2018 Volume 25 Issue 2 Pages 73-76
上腕近位部における橈骨神経の絞扼性障害はまれであるとされている.今回,肩関節と肘関節を屈曲した肢位を維持すると橈骨神経領域に鈍痛や異常感覚を伴う疲労感が出現する,上腕近位部での機能的絞扼性橈骨神経障害が疑われた4症例を経験した.各症例は,それぞれ患部の中枢側に存在する別の疼痛疾患の治療中に症状が出現した.いずれの症例にも,患肢の上腕腋窩背側に圧痛点が存在し,同点は超音波検査で上腕三頭筋内側頭と外側頭の間を背外側に回旋していく橈骨神経と一致した.上腕三頭筋による橈骨神経の絞扼性障害を疑い,超音波ガイド下橈骨神経ブロックを施行したところ,症状は消失した.絞扼の機序として,肘関節と肩関節の屈曲により牽引された橈骨神経が,伸展された上腕三頭筋により上腕骨との間で圧迫される可能性と,これに加えてdouble crush syndromeのような病態が関与している可能性が推測された.本症候は,知覚・運動神経障害を伴う典型的な絞扼性障害とは異なり症状は機能的であるが,日常生活動作を障害し,かつ神経ブロック治療が奏効することから,痛み診療において本病態を念頭に置いておくことは有用であると考えられた.
橈骨神経の絞扼性神経障害はそれ自体がまれな病態であるが,そのなかでも橈骨神経管症候群に代表されるように前腕近位部での発症が多く1),上腕近位部では少ないとされている2).今回,肩関節と肘関節を屈曲した肢位を維持すると上肢に鈍痛や異常感覚を伴う疲労感が出現する,上腕近位部での機能的な絞扼性橈骨神経障害が疑われた4症例を経験した.いずれの症例も,両関節の屈曲の維持で橈骨神経領域に症状が出現し,屈曲を解除すると消失する機能的な病態を呈した.症候と超音波診断から上腕骨近位部での絞扼性橈骨神経障害を疑い,同部で超音波ガイド下に橈骨神経ブロックを施行したところ症状は消失した.過去における類似の報告を見いだすことができなかったため,その経過と推測される病態について報告する.
今回の症例報告については,各患者本人から口頭で公表の承諾を得た.
【症例1】84歳,男性.身長163 cm,体重67 kg.既往歴:高血圧,糖尿病.7年前に発症したTh3~4領域の左胸部帯状疱疹後神経痛に対し,5年前より神経ブロックおよび内服治療を行っていた.帯状疱疹の痛みは,左背部から腋窩にかけての間欠痛とアロディニアで,日常生活に支障のない程度に維持されていた.1年前に左上腕背側から肘部にかけての鈍痛が出現した.痛みは肩関節と肘関節を屈曲した肢位を維持すると出現し,同関節を0度にすると消失した.これにより患者は,左手で茶碗を持つあるいはピアノを弾くなどの日常生活動作が困難となった.診察所見では,肩関節と肘関節を屈曲すると上腕から肘部外側に鈍い痛みが再現された.痛みの部位は,後上腕皮神経から後前腕皮神経領域であった.また,患者自ら腋窩に圧痛点を訴え,同部を圧迫すると放散痛が症状のある範囲に再現された.同部の超音波検査では,上腕骨近位部で上腕三頭筋内側頭と外側頭の間を橈骨神経が背外側に回旋していく部位に一致していた(図1a).患肢に知覚障害,筋力低下,その他の圧痛点はなかった.同部で超音波ガイド下に,0.35%メピバカイン11 ml+デキサメタゾン3.3 mgを用いて橈骨神経ブロックを施行したところ症状は消失した(図1b).初回ブロックの効果は2カ月程度であったが,追加ブロックにより治療開始から6カ月で治癒となった.後の問診から,犬の散歩中に首紐を患肢で引っ張っていた際に,上腕三頭筋が持続的に緊張していたことが誘因として疑われた.
圧痛点における超音波画像(a)と超音波ガイド下橈骨神経ブロック(b)
矢頭:橈骨神経,矢印:ブロック針,MH:上腕三頭筋内側頭,LH:上腕三頭筋外側頭,H:上腕骨
【症例2】45歳,男性.身長173 cm,体重82 kg.既往歴:事故による心的外傷後ストレス障害.2年前に停車中に受けた自動車追突事故に起因した,外傷後右上肢複合性局所痛み症候群(CRPS)に対し,受傷6カ月後に紹介されて以後ブロック治療を行っていた.CRPSの症状は,右前腕背側から手背にかけてのヒリヒリした痛みと右頸部から胸背部にかけての鈍痛で,右手に間欠的なチアノーゼおよび冷汗とアロディニアを伴っていた.治療開始当初は,母指から中指の屈曲・伸展障害,手関節の背屈障害が強く,キーボード操作など仕事に支障があったが,腕神経叢ブロックなどを行い,治療開始8カ月後にはゴルフができるほどに回復していた.その4カ月後に仕事で長距離運転を行った後から,肩関節と肘関節を屈曲した肢位を維持すると右の肩から上肢が重くなる症状が出現した.屈曲を維持すると症状が増悪し,同関節を0度にすると軽快した.診察所見では,CRPS症状に増悪はなく,肘関節を屈曲し上肢を前方挙上していくと上腕腋窩背側部に痛みが出現し,患者自ら同部に圧痛点を訴えた.痛みの部位は,後上腕皮神経から橈骨神経浅枝領域であった.その他の圧痛点はなかった.超音波検査で症例1と同様の所見を確認した.同部で超音波ガイド下に,0.5%メピバカイン5 ml+デキサメタゾン3.3 mgを用いて橈骨神経ブロックを施行し症状は消失した.その後も長距離運転を契機に症状が再燃したため,ブロックを間欠的に行い軽快した.受傷後からCRPS症状のため右上肢を外前方に挙上した姿勢で車を運転するようになり,長時間運転の際の同肢位による上腕三頭筋の持続的緊張が誘因として疑われた.
【症例3】63歳,男性.身長165 cm,体重64 kg,既往歴:高血圧.1週間前に,右肩から上肢にかけての激痛が出現し,整形外科より頸椎症性神経根症の疑いで紹介となった.痛みはズキンズキンとした拍動痛で,右上腕外側から前腕外側にかけてのC5領域にあった.診察所見では,知覚障害,筋力低下はなく,頸椎X線写真でC4椎間孔の狭窄,MRIでC4/5に軽度の椎間板ヘルニアがあった.超音波ガイド下にC5神経根ブロックを施行したところ,激痛は消失した.2週間後の再受診時に,肩関節と肘関節を屈曲していると上腕外側から前腕背側にかけて鈍痛が出現した.屈曲を維持すると姿勢の維持が困難となるが,同関節を0度にすると消失した.これにより患者は,車の運転やパチンコなどの日常生活動作に困難を訴えた.診察所見では,患肢に知覚障害,筋力低下はなく,神経根症の増悪は否定的であった.痛みの部位は,後上腕皮神経から後前腕皮神経領域であった.本症例も患者自ら腋窩に圧痛点を訴え,超音波検査所見も症例1と同様であった.同部で超音波ガイド下に,0.5%メピバカイン6 ml+デキサメタゾン3.3 mgを用いて橈骨神経ブロックを施行し症状は消失した.治療後の問診から,紐を引いてチェーンソーのエンジンをかける作業を患肢で頻回に行ったことによる上腕三頭筋への負荷が誘因として疑われた.
【症例4】54歳,女性.身長163 cm,体重56 kg.既往歴:特記すべきものなし.1年前に,乗用車運転中に右側面から追突された.受傷直後より右頸部の痛みを自覚し,整形外科で外傷性頸部症候群として治療されていた.受傷2カ月後より,右の上腕外側から手背にかけてのしびれ感と,右の頸部から鎖骨上窩にかけての重苦しい痛みが増悪し,受傷4カ月後に当科紹介となった.外傷による頸椎椎間関節痛,右腕神経叢障害性痛として,各種ブロック治療を行った.治療開始2カ月後,運転中に右上肢が重だるくなり,右上肢でハンドルを支えていられないという症候を訴えた.治療開始から7カ月後に本人が右腋窩背側部の圧痛点に気づいた.診察所見では,肩関節と肘関節を屈曲した姿勢を維持すると,上腕背側から前腕背側を通り母指から中指背側にかけて鈍い痛みが出現した.痛みの部位は,後上腕皮神経から橈骨神経浅枝領域であった.上肢の知覚障害,筋力低下はなく,他に圧痛点もなかった.本症例も腋窩部の圧痛点で症例1と同様の超音波検査所見を確認した.同部で超音波ガイド下に,0.4%メピバカイン5 ml+デキサメタゾン3.3 mgを用いて橈骨神経ブロックを施行し,上肢の症状は消失した.この症例では誘因となる動作は見いだせなかった.
今回の4症例の特徴をまとめると,①肩関節と肘関節が屈曲した肢位で出現し,同関節を0度に戻すと消失する機能的症状である,②鈍痛は橈骨神経の分枝である後上腕皮神経,後前腕皮神経および橈骨神経浅枝の領域に出現し,上外側上腕皮神経(腋窩神経)領域を含まない,③上腕腋窩背側部に放散痛が再現され患者自身が示すことのできる圧痛点が存在する,④圧痛点は超音波検査上,上腕骨近位部で上腕三頭筋内側頭と外側頭の間を橈骨神経が腋窩から背外側へ回旋していく部位に一致する,⑤同部位での超音波ガイド下橈骨神経ブロックにより症状が消失する,⑥同側の中枢側に別の神経障害(胸部帯状疱疹後神経痛,外傷後上肢CRPS,頸部神経根症,外傷性頸部症候群)を合併している,という共通点があった.
橈骨神経の絞扼性障害の多くは上腕骨中部から前腕で発生し,上腕骨近位部での発症はまれであるとされている1,2).高位での絞扼性橈骨神経障害については,これまでにLotemら3)やMitsunagaら4)の報告がある.いずれも上肢の過度な運動後に発症し,前腕伸側筋の麻痺と橈骨神経浅枝領域の知覚低下を伴っていた.絞扼の原因は,両報告ともに上腕骨橈骨神経溝で上腕三頭筋外側頭が形成する線維性アーチであるとしている.今回の症例では,疼痛部位に後上腕皮神経領域を含んでいることから,障害部位はさらに中枢側と考えられ,放散痛が再現される腋窩背側での圧痛点直下に超音波検査で橈骨神経が存在したことから,絞扼部位として上腕三頭筋内・外側頭起始部を考えた.
今回の症状が,肩関節と肘関節の屈曲位を維持することにより発現する機序として,橈骨神経自体の牽引と周囲組織による神経の圧迫を考えた.橈骨神経は上腕骨近位から骨幹部では,上腕三頭筋内側頭と外側頭に囲まれて上腕骨に接するように螺旋状に回旋していく.そのため筋間を走行する他の神経とは異なり,この部位では神経が硬い組織と比較的密着した状態にあると考えられる.この状態で肩関節と肘関節を屈曲すると,橈骨神経自体が牽引されて周囲組織との間でずり応力が働く.さらに上腕三頭筋も受動的に伸展されるため,上腕骨に圧接することになり橈骨神経を圧迫すると推測した.実際に全症例で肩関節と肘関節を0度にすると症状が軽快したが,これは神経の牽引と上腕三頭筋による圧迫が解除されるためと考えられた.また,症例1~3では,発症の誘因として患肢の酷使も疑われ,これにより上腕三頭筋が腫脹し神経圧迫を助長した可能性も考えられた.
しかし,これだけでは絞扼性障害の機序としては不十分である.そこで,各症例がいずれも中枢側に別の神経障害を伴っていたこと,さらに健側上肢には症状がなかったことから,Uptonら5)が提唱したdouble crush syndromeが発症に関与している可能性を推測した.すなわち,中枢側での神経障害に伴う軸索流の低下などにより末梢側の脆弱性が高まっていたところに,外部からの牽引と圧迫が加わることで,二次的に末梢神経障害が惹起されたのではないかと考えた.しかし,いずれも確定的な証拠はなく,解剖学的検索など今後のさらなる検討が必要である.
本症候は,すでに痛みのある側の上肢に続発あるいは合併し神経所見も乏しいため,元の疾患の随伴症状として見過ごされてしまう可能性もあった.本病態を疑う契機となったのは,患者自身が訴えた,発症の誘因となる特徴的な肢位と上腕腋窩背側部の自覚された圧痛点であり,これらは診断上重要な所見となりうると思われた.
いずれの症例でも知覚・運動障害はなく,Seddonによる絞扼性神経障害の分類6)ではneuropraxiaで,症状も機能的であるため治療対象とはなりにくい.しかし,本症候を誘発する肢位の維持困難は各症例で日常生活動作に障害を引き起こしており,これが末梢神経ブロックで改善できることは,痛みの診療上有用であると考えられた.
本論文の要旨は,第51回日本ペインクリニック学会(2017年7月,岐阜)において発表した.