日本鳥学会誌
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ヨーロッパとアジアの異なる個体群におけるオオヨシキリの繁殖生態
Andrzej DYRCZ
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1995 年 44 巻 3 号 p. 123-142,211

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抄録

本論文では文献および未発表データに基づいて、オオヨシキリの個体群を比較することを目的とし、とくに基亜種 A.a.arundinaceus と東アジア産亜種 A.a.orientalis との違いに注意を払う。異なる地域(Figs.1 & 2)の19個体群(基亜種13、東アジア産亜種6)での研究を比較の対象とする。
大部分(17)の個体群において、本種はさまざまな種類のヨシ原に生息し、ほとんどの場合、ヨシの茎に営巣する。2個体群は例外的で、チェコのNamestske養魚池では抽水植物帯に優占するガマに営巣し、極東アジアのChanka湖では湖岸沿いに広大なヨシ原があるにもかかわらず、大部分の巣は林縁のやぶや低木に造られた(Table 1)。Chanka 湖では比較的多くの巣が乾燥した土地に造られたが、このようなことはヨーロッパではきわめてまれであり、日本でもまれである。一般的に亜種 orientalis の個体群では基亜種に比べて繁殖密度がはるかに高い(Table 2)。理由の一部は亜種 orientalis の生息場所の方が人間による改変をより強く受けているためと考えられる。日本のヨシ原ではオオヨシキリが繁殖鳥の優占種だが、ヨーロッパではふつう、ヨーロッパヨシキリ、オオジュリン、オオバンなどの方が数が多い。ヨーロッパではオオヨシキリと競合する可能性があるヨーロッパヨシキリが日本に生息しないことは、日本でオオヨシキリが非常に高密度な理由の1つかもしれない。
平均一腹産卵数は南から北に向けて少し多くなる傾向がある(Table 3)が、東西の亜種間に基本的な違いは見いだせなかった。
営巣失敗の個体群間での違いに、地理的な傾向は見られなかった(Table 4)。失敗の主な理由は捕食によるものだった。ヨーロッパに比べて、日本ではヘビ類がより重要な捕食者と考えられる。人手の加わった生息場所に棲むネズミ、オナガ、ハシボソガラスのような動物についても同様と考えられる。スウェーデンの Kvismaren 湖では卵や小さな雛への加害者として、同種の個体が重要と考えられている(BENSCH & HASSELQUIST 1993)。これはとくに、一夫多妻第一雌の卵を破壊することで、自身の社会的地位と適応度を上げることのできる第二雌にあてはまるだろう。
雛全員の餓死はヨーロッパ個体群に限られるようで、日本では巣内の1雛しか餓死しない(EZAKI 1990)。理由の1つは一夫多妻の同じなわばり内の雌の間での巣内雛期の重なり具合にあるのかもしれない。同じなわばり内の雌の初卵産卵日のずれは、ヨーロッパ(ポーランド、スウェーデン)ではたいてい5日以内だが、日本では14日程度ある。このため、第二雌の雛に対する雄親の給餌が、日本ではヨーロッパよりもふつうにみられる。日本で雛の餓死がまれな別な理由は温和な気候にあるかもしれない(URANQ 1990a)。
カッコウによる托卵は亜種 orientalis でより一般的なようだ(Table 5)。卵の孵化率には2亜種間で大きな違いはない(Table 6)。巣当たりの平均巣立ち雛数には場所や年度によって1.84羽から3.57羽までの変異がみられ、最大値と最小値はスイスの同じ個体群で2年間に得られたものである。雛が与えられる餌内容の個体群間での類似性は、地理的分布によるものではなく、生息場所のタイプによる(Tables 7 & 8)。
一夫多妻の頻度がもっとも高かったのは、本種の地理的分布範囲の北端と南にある2つの富栄養湖においてだった(Table 9)。他の9個体群では一夫多妻雄の割合は14.3%から27.8%だった。
本州~中国東北部の方がヨーロッパ中央部よりも南に位置し、気候もいくらか温和にもかかわらず、平均初卵日は遅かった(Table 10)。
2亜種間の顕著な違いは換羽と渡りにみられる。基亜種の大多数の個体は晩秋にアフリカ北部で完全換羽を行ってから赤道以南の越冬地へと移動する。亜種 orientalis の大多数は繁殖期直後に繁殖地かその近くで完全換羽し、成鳥•幼鳥とも秋の渡り前に換羽を完了する。基亜種に比べて亜種 orientalis は渡りの期間が短く、越冬地で過ごす期間が長い(NISBET & MEDWAY 1972,EZAKI 1984,1988)。
オオヨシキリの繁殖生態の諸側面に関する個体群間の違いは亜種の区分と一致するものと結論できるだろう。すなわち、亜種 orientalis の個体群の方が、生息場所に対する耐性が強く(やぶや低木、また水のない場所での繁殖)、繁殖密度が高く、巣内雛の餓死が少なく、カッコウの托卵を多く受ける。ただし、これらの特徴のいくつかは、研究された orientalis 個体群のいくつかが人為的に著しく改変された場所に棲んでいるという理由によるのかもしれない。一方、一腹卵数、巣の全滅、孵化率、巣立ち雛数、巣内雛の餌内容は、亜種の区分とは関係のない個体群間の変異を示した。

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