日本鳥学会誌
Online ISSN : 1881-9710
Print ISSN : 0913-400X
ISSN-L : 0913-400X
オオヨシキリの生態と配偶システムの個体群間比較
個体群によって結果が異なるのはなぜか?
江崎 保男浦野 栄一郎
著者情報
ジャーナル フリー

1995 年 44 巻 3 号 p. 107-122,209

詳細
抄録
分布域の広い生物種は、地域によって異なる環境に適応してきた結果、個体群によって異なった生態や社会システムを示すことがある。旧北区に広く分布するオオヨシキリは、ヨーロッパの個体群も日本の個体群もなわばり型一夫多妻制の社会をもつことが知られているが、個体群によって生態や社会行動に違いのあることもわかってきた。この論文では、個体識別に基づいて詳しく研究されてきたオオヨシキリの5個体群について、個体群間の類似点と相違点を明らかにし、なぜ個体群によって結果が異なるのかを論じる。
なわばり型一夫多妻制の進化を雌にとっての適応性という観点から説明する作業仮説として「一夫多妻のいき値モデル(PTM)」(VERNER 1964,0RIANS 1969)が、知られている。このモデルは、「雌は一夫多妻で繁殖するとコストがかかるにもかかわらず、未婚雄でなく既婚雄を選んで一夫多妻になるのはなぜか?」を説明するもので、「既婚雄が未婚雄よりもはるかによいなわばりをもっていれば、その既婚雄とつがうことで、一夫多妻繁殖のコストを補償するないしは上回る利益が得られるから」というのが、その答えである。そして、生息場所の不均質性によって、雄のなわばり間でその質に大きな差があることが、一夫多妻の究極的な原因と考えられている。本論文では、このモデルの論理を表す6つのキーワード(下線;Fig.1)に焦点を当てて、オオヨシキリの個体群間比較を行う。
対象とするのは、日本の琵琶湖(LB)と河北潟(KH)、ポーランドの Milicz(ML)、ドイツの Franken(FR)およびスウェーデンの Kvismaren 湖(LK)の各個体群である(Table 1)。ヨーロッパの個体群は亜種 arundinaceus に、日本の個体群は orientalis に属する。基本的な繁殖生態に5個体群で違いはなく、いずれも、雄が雌よりも先に渡来してなわばりをもつ、雌が雄のなわばりに定着する形でつがいが成立する、一部の雄が一夫多妻となる、といった点で、PTMで前提となる基本条件を満たしている。各個体群の一夫多妻雄の割合は10%以上から50%近くまでの幅があったが、1個体群の年変異も大きかったので、一夫多妻雄の割合の違いが、個体群間の何らかの差異に基づいているわけではない。
6つのキーワードのうち、繁殖のコスト、利益および適応性については、繁殖結果から評価できる。まず、PTMが当てはまるのであれば、既婚雄を選んだ雌の平均繁殖成功が同じ時期に未婚雄を選んだ雌と比べて低くなることはないだろう(雌にとっての適応性)。また、異なるタイプの雄を選んだ雌の間で卵や雛の死亡原因を比べることで、一夫多妻繁殖のコストと利益が検出できる場合がある。FRでは一夫一妻雌に比べて一夫多妻第二雌の成功度が極端に低く(Fig.2)、PTM否定されたが、LBとLKではPTMが支持され、ML、KHでも否定はされなかった。卵•雛の主死亡要因は、一夫一妻巣では各個体群とも捕食だったが、第二雌巣については個体群によって異なり、ヨーロッパの3個体群では雛の餓死が多く、日本では、LBで非孵化、KHで捕食が多かった(Table2)。LBとMLでは第二雌の巣に対する捕食圧が低く、またLKでは第二雌の一腹卵数が多いため、結果的に、既婚雄を選んだ第二雌と未婚雄を選んだ雌の繁殖成功に差はなかった。これらの利益は、LBではなわばり内の植生が密なことによって、MLでは複数家族での集団防衛によって、LKではおそらくなわばり内の餌条件の良さによつて得られたものと考えられている(Table3)。
第二雌の雛に対する雄による給餌が少ないことは、各個体群に共通する一夫多妻繁殖の(潜在的)コストである。ヨーロッパの個体群では、このために第二雌の雛の多くが餓死したが、日本の個体群では餓死は少なかった。日本で第二雌の雛も十分に給餌され、餓死が少なかったのは、繁殖期の気候がより温暖なため、雌が抱雛時間を減らして餌運びに集中でき、雄による給餌不足を補えるためであろう。また、日本ではヨーロッパに比べ、同じ雄とつがう雌同士の育雛期のずれがより大きいため(Fig.3)、雄が両方の雛に給餌することも可能となる。これはとくに寒かったり雨が続くような場合には意味をもつだろう。ヨーロッパでは、日本と比べて雌の定着(つがい形成)期間がより短く、同調的なこと(Fig.4)が、雌同士の繁殖サイクルのずれを大きく保とうとする場合の制約になっている可能性がある。一夫多妻雄がどちらの雌の雛に給餌するかは、つがい形成順ではなく、孵化順によって決まる。
著者関連情報
© 日本鳥学会
次の記事
feedback
Top