Journal of Japan Society of Pain Clinicians
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2020 Volume 27 Issue 4 Pages 343-344

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I はじめに

ペインクリニック診療において帯状疱疹痛は診療する機会の多い疾患の一つであり,とくに急性期には神経ブロック治療を施行することも多い.

今回われわれは抗ウイルス治療中の急性期帯状疱疹痛の患者に対し,神経ブロックを施行したところ,直後に意識障害をきたしアシクロビル脳症と判明した1例を経験したので報告する.

本症例報告を行うことについて,患者本人に説明を行い承諾を得た.

II 症例

患者:80歳,女性.身長145.7 cm.体重40.6 kg.

既往歴:慢性C型肝炎,関節リウマチ,高血圧.

現病歴:X日 左前腕に皮疹が出現,近医内科で帯状疱疹と診断されバラシクロビル(valaciclovir:VACV)2,500 mg/dayの経口投与が開始された.X+2日 当院皮膚科に紹介され,同日の採血検査でCr 0.82 mg/dl,eGFR 50.6 ml/min/1.72 m2と軽度腎機能低下を認めたためVACVは2,000 mg/dayに減量された.X+4日 セレコキシブおよびワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液含有製剤を内服中であったが左上肢の疼痛コントロール不良のため当科に紹介された.

初診時現症:左C6領域に皮疹と一致して数値評価スケール(numerical rating scale:NRS)8/10の疼痛を認めた.前日より軽度の頭痛とふらつきが出現し食欲も減退していたが,意識障害はなく意思疎通も良好であった.

経過:責任神経根に対して神経ブロック治療を希望され左頸部より超音波ガイド下にC6神経根周囲に0.5%リドカイン5 ml,ベタメタゾン4 mgを注入した.神経ブロック後の観察中に徐々に意識レベルが低下し,30分後には声かけで開眼するが発語困難となり,ジャパン・コーマ・スケール(Japan coma scale:JCS)II-10であった.従命動作も非常に緩慢で頻回の嘔吐を伴った.局所麻酔薬中毒などの神経根ブロック合併症を疑い,モニターによる呼吸心拍監視を開始し,静脈路を確保し速やかに治療が可能な体制を整え,意識障害の診断と治療のため救急外来へ移動し各種検査を施行した.

頭部CTでは局所脳病変は認めず,頭部MRIでは新鮮梗塞巣なくびまん性の萎縮のみ指摘された.神経ブロック45分後の採血検査では血糖値155 mg/dl,CRP 1.5と軽度高値を認め,電解質異常や肝機能は正常であったがCr 3.07 mg/dl,eGFR 11.9 ml/min/1.72 m2と2日前の検査と比べ腎障害が急速に進行していた.神経ブロック2時間後には意識状態はJCS I-2と改善し,発語も緩慢だが可能であった.神経内科医師により腰椎穿刺を施行するも髄液採取は困難であった.

突然の意識レベル低下の原因として,発生より2時間以上経過しても意識レベルの低下が持続しており局所麻酔薬中毒よりも他の病態を検討するべきであると考えられた.検査所見より脳血管障害や他の代謝疾患も可能性が低いと考え,急性腎不全およびアシクロビル脳症と診断し,VACVを中止し入院管理となった.

X+5日 意識レベルは清明(JCS 0)となり,頭痛は改善し上肢の痛みは自制内であった.X+9日 歩行可能となり,食事摂取可能となった.X+11日 意識清明となり呂律困難などの自覚症状も認めなくなったため,X+12日 退院した.

III 考察

アシクロビルによる精神神経症状はアシクロビル脳症(以下,本症)と称され,症状としては意識障害・呂律困難・興奮・震戦・錯乱・幻覚・ミオクローヌスなど多彩な精神症状を呈し,重篤な場合には昏睡や死に至ることもある1).自験例で帯状疱疹の治療薬として用いられたVACVはアシクロビルのプロドラッグであり,経口投与後に肝臓で代謝を受けて体内ではアシクロビルとして薬理作用を発揮するため2),VACVでも本症は生じ得る.

本症はアシクロビル投与開始3~5日での発症が多いとされるが,血液検査や頭部CT,MRIなどの画像検査,髄液検査では特異的な所見はなく診断は困難である.治療は原因薬剤の中止であり,それにより24時間以内に改善をみるとされている.

本症はアシクロビルの投与中止により,速やかに改善するため診断が重要である.血中アシクロビル濃度に関連する因子として薬剤投与量および患者の腎機能があり,とくに腎機能は治療開始後に変化することがあるため注意が必要である.薬剤性腎障害はアシクロビル・バラシクロビルの合併症としてよく知られており,抗ヘルペスウイルス薬で治療中の急性期帯状疱疹痛に対し非ステロイド性消炎鎮痛剤(non-steroidal anti-inflammatory drugs:NSAIDs)を併用することが多く腎障害が助長される.帯状疱疹の罹患者には高齢者も多く,その場合食欲減退,水分摂取不良といった全身状態の影響で腎前性腎障害を起こし得る.以上のように急性期帯状疱疹ではさまざまな要因によって急速に腎機能障害をきたすことがあり,とくに高齢者ではその危険性は顕著といえよう.

自験例においても,軽度腎機能障害(Cr 0.82 mg/dl,eGFR 50.6 ml/min/1.72 m2)を認識しVACVは2,000 mg/day経口投与に減量していたが,セレコキシブ内服中かつ痛みのための飲水食事量の減少により腎障害が進行し,アシクロビルの血中濃度上昇を主因として本症を発症したものと考えられた.しかし,本自験例では神経ブロック施行直後の急激な発症であり,発症直後は局所麻酔薬中毒による中枢神経症状が混在していた可能性も否定できない.

VACVによる本症の発症頻度は0.24%と報告されているが3),ペインクリニックにおける疼痛コントロールの薬剤選択でも発生頻度は左右され,NSAIDsの使用は本症発症のリスク因子であることが示唆された.

今回われわれは,神経ブロック施行直後に意識障害をきたしたアシクロビル脳症の1例を経験した.ペインクリニックでは急性期帯状疱疹に対し抗炎症作用のある鎮痛剤であるNSAIDsを使用することが多い.ペインクリニック治療指針の帯状疱疹の項でも「急性期の軽度の痛みにはNSAIDsやアセトアミノフェンを使用する」との記載がある4)がNSAIDsはアシクロビル脳症のリスク因子の一つであり,腎機能が正常であっても使用には慎重になるべきである.使用の際は高齢者,脱水の有無などのほかのリスク因子を考慮し,高リスク患者の治療にはアセトアミノフェンなど腎機能に影響の少ない薬剤や神経ブロック単独での治療も検討すべきである.

文献
  • 1)   Asahi  T,  Tsutsui  M,  Wakasugi  M, et al. Valacyclovir neurotoxicity: clinical experience and review of the literature. Eur J Neurol 2009; 16: 457–60.
  • 2)   Perry  CM,  Faulds  D. Valaciclovir. A review of its antiviral activity, pharmacokinetic properties and therapeutic efficacy in herpesvirus infections. Drugs 1996; 52: 754–72.
  • 3)  グラクソ・スミスクライン. バルトレックス医薬品インタビューフォーム.
  • 4)  日本ペインクリニック学会治療指針検討委員会編集. ペインクリニック治療指針 改訂第6版. 東京, 真興交易医書出版部, 2019, p139.
 
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