日本消化器外科学会雑誌
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症例報告
術前に左腎静脈血栓症を合併した潰瘍性大腸炎の2例
新井 聡大松山 貴俊南角 哲俊溝口 正子花岡 まりえ岩田 乃理子増田 大機山内 慎一徳永 正則絹笠 祐介
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2022 年 55 巻 4 号 p. 282-289

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Abstract

潰瘍性大腸炎(ulcerative colitis;以下,UCと略記)の腸管外合併症である静脈血栓塞栓症では深部静脈血栓症が多いが,左腎静脈に血栓形成することはまれであり,合併すると予後不良である.当科では致死性合併症併存時のUC手術治療として3期分割手術を基本とし,初回手術として大腸亜全摘術,回腸人工肛門造設を行う方針としている.今回,術前に左腎静脈血栓を合併したUC症例2例を経験したので報告する.症例1は26歳の男性で,内科治療抵抗性のUC術前に左腎静脈血栓を合併した.症例2は57歳の男性で,寛解期のUCを背景としたS状結腸癌術前に左腎静脈血栓を合併した.腎静脈血栓の場合,下大静脈フィルターは腎血流保護のため留置困難で,2症例とも腹腔鏡下大腸亜全摘術を施行後,速やかに抗凝固療法を行うことで,術後静脈血栓塞栓症関連合併症を併発することなく治療しえた.

Translated Abstract

Venous thromboembolism (VTE) is an extraintestinal complication of ulcerative colitis (UC), and such complications lead to a poor prognosis of UC. The most common site of VTE is a deep vein in the leg, whereas VTE rarely occurs in the renal vein. In such cases, placement of a preoperative inferior vena cava filter for renal blood flow protection is difficult, resulting in a high perioperative risk for pulmonary embolism. Our surgical treatment for UC with severe complications is based on a three-stage operation, in which the first stage is subtotal colectomy with end ileostomy. We also usually select laparoscopic surgery to minimize invasion as much as possible. Herein, we report two cases of UC with left renal vein thrombosis preoperatively. The first case was a 26-year-old man with UC refractory to medical therapy, and the second case was a 57-year-old man with UC-associated sigmoid colon cancer. In both cases, we performed laparoscopic subtotal colectomy with end ileostomy, followed by starting antithrombotic drugs immediately after surgery. In both cases, there were no postoperative VTE-related complications.

はじめに

潰瘍性大腸炎(ulcerative colitis;以下,UCと略記)は再燃や内科治療抵抗性,colitic cancerなどの理由で手術となる症例も多く,周術期に腸管外合併症である静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism;以下,VTEと略記)の合併を認めることがある.UCのVTE合併頻度は1.0~7.7%1)と報告されており,欧米での大規模コホート研究で,健常人の約2~3倍の併発リスクがあると報告されている2).VTE合併のUCは予後不良と報告されている3).VTEを生じる部位としては下肢が最多であり,腎静脈に発生することはまれである.今回,我々は手術を要するUC症例において,術前より左腎静脈血栓の合併例を2例経験し,いずれの症例も術後VTE関連合併症を併発することなく治療しえたので,文献的考察を加えて報告する.

症例

症例1:26歳,男性

主訴:発熱,血便,下痢,腹痛,食事摂取困難

既往歴:なし.

家族歴:なし.

喫煙歴:10本/day×7年

現病歴:7年前にUC(全大腸炎型)発症し,プレドニゾロン(prednisolone;以下,PSLと略記)と白血球除去療法で寛解したが,PSL漸減で再燃を認めた.その後インフリキシマブを導入し,寛解,維持されていた.以後,寛解と再燃を繰り返し,再燃時は 白血球除去療法,PSL投与,アダリムマブ導入にて寛解が得られていた.最近2年は,通院アドヒアランス不良となっていたが,上記主訴にて当院消化器内科受診,UC増悪,内科治療抵抗にて外科治療目的に当科紹介となった.

来院時現症:身長180 cm,体重87 kg,BMI 26.85,体温37.4°C,脈拍103回/分,血圧140/91 mmHg

腹部:平坦,軟,腹部全体に圧痛あり,反跳痛あり,筋性防御なし,血便・下痢10回/day

血液生化学検査所見:WBC 15,200/μl,RBC 323×104/μl,Hb 6.7 g/dl,Plt 32.0×104/μl,PT-INR 1.32,APTT 22.4 s,Fib 383 mg/dl,FDP 6.4 μg/ml,D-Dimer 3.50 μg/ml,Alb 2.2 g/dl,BUN 17 mg/dl,Cre 0.99 mg/dl,Na 127 mEq/l,K 3.9 mEq/l,Cl 92 mEq/l,LDH 225 IU/l,AST 32 IU/l,ALT 81 IU/l,γ-GTP 67 IU/l,ALP 160 IU/l,T-Bil 0.4 mg/dl,CRP 8.33 mg/dl

胸腹骨盤造影CT所見:盲腸から直腸まで連続性に浮腫状壁肥厚を認めた.左腎静脈に広範な造影欠損を認めた(Fig. 1).

Fig. 1 

CT showed a thrombus in the left renal vein in Case 1.

下部消化管内視鏡検査所見:直腸のみ観察した.直腸全周性に血管透見低下,管腔内に血液の軽度貯留を認めた.Ulcerative colitis endoscopic index of severity(以下,UCEISと略記)はV2B2U1であった(Fig. 2).

Fig. 2 

Colonoscopy of the rectum showed decreased vascular permeability and fluid retention in the lumen in Case 1.

入院後経過:内科治療抵抗性のUCにて緊急手術の方針とした.致死的肺動脈塞栓のリスクを有する左腎静脈血栓の合併あり,3期分割手術の方針とした.末梢血管外科と相談のうえ,下大静脈フィルターは両側腎静脈および下大静脈閉塞のリスクを考慮し留置せず,術後早期の抗凝固療法を施行する方針とした.

手術所見:腹腔鏡下大腸亜全摘,回腸人工肛門造設術を施行した.

腹腔鏡下に全結腸の授動と腸間膜の処理を行った.血管処理は回結腸動脈を温存し,中結腸動脈,左結腸動脈,S状結腸動脈は中間位で処理した.直腸は翻転部の口側で切離し病変部を摘出した.

手術時間284分,出血量210 ml,術中に濃厚赤血球3 U輸血した.切除標本上は,全大腸にびまん性にびらん,潰瘍が散在しており,潰瘍性大腸炎活動期と矛盾しない所見であった(Fig. 3).

Fig. 3 

Resected tissue in Case 1. Multiple diffuse erosions and ulcers were present in the entire colon. The background mucosa was in the active stage of UC.

術後経過:術後24時間よりヘパリン化(15,000 U/day)開始し,第6病日Clavien-Dindo分類Grade IIの麻痺性イレウス発症したが保存的治療で改善し,第10病日流動食の摂取を開始した.第12病日にエドキサバントシル酸塩水和物60 mg/dayに切り替え,第14病日VTE関連合併症を併発することなく退院した.術後3か月で血栓消失を確認し,2期目手術として,腹腔鏡下残存直腸全摘,回腸囊肛門管吻合,回腸人工肛門造設術を施行した.術後経過良好で,第6病日に退院した.3期目手術(人工肛門閉鎖術)を2期目手術後3か月で施行した.術後経過良好で第6病日に退院した.術後3か月で血栓消失確認し,その後30か月経過の現在も予防的抗凝固療法を継続している.

症例2:57歳,男性

主訴:貧血

既往歴:B型肝炎無症候性キャリア

家族歴:なし.

喫煙歴:なし.

現病歴:13年前にUC(左側大腸炎型)を発症し,アザチオプリンで寛解維持が得られていた.6か月前より貧血の進行を認めたため,下部消化管内視鏡検査を施行し,S状結腸癌と診断され,当科紹介受診となった.

来院時現症:身長166.6 cm,体重66.6 kg,BMI 24.0

腹部:平坦,軟,圧痛なし,排便2~3回/day

血液生化学検査所見:WBC 6,100/μl,RBC 473×104/μl,Hb 12.7 g/dl,Plt 16.3×104/μl,PT-INR 1.10,APTT 29.5 s,D-Dimer 0.95 μg/ml,Alb 4.8 g/dl,BUN 16 mg/dl,Cre 1.12 mg/dl,Na 140 mEq/l,K 3.8 mEq/l,Cl 104 mEq/l,LDH 200 IU/l,AST 19 IU/l,ALT 12 IU/l,γ-GTP 31 IU/l,ALP 219 IU/l,T-Bil 0.7 mg/dl,CRP 0.29 mg/dl,CEA 26.7 ng/ml,CA19-9 20.1 U/ml

胸腹骨盤造影CT所見:下行結腸に40 mmに渡る造影効果を伴う壁肥厚あり,漿膜の変形あり.明らかなリンパ節腫大なし.左腎静脈から下大静脈にかけて造影欠損を認めた(Fig. 4, 5).

Fig. 4 

CT showed a tumor in the descending colon and no enlarged lymph nodes in Case 2.

Fig. 5 

CT showed a thrombus from the left renal vein to the IVC in Case 2.

下部消化管内視鏡検査所見:下行結腸に全周性狭窄を伴う2型病変を認め,スコープ通過困難であった.生検にてtub1,papであった.UCEISはV0B0U0であった(Fig. 6).

Fig. 6 

Preoperative colonoscopy showed a type 2 circumferential tumor in the descending colon in Case 2.

受診後経過:術前CTにて左腎静脈血栓と診断し,速やかにアピキサバン5 mg/dayを開始した.術前診断は下行結腸癌,D,40 mm,2型,cT3,cN0,cM0 cStage IIa(大腸癌取扱い規約第9版)であった.致死的肺動脈塞栓のリスクを有する左腎静脈血栓の合併あり,3期分割手術の方針とした.

手術所見:左腎静脈血栓は下大静脈まで進展しており,肺塞栓症(pulmonary embolism;以下,PEと略記)のリスクが高いと判断し,腹部操作開始前に,予防的人工心肺装置用シースを右大腿動静脈に留置した.腹腔鏡下大腸亜全摘,回腸人工肛門造設術,D3郭清を施行した.回結腸動脈は温存し,郭清範囲以外の結腸間膜は中間位で処理した.直腸を腸管壁に沿って間膜処理を行い,翻転部口側で直腸を切離し,標本を摘出した.手術時間241分,出血量160 mlであった(Fig. 7).

Fig. 7 

Resected tissue in Case 2. D, Circ, Type 2, T3, N2b, M0, Stage IIIb. The background mucosa was in remission from UC.

病理組織学的検査所見:検体に活動性炎症は見られず,背景粘膜は寛解期の潰瘍性大腸炎であった.最終診断は下行結腸癌 D,全周性,2型,tub2>tub1,T3,Ly1a,V1c,Pn1a,PM0,DM0,RM0,N2b,M0,stage IIIb(大腸癌取扱い規約第9版)であった.

術後経過:第1病日人工心肺装置用シースを抜去した.第2病日よりエノキサパリンナトリウムを開始した.第5病日にアピキサバンに内服切り替え,第6病日に経過良好でVTE関連合併症を併発することなく退院した.術後補助化学療法としてCAPOX療法施行したが,CTCAE Grade 4の好中球減少とCTCAE Grade 3の消化器毒性を認め,1コースで中止とした.術後6か月現在,左腎静脈血栓は縮小傾向であるが残存しており,抗凝固療法を継続している.

考察

UCの腸管外合併症であるVTEの合併は致死率30%程度と予後不良であり3),特にPEの合併はさらに予後不良となる.UCでのVTE発生率は緊急手術症例で8.7%,予定手術症例では4.9%と報告され4),高齢,疾患活動期,入院治療,カテーテル留置,周術期,VTEの既往,妊娠中などがリスクファクターである.一般的な深部静脈血栓症発生率は0.012%であり5),明らかに高い数値であるといえる.当院で2017年1月から2020年3月までの期間に初回手術治療を行ったUC全49症例のうち,術直前にVTEを認めた症例は本報告例を含め4例(8.1%)とこれまでの報告と頻度相違なく,高率に合併していた.また,炎症性腸疾患の再燃時に高くVTEを合併するとの報告もあり6),本報告では1例が再燃時のUCであった.UC再燃で内科治療抵抗性かつ緊急手術となるような疾患活動性の高い重症症例ではより高率に合併しやすいことが示唆された.また,担癌症例においても,凝固能の亢進からVTE合併率は増加することが知られており,中村ら7)は大腸癌周術期のDVT発生率は26.3%と報告している.UC長期罹患例ではcolitic cancerを発症するリスクが高まり,そのような場合,寛解期であっても本報告例のようにVTE合併を来すリスクが高まることが考えられる.

Andradeら8)は,炎症性腸疾患症例のVTE合併例においてVTEの発生部位として下肢が33.3%と最も多く,PEの合併率は18%と報告している.当院においてVTEを認めた4例のうち,2例が左腎静脈に発生していた.UCに合併した腎静脈血栓症の報告は医学中央雑誌にて「潰瘍性大腸炎」,「腎静脈血栓」をキーワードとして1964年から2020年の期間で検索したところ,1例のみの報告であり9)PubMedにて「ulcerative colitis」,「renal venous thrombosis」で検索したところ,1950年から2020年までの期間で4例の報告例のみで,まれな病態と考えられた10)~13).腎静脈血栓の原因としてネフローゼ症候群は報告が多く,低アルブミン血症や凝固線溶系の異常,血管内脱水や血小板凝集能の亢進などさまざまな成因があるとされているが14),UCにおいても疾患活動性の高い時期は低アルブミン血症,血管内脱水となりやすい.また,腎静脈は結腸の背側近傍に位置し,炎症腸管からの炎症の波及により血栓形成が促進された可能性も考えられる.腎静脈血栓は症状としては血尿や腎機能障害が多いものの,無症状なものも多いため14),発見が遅れる危険性がある.今回の症例はいずれも当院初診で,以前にVTEスクリーニングは未施行であり,当院にて初めてVTEが発見された.再燃時や疾患活動性の高い時期のUCにはより血栓形成傾向にあり,下腿の静脈のみならず腹腔内などの中枢の静脈血栓を考慮し,VTE詮索を行うべきである.

VTE合併症例における術前の致死的合併症予防として下大静脈フィルターの留置があるが,腎血流保護のため原則留置場所は腎静脈下である.本症例のように腎静脈血栓の場合,腎静脈より頭側にフィルターを留置しなければならず,その場合捕捉血栓により下大静脈閉塞,腎静脈閉塞の危険性があり,本症例においても腎血流保護のためフィルターを留置していない.また,フィルター留置に関して明確な適応基準はなく,むしろ肥満患者に対する肥満手術においては予防的下大静脈フィルター留置によりVTE合併が増加したとの報告もある15).少なくとも本症例のような腎静脈血栓の場合,下大静脈フィルターは難しい.

当科では,VTEなどの致死性合併症併存時のUC手術治療は大腸亜全摘術,回腸人工肛門造設を施行する方針としており,アプローチ法は原則全例に腹腔鏡下手術を選択し,侵襲を最低限にし,早期離床を促している.腹腔鏡下手術に関しては,開腹手術と比較し,VTE発症のリスクとはならないことはすでに示されており16),米国消化器内視鏡外科学会のガイドラインでも腹腔鏡手術によりVTE発症リスクは増加しないとされている17).血栓形成状態での潰瘍性大腸炎手術については,これまでに腹腔鏡手術成績の報告はなく,どの術式を選択すべきかについてもいまだ明らかではない.しかし,腹腔鏡手術は開腹手術と比較して,術後早期離床が可能であり,本報告において腹腔鏡手術後に血栓症の発生なく,良好な経過をたどっていることから,腹腔鏡手術が血栓形成状態での潰瘍性大腸炎手術に有用である可能性が示唆された.気腹による腎静脈血流の低下やtrendelenburg位による静脈うっ滞で血栓形成促進の可能性は考えられるものの明らかではなく,症例の蓄積が必要である.VTE合併UCの抗凝固療法は確立しておらず,当科では可能なかぎり術前に抗凝固療法を行い,術後も可及的速やかに抗凝固療法を再開している.これまでに致死的合併症を認めず,いずれも比較的短い在院日数で退院することが可能であった.

今回,我々はUCに腎静脈血栓を合併した2例を経験した.外科治療を要するUC 患者では常にVTE合併に注意しなければならず,また腹腔内血栓の合併は未治療では致死的となるため,腹腔内血栓を考慮に入れた術前評価を行うことが必要である.今後の症例の蓄積は必要であるものの,VTE合併時には可能なかぎり侵襲の少ない術式が望ましいと考えられた.

利益相反:なし

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