS留置後のBTSは安全かつ有効であり十分に許容できる治療選択肢であると結論づけている.

その一方で,SEMS留置後のBTS症例において,長期的な腫瘍学的予後への影響は不明である.SEMS留置により,腫瘍への直接的物理的な侵襲から転移促進や穿孔に伴う播種再発の懸念があるとされている.2013年にSabbaghら5)が,左側大腸癌イレウス症例に対する手術単独群とSEMS留置群とを比較し,SEMS留置群が手術単独群に比較して有意に5年生存率が低いと報告し,SEMS留置による腫瘍学的予後悪化の可能性を示唆した.また,それらの報告を踏まえて,2014年の欧州および米国内視鏡学会のclinical guidelineでは,予後を悪化させるリスクがあるとして左側大腸癌イレウスに対するBTSとしてのSEMS留置は推奨しないと記載されている1)

SEMS留置による腫瘍学的予後悪化の機序は不明だが,留置時の穿孔,留置後の腫瘍への物理的圧迫による微小穿孔や脈管浸潤の促進などが推測される6).しかし,SEMS留置症例で特に再発形式には一定の特徴はなく,通常の大腸癌と同様の再発形式が報告されている.一方でSEMS留置による腫瘍学的予後の悪化はないとする報告も多く,Matsudaら7)のmeta-analysisでは,大腸癌イレウスに対してSEMS留置群と緊急手術群とで腫瘍学的予後に差はないと結論づけている.欧米においてBTSとしてのSEMS留置が予後を悪化させる根拠となった先述のSabbaghら5)やSloothaakら8)の報告では,SEMS群が緊急手術群よりも予後が悪いと述べている.しかしながら,これらの報告では穿孔率が10%を超えており,技術的臨床的成功率も70~90%と低い結果であった.穿孔が局所再発や腹膜播種再発をじゃっ起する可能性が指摘されており,これらの報告では穿孔率の高さが予後に影響した可能性があり,先述の本邦におけるSaitoら4)の報告では技術的成功率97.8%,臨床的成功率92.5%,穿孔率は1.6%と,非常に低い穿孔率と高い成功率でありステント留置における周術期の成績としては非常に良好な結果である.本邦においては,先述の穿孔やステント留置に関連する合併症に起因する予後の悪化は欧米ほど高くないことが期待されるため,現時点で本邦ではBTSとしてのステント留置は日常臨床において普及しつつあると考えられる.

本症例では,大腸癌イレウスに対してSEMS留置後に待期的に腹腔鏡下根治手術を施行し,術後2年経過した時点で大網への孤立性再発を来した症例である.本邦においては,本症例のような進行結腸癌に対する腹腔鏡手術の妥当性については一定の見解がなかったが,Kitanoら9)によって開腹手術と腹腔鏡手術の多施設共同ランダム化第III相試験において,腹腔鏡手術群は開腹手術群に比較して5年生存率の非劣性が示されなかったことが報告されている.また,サブグループ解析では直腸Rs,cT4,N2,BMI 25以上の症例で腹腔鏡手術群での予後の悪化が指摘されており,腹膜播種再発についても腹腔鏡手術群に若干多いことが報告されている.本症例は進行癌に対して腹腔鏡手術を施行されているが,上述の予後が悪いとされる因子は含んでおらず,その点において本症例の再発に関してはステント留置が何らかの影響を与えた可能性も否定はできない.

一般的な再発形式として,腹膜播種,リンパ節転移,血行転移などが挙がるが,本症例は血行性に大網転移を来したと考えられた.その根拠として,転移病巣において病理組織学的に腫瘍細胞の血管内浸潤を認めている一方で,腫瘍組織は大網の漿膜内に留まっており,腹腔側への露出を認めなかったことが腹膜播種転移ではなく血行性転移と判断した最も有意な所見である.また,胃大網動静脈の周囲以外の大網は全切除し,肉眼的病理学的に大網のその他の部位に播種などの転移病巣がないことを確認し,臨床的には術中に前回手術時の吻合部付近を含めて腹腔内に肉眼的に播種病巣がないこと,腹水細胞診も施行し陰性であることなども,間接的ではあるが播種再発でないと判断した根拠である.リンパ転移については,大網切除の際に同時に摘出したリンパ節に転移を認めなかったこと,転移病変の免疫染色検査にてリンパ系組織ではなかったことから,リンパ転移ではないと判断した.以上より,病理組織学的にも臨床所見からも本症例は大網への孤立性血行性転移の可能性が最も高いと考えられた.

大腸癌の大網への転移についての報告は少なく,医学中央雑誌で1970年から2016年4月の期間において,「大腸癌」,「大網」,「転移」をキーワードとして検索したところ,自験例以外に報告例はなかった.

大網転移の多くは播種再発に伴うものであり,大腸癌の播種再発も15~20%の頻度で起こるとされる10).しかし,本症例は上述の通り病理組織学的所見および術中所見から,大網への転移形式は血行性転移の可能性が高いと判断した.また,原発巣は異なるが肺癌の孤立性の大網転移の報告11)12)では,リンパ行性か血行性転移かの定まった見解はないが,一般に肺癌の腹腔内への転移経路は血行性転移が多いと考えられている.

本症例はSEMS留置後に通常の大腸癌ではまれな孤立性大網転移で再発した症例であり,SEMS留置との因果関係は不明であるがまれな転移形式を伴っていることから,SEMS留置による腫瘍への直接的物理的な影響も否定はできない.また,結腸癌(特に横行結腸癌)における大網切除の意義は不明であるが,大網内のリンパ流を逆行して胃所属リンパ節への転移を認める症例もあることから13),特に切除範囲が横行結腸におよぶSEMS留置後の症例では,大網を可及的に切除する意義はあるかもしれない.

大腸癌イレウス症例に対するSEMS留置後のBTS症例は今後も増加が予測されるため,腫瘍学的な予後や再発形式などの症例の蓄積が必要であると思われる.

利益相反:なし

文献
 

この記事はクリエイティブ・コモンズ [表示 - 非営利 4.0 国際]ライセンスの下に提供されています。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc/4.0/deed.ja
feedback
Top