2006 年 18 巻 1 号 p. 23-39
この論文の目的は、雇用者が感じているストレスや健康の自己評価と、医療費との関係を明らかにすることである。ここで用いたデータは、ある企業の雇用者の医療費パネルデータと生活習慣に関するアンケート調査から得られた情報を結合したものであるが、分析を複雑にしないため、非喫煙者のデータだけを用いた。
まず、私たちは、雇用者の健康の自己評価がどのような要因によって決まっているかを分析した。その結果によれば、性別や年齢そのものは自己評価にほとんど影響を与えていないが、高血圧、胃がん、脳卒中、アルコール依存症などの生活習慣病は、自己評価を著しく低下させる。しかしながら、健康な雇用者の集団においては、こうした生活習慣病の罹患率が低いので、それよりも肩こり、腰痛、手足の関節痛、全身のだるさ、手足の痺れなどの自覚症状の方がより重要な要因であるが、単独の要因として最も強い影響を及ぼしているのはストレス指数である。
次に、私たちは健康の自己評価が医療費に及ぼす影響を分析した。この推計結果によれば、5段階の自己評価が1段階上昇すると、医療費は3割以上も減少する。したがって、短期的には、健康状態が非常に良い(第5段階)と答える人は、健康状態が悪くない(第3段階)と答えた人の半分の医療費しか使っていない。医療費と健康状態の自己評価の同時方程式の推定結果によれば、ストレス指数が1段階上昇すると、自己評価は約0.3ほど低下するため、医療費は約10%近くも増加すると推定される。
一般的に、これまでのわが国の公的医療は、病理的な変化に着目したいわばハード的な治療が中心であったと考えられるが、ストレスには心理療法が有効である可能性は高い。職場によっては、すでにこうした取り組みが始まっているようであるが、ここでの分析からはそうした試みは医療費のコントロールの観点からも、有効性が期待できると考えられる。また、最近の研究によれば、高齢者やその介護者の健康の自己評価は、抑欝によって非常に大きな影響を受けていることが明らかになってきている。こうしたことを考慮すると、医療資源を有効に利用する観点から、これまでのハード的な治療中心の医療だけでなく、心理的な療法も重視すべき時期にきている。