抄録
1. はじめに―「仕事場」からみるモノづくりに向けて
わが国の自動車産業は、戦後から現在にいたるまで、「日本式モノづくり」として賞賛され、世界中のさまざまな地域で、その生産手法が応用されている。とくに、トヨタ自動車(以下、トヨタ)による「ジャスト・イン・タイム」や「カイゼン」(1)など、西三河地域で発展した大量生産の手法は、現在でも自動車産業に深く根付いている。しかし、その裏側で、町工場を中心に、ロット数が小さく、さまざまな種類の機械部品を一個単位で製作する「単品モノ」のモノづくりが、それらの大量生産と、もちつもたれつの関係を築きながら西三河地域で展開してきた。ただし、このようなモノづくりは、長らく経済的な観点からトヨタの「バッファー」として、あるいはトヨタの生産方法の論理によって一括りに考えられ捨象され、自動車産業との関係のなかでどのように成り立っているのかについては明らかにされてこなかった。
本稿では、戦後から現在にかけて、西三河地域の自動車産業とともに展開したもうひとつのモノづくり―「単品モノ」のモノづくりに焦点を当てる。そして、「単品モノ」のモノづくりに関わる人びとが、どのように「仕事場」をつくり自分たちのモノづくりに意味を見出してきたのか、ライフヒストリーの手法をもとに明らかにすることを目的とする。
工場の「仕事場」は日々の製作現場であり物理的になくてはならない空間である。とはいえ、単なるモノづくりの背景ではなく、工場の人びとによるモノづくりに対するさまざまな意味が反映され、畳み込まれている場であるといえる。本稿では、そのような「仕事場」の履歴をたどり、西三河地域の町工場によるモノづくりの成り立ちを明らかにする。とくに2012年から現在にいたるまで、断続的に調査してきた愛知県刈谷市にあるT社の「仕事場」を紹介する。T社は、父親と息子の2世代にわたって続く家族経営の工場であり、「数モノ」(大量生産のこと)と「単品モノ」とのあいだを揺れ動きながら、少しずつ、「単品モノ」としてのモノづくりを確立し磨いていった工場である。その移り変わりをもっとも反映しているのが、「仕事場」になる。本稿では、そのような「仕事場」の変化をとおして、T社の人びとが、どのように自動車産業とともに自分たちのモノづくりを展開してきたのか、父親と息子H氏の聞き取りから明らかにする。