日本ペインクリニック学会誌
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短報
腹直筋鞘ブロックで使用したロピバカインが術後痙攣発症に関与したと考えられる小児麻酔症例について
石川 太郎三上 恵理藤井 ひとみ
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2017 年 24 巻 4 号 p. 365-366

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I はじめに

当院では小児腹腔鏡下鼠径ヘルニア手術を日帰りで行っている.全身麻酔で行い,内視鏡挿入部位(臍創部7 mm程度)の術後痛に対しては腹直筋鞘ブロックを施行している.本症例では麻酔覚醒時に間代性痙攣を認めた.一般的に成人における痙攣以上の重篤な局所麻酔薬中毒は神経ブロックで1/1,000の発生頻度とされている1)が,発生頻度を含めて小児での報告は非常に少ない.今回,ロピバカインによる局所麻酔薬中毒を呈した小児麻酔症例を経験したので報告する.

本報告に際しては患者の母親の承諾と当院倫理委員会からの承認を得た(所属施設倫理委員会承認番号:78).

II 症例

患者:1歳1カ月の女児,体重8.6 kg.

現病歴:1カ月健診で鼠径ヘルニア指摘.

既往歴:特になし(痙攣既往なし).

家族歴:母親は重症筋無力症で過去に癲癇発作歴とカルバマゼピン内服歴あり,姉には臍ヘルニア歴あり.

予定術式:腹腔鏡下鼠径ヘルニア手術.

麻酔:全身麻酔は亜酸化窒素・酸素・セボフルランで緩徐導入した.挿管後は空気・酸素・セボフルランとレミフェンタニルで維持し,覚醒前にフェンタニル15 µgを静注した.手術終了後に,超音波ガイド下腹直筋鞘ブロックを0.75%ロピバカインで左右2カ所に施行(0.58 ml/kg)した.術中体温は37.0℃であった.

痙攣発症時:術後覚醒し抜管した直後より,下肢が内旋するような断続的間代性痙攣を認めた.眼球は正位で散瞳し,上転していた.

対応処置:純酸素でマスク換気を行い,ジアゼパム16 mgとミダゾラム1.5 mgを静注した時点で痙攣は消失した.心機能抑制を示す循環動態の変動はなかった.

術後経過:術後の頭部CTや血液データ上も異常はなく,バイタルサインも著変なかった.帰室3時間後には鎮静状態より覚醒した.術後10時間後に40.2℃の発熱,以後2日間の38℃台の発熱と表情筋を含めた筋力低下様症状を呈したが,3日目には完全に回復し退院となった.発症時採血の残血では局所麻酔薬血中濃度が1.4 µg/mlであった.時間経過の概略を(図1)に示す.

図1

手術当日から退院までの経過

III 考察

腹腔鏡下鼠径ヘルニア手術とは,先天性疾患である鞘状突起開存部分の根本周囲を,特殊針を用いて糸で縛る方法である.当院では2012年より導入しているが,細径器具を用いることで傷跡を小さくすることができ,術後の痛みも従来法に比較して少ない.しかし,術後に臍部分を痛がることもあり,術直後に超音波ガイド下腹直筋鞘ブロックを施行している.腹部正中創に適応があるが,切開部位が限定されている臍ヘルニアなどの手術以外は基本的に切開創が術中広がる可能性があり,術後に行う.術後鎮痛として用いるロピバカインは局所麻酔薬のなかでも,中毒としては重篤になりやすい.一般的に局所麻酔薬中毒の約40%程度は非典型的発症で,その症状進行の多様性も示唆されている1).全身麻酔下では著明な循環動態変化などがなければ,麻酔覚醒時に発症する可能性もある.ロピバカイン中毒の特徴は,心血管系の症状より中枢神経症状主体の場合が多いとされているが2),本症例で,覚醒時に痙攣発症した点とも一致している.ヒトが全身痙攣を起こす血中ロピバカイン濃度は1.4~3.6 µg/mlと推定されている3).本症例は術後のロピバカインの血中濃度が1.4 µg/mlで,低血糖・電解質異常・発熱など痙攣を発症する他因子との関連性も少ないことから,局所麻酔薬中毒と考えられた.

超音波ガイド下神経ブロックは少量の局所麻酔で広がりを確認できることから,小児でも頻用されている.Weintraudは,腹直筋鞘ブロックのブラインド(解剖学的指標を利用した)ブロックと比較してロピバカインの吸収速度が速く血中濃度が高くなることを報告しており,減量を勧めている4).本症例は,当院において超音波ガイド下神経ブロックが導入されロピバカインの濃度と量を検討調整していた時期に一致して発生しており,体重あたりの量としてはやや過量であったことは否めない.小児では局所麻酔薬が浸透しやすく広がりやすい特徴をふまえ,0.2%では1 ml/kg,0.5%では0.6 ml/kgが安全上薦められている5).当院でのその後の方針では,小児末梢神経ブロックのロピバカイン濃度は知覚神経ブロックに必要な0.375%を原則とし,極量が3 mg/kg程度であることと推奨量5)を参考にして,0.375%では0.7 ml/kgと設定した.現状では上記をもとに各麻酔担当医の裁量に一任している.

血管迷入の可能性は注意をしても避けられない場合もあるが,超音波ガイド下に適切な濃度および投与量で施行することで,局所麻酔薬中毒が重篤化する可能性が低くなるものと考えられる.

この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第50回大会(2016年7月,横浜)において発表した.

文献
 
© 2017 一般社団法人 日本ペインクリニック学会
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