2023 年 48 巻 p. 47-55
本稿は,デジスタンスにおけるエイジェンシーの問題を,法学,特に刑法学の視点から検討を行うものである.デジスタンスの概念には多様なものが含まれるが,デジスタンスを巡る議論は,再犯防止や社会復帰において語られているものとの共通性がある.その中で,デジスタンスをリカバリーの文脈で用いる立場に目を向ける.これは,主体性に着目し,デジスタンスを長期的なプロセスであると捉えるものである.刑法学においても,主体性が,自由意志(意思)との関係で議論されてきた.哲学的議論と同様に,当初は自由意志の経験的証明を問題にしてきたが,その後,人間の行為が因果法則に従っていたとしても自由といえるのかが問われるようになった.非難にせよ功績にせよ,責任を問う上で,その行為が自由に行われたといえるかを問題にしている.自由と評価できるが故に責任を問い得ることになり,自由と評価できるが故に法規範に従った行動を要求できるわけである.デジスタンスにおいて当事者を行動統制の客体としてのみ捉えてしまうと,責任を問う上での主体性の意義に反し得る.この意味でも,デジスタンスにおいて主体性に着目する意義がある.