人文地理
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論説
日本におけるハラール食品の生産と供給へのアクター・ネットワーク理論応用の試み
野尻 亘
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2016 年 68 巻 4 号 p. 421-441

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抄録

日本におけるハラール食品の生産と供給について,アクター・ネットワーク理論を応用して分析した。第1に,バブル景気のころより増加した在日ムスリムによるエスニック・ビジネスとして成立したハラール食肉生産は,非公式な滞在者も多いなかでの宗教的紐帯にもとづく,インフォーマルな市場であり,正規の流通ネットワークに結びつかなかった。第2に,2010年代中頃より,日本政府の農産物輸出振興戦略によって,日本人の経営する大規模な近代的・衛生的施設において,海外のハラール認証を得て,食肉を生産・輸出することが試みられるようになった。国際的に通用するハラール認証の取得とその維持費用の高さから,海外市場で対抗するためには,ブラジルや豪州産のハラール食肉のように大規模な資本力や規模の経済が必要となる。このようなハラール食肉自体の高コスト化は,在日ムスリムの購買力や所得の低さと矛盾する。日本の事業者が正規に着手するハラール認証食肉はイスラム圏の富裕な階層やインバウンド・ムスリムの需要を想定している。最初に日本でのハラールの問題を顕在化させた本来の在日ムスリム社会の存在は,マイノリティとして等閑視されている。これら両者の矛盾するネットワークについて,アクター・ネットワーク理論を応用し,ネットワークを構成する「序列づけの諸様式」を明らかにした。

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© 2016 一般社団法人 人文地理学会
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