本稿では,日本と英語圏における人文主義(人間中心主義)地理学の歴史を,批判的に再検討した。
日本での事例研究は,主に村落地理学と歴史地理学で展開され,国内で伝統的に培われてきた独自の人文主義的視点も保持されていた。しかしながら,実証科学としての人文主義地理学の核心は,国内外においてしばしば誤解されてきた。
そのため著者は,トゥアン,レルフ,レイそれぞれの元来のアプローチ,およびフッサールとシュッツの現象学に立ち戻って,基本的な概念と視点を再考し,人文主義地理学をより厳密に再定義した。すなわち,人間の実存空間やその表象にみる共同主観的秩序への注目,人間の理性と感性における普遍性の探究,内部の人間の視点に立った人文学的資料や現場調査資料の利用,人間科学の方法論の哲学的反省である。
この再定義からみた場合,日本の地理学においても,集落空間の民俗分類の記号論,計量的なテクスト分析,空間や景観に対する認識論の再検討,「人間」対「自然」という西洋流二元論の根本的再考といった形で,方法論上の挑戦が積み重ねられてきたといえる。