全部床義歯製作時の咬合再構成における下顎位決定のための基礎資料を得るため, 日本語/s/発音時における舌・下顎の調音運動に対するS状隆起の形態変化の影響を電気的パラトグラフ, シロナソグラフ・アナライジング・システムおよびサウンド・スペクトログラフの同時観測システムを用いて調査した.
被験者は成人有歯顎者5名, 被験語は先行母音を/a/, 後続母音を広母音/a/および狭母音/u/とした有意味単語/asa/ (朝) および/asu/ (明日) で, 被験音は/s/とした.
その結果, 摩擦音産生時間, 最大狭め形成時間および下顎安定時間は, /asa/より/asu/のほうが長く, S状隆起添加によって/asu/のほうがより延長する傾向が認められた.一方, 下顎中切歯点の上下距離は, S状隆起の添加によって両被験語とも有意に延長し, この傾向に被験語間の差異はないことが示された.
以上より, S状隆起部は日本語/s/発音時の舌の調音運動や下顎の上下運動と関連があること, また/asa/に比べて/asu/のほうが下顎位を判断する際に有利である可能性の高いことが示唆された.