日本ペインクリニック学会誌
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総説
炎症性疼痛―炎症は抑えたほうがよいのか―
長谷川 麻衣子
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2017 年 24 巻 4 号 p. 301-307

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Abstract

炎症は,生体侵襲が加わった際に恒常性を維持するための,防御反応である.一方,痛みはさらなる侵襲を回避し治癒のために安静を促す,警告的な感覚である.炎症性疼痛は,炎症によって組織の侵害受容器が刺激を受けて生じる痛みであり,痛みの神経学的分類では侵害受容性疼痛に含まれる.術後早期の創部痛のほか,筋膜や筋・骨格,内臓の炎症など,しばしば原因の除去が困難な慢性炎症を背景とする病態に伴うことが多い.このように“長期化する痛み”という前提で鎮痛の着地点を模索する場合,炎症性疼痛へのアプローチは,生体防御に不可欠な炎症反応と鎮痛を両立させるという,相反する介入を繰り返すことといえる.NSAIDs,オピオイド,局所麻酔薬などの鎮痛薬は抗炎症・免疫抑制作用を有するものが多く,鎮痛目的で炎症を抑えてしまうことにより炎症・治癒過程が遷延し,逆に痛みが慢性化する可能性が示唆されている.炎症性疼痛に用いる麻酔・鎮痛薬の作用機序と,鎮痛以外の薬理作用に関する最近の知見から,痛み以外のアウトカムについて概説する.

I はじめに

炎症は,生体に有害刺激や異物が侵入するといった侵襲が加わった際に,組織の恒常性を維持するための反応である.傷害を受けた組織では,炎症が誘起され“疼痛”という“炎症”の1徴候が生じる.炎症性疼痛は,生理的状態では機能していない感覚神経のC線維が,組織損傷や炎症によって活性化されることにより生じる痛覚過敏であり,神経損傷を伴わない場合,組織治癒とともに消失する痛みであることが,神経障害性疼痛と異なる点である.

炎症性疼痛には術後痛や運動器疼痛,感染・がんによる痛みなどが含まれる.

長期化する炎症性疼痛は,がんや変形性関節症をはじめとする加齢性変化や,関節リウマチに代表される自己免疫疾患など,炎症そのものが生体防御の意味をなさない慢性炎症の病態がベースとなっている.そのため,最初から完全治癒を目標とせず,鎮痛の着地点を模索することが多い.また,神経の圧迫や巻き込み,外傷や手術操作などにより神経損傷を生じた場合,神経障害性疼痛の側面を合併する.帯状疱疹のように知覚神経への感染により,神経炎症を反復しながら神経障害性疼痛に移行する場合もある.

炎症性疼痛へのアプローチは,生体防御に不可欠な炎症反応を阻害することなく,炎症に伴って生じる痛みを軽減するという,相反する介入となる.疼痛管理に用いられる非ステロイド性抗炎症薬(nonsteroidal antiinflammatory drugs:NSAIDs)やオピオイド,局所麻酔薬等の鎮痛薬は抗炎症・免疫抑制作用を有するものが多く,鎮痛目的で炎症を抑えてしまうことにより炎症・治癒過程が遷延し,逆に痛みが慢性化するといった負の長期変化の可能性は否定できない.

本稿では,炎症性疼痛に用いる麻酔・鎮痛薬の鎮痛機序と,鎮痛以外のアウトカムに関する最近の知見を概説する.

II NSAIDsの作用機序と副作用

炎症組織では,好中球やマクロファージといった免疫細胞が組織に浸潤し,異物や壊死組織を貪食するとともに,脂質メディエーターやサイトカインなどの炎症性メディエーターが産生される.プロスタグランジン(prostaglandin:PG)やロイコトリエン(leukotriene:LT)は,肥満細胞,マクロファージ,血小板,血管内皮細胞等から,アラキドン酸代謝を経て生成される.LTB4は強力な好中球遊走因子であり,好中球による異物・壊死組織の除去を促進すると同時に,それ自体発痛作用を有することが報告されている1).一方PGE2やPGI2は,炎症細胞や神経終末のEP受容体に作用し,炎症・疼痛を促進する.単独では痛みを生じないが,ブラジキニンやセロトニンの発痛作用を促進する疼痛増強物質である.

アラキドン酸カスケードはシクロオキシゲナーゼ(cyclooxygenase: COX)とリポキシゲナーゼ(lipoxygenase:LOX)代謝経路に大別され,COX経路からPGやトロンボキサン(thromboxane:TX),LOX経路からLTやリポキシン(lipoxin:LX)が生成される(図1).COXには2つのアイソザイムがありCOX-1,COX-2に大別される.COX-1は胃粘膜や腎,血小板に常に存在し,胃粘膜の保護や腎血流の調節を担っている.一方COX-2は,炎症によって産生される“誘導型”であり,血管内皮細胞やマクロファージ,好中球といった,炎症に伴って活性化される細胞からおもに産生される.よって炎症による痛みはCOX-2の発現と相関している.選択性のないNSAIDsを使用する場合,そのCOX-1阻害作用によって胃粘膜障害や腎障害,出血傾向などの副作用を生じるため,セレコキシブに代表されるCOX-2選択阻害薬が選択されることがある.しかしCOX-2選択阻害薬の使用は,COX-1阻害による副作用を回避できる一方で,脳血管系の血栓症や心血管イベントなどの有害事象が増加する.機序として,血小板凝集抑制作用を有するPGI2の生成を阻害し,かつ血管収縮・血小板凝集作用を有するCOX-1下流のTXA2の産生を阻害しないことが指摘されている.しかし,非選択性NSAIDsであっても,心血管イベントのリスクはCOX-2選択阻害薬と同等である薬剤も含まれる.また,NSAIDsの副作用としてアスピリン喘息やアナフィラキシーなどの薬物過敏反応の発生率が高いことにも留意が必要である.NSAIDsによる喘息誘発作用は,COX阻害によりアラキドン酸カスケードがLOX経路にシフトするため,強力な気管支収縮作用を有するLTの産生が増加することに起因する.

図1

アラキドン酸カスケード

III NSAIDsと創傷治癒

多くのプロスタノイドは疼痛増強,炎症促進の方向に作用するが,PGD2の代謝産物である15-deoxy-delta-12,14-PGJ2(15d-PGJ2)は,抗炎症作用を有する2,3).15d-PGJ2はマクロファージの核内受容体であるperoxisome proliferator-activated receptor(PPAR)γに対する内因性リガンドとして知られており,15d-PGJ2がPPARγシグナルを活性化することにより,アラキドン酸カスケードは炎症を促進するCOX優位な環境から,抗炎症に働くLOXカスケードに移行する(図2).PPARγアゴニストであるピオグリタゾン(アクトス®)は糖尿病治療薬としてわが国でも使用されているが,その抗炎症作用から慢性炎症性疾患における有用性の検証がなされている.関節リウマチ患者にピオグリタゾンもしくはプラセボを3カ月間異なる時期に投与し,ピオグリタゾン投与時期とプラセボ投与時期の28関節における痛みや可動域を評価した報告では,ピオグリタゾンの有効性が示されている4).また,ザイモサン(zymosan)腹腔内投与により作製した腹膜炎モデルマウスでは,COX-2やLOXを阻害すると,白血球によるザイモサンの所属リンパ節や脾臓への回収が抑制されたことから,炎症の収束が障害されていることが示唆されている5).つまりアラキドン酸カスケードのメディエーターは炎症や疼痛だけではなく,①止血,②炎症による異物除去,③炎症の収束と,組織の恒常性を保つ創傷治癒過程も担っており,鎮痛目的でNSAIDsを使用することにより,①TXA2の血小板凝集作用,②PG,LTによる炎症細胞の遊走と活性化,③COX-2,LOXを介したアラキドン酸カスケードの活性化による炎症の収束を阻害する可能性があげられる.実際に,以下のような有害事象が報告されている.

図2

炎症・創傷治癒過程におけるマクロファージとアラキドン酸カスケード

1. 周術期NSAIDs使用による手術部位出血,腸管縫合不全の増加

消化管手術の術後にNSAIDsを使用すると腸管縫合不全のリスクが高くなることが報告されている.Washington State's Surgical Care and Outcomes Assessment Program(SCOAP)の調査によると,消化管手術を受けた患者の24%で術後NSAIDsが使用されており,腎機能,心血管イベントのリスクは変わらなかったものの,とくに下部消化管手術で手術部位出血,腸管縫合不全のリスクが高まることを指摘している6).また別の調査では,NSAIDsの術後使用は消化管出血,腎機能低下,心血管イベントの発生率には影響しなかったものの,手術部位出血のリスクを増悪させることが報告されており7),NSAIDsは長期使用のみでなく,周術期をはじめとする一時的な使用においても,有害事象の発生に留意する必要がある.

2. NSAIDs長期使用による変形性関節症の悪化

変形性関節症(osteoarthritis:OA)をはじめとする慢性炎症性疾患では,炎症の寛解と増悪を繰り返し,NSAIDsの使用が長期化する場合が多いため,その使用は年齢とともに増加する8).細胞を用いたin vitro研究では,NSAIDsによる軟骨細胞の増殖抑制作用,コラーゲンなどの細胞外マトリックス成分の合成抑制作用がみられ,動物を用いた研究においても,骨や腱,靱帯の癒合が障害されることが示唆されている9).Western Ontario and McMaster Universities Osteoarthritis Index(WOMAC)スコアは,変形性関節症に特異的なQOL尺度で“疼痛”,“こわばり”,“日常行動の困難度”の評価に用いられるが,NSAIDsの長期使用患者ほどWOMACスコアが高くなりQOLが低下していること,関節腔の狭小化が進行し,人工関節手術の手術適応時期が早まることが報告されている10)

IV 炎症性疼痛に用いるNSAIDs以外の鎮痛薬

NSAIDsが炎症性疼痛において強い鎮痛作用を発揮することは,炎症性疼痛においてアラキドン酸カスケードの寄与が大きいことを示している.しかし,OAやがんの有病率は加齢とともに高くなり,腎機能が低下している場合や,抗血小板薬・抗凝固薬を併用している可能性は高くなる.前述のようにNSAIDsによる消化性潰瘍や心血管イベントのリスクも,長期化した炎症性疼痛では問題となる.そのため,アセトアミノフェンやオピオイド等の選択も増加していくものと考えられる.

1. アセトアミノフェン

アセトアミノフェンは,肝臓で脱アセチル化を受け,p-アミノフェノールに変換されて脳・脊髄に移行後,アラキドン酸と結合しAM404となる.アセトアミノフェンは血液脳関門を容易に通過し,AM404の生成を介して脳・脊髄で鎮痛作用を発現すると考えられているが,作用機序はまだ確定していない11)

NSAIDsとは対照的に,末梢における抗炎症作用はほとんどなく,いくつかのメタアナリスにおいても,周術期のアセトアミノフェン単独使用による術後24時間以内の有害事象増加の可能性については報告されていない7).また動物実験においても,消化管吻合手術の前後におけるアセトアミノフェン投与によって,腸管吻合部の力学的強度やコラーゲン産生は変わらなかったと報告されている12).よって,作用機序の異なるNSAIDsとアセトアミノフェンを併用することによりNSAIDs使用量を漸減し,炎症を抑制せずに鎮痛を得られる可能性がある.しかし,変形性膝関節症患者にイブプロフェンとアセトアミノフェンを処方し,副作用の発生率を比較検討した報告では,イブプロフェン・アセトアミノフェン併用群は,イブプロフェン単独群,アセトアミノフェン単独群と比較して,消化管出血(ヘモグロビン1 g/dl以上の低下)のリスクが上昇し,視覚アナログスケール(VAS)や肝機能は変わらないという結果が得られている13).アセトアミノフェンのCOX-2阻害作用はきわめて低く,COX-1は阻害しないことが示唆されているが14),NSAIDsとアセトアミノフェンの併用によるCOXに起因した有害事象については今後も検討が必要である.また,わが国におけるアセトアミノフェン高用量使用患者の長期アウトカムはいまだ不明である.

2. オピオイド

オピオイドは,炎症を機転とする急性,慢性の痛み双方に有効である.脊髄後角を作用部位とする中枢性鎮痛以外にも,免疫細胞を介した末梢性機序の存在が示唆されている.

内因性オピオイドやオピオイド受容体は,マクロファージやnatural killer細胞,T細胞に発現しており,これら炎症細胞由来の内因性オピオイドが炎症部位で侵害受容器に作用することにより,炎症性疼痛に対して鎮痛に働くことが報告されている15).しかし炎症細胞に発現するオピオイド受容体が,内因性もしくは外因性オピオイドによって活性化すると,転写因子NF-κBの活性化を抑制することにより免疫抑制を生じることが報告されており,炎症が遷延し創傷治癒が遅延する可能性,感染やがんの再発を助長するリスクについて懸念されている16).動物を用いた研究では,オピオイドによるがんの浸潤・再発17),骨癒合遅延18),ウイルス感染の増悪19)に関する多数の報告がある.しかし,オピオイドそれ自体による手術部位感染(surgical site infection:SSI)の発生率への影響や,がんの再発,予後については一定の見解が得られておらず,臨床上エビデンスが確立されていないのが現状である20,21)

V 局所麻酔薬と創傷治癒

炎症が収束すると,組織に間葉系幹細胞が浸潤し,脂肪や骨,軟骨,腱,筋肉,線維芽細胞,血管へ分化することにより組織の再構築を担う.近年,間葉系幹細胞を用いたin vitro研究から,リドカイン,ブピバカイン,ロピバカインなどの局所麻酔薬が,間葉系幹細胞の増殖や接着・遊走を抑制することにより,創傷治癒や骨形成を抑制することが報告されている22).よって鎮痛目的で手術創に局所浸潤麻酔を行った場合,治癒が遅延する可能性が指摘されている.しかしClaroniらは,肝・膵臓手術を受けた患者において術後鎮痛としてロピバカインによる持続局所浸潤麻酔が行われた群と,アセトアミノフェンが6時間ごとに投与された群において,SSI発生と創治癒を比較したところ有意差は認めなかったとしている23).また別の報告では,ラットに切開創を作製し,周囲にロピバカイン,ブピバカイン,もしくは生理食塩水を局所投与し,炎症,創傷治癒を比較検討した動物研究においても,14日後のマクロファージ数,血管新生,組織コラーゲン量,組織の張力に有意差を認めなかったと報告している24).しかし近年の研究で,高齢者と若年者のドナーから皮膚の線維芽細胞を採取し,リドカイン存在下に細胞培養したところ,高齢者由来の線維芽細胞では,細胞増殖とコラーゲンtype Iの産生が抑制されることが示唆されている25).よって局所麻酔薬の細胞毒性と,炎症・創傷治癒への影響に関しては,患者因子も影響している可能性がある.

VI 炎症をつかさどるtransient receptor potential A1

transient receptor potential(TRP)A1は炎症過程で生じる組織壊死物質(danger-associated molecular patterns:DAMPs)やグラム陰性桿菌の細胞壁構造であるlipopolysaccharideなどの菌体成分(pathogen-associated molecular patterns:PAMPs)をリガンドとし,低酸素やpH変化など炎症に伴う組織環境変化によっても活性化される.前述のアラキドン酸代謝産物である15d-PGJ2はTRPA1の内因性リガンドであるが,PGE2が疼痛増強物質であるのに対して,15d-PGJ2は発痛作用を有し,TRPA1欠損マウスでは15d-PGJ2による疼痛行動が誘発されないことが報告されている26).15d-PGJ2は炎症の収束を促進するプロスタノイドであり,慢性膵炎モデルマウスにおいて,発症3週間以内にTRPV1/TRPA1アンタゴニストを投与すると炎症が収束し,正常に近い組織像に回復するのに対して,3週間後以降になると投与しても好中球の浸潤が持続し慢性化することが示されている27).つまりTRPA1は痛みや炎症を誘起するのみでなく,急性期に炎症の収束・遷延に関わる重要なkey regulatorであることが示唆されている.よってTRPチャネルを新たな鎮痛ターゲットとした場合,介入時期によって,炎症もしくは炎症の収束を抑制する可能性がある.痛みと炎症過程の関係を検証し,またすでに遷延化した炎症性疼痛に対してTRPA1アンタゴニストの鎮痛効果を期待できるのかという点についても検討が必要である.

VII おわりに

炎症・創傷治癒過程に寄与の大きいアラキドン酸代謝産物の役割と,NSAIDsによる有害事象を中心に概説した.PGE2に代表される多くの炎症性メディエーターは痛みを促進する作用を有しているため,炎症性疼痛のアプローチは抗炎症作用を期待できる鎮痛方法が第一に考えられる.しかし強力な抗炎症作用を有するNSAIDsの使用は,創治癒を障害するリスクも伴う.一方でオピオイドや局所麻酔薬は,細胞抑制効果を介して創治癒遅延に関与する可能性が示唆されている.アセトアミノフェンなど,抗炎症作用を有さない鎮痛薬との相互作用やアウトカムに関する十分な理解と検討も必要である.炎症・創傷治癒過程における鎮痛薬の選択とアウトカムについて,今後も十分な検証が行われるとともに,炎症性疼痛の新たなターゲットが発見されることを切に期待する.

この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第50回大会(2016年7月,横浜)において発表した.

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