人文地理
Online ISSN : 1883-4086
Print ISSN : 0018-7216
ISSN-L : 0018-7216
研究ノート
「大地へ帰れ運動」におけるカウンターカルチャー共同体の思想と生活実践
市川 康夫
著者情報
ジャーナル 認証あり

2025 年 77 巻 2 号 p. 169-191

詳細
抄録

本研究は,カウンターカルチャー共同体に注目し,1970年代フランスを事例にアンダーグラウンド・プレスに描かれたヒッピーコミューンの具体像を通じて,「大地へ帰れ運動」の思想と生活実践の展開を明らかにした。ヒッピーコミューンは,都市近郊で安価な地価や農村アメニティを求める農村移住とは異なり,強い農村性に基づき,都市や文明から離れた不便な生活環境を意図的に選択し,主流社会に対する代替やユートピアを模索した。1970年代初頭の農村コミューンは,農業と自然との関係や,スピリチュアルや内面の探求,個人の解放と価値観の再発見,社会変革の思想が目的の中心にあった。生業における付加価値の高い農業の採用,副収入としてのアルティザン仕事,日雇いの季節労働,滞在者の受け入れが,経済的基盤を支えていた。しかしコミューンには理想と現実での葛藤もあった。例えば,農業による自給自足の困難さや食事・栄養面での苦労,カップルを基盤とした伝統的な性別分業や家内労働の負担の偏りが問題となった。また,水平的関係を目指すコミューン内でリーダーの出現やメンバー間の格差が生じ,ユートピア的な理想との矛盾も生じていた。しかし,彼らが行った実践とその思想は,その後の現代へと至るカウンターカルチャー共同体へと引き継がれ,1990年代以降の共同体運動の再興の礎ともなった。

著者関連情報
© 2025 一般社団法人 人文地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top