2026 年 78 巻 2 号 p. 151-175
両大戦間期の日本では,陸上交通の一部を自動車が担うようになり,特定の地域間を定期的に運行するバスやトラックの路線網が形成された。本稿は,当該期の代表的な定期トラック事業者である大和運輸に焦点を当て,路線網の形成とその背景について検討した。大和運輸は1920年代以降の道路整備の成果を活用しつつ,東京市を中心とする定期トラック路線網を形成した。1938年頃の路線網は,関東地方とその周辺に展開し,推定路線総延長は約1,300 km,東京市外の配達区域は116を数えた。路線の多くは鉄道と並行し,物品輸送において競合関係にあった。路線網形成の背景として,三越の百貨店商品の配達を請け負い,その配達経路の多くを主な営業路線に設定していたことが挙げられる。当初の路線計画は見直され,一部予定線の中止や,計画外路線の開通が生じた。また,東京市外での配達と復荷(帰り荷)確保のため,路線上に集配組織を整備していたことも重要である。営業上の重要性が高い都市には直営営業所が配置された。直営営業所の配置が適当でない都市には,非直営の集配組織が設けられる場合があった。このように事業に適した路線を模索し,片荷輸送の回避に努めたことにより,大和運輸は困難とされる定期トラック事業で発展を遂げたと考えられる。