広島港フェリー甲板長事件に関して行った心理学的鑑定の要点を紹介した。この事件では、被告人の殺害についての認否が複雑に変転していることが特徴であった。鑑定においては、まず、被告人の供述調書をはじめとする裁判の一件資料、被告人等からの聞き取り、そして実施した心理検査の結果に基づいて、被告人の特徴を心理学的に検討した。その結果、被告人には軽度の知的障害が認められ、言語能力は比較的高いが、論理的な推論になると難しいことや、明らかに嘘と分かるようなときでもそれを言い通す場合のあることなどが明らかになった。次に、被告人が真犯人である場合とそうでない場合とを仮定して、それぞれの場合に被告人の一連の供述がいかに理解できるかを検討した。その結果、被告人の自白が真の自白であるとすると、殺害方法を述べた上申書や調書のできた経緯に関する検面調書の供述に不可解となるところがあることが分かった。一方、虚偽自白であるとすると、被告人の一連の供述は、被告人の特徴も考慮に入れることによって理解可能であった。