Japanese Journal of Pharmaceutical Education
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Practical Article
Simulation-practice of the adverse effect of propranolol on asthmatic patients using a PC installed with high-performance patient simulator software
Tadashi NagamatsuYuna TakagiShunsuke KuronoTomoko KawamuraFumiko OhtsuNobuyuki GotoTomohiro Mizuno
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2017 Volume 1 Article ID: 2016-003

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Abstract

薬剤師の責務として薬物による有害作用の発現を回避することがあげられる.3年次生物学応用実習(薬理学)で高機能患者シミュレータのソフトウェア(LLEAP)搭載PCを用いて,プロプラノロール(Pro)の喘息患者に対する降圧作用と有害作用についてシミュレーション演習を行った.中程度の喘息発作症例にProを投与したときの心肺機能パラメータの値を学生に経時的に記録させ,図を作成させた.また,演習期間中にカテコラミンと降圧剤について自宅課題を出した.プレテストの正答率と比較してポストテストの正答率は学年席次に関係なく上昇した.さらに,演習レポートに,68%の学生がProは喘息患者に禁忌であると記述し,40%の学生がProの作用機序を正しく記述した.LLEAP搭載PCを用いたシミュレーション演習と自宅課題を組み合わせた演習プログラムはProの有害作用や作用機序の学習に有用であった.

背景

薬学部の学生は,5年次の実務実習中に薬剤に関係した副作用を示す患者と話をする機会はあるが,重い有害作用を発症した患者に会うことはほとんどない.現在,成人喘息患者数は過去30年間で約3倍に増加し,人口の約3%が喘息であると言われている1.また,心疾患は死因の第2位で,患者数も多いことから,多くの循環器系薬剤が使用されている2.なかでもβ遮断薬は狭心症,不整脈,高血圧症,心不全の治療薬として用いられるが,喘息発作誘発作用を含む有害作用があるので患者の既往歴や薬歴に注意する必要がある.

高機能患者シミュレータSimMan 3G(レールダルメディカルジャパン,東京)は,病院の救命救急処置室,野外での救命救急トレーニング3,4を想定したシミュレータで,プレインストールシナリオとして心停止,アナフィラキシーショック等が組み込まれている.先に私たちは,SimMan 3G本体を用いた急性喘息発作増悪時の薬物療法の演習5やSimMan 3G のインストラクタソフトウェア(LLEAP)搭載コンピュータ(PC)を用いて交感神経刺激薬の循環器系パラメータに対する作用を学ぶ演習6について報告した.

今回は,プロプラノロールの有害作用と作用機序の学習にLLEAP搭載PCを用いたシミュレーション演習と自宅課題からなる演習プログラムが有効であったので報告する.

方法

1. 演習プログラム

2016年の3年次生物学応用実習(薬理学)において,1人1台でLLEAP搭載 PCを用いて演習プログラム(図1)を実施した.演習プログラムの最初にプレテスト(図2)と簡単な講義を行った.学生はLLEAPを起動した後,急性喘息発作の症例(アイザックモリス)を選択し,LLEAPのモデルコントロール画面(図1)で喘息と不安の程度を0%にセットし,1日目のエピネフリン急速静脈内投与と2日目のエピネフリン,ノルエピネフリン,イソプレナリン持続点滴静脈内投与のシミュレーション演習を先の報告のように実施した6.3日目の課題①ニフェジピン,リシノプリル,プロプラノロールの経口投与による循環器に対する作用のシミュレーション演習では,喘息と不安の程度を0%にセットし,各薬剤の投与量を20 mg/body 7に設定した.薬剤を経口投与した後1分ごとに10分間 LLEAP搭載PCのモニタ画面(図1)でパラメータ(血圧,心拍数,心拍出量)の値を読み取って記録した.その後に各パラメータの経時変化のグラフを作成した.3日目の課題②プロプラノロール経口投与による喘息患者における喘息発作増悪作用のシミュレーション演習では,心肺停止に至らないように喘息の程度を40%に,不安の程度を20%にセットし,プロプラノロールの投与量を20,40 mg/body 7に設定した.経口投与後15分間各パラメータ(血圧,心拍数,心拍出量,呼吸数,SpO2)の値を読み取って記録した後に経時変化のグラフを作成した.学生は,1,2日目に自宅課題(図3)に対する課題レポートを作成して翌日までに,また,演習プログラム終了1週間後までに演習レポートを作成して提出した.ポストテスト(図2)は,3日目のシミュレーション演習終了直後にプレテストと同じ問題で実施した.3日目のシミュレーション演習の課題①,②で作成したグラフと気道の状態を図4に示す.

図1

3年次生物学応用実習(薬理学)におけるシミュレータを用いた演習プログラムの概要(LLEAPのオートモード操作パネルの画像の使用については,レールダルメディカルジャパンの許諾を得た.)

図2

シミュレーションプログラムで使用したプレテストとポストテストの試験問題.ポストテストはプレテストと同一の問題で実施した.

図3

1日目と2日目のシミュレーション演習後に課した自宅学習の課題.

図4

モニタ画面に表示される各パラメータ値から作成したグラフ.

(a)課題①:喘息発作なしで各降圧薬(20 mg/body)を経口投与した後の循環器パラメータの経時変化 -----:ニフェジピン,……:リシノプリル,——:プロプラノロール.

(b)課題②:喘息発作を起こしている症例にプロプラノロールを経口投与した後の循環器,呼吸器パラメータの経時変化 ——:40 mg/body,-----:20 mg/body.

2. 教育効果の解析

プロプラノロールの有害作用の演習プログラムを受講したA,Bクラス学生(留年者を除く.C,Dクラスは気管支拡張薬の演習プログラムを受講)116名を3等分し,2年次までの定期試験の素点合計による席次に基づいて席次上位群(39名),席次中位群(38名),席次下位群(39名)として解析を行った.プレテストとポストテストの結果の解析は,全問題(知識関連,演習関連,降圧薬関連)と各関連問題の正答率,全問題におけるプレテストとポストテストの正答率差と席次との相関,席次群ごとの正答率について行った.解析結果の統計処理は,StatMate IV(アトムス,東京)とIBM SPSS Statistic(日本IBM,東京)を用いた.プレテストとポストテストの正答率についてはWilcoxonの順位和検定を用いた.全問題における席次と得点率差の相関については,Pearsonの相関係数とSpearmanの順位相関係数の検定で行った.席次群の正答率については一元配置分散分析とTukey検定を用いた.危険率が5%以下の場合に統計学的に有意差があるとした.なお,演習開始前に,収集した記録,成績と個人名との連結が不可能な状態にして解析し,学会,論文等で公表することを学生に説明し,同意を得た.また,プレテスト,ポストテストの成績を演習評価に使用しないことを伝えた.

結果

1. プレテストとポストテストの正答率の解析(表1図5

全問題,知識関連,演習関連,降圧薬関連のポストテストの正答率はプレテストと比較してすべて有意に上昇した(表1).全問題におけるプレテストとポストテストの正答率差と席次との間に有意な相関はなかった(図5a,相関係数 –0.082,有意確率0.34,順位相関係数0.188,有意確率0.22).一方,席次上位群,中位群,下位群で全問題のポストテストの正答率は有意に上昇したが,群間での正答率は同程度で有意な差はなかった(図5b).

表1 プレテスト及びポストテストの正答率
全問題 知識関連 演習関連 降圧薬関連
プレテスト 60.5 ± 17.4 59.4 ± 16.8 64.1 ± 67.5 56.0 ± 62.9
ポストテスト 70.3 ± 25.1*** 66.1 ± 19.8*** 73.4 ± 77.4*** 74.7 ± 83.5***

平均値±標準偏差.***: P < 0.001 vsプレテスト.n = 116名.Wilcoxon符号付順位検定.

図5

学年席次に対するプレテスト・ポストテストの正答率差の散布図(a)と各席次群間のプレポスト・ポストテストの正答率(b).

:プレテストの正答率,:ポストテストの正答率,上位群:n = 39,中位群:n = 38,下位群:n = 39.結果は平均値±標準偏差である.##: P < 0.01,###: P < 0.01 Tukey検定.

2. 演習レポートにおける解析(図6

演習レポートでシミュレーション演習の理解度を調べるために,キーワード(禁忌,喘息の悪化,心不全,心拍数の減少,除脈,心拍出量の低下)を用いて解析した.学生の49%は喘息患者に禁忌であることを演習レポートに記述した.「喘息発作を悪化させる」と記述した学生は32%であった.「心不全・除脈」を禁忌として記述した学生は15%であった.「喘息に禁忌・喘息を悪化」と「心不全・除脈」を記述した学生は10%であった.一方,図には示さないが,プロプラノロールの降圧作用の機序として心拍数の低下や心拍出量の低下を演習レポートに記述した学生は40%であった.

図6

演習レポートにキーワード(禁忌,喘息の悪化,心不全,心拍数の低下,除脈,心拍出量の低下)を記述した学生の割合.

考察

多くの医療施設や医学部においてヒト型シミュレータが導入され,診断・診察技術や手技に関する教育効果が多数報告されている810.薬学部においてもシミュレータの導入が進み11,バイタルサインの確認やフィジカルアセスメントの教育に利用されている1214.しかし,薬物の効果や有害作用に関するシミュレータ教育についての報告はほとんどない.

今回の演習プログラムの目的は,喘息患者におけるプロプラノロールの作用をLLEAP搭載PCでシミュレーションし,薬理学的知識と薬効,有害作用を結び付けることである.プレテストと比べてポストテストの正答率が上昇したこと(表1)と演習レポートに約半数の学生が「プロプラノロールは喘息患者に禁忌」と記述したこと(図6a)から,LLEAP搭載PCを用いたシミュレーション演習と自宅課題を組み合わせた演習プログラムは,喘息患者におけるプロプラノロールの有害作用の学習に有効であることが示された.

3日目の課題②のシミュレーション演習において,喘息発作時に無処置でも心停止や呼吸停止にならない程度の喘息発作症例にプロプラノロールを経口投与すると,呼吸数は顕著に上昇し,SpO2は低下し,15分後には心肺機能は停止した(図4b).このことで学生にプロプラノールが喘息患者に禁忌であることを印象付けることが出来たと思われる.一方,演習レポートにプロプラノロールの禁忌として心不全患者を記述した学生は15%と低値であった(図6c).私たちは,学生が自学した結果としてプロプラノロールが心不全患者に禁忌であると記述することを期待したが,シミュレータ演習課題②の目的がプロプラノロールの喘息患者おける喘息発作の増悪作用のシミュレーションであったため妥当な結果であるのかもしれない.今後,心不全症例にプロプラノロールを経口投与するシミュレーション演習を開発することは,薬物の有害作用を学習するための有効なツールになると思われる.

結果には示さなかったが,プレテストとポストテストの知識関連問題6の「アドレナリンβ1受容体は,アデニル酸シクラーゼを活性化する.」に対するポストテストの正答率はプレテストの正答率53%から73%に上昇し,知識関連問題9の「アドレナリンは,心筋細胞のβ₁受容体を刺激する.」のポストテストの正答率は66%から83%に上昇した.降圧剤関連問題1の「ニフェジピンはジヒドロピリジン系のCa2+チャネル拮抗薬である.」の正答率は56%から90%と著明に上昇した.このポストテストにおける正答率の上昇は,薬物の作用機序を自宅課題として調査させた結果と思われる.一方,降圧剤関連問題3の「プロプラノロールの副作用は,空ぜきである.」を不正解と正しく選択できた学生がプレテストの42名(32%)からポストテストでは22名(17%)へと減少したことから,呼吸数の増加を空ぜきと思ったか,あるいは喘息発作症状として喘鳴は知っていても咳嗽という症状には思い至らなかったと推察される.対策として,SimMan 3G本体を用いて急性喘息発作のシミュレーションに学生を立ち会わせて,咳嗽が喘息発作の症状のひとつとして出現することを体験させることが考えられる.

シミュレータ演習の問題点として,喘息非発作症例(健常例)へのリシノプリルまたはプロプラノロールの経口投与後2分以内に血圧が,また,プロプラノロールで心拍数,心拍出量が急激に低下した(図4a)ことが挙げられる.大須賀らは,健常人にプロプラノロール20 mgを1回経口投与後60分で心拍数は低下したが,血圧の低下はなかったと報告していて,ヒトとシミュレータで薬物に対する反応に違いが見られた15.リシノプリルについては,中島らは第1相試験で20 mg 1回経口投与で,1.5時間後から血圧は有意に低下し,心拍数は5時間後で増加したと報告していている16.また,添付文書には降圧効果の発現は,ニフェジピンで経口投与1時間後17,リシノプリルで7時間後18と記載されている.いずれの薬剤もヒトにおいて降圧効果や心拍数に対する影響が出現するまでに1時間以上かかっている.ニフェジピンやリシノプリルの最高血中濃度到達時間(Tmax)17,18から考えても今回の各薬物経口投与後のシミュレーションにおいて降圧効果の発現時間が速すぎることが明らかになった.それゆえ,事前に学生に対してシミュレーション演習に用いた高機能患者シミュレータ(SimMan 3G)のLLEAPは患者の病態・状態を再現できるが,特に薬剤を経口投与したときの薬物効果発現の経時変化を忠実に再現しないことやシミュレータは医療者のトレーニングのために用いることについて説明する必要がある.

謝辞

本演習の一部はJSPS科研費JP23390136の助成を受けて実施された.論文の作成に協力していただいた服部祐果,蓮井亮に感謝します.

利益相反:永松 正:レールダルメディカルジャパンより,LLEAPのライセンスの一部を供与された.その他の開示すべき利益相反はない.

文献
 
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