日本公衆衛生看護学会誌
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研究
保健師教育課程選択制導入前後の保健師による学生実習の技術到達度評価の比較
斉藤 恵美子鈴木 良美岸 恵美子澤井 美奈子掛本 知里中田 晴美五十嵐 千代麻原 きよみ永田 智子森 豊美栗原 せい子
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2017 年 6 巻 2 号 p. 150-158

詳細
Abstract

目的:本研究は,保健師教育課程選択制導入前後の保健師による学生の実習での技術到達度を比較し,教育内容を評価することを目的とした.

方法:2013年と2015年に保健師学生の実習指導を担当した東京都特別区の保健師を対象として,無記名自記式質問紙調査を実施した.2013年は86施設,2015年は78施設の保健所・保健センター各1名を対象とした.2013年は特別区内の全ての教育機関が統合カリキュラム,2015年は14校中10校が選択制カリキュラムであった.質問項目は,保健師教育の技術項目と卒業時の到達度,回答者の年代,経験年数,職位,施設の保健師数,実習期間と学生数等とした.

結果:各年での有効回答49人,35人を分析対象とした.その結果,2015年の24項目の技術到達度が2013年よりも有意に高かった.

考察:全体の4割の小項目の技術到達度が上昇し,低下した小項目はなかったことから,保健師による評価としての選択制導入後の学生の到達度が高まったことが示唆された.

I. 緒言

高齢社会の進展や医療の高度化による社会的な要請として,より質の高い看護職の人材養成が求められている(厚生労働省,2010).看護系大学でも,看護基礎教育の質の向上のための取り組みが進められている(文部科学省,2011).保健師の人材育成としても,生活習慣病の発症予防や要介護状態の予防,虐待や自殺の予防,感染症や災害対策に関する健康危機管理等,多様で複雑な健康課題に対応し,社会の需要に応えるための能力を身につけることのできる基礎教育の質の向上が課題となっている(厚生労働省,2010鎌田,2013).

2009年の保健師助産師看護師法の改正では,看護師の国家試験受験資格に「大学」が明記され,保健師・助産師の教育年限が「6か月以上」から「1年以上」に変更された.これを受けて,保健師教育についての教育内容,教育方法の見直しと充実が図られることとなり,2011年の保健師助産師看護師学校養成所指定規則(以下,指定規則)の改正により,保健師の教育内容の一部が「地域看護学」から「公衆衛生看護学」へ変更され,保健師国家試験受験資格取得に必要な単位数が23単位から28単位に増加した.実習科目の単位数も4単位から5単位に増加し,実習の教育内容の充実と評価が課題となっている.

保健師教育を担う主な教育機関である大学の実態調査(文部科学省高等教育局医学教育課,2015)によると,文部科学省が指定する保健師養成学校としての看護系大学198校のうち,128校(65%)が選択制をとっていた.指定規則改正から5年が経過し,看護系大学の半数以上が新たに選択制による保健師教育を展開していることから,今後は,多様な保健師教育の一つの類型である選択制による教育の目標や内容,成果を示していく必要があると考える(岸,2013村嶋,2013).

保健師教育の目標と評価の基準としては,厚生労働省から「保健師教育の技術項目と卒業時の到達度」(61項目)(厚生労働省医政局看護課,2008)が示され,その後,保健師助産師看護師法改正に伴い指定規則も改正され,看護教育の内容と方法に関する検討会の第一次報告(厚生労働省,2010)の中で,2008年の指標を改訂した「保健師に求められる実践能力と卒業時の到達目標と到達度」(71項目)が示された.到達度の項目等の変化からみると,保健師の力量として,地域や集団を対象とする実践を基盤に社会的公正を具体化する活動を展開する能力や,健康危機管理のための能力,専門職としての自律性が必要とされてきたと考えられる.また,これらの到達度を評価指標とした先行研究では,統合カリキュラムでの学生の自己評価(鈴木ら,2011津野ら,2014)について報告されており,施策化・予算化の項目は到達度が低いことや,短期間の実習日数での限界について述べられていた.実習形態の違いによる学生の自己評価の比較等に関する研究(林ら,2014)でも,行政機関での実習や長期間の設定での教育的な効果が報告されている.このように,学生の自己評価として到達度を指標とした研究は多く報告されている.しかし,保健師の実習指導に関する研究は,実習指導の現状(宮﨑ら,2006)や,実習指導者としての役割(Kotera et al., 2013),産業保健・看護実習で大学に望むこと(猪俣ら,2015)等,主に実態把握や役割に関する報告であり,到達度の評価に関する研究(鈴木ら,2015)は数少ない.加えて,実習指導者の保健師による学生の技術到達度について,経年的に評価した研究は報告されていない.学生の自己評価と同様に,指導者からの他者評価について,教育課程の改正前後での変化を示すことは重要である.そこで,本研究は,保健師教育課程選択制導入前後の保健師による学生の実習での技術到達度を比較し,教育内容を評価することを目的とした.

II. 研究方法

1. 調査対象

調査対象は,2013年と2015年(平成25年度と平成27年度)に保健師学生の実習指導を担当した東京都特別区(以下,特別区)の保健師とした.特別区保健所保健センター(以下,施設)一覧(東京都福祉保健局,2013)に掲載されていた115施設(2013年現在)に学生実習受け入れ状況について郵送調査を実施し,学生実習を受け入れていた86施設(2013年),78施設(2015年)を調査対象施設とした.学生指導体制については,1大学の1グループのみを受け持つ場合や複数の大学とグループを受け持つ場合,学生指導担当のリーダーの役割を担う保健師を位置づけていた場合等,施設ごとに異なっていた.そこで,回答者については,代表者に情報を集約した方がより包括的な評価が得られると考え,各施設に選定を一任し,代表者1名とした.

なお,特別区保健師業務連絡会では,実習生の前提条件として,看護師教育課程の臨地実習および公衆衛生看護関連科目を履修して,各科目の学習目標に到達していることを取り決めている.特別区の保健師学生実習受け入れについては,2013年は保健師・看護師統合カリキュラム(以下,統合カリキュラム)の経過措置として,各大学の一学年の定数の半数(60人を上限)を10日間,それ以外の学生は5日間と設定されていた.2014年以降は,原則として4単位以上(実習期間は20日間以上)の実習を行う学生を受け入れている.特別区内の保健師基礎教育機関は2012年4月時点で14校(大学13校,養成校1校)であり,2015年に4年次に選択制での実習を実施した大学は10校であった.また,2009年から特別区と教育機関での合同検討会を開催し,実習目標や内容,指導方法について意見交換し,情報を共有している.合同検討会での協議も含めて,特別区保健師業務連絡会では,「保健師学生の臨地実習マニュアル(特別区版)」や,「保健師等学生の実習実施の手引き(特別区編)」を作成して,保健師学生の実習の質向上のための検討を継続している(鈴木ら,2015).主な検討内容の具体例は,事前学習の学習内容や指導方法,事例の継続支援や複数事業の見学,問診・相談事業等の実際の体験である.これらの過程を経たことにより,保健師の指導内容には大きな差はないと考え,回答を合計して評価することとした.

2. 調査方法

郵送による無記名自記式質問紙調査を2014年1~3月,2015年7~11月に実施した.各年の調査月については,カリキュラム改正に伴う実習期間の変更により,実習終了日の翌月までの設定とした.なお,2013年4月からの年度は統合カリキュラムの最終年度であり,2015年4月から保健師教育の選択制カリキュラムが導入されている.

3. 調査項目

1) 保健師教育の技術項目と卒業時の到達度

本研究では,実習の学生到達度のための評価項目として,先行研究との比較が可能な「保健師教育の技術項目と卒業時の到達度」(厚生労働省医政局看護課,2008)(以下,技術到達度)を使用した.2010年に「保健師に求められる実践能力と卒業時の到達目標と到達度」(厚生労働省,2010)が公表されているが,本研究では,特別区と所轄の教育機関との検討の経緯や先行研究との比較等が容易なことから2008年に公表された評価項目を使用することとした.

技術項目の指標は,大項目(3項目),中項目(8項目),技術の種類(本研究では「小項目」とする)(61項目)の3段階で構成されている.また,卒業時の到達度は,小項目ごとに,個人や家族を対象とした技術として「個人/家族」37項目,集団(自治会の住民,要介護高齢者集団,管理職集団,小学校のクラス等)や地域(自治体,企業,学校等)の人々を対象とした技術として「集団/地域」61項目,合計98項目に区分されている.本研究では,この98項目の小項目について比較した.また,到達度レベルは,「I:ひとりで実施できる」「II:指導のもとで実施できる(指導保健師や教員の指導のもとで実施できる)」「III:学内演習で実施できる(事例等を用いて模擬的に計画を立てたり実施できる)」「IV:知識としてわかる」の4段階で評価する.本研究での技術到達度については,全国保健師教育機関協議会(2009)の「卒業生の80%以上が到達できているか否か」という設定や,麻原ら(2010)の「保健師教育機関の卒業時点で80%以上の学生が到達できていると思われる程度」という設定を参考として,実習を指導した学生の8割について,「到達できている」「到達できていない」の2件法での回答を設定した.

2) 回答者の属性,実習指導について

回答者の属性として,年代,保健師としての経験年数,職位についての項目,回答者が所属している施設に関することとして,保健師数,実習期間と学生数,保健所実習の期間,指導した保健師学生の区分(選択制実施校の学生とそれ以外の学生)の項目を設定した.自由記載として,2013年の調査では,「選択制による保健所・保健センター実習が開始されるにあたり,実習への期待や要望等」,「アンケートに関する意見や疑問点,他に保健師教育に必要と考えられる項目」について,2015年の調査では,「平成25年度までの選抜されていない学生と,平成27年度の選抜された学生を比べて変化を感じたこと」「選抜された学生を指導されるにあたり,工夫したことや,よかったこと,困難を感じたこと」についての項目を設定した.

4. 分析方法

対象者の属性と対象施設についてはカイ二乗検定,t検定,小項目の技術到達度を2013年と2015年の2群間で,Fisherの正確確率検定により比較した.分析には統計ソフトSPSS version 21 for Windowsを使用した.また,自由回答の記述は,類似している内容を分類して集計した.

5. 倫理的配慮

実習施設の担当者に郵送で協力を依頼し,郵送による返信をもって同意を得たこととした.なお,本研究は,東邦大学看護学部倫理審査委員会の承認を得た(2014年1月20日).

III. 研究結果

1. 対象者と実習施設の属性

2013年は対象者数86人,回収数57人(回収率66.3%),有効回答数49人,2015年は,対象者数78人,回収数45人(回収率57.7%),有効回答数35人であった.2015年については,留年した学生の統合カリキュラムでの実習指導も一部含まれたため,選択制の学生のみ指導した回答者を有効回答とした.各年の対象者の属性と対象施設を表1に示す.2015年の対象者の方が統計的に有意に一般の職位の割合が多く,係長の職位の割合が少なかった.また,2015年の施設の実習受け入れ学生数(平均)が有意に少なかった.

表1  各年の対象者の属性と対象施設
項目 2013年(n=49) 2015年(n=35) p値1)
n(%),または平均(標準偏差)
年代 20歳代 1​ (2.0) 3​ (8.6) 0.503
30歳代 9​ (18.4) 8​ (22.9)
40歳代 27​ (55.1) 18​ (51.4)
50歳以上 11​ (22.5) 6​ (17.1)
不明 1​ (2.0) 0​
保健師としての経験年数 1~9年 6​ (12.2) 8​ (22.9) 0.415
10~19年 18​ (36.7) 10​ (28.6)
20~29年 20​ (40.8) 16​ (45.7)
30年以上 4​ (8.2) 1​ (2.9)
不明 1​ (2.0) 0​
職位 一般 6​ (12.2) 13​ (37.1) p<.001
主任 26​ (53.1) 18​ (51.4)
係長 16​ (32.7) 1​ (2.9)
課長補佐 1​ (2.0) 1​ (2.9)
不明 0​ 2​ (5.7)
施設の保健師数(平均) 10.4​ (7.1) 12.1​ (10.6) 0.435
施設の実習受け入れ学生数(平均) 10.8​ (5.4) 4.9​ (6.7) p<.001
施設の実習受け入れ延日数(平均) 75.3​ (33.3) 73.4​ (24.3) 0.767

1)年代,経験年数,職位はカイ二乗検定,施設に関する情報はt検定で比較した(不明は除く).

2. 保健師の評価による技術到達度の推移

小項目ごとの技術到達度を表2~表4に示す.2015年の方が2013年よりも統計的に有意に高かった小項目は24項目であった.2013年と2015年の技術到達度の平均割合は,個人/家族(37項目)では46.7%と56.4%,集団/地域(61項目)では43.6%と62.1%であり,いずれも2015年の方が高い割合であった.また,統計的な有意差はなかったが,2015年の技術到達度が低下していた項目は,9項目であった.

表2  大項目「地域の健康課題を明らかにする」の小項目ごとの技術到達度の比較
小項目 個人/家族到達度レベル1) 8割以上の学生の技術到達度2) p値3) 集団/地域到達度レベル1) 8割以上の学生の技術到達度2) p値3)
2013年
(n=49)
2015年
(n=35)
2013年
(n=49)
2015年
(n=35)
身体的・精神的・社会文化的側面から客観的・主観的情報を収集し,アセスメントする I 65.3 63.9 0.999 I 49.0 58.3 0.510
社会資源について情報収集し,アセスメントする I 65.3 63.9 0.999 I 55.1 55.6 0.999
自然および生活環境(気候・公害等)について情報を収集し,アセスメントする I 61.2 58.3 0.825 I 55.1 52.8 0.999
健康課題を生活者である当事者の視点を踏まえてアセスメントする I 51.0 52.8 0.999 II 42.9 63.9 0.079
一時点だけではなく(観察や資料等による)経時的な情報を収集し,アセスメントする I 37.5 55.6 0.123 I 27.1 50.0 0.041
顕在している健康課題を見出す I 69.4 69.4 0.999 I 44.9 66.7 0.052
健康課題を持ちながらそれを認識していない・表出しない・できない人々を見出す II 51.0 63.9 0.274 III 34.9 77.1 p<.001
今後起こりうる健康課題や潜在している健康課題を予測する I 46.9 50.0 0.828 III 37.2 77.1 0.001
活用できる社会資源とその不足・利用上の問題を見出す I 42.9 44.4 0.999 II 46.9 61.1 0.272
地域の人々の持つ力(健康課題に気づき,解決・改善,健康増進する能力)を見出す I 34.7 44.4 0.378 II 32.7 63.9 0.008
健康課題について優先順位をつける I 53.1 50.0 0.828 II 38.8 61.1 0.050

1)卒業時の到達度レベルは,「I:ひとりで実施できる」「II:指導のもとで実施できる(指導保健師や教員の指導のもとで実施できる)」「III:学内演習で実施できる(事例等を用いて模擬的に計画を立てたり実施できる)」「IV:知識としてわかる」の4段階で設定している.

2)割合は無回答を除いて算出した.

3)Fisherの正確確率検定で比較した.

表3  大項目「地域の人々と協働して,健康課題を解決・改善し,健康増進能力を高める」の小項目ごとの技術到達度の比較
小項目(技術の種類) 個人/家族到達度レベル1) 8割以上の学生の技術到達度2) p値3) 集団/地域到達度レベル1) 8割以上の学生の技術到達度2) p値3)
2013年
(n=49)
2015年
(n=35)
2013年
(n=49)
2015年
(n=35)
目的・目標を設定する I 61.2 63.9 0.825 II 57.1 69.4 0.267
地域の人々に適した支援方法を選択する I 51.0 55.6 0.826 II 49.0 61.1 0.262
実施計画を立案する I 59.2 52.8 0.659 II 57.1 58.3 0.999
評価の項目・方法・時期について評価計画を立案する I 44.9 44.4 0.999 II 49.0 50.0 0.999
地域の人々の生活と文化に配慮した活動を行う I 55.1 52.8 0.999 II 46.9 66.7 0.081
地域の人々の持つ力を引きだすよう支援する I 34.7 41.7 0.651 II 34.7 61.1 0.027
地域の人々が意思決定できるよう支援する II 42.9 66.7 0.047 II 32.7 61.1 0.015
訪問・相談による支援を行う(集団を対象とした訪問・相談には,施設や事業所の訪問等を含む) I 38.8 61.1 0.050 II 37.5 61.1 0.047
健康教育による支援を行う I 51.0 66.7 0.185 II 67.3 88.9 0.023
地域組織・当事者グループ等を支援する II 37.5 51.4 0.264
活用できる社会資源,協働できる機関・人材について,情報提供をする I 36.2 41.7 0.654 II 46.9 66.7 0.122
支援目的に応じて社会資源を活用する II 47.9 58.3 0.383 II 31.0 52.9 0.186
当事者と関係職種・機関でチームを組織する II 22.2 41.7 0.090 III 43.5 57.1 0.141
個人/家族支援,組織的アプローチ等を組み合わせて活用する II 57.1 63.9 0.102
法律や条例等を踏まえて活動する I 40.8 44.4 0.825 II 57.1 75.0 0.081
危機状態(DV・虐待・災害・感染症等)への予防策を講じる III 37.2 55.9 0.114 III 38.8 58.3 0.064
危機状態(DV・虐待・災害・感染症等)に迅速に対応する IV 45.7 57.1 0.372 IV 42.9 69.4 0.266
目的に基づいて活動を記録する I 67.3 75.0 0.480 I 29.3 57.1 0.655
活動の評価を行う I 51.0 66.7 0.185 II 63.3 77.8 0.110
評価結果を活動にフィードバックする I 30.6 58.3 0.015 II 31.0 68.6 0.084
継続した活動(含フォローアップ)が必要な対象を判断する I 40.8 52.8 0.378 II 39.0 65.7 0.017
必要な対象に継続した活動(含フォローアップ)を行う II 37.5 55.6 0.123 III 45.8 63.9 0.020
地域の人々とコミュニケーションをとりながら信頼関係を築く I 61.2 80.6 0.062 I 35.7 60.0 0.154
地域の人々と必要な情報を共有し共通の活動目的を見出す I 32.7 47.2 0.186 III 36.6 54.3 0.001
地域の人々と互いの役割を認め合いともに活動する II 43.8 63.9 0.080 III 46.9 66.7 0.024
関係職者・機関とコミュニケーションをとりながら信頼関係を築く I 40.8 55.6 0.195 II 31.0 52.9 0.124
関係職者・機関と必要な情報を共有し共通の活動目的を見出す II 38.8 55.6 0.186 III 43.5 57.1 0.041
関係職者・機関と互いの役割を認め合いともに活動する II 36.7 55.6 0.122 III 57.1 63.9 0.166

1)卒業時の到達度レベルは,「I:ひとりで実施できる」「II:指導のもとで実施できる(指導保健師や教員の指導のもとで実施できる)」「III:学内演習で実施できる(事例等を用いて模擬的に計画を立てたり実施できる)」「IV:知識としてわかる」の4段階で設定している.

2)割合は無回答を除いて算出した.

3)Fisherの正確確率検定で比較した.

表4  「地域の人々の健康を保障するために,生活と健康に関する社会資源の公平な利用と分配を促進する」の小項目ごとの技術到達度の比較
小項目 集団/地域到達度レベル1) 8割以上の学生の技術到達度2) p値3)
2013年
(n=49)
2015年
(n=35)
施策(事業・制度等)の根拠となる法や条例等を理解する I 67.3 66.7 0.999
施策化に必要な情報を収集する II 53.1 66.7 0.266
施策化が必要である根拠について資料化する II 40.8 44.4 0.825
施策化の必要性を地域の人々や関係する部署・機関に根拠に基づいて説明する III 26.2 48.6 0.058
施策化のために,関係する部署・機関と協議・交渉する IV 35.6 58.3 0.047
地域の人々の特性・ニーズに基づく施策(事業等)を立案する IV 44.4 63.9 0.117
組織(行政・企業・学校等)の基本方針・基本計画との整合性を図りながら施策(事業等)を立案する IV 35.6 58.3 0.047
予算の仕組みを理解し,根拠に基づき予算案を作成する IV 33.3 47.2 0.255
施策(事業・制度等)の実施に向けて関係する部署・機関と協働し,活動内容と人材の調整(配置・確保等)を行う IV 35.6 41.7 0.648
施策や活動,事業の成果を公表し,説明する IV 37.8 58.3 0.077
保健医療福祉サービスが公平・円滑に提供されるよう継続的に評価・改善する IV 40.0 61.1 0.075
地域の人々の権利擁護のために個人情報を適切に管理する I 73.5 83.3 0.307
地域の人々の尊厳と権利・プライバシーをまもる I 77.6 86.1 0.405
倫理的に検討・判断した上で実践する I 50.0 72.2 0.046
生活環境(気候・公害等)の整備・改善について提案する IV 42.2 55.6 0.268
地域の人々が組織や社会の変革に主体的に参画できるよう機会と場,方法を提供する IV 35.6 61.1 0.027
地域の人々や関係する部署・機関の間にネットワークを構築する IV 44.4 75.0 0.007
広域的な健康危機(災害時・感染症等)管理体制を整える IV 35.6 58.3 0.047
必要な地域組織やサービスを資源として開発する IV 34.1 47.2 0.259
効率・効果的に業務を行う IV 43.2 69.4 0.025
研修の企画等を通して保健医療福祉サービスの質を高める IV 34.1 58.3 0.042
社会情勢と地域の人々に応じた保健師活動の研究・開発を行う IV 31.8 55.6 0.042

1)卒業時の到達度レベルは,「I:ひとりで実施できる」「II:指導のもとで実施できる(指導保健師や教員の指導のもとで実施できる)」「III:学内演習で実施できる(事例等を用いて模擬的に計画を立てたり実施できる)」「IV:知識としてわかる」の4段階で設定している.

2)割合は無回答を除いて算出した.

3)Fisherの正確確率検定で比較した.

3. 指導した学生の変化,よかった点,困難だった点等

調査での自由回答の記載内容について,表5に示す.2013年の実習への期待や要望としては,十分な学生の事前学習・事前準備,教育機関・指導教員の役割の充実,学生への期待の順に多かった.また,到達度評価の項目や内容について,困難さに関する記述が多かった.2015年の学生の変化としては,意欲的等の肯定的な変化の記述が多かった.指導上の工夫,よかったこと,困難を感じたことについては,多様で幅広い事業見学等のための調整を工夫したという回答が多かった一方で,指導者の負担増加やスケジュール調整の困難さの回答も多かった.

表5  実習指導者からの期待・要望と指導上の認識について(複数回答)
年ごとの質問項目 自由記載の内容 件数
2013年
実習への期待や要望 十分な学生の事前学習・事前準備(コミュニケーション技術,接遇,守秘義務,健康管理,母子保健,記録,健康教育等) 16​
教育機関・指導教員の役割の充実(教員の指導,事前打ち合わせ,学内事前学習の充実等) 9​
学生への期待(目的意識,積極性,意欲,主体性等) 8​
保健師の思い等(負担が増える,やりがいが増す) 2​
到達度評価の項目や内容 困難さ(項目が多い,レベルIII,IVの評価が難しい,実習期間が短い,見学実習のみでは難しい等) 27​
2015年
学生の変化 肯定的な変化(意欲的,目的意識が明確,積極的,熱心,高い意欲,事前学習の充実等) 25​
変化なし 2​
指導上の工夫,よかったこと,困難を感じたこと 多様で幅広い事業見学等のための調整(関係機関の施設見学,問診実施等) 9​
指導者の負担増加やスケジュール調整の困難さ 7​
継続事例や継続支援を実習に取り込むことの困難さ 2​
到達度の評価の困難さ 2​
教育機関や教員による指導の違いによる困難さ 2​
事業や事例の継続性の学習のための調整(同じ事業の複数回の参加等) 1​
受け入れ体制の整備 1​
学生の場所の確保の困難さ 1​

IV. 考察

回収率は約60%であり,回答者の属性では,いずれの年度も40歳代以上,主任以上の保健師が多かった.職位については,2015年の対象者の方が一般の職位の割合が多かったが,先行研究(Kotera, et al., 2013麻原ら,2010)とほぼ同様の傾向であった.また,本研究での評価は,指導保健師の主観的な判断であり,年ごとの回答者も異なるが,2015年の方が2013年よりも統計的に有意に技術到達度が高かった小項目は24項目であり,技術到達度が有意に低下していた項目はなかった.鈴木ら(2016)は,選択制導入前後の技術到達度の学生の自己評価として,17項目が有意に上昇したと報告している.本研究の保健師による評価では98項目のうち24項目(24.5%)が上昇しており,保健師による評価としての選択制導入後の学生の技術到達度が高まったことが示唆された.また,先行研究(鈴木ら,2016)の学生の自己評価で有意に上昇していた小項目と共通していた項目は,全て「集団/地域」を対象とした項目であり,「地域の人々の持つ力(健康課題に気づき,解決・改善,健康増進する能力)を見出す」,「訪問・相談による支援を行う(集団を対象とした訪問・相談には,施設や事業所の訪問等を含む)」「健康教育による支援を行う」,「組織(行政・企業・学校等)の基本方針・基本計画との整合性を図りながら施策(事業等)を立案する」,「地域の人々が組織や社会の変革に主体的に参画できるよう機会と場,方法を提供する」,「広域的な健康危機(災害時・感染症等)管理体制を整える」,「研修の企画等を通して保健医療福祉サービスの質を高める」の7項目であった.さらに,「集団/地域」を対象とした61項目中22項目の技術到達度について,2015年の方が有意に高かった.先行研究では「個人/家族」の小項目よりも「集団/地域」の小項目の方が,教育機関の教員の評価が低い項目が多かったことが報告されている(全国保健師教育機関協議会,2009).保健師の指導上の工夫についての自由回答では,多様で幅広い事業見学等のための調整(関係機関の施設見学,問診実施等)が多く記載されており,「集団/地域」を対象としたより多様な学習体験の機会が増加していたことも考えられる.さらに,2013年の結果では,「集団/地域」の到達割合の方が「個人・家族」よりも全体的に低かったため,各大学が地域診断や小集団への健康教育を含む学内での講義・演習の改善に取り組んだことも関連していると推測される(鈴木ら,2015).これらの22項目の保健師の評価としての技術到達度について,選択制導入後の方が有意に高かったことは,指定規則改正に伴い教育課程を改正したことによる成果とみなすこともできるのではないかと考える.一方,2015年の技術到達度が低下していた9項目中5項目は大項目「地域の健康課題を明らかにする」に含まれ,7項目が「個人/家族」の項目であった.地域の健康課題の明確化や「個人・家族」を対象とする内容には基本的な実践が多く含まれており,選択制となった学生への期待から,指導者側の主観的な到達目標が高く設定されていた可能性も考えられる.また,50%未満だった項目は「個人/家族」の「評価の項目・方法・時期について評価計画を立案する」であったことから,健康教育の準備段階での評価手法や事業評価について,学内での講義・演習等をより充実させる必要がある.

次に,教育方法としての特徴,学生の状況,保健師の指導内容等の3点から考察する.第一に,教育方法の主な特徴は,選抜等により少人数の学生指導が可能であったこと,実習期間を4週間以上継続して設定していたことである.保健師教育に関する先行研究では,学習効果を高めるには少人数制が望ましいと報告されている(大宮ら,2016佐々木ら,2013岡本,2008).また,他分野でも,少人数制と学問への動機づけや授業の肯定的なとらえ方との関連(岸田,2003)や,少人数によるテュートリアル教育を臨床実習に応用した成果(松下ら,2012)が報告されている.さらに,臨地実習のための目標指向型の実習プログラムの作成に関する調査(鎌田,2011)では,前提として実習開始前の地域診断や健康教育等の演習等による習得の重要性が述べられており,実習での学習効果や学生の意欲を高めるためには,学内での事前学習の充実が必要である.本研究の結果は実習施設での指導者側の評価であるが,学内での実習前の教育内容として,少人数制による効果があったのではないかと考えられる.また,2015年からは4週間以上の継続した実習期間を設定していた.実習では「保健師学生の臨地実習マニュアル(特別区版)」にそって,個別事例の継続支援や,乳幼児健康診査(以下,健診)等,様々な事業を複数回見学すること等が可能となり,継続した支援の重要性や事業についての学習を深める機会が得られていた.さらに,健診の予診の一部を実際に実施すること,健康教育を複数回実施すること等が可能となり,1か月単位で計画的に配置されている健診等保健事業の全体像を把握しやすくなり,事業間の連携等も体験して学習を深められていた(鈴木ら,2015).実習期間を4週間以上継続して設定したことにより,多様な事例や事業について継続性を考慮した学習環境の整備等がより調整しやすくなり,学生の学びが深まったことも推察される.

第二に,学生の背景や状況の推移として,2015年に指導した学生の変化等に関する自由回答の多くに,意欲的,目的意識が明確,積極的等の肯定的な記述が多かった.このことから,学生側の動機づけの程度も実習での学習効果を高めるために重要であったと考える.しかし,変化がなかったという記述もあったことから,一人一人の学生の特性によって評価が異なった可能性もある.これらの記述内容は,実習指導者の視点からの報告(大場,2008鎌田,2013)でも同様に課題となっていた点であり,学生の目的意識や主体性を高めることが,実習での学習効果を高める要因の一つになると考えられる.

第三に,保健師の指導内容等として,多様で幅広い事業見学等のための調整の具体的な内容として,指導しやすかった,多くの事業や訪問を体験できるように調整した,自分自身のやりがいや学びになった等の肯定的な記述が多かった.この理由として,学生の事前学習の増加や意欲の高さが指導者に伝わり,相互によい作用をもたらしたことも理由の一つと考えられる.先行研究(鎌田ら,2011尾形ら,2008須永ら,2004)でも,実習指導者としての保健師が学生に期待することや実習の前提条件等の記述は類似した傾向があり,共通した視点であることが考えられる.しかし,様々な困難さに関する具体的な内容として,学生指導としての負担が増加した,到達レベルが高く難しかった,継続的な支援を取り入れることが難しい,長期間の実習でコミュニケーションスキルが身についていない学生の指導は困難だった等の記述が多く,実習施設側の組織体制や実習指導への支援,実習が長期間になることによる新たな課題等については,今後も継続した検討が必要である.

研究の限界として,二時点の調査ではそれぞれ回答者は異なるため,回答者による評価の差が回答に影響している可能性や,各施設1名の保健師に回答を求めたため,回答者と評価対象である実習生が異なる場合もあることが考えられる.また,2015年の回答者は,2013年の実習指導を担当していなかった場合もある.さらに,大学による教育課程の違いが実習の内容に影響している可能性がある.本研究の評価方法は,指導保健師による絶対評価であり,実習終了後の総括的な評価であった.今後は,相対評価や形成的評価の方法を検討する必要がある.保健師基礎教育としての実習は実践能力の獲得のために重要な意味を持っており(安齋,2009),質の向上に向けた継続的な努力が必要である.今後の課題として,改正後の教育課程で学習した学生の卒後の状況等についても,調査することが必要である.

謝辞

調査にご協力いただいた東京都特別区の保健師の皆様に感謝いたします.

本研究はJSPS26463577科研費の助成を受けたものです.

本研究の一部は,第4回日本公衆衛生看護学会学術集会にて発表しました.

文献
 
© 2017 日本公衆衛生看護学会
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