日本ペインクリニック学会誌
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総説
不適切な生育環境に関する脳科学研究
友田 明美
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2020 年 27 巻 1 号 p. 1-7

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Abstract

近年,児童虐待と「傷つく脳」との関連が脳画像研究からわかってきた.例えば,暴言虐待による「聴覚野の肥大」,性的虐待や両親のDV目撃による「視覚野の萎縮」,厳格な体罰による「前頭前野の萎縮」などである.虐待を受けて育ち,養育者との間に愛着がうまく形成できなかった愛着障害の子どもは,報酬の感受性にかかわる脳の「腹側線条体」の働きが弱いことも突き止められた.こうした脳の傷は「後遺症」となり,将来にわたって子どもに影響を与える.トラウマ体験からくるPTSD,記憶が欠落する解離など,その影響は計り知れない.しかし,子どもの脳は発達途上であり,可塑性という柔らかさをもっている.そのためには,専門家によるトラウマ治療や愛着の再形成を,慎重に時間をかけて行っていく必要がある.一連のエビデンスについて社会全体の理解が深まることで,大人が責任をもって子どもと接することができ,子どもたちの未来に光を当てる社会を築くことに少しでもつながればと願っている.

I 児童虐待の脳科学

近年,欧米では,チャイルド・マルトリートメント,日本語で「不適切な養育」という考え方が一般化してきた.身体的虐待,性的虐待だけではなく,ネグレクト,心理的虐待を包括した呼称であり,大人の子どもに対する不適切なかかわりを意味したより広い観念である.この考え方では,加害の意図の有無は関係なく,子どもにとって有害かどうかだけで判断される.また,明らかに心身に問題が生じていなくても,つまり目立った外傷や精神疾患がなくても,行為自体が不適切であればマルトリートメントと考えられる.例えば,子どもを怒鳴ったり,叩いたり,感情に任せて親の気分で子どもへの態度を変えたり,といった行為や,最近ではスマートフォンやタブレットを子どもにあてがったり,親が授乳中にSNSや動画を見たり,といった行為も含んでいる.スマホやタブレットの使用自体は悪くないが,親と子の貴重なコミュニケーションの時間がなくなってしまうからである.

近年の研究では,精神疾患の原因の少なくとも一部は,脳の発達段階でマルトリートメントによるストレスがかかることに起因するといわれている.また,その発症には遺伝的要因と,逆境的体験の種類やその被害を受けた時期に関係すると考えられている1,2).一連の結果から米国ハーバード大学精神科のTeicherらは,虐待の影響は,段階的に連鎖していくのではないかと仮説を立てた3)

本稿では,米国および国内で行った児童虐待に関する脳科学研究知見を紹介する.

筆者は米国ハーバード大学との共同研究によって,小児期のマルトリートメント(虐待や厳格体罰)被害経験をもつヒトの脳を磁気共鳴画像法(magnetic resonance imaging:MRI)を使って可視化し,脳の形態的・機能的な変化を調べた39).その結果わかった,虐待ストレスが脳に与える影響のいくつかを紹介したのが図1である.

図1

児童虐待経験者の脳皮質容積変化9)

高解像度MR画像(voxel based morphometry:VBM法)による,小児期にさまざまな虐待を受けた若年成人と健常対照者との脳皮質容積の比較検討結果.

a:小児期に性的虐待を受けた若年成人女性群の脳のMRI像.視覚野(視覚に関連)の容積が減少していた.

b:小児期に過度の体罰を受けた若年成人群の脳のMRI像.右前頭前野(感情や理性に関連)などの容積の減少があった.

c:小児期に親から日常的に暴言や悪態を受けてきた若年成人群の脳のMRI像.上側頭回灰白質を含めた聴覚野(聴覚に関連)の容積が増加し,発達に異常がみられた.

II 愛着障害の脳科学

愛着(アタッチメント)は,「子どもと特定の母性的人物に形成される強い情緒的な結び付き」と定義されている.乳幼児期に家族の愛情に基づく情緒的な絆,すなわち愛着が形成され,安心感や信頼感のなかで興味・関心が広がり,認知や情緒が発達する.Bowlbyは,生後1年以内の乳児にもその乳児における母性的人物に対する特有の愛着行動パターンが生得的に備わっていると考えた10).子どもは養育者に愛着行動を示すことにより,養育者を自分のほうに引き寄せ,養育者との距離を近くに保つことによって,欲求を充足し外敵から身を守っていると考えられる.

一方,愛着障害は基本的に安全が脅かされる体験があっても愛着対象を得られない状態が継続することにより,養育者との愛着関係(絆)がうまく形成されないことによる障害である.文字どおり,養育者との愛着関係(絆)がうまく形成されないことによる障害で,深刻なマルトリートメントがその背景にあるとされる.コミュニケーション上の問題や行動上の問題など,一見すると従来の発達障害の子どもと似た特徴を示す場合も多い.子どもの基本的な情緒的欲求や身体的欲求の持続的無視,養育者が繰り返し変わることにより安定した愛着形成が阻害されることが病因とされている.DSM-5では愛着障害は,「反応性愛着障害(reactive attachment disorder)」と「脱抑制型対人交流障害(disinhibited social engagement disorder)」に分類されている.反応性愛着障害は,対人関係のなかで適切な反応をすることができず,いわゆるあまのじゃく的な言動をとってしまうのが大きな特徴である.自分の世話をしてくれる人に対して強い警戒心を抱き,甘えたくても素直に表現ができない.また,やさしく接してくれる相手に腹を立てたり,怒って泣いたりするなど,矛盾した態度を見せることもある.幼いころ,親とのあいだで愛情のキャッチボールをしてこなかったせいで,他人全般を信用できなくなっているためだと考えられている.誰かを信頼する,甘えるという経験値が極端に低いため,自分に向けられる愛情や好意に対しても,怒りや無関心で応じてしまう.これでは安定した人間関係は築けない.

反対に脱抑制型対人交流障害は,他人に対する愛着はあるものの,特定の相手に対して愛着を示す能力が著しく欠如している.誰かれかまわずに愛着を求め,愛情を振りまくため,一見社交的に思われるが,他人に対して無警戒で,相手をよく吟味しようとしない傾向がある.

例えば,小さな子どもは,転んで痛い思いをすると泣きながら一目散に親の元へと駆けていったりする.近くにいる見知らぬ人が手をさしのべても,よけい泣き叫び,仮に抱っこされても,親を求めて身体を反らせたりする.ところが脱抑制型対人交流障害児は,この知らない人物に抱っこされても拒否反応を示すどころか,なついて離れなかったりする.

このように愛着障害は,感情制御機能に問題を抱えており,多動症,解離症,うつ病,境界性パーソナリティ障害などの重篤な精神疾患へ推移するとされる11).そのため,小児期にマルトリートメント経験のある青少年たちの社会適応困難が深刻化している.

反応性愛着障害は学童の2.4%12),また,社会的養護を受けている子どもの19.4~40.0%と高頻度に出現する13,14).加えて,幼少時に被虐待経験をもつ精神疾患患者は,経験がない者に比べ発症が早く重症で,合併症も多く,治療応答性が低い.このため愛着障害者には,より早期の対応が望ましいが,現実には小児期の愛着障害への対応は容易ではない.その理由のひとつに発達障害との鑑別困難があげられる.筆者らは,反応性愛着障害の神経基盤を探るために,さまざまな脳MR画像解析を行った.

1. 反応性愛着障害児における報酬系機能異常

反応性愛着障害児16名(平均年齢:12.6歳)と健常児20名(平均年齢:12.7歳)を対象に,金銭報酬課題を用いた機能的MRI(fMRI)法を実施し脳の活性化の程度を比較した15).この調査では,子どもたちにカード当てのゲームをしてもらった.ゲームは3種類あり,ひとつは当たったらたくさん小遣いがもらえる(高額報酬)課題,もうひとつは少しだけ小遣いがもらえる(低額報酬)課題,最後はまったく小遣いがもらえない(無報酬)課題および休憩時間で構成される.課題の実施中に,fMRIを用いて脳の活性化領域を調査した16).健常群は,小遣いが多くても少なくても,脳が活性化した.つまり,どんな状況下でもモチベーションが高いということだ.一方で反応性愛着障害群は,いずれのゲームでも活性化がみられなかった(図2a).つまり,反応性愛着障害では高額報酬課題にも低額報酬課題にも反応しなかった1517).それだけ脳が反応しにくいということになる.その脳活動(腹側線条体)の発達が阻害される時期(感受性期)は生後1~2歳のマルトリートメント経験にピークがあることが明らかになった(図2b15)

図2

虐待を受けた時期の脳活動への影響15)

a:反応性愛着障害児における金銭報酬課題fMRI所見.健常群と比べて,反応性愛着障害群では金銭報酬課題時に低額報酬・高額報酬いずれの場合でも腹側線条体の賦活が低下していた.

b:虐待/ネグレクトを受けた時期の脳活動(腹側線条体)への影響.感受性期解析により,1~2歳に虐待/ネグレクトを受けたことが反応性愛着障害児の腹側線条体の活動低下に最も強く影響を及ぼしていた.

また,愛着スタイルでは回避的な対人関係が腹側線条体の脳活動低下と関連していた.以上より,反応性愛着障害児では報酬系の機能低下および対人関係の症状やマルトリートメントを受けた時期との関連が示唆された.

愛着障害をもつ子どもたちは自己肯定感が極端に低く,叱るとフリーズしてしまい,褒めことばはなかなか心に響かない特徴があるので,低下している報酬系を賦活させるためにも普通の子ども以上に褒め育てを行う必要がある.

2. 反応性愛着障害児における視覚野灰白質容積減少

反応性愛着障害児21名(平均年齢:12.8歳)の脳皮質容積を調べてみたが,健常児22名(平均年齢:13.0歳)に比べて,左半球の一次視覚野の容積が20.6%減少していた(図318).その視覚野の容積減少は,反応性愛着障害児が呈する過度の不安や恐怖,心身症状,抑うつなど,「子どもの強さと困難さアンケート」の内向的尺度と明らかに関連していた.

図3

VBM法による反応性愛着障害児の視覚野灰白質容積減少18)

VBM法(脳の容積変化をボクセル単位で統計解析する方法)による反応性愛着障害群と健常群との脳皮質容積の比較検討結果.反応性愛着障害群では左半球の一次視覚野(17野)の容積が20.6%減少していた.

さらに特定された一次視覚野について,マルトリートメントを受けた時期と種類が灰白質容積減少に及ぼす影響について検討したところ,5~6歳の時期のマルトリートメント経験が最も影響を及ぼしていることが明らかとなった(p<0.05,FDR corrected)19).その背景として辺縁系の活性不全が関連しており,この時期のマルトリートメント経験は,情動的な視覚刺激に対するストレス反応の憎悪因子である可能性がある.また,マルトリートメントの種類では,虐待種の併存数の多さ,およびネグレクト経験があることが最も影響を及ぼしていることが示唆された(p<0.05,FDR corrected).

前述したように小児期に虐待を受けた成人では視覚野の灰白質容積減少5,8)があり,しかもそれらの成人は後頭から側頭領域を結ぶ下縦束(inferior longitudinal fasciculus:visual limbic pathwayの一部)の白質線維が減少していた20)

視覚野は情動的な視覚刺激に対するストレス反応を制御する神経回路を部分的に担っていることが知られている.また臨床症状との関連では,彼らの視覚野容積低下は不安や心的外傷後ストレス障害(PTSD)症状と有意に関連していることがわかった21).一連の脳の変化が不安を誘発し,慢性疼痛の誘発や悪化を招く可能性が推察される.

一連の異常は,HubelとWieselが報告した仔ネコの視覚野に関する歴史的な発見(視覚を遮断した仔ネコでは,視覚伝導路に変容が起こることを示した研究)22)を思い起こさせる.ヒトにおいても同様に,生後の視覚的経験,おそらく視覚刺激の減少が生後の脳発達における活動依存的な神経回路変化を引き起こし,同部位の形態学的変化が生じたと推測される.しかし,シナプス可塑性の観点から考えると,この変化は可逆的であろう.

III おわりに

さまざまな類型の虐待被害の脳に及ぼす影響が明らかとなり,愛着障害についても,その障害およびその心的機能の問題に関与する脳構造や脳機能異常がMRIを用いた脳画像研究からわかってきた.

ヒトの脳は,経験によって再構築されるように進化してきたのだろう.児童虐待への曝露が脳に及ぼす数々の影響をみてみると,人生の早期,幼い子どもがさらされた想像を超える恐怖と悲しみ,被虐待体験は子どもの人格形成に深刻な影響を与えてしまうことが一般社会にも認知されてきた.子どもたちは癒やされることのない深い心の傷(トラウマ)を抱えたまま,さまざまな困難が待ち受けている人生に立ち向かわなければならなくなる.トラウマは子どもたちの発達を障害するように働くことがあり,従来の「発達障害」の基準に類似した症状を呈する場合がある.子どもたちの発達の特性を見守るのが周囲の大人の責任であることを再認識しなければならない.

虐待のタイプや受けた時期との関連が示されたことにより,画一的とはならない介入の重要性や子どもへの虐待に起因する反応性愛着障害および関連する精神疾患の発症メカニズムの理解や治療・支援法の開発が早急に望まれる.

異世代間の児童虐待(いわゆる世代間連鎖)の発生率を予測した報告では,子ども時代に虐待を受けた被害者が,親になると子どもに虐待を行う傾向が指摘されている23).自分の子どもに対して虐待する者がおよそ3分の1,普段問題はないがいざ精神的ストレスが高まった場合に自らの子ども時代と同様に,今度はわが子に対して虐待する者が3分の1いると見積もられている.このように「虐待の連鎖」がいわれて久しいが,3分の2の被虐待児たちは自らが親になって虐待しないという事実にも目を向けてほしい.少子化・核家族化が進む社会のなかで,養育者である親を社会で支える体制はいまだ乏しいが,育児困難に悩む親たちを社会で支えること,“とも育児”[子育て困難家族の脇にいて共に(伴に)寄り添う]きょうどう子育て(アロペアレンティング)が必要である.

一連のエビデンスについて社会全体の理解が深まることで,大人が責任をもって子どもと接することができ,子どもたちの未来に光を当てる社会を築くことに少しでもつながればと願っている.

謝辞

本稿執筆にあたり本研究に多大に貢献してくれた,福井大学医学部附属病院子どものこころ診療部や同子どものこころの発達研究センター発達支援研究部門のすべてのスタッフに深謝したい.

文献
 
© 2020 一般社団法人 日本ペインクリニック学会
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