日本植物病理学会報
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山形縣庄内地方に於ける昭和16年の稻熱病發生と自然的環境要素
河合 一郎
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1943 年 12 巻 2-4 号 p. 146-166

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抄録

1) 本報文には昭和16年度に於ける庄内地方の稻熱病の發生と自然的環境との關係に就き記述せり。
2) 同年度庄内地方にて發病大なりしは東, 西田川郡の大部分並に鶴岡市 (便宜上之を庄南地區と稱す) にして, 發病少かりしは飽海郡, 酒田市及び最上川に沿ふ東田川郡の一部 (便宜上庄北地區と稱す) なりき。
3) 氣象との關係に於ては發病輕微なりし昭和15年度と發病大なりし16年度と氣温, 降水量, 日照時間に就き比較するに16年度は第1期 (5月1日-5月29日) は低温にして苗の生育不良なりき。第2期 (5月30日-6月29日) にては氣温は大差なかりしが日照時間少く, 降水量多く益々稻の生育を不良ならしめたり。第3期 (6月30日-7月14日) に及び氣温上昇し稻熱病の繁殖氣温に達し加ふるに多雨寡照なりしためこの期に葉稻熱病の發生蔓延漸次盛んとなれり。第4期 (7月15日-24日) は稀有の低温に際會せるため降雨大にして日照少かりしも稻熱病菌の繁殖抑制され居たりしが, 第5期 (7月25日-8月8日) に至り再び氣温の上昇により益々軟弱となりし稻葉は稻熱病の侵略する處となれり。然るに第6期 (8月9日-23日) に至り官民一致の藥劑撒布と天候の恢復とは本病の蔓延を阻止し無事出穗を見たりしが第7期 (8月24日-9月12日) 特に8月24日-31日の曇天降雨は穗頸稻熱病を激發せしめたり。之に反し昭和15年度は第1期の天候良好なりしにより健苗は得たり, 第2期には16年度と大差なかりしが第4乃至第6期の高温多照は稻の生育を良好ならしめ第7期の穗頸稻熱病期に降雨比較的大なりしに拘らず發病少くして止め得たり。
4) 昭和16年度に於て發病少かりし山形地方と庄内地方との氣象を比較するに前者は後者に比し氣温稍低かりしも日照時間大にして比較的稻の生育良好なり。これ稻に耐病性を附與し, 稻熱病菌の寄生を抑制せし一因ならむ。又同一庄内地方に於ても昭和16年度に發病少かりし庄北地區は, 發病大なりし庄南地區に比して降水量には大差なかりしが, 氣温稍高く日照時間に於ては著しく大なりき。これ前述の如く本病の發生を一つは輕微にし, 一つは大ならしめし一因と信ず。
5) 昭和16年度に於て發病大なりし庄南地區に於ては例年とは反對に平野部に發生大にして山間部に發病少かりき。これに關し夏期稻作期間の氣温, 降水量, 降水日數を比較するに平野部と大差なかりしが, 昭和16年冬期は稀有の暖冬寡雪なりしため山間地帶の融雪期早く, 從つて例年に比し早播早植を可能ならしめし事, 夏期の降雨頻繁なりしため溪谷の冷水を灌漑するの要なく苗代及び本田の水温著しく高く稻の生育良好なりし事, 及び降雨頻繁なりしため水源涸渇せず9月上旬迄落水期を遲延せしめ得たる事等も發病少かりし一因と信ず。
6) 5月の日照時間大にして氣温高き時は土壤乾燥し, 土壤養分の分解大にして多肥状態となり揚水期の遲延と相俟つて稻熱病の發生を大ならしむ。昭和16年度に於てもこの範疇に入れり。然れども庄北地區は一般に揚水時期早く土壤の過乾燥を防ぎしが如し。
7) 日本海々岸線に接する地帶にて晝夜間の氣壓の差により生ずる絶えざる氣流の移動は結露を少くし, 本病の發生を抑制せしが如く, 之に反し山間盆地等に於て日照時間少く通風不良の場合は結露時間長く, 稻熱病菌侵入に適し, 且つ寄主體の耐病性減退と相俟つて發生多かりき。
8) 昭和16年度庄内地方に於ける稻熱病發生相を概觀するに發病大なりしは庄南地區の花崗岩の崩壊に由來する砂壤土にして, 發病輕微なりし庄北地區の安山岩系土壤又は最上川日光川, 月光川等の沖積層なる埴土又は埴壤土系に屬する土壤なりとす。然れどもも山間地帶の埴土系土壤にて魚肥豆粕等の有機質肥料を施用せし場合にありては分解遲延し却つて稻熱病の發生大にして, 砂壤土は分解早く發病少かりし例あり。
9) 火山灰土壤及び泥炭土壤の地帶にありては發病大なりき。
10) 春秋の候乾田となせる地帶に發病大にして濕田となせる地帶に發生輕微なりき。これ乾燥による土壤養分々解の良否によるものと考察さる。

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