2020 Volume 27 Issue 4 Pages 296-299
身体症状症は,身体症状により日常生活に支障をきたし,苦痛を伴う症状への異常な思考・感情・行動が持続的にみられる疾患である.薬物療法の有効性は限られ,同時に精神療法を行う.今回,身体症状症の比較的珍しい表現型である下肢灼熱感に対し,支持的精神療法を行い症状が改善に向かった1例を経験した.74歳の女性が,胃がんと転移性肝がんの診断で化学療法を受けた.治療開始10日後から両足先から両下腿に広がる灼熱感が出現した.症状増悪のため入院し,原因検索を行ったが,症状につながる病変はなかった.DSM-V診断基準より身体症状症と診断した.患者の症状に対する苦痛や考えを受容し,感情の表出などを行う支持的精神療法を通じ症状は改善し退院した.身体症状症は比較的珍しい表現型に下肢灼熱感がある.原因検索を行うことは重要だが,医学的に説明ができないことを説明することで,患者に安心感よりもわかってくれなかったという悲しみや辛さを与える可能性がある.患者の医療に対する期待値を把握しながら,支持的精神療法を意識した構造的な患者医師関係の構築が有用であることが示唆された.
身体症状症(somatic symptom disorder:SSD)は,複数の身体症状により日常生活に支障をきたし,苦痛を伴う症状への異常な思考・感情・行動が持続的にみられる疾患である1).頭痛や腹痛などの疼痛に加え,疲労感,嘔気,呼吸困難感,脱力感など多彩な症状を呈する.薬物療法の有効性は限られ,多くの場合,同時に精神療法を行う.今回,両下肢灼熱感に対し支持的精神療法を行うことで症状緩和につながった身体症状症の症例を経験したので報告する.
本報告は患者からの承諾を得,報告すべき利益相反はない.
患者:74歳,女性,身長152 cm,体重39 kg.
既往歴:50歳ごろ,子宮筋腫.
2018年8月上旬,体重減少を主訴に外科を受診し,精査の結果,胃がんcT4N2M1,転移性肝がんと診断された.外科医はHER2陰性でありSOX療法を予定し,30日にテガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合錠(以下TS-1)100 mg/日を7日分処方した.9月8日,両足趾から両下腿へ広がる数値評価スケール(numerical rating scale:NRS)7/10の灼熱感を自覚した.12日,灼熱感が増強し緩和ケア科に入院した.治療医は,TS-1投与初期にみられる神経障害も考慮し身体診察を行った.灼熱感は両膝から両足趾までで,冷覚や振動覚,位置覚の低下はなく,下肢徒手筋力テストは5/5だった.入院後TS-1は中止した.処方履歴では,TS-1の過剰な処方はなかった.患者に謝罪するという対応ではなく,TS-1の副作用を含め対応する姿勢をとった.入院後,灼熱感が増強する時間が夕方から眠前に多く,灼熱感の増強を自覚すると過換気となったことから,パニック障害や全般性不安障害などの精神疾患を想定し,心療内科の受診を患者に勧め,20日に紹介した.心療内科医は,患者は外科医が誤って1週間分多く処方した抗がん剤を内服したことで灼熱感が出現したと認識し,謝罪を受けない状況が続き,医療への不信感や憤りなどの感情がうまく処理できず,両下肢灼熱感という症状となって表出したと推察した.患者の訴えは下肢灼熱感のほか,嘔気や全身倦怠感があった.心療内科医よりこの2症状に対しスルピリド50 mg/日の提案があり,開始したが改善はなかった.27日,末梢神経障害性疼痛に対してプレカバリンを開始漸増した.10月3日,プレカバリン50 mg/日へ増量したが症状の改善はなく,患者の希望で自宅へ退院した.外来でプレガバリン100 mg/日に増量し,メコバラミン1,500 µg/日を追加したが,症状の改善はなかった.患者の判断で,以前外科で処方されていたトリアゾラム0.25 mg 1回1錠を1日2~3回使用し,入眠することで日々を過ごした.11月上旬,両下肢灼熱感がNRS 10/10へ増悪し,トリアゾラムを内服しても疼痛に苦しむため20日に入院した.
前回入院時にみられた嘔気や全身倦怠感はなかった.入院時,デルマトームに一致しない両膝から両足趾・足底部にかけてNRS 10/10の持続する灼熱感があった.症状出現時には発汗や両下腿浮腫,皮膚色・皮膚温の変化はなく,冷覚や振動覚,位置覚の低下,アロディニアはなかった.下肢徒手筋力テストで5/5,下肢の深部腱反射は異常なし,病的反射はなかった.これまでの経過を含め末梢神経障害性疼痛だけでなく,SSDの可能性を考慮し診療した.
入院中の疼痛評価は,毎日緩和ケア医が灼熱感の程度や1日のなかでの変化などを患者に尋ね,経時的変化を把握するように努めた.灼熱感が軽減したとき,改善する前にどのような対応をしたのか,どのようなことが良かったのかなどを話し合った.
入院3日目,右膝から足趾と左足関節から足趾のNRS 8/10の灼熱感を訴えた.灼熱感はNRS 8~10/10で持続した.日によって1日のなかで症状をまったく感じない時間があった.朝方は右膝より末梢側の灼熱感があり,夕方は右足関節より末梢側に変化したり,両足関節から足趾の灼熱感が右足関節だけになったりと症状が変動した.患者は,基本的に下肢灼熱感のためベッド上で横になって過ごし,トイレや入浴など日常生活動作は支障なく自立していた.入院後,プレガバリン100 mg/日,スルピリド50 mg/日を継続し,プレガバリンを225 mg/日まで増量したが改善はなかった.
疼痛評価と薬物調整と並行し,神経障害の原因となる病変検索を行った.胸部単純CTでは,既知の肝左葉S4の転移部分が2 cmから3 cmに増大していた.腰椎造影MRIでは,S2レベルの仙椎やや右側に9 mm大,S3仙椎のやや左側に5 mm大の骨転移を認め,明らかな神経浸潤はなかった.両下肢神経伝導速度検査では,末梢神経障害を示唆する異常はなかった.検査結果に加え心療内科医を含め複数の医師の診療をもとにSSDと診断した(表1).
身体症状の診断基準(DSM-V) | 本症例の場合 |
---|---|
A 一つまたはそれ以上の,苦痛を伴う,または日常生活に意味のある混乱を引き起こす身体症状. | + |
B 身体症状,またはそれに伴う健康への懸念に関連した過度な思考,感情,または行動で,以下のうち少なくとも一つによって顕在化する. | |
1 自分の症状の深刻さについての不釣り合いかつ持続する思考 | + |
2 健康または症状についての持続する強い不安 | + |
3 これらの症状または健康への懸念に費やされる過度の時間と労力 | + |
C 身体症状はどれ一つとして持続的に存在していないかもしれないが,症状のある状態は持続している(典型的には6カ月以上). | + |
日々の疼痛評価の際,診察とともに時間をかけて傾聴し対話を行った.患者は幼少期より人と気兼ねせず話すことができ,友人は数人いた.高校卒業後,夫と結婚し2児をもうけ,専業主婦として家庭を支えた.家をきれいにしなければ気が済まず,家事を強迫的に行っていた.下肢灼熱感が出現した後も,症状が軽快したときに,家事を行った.患者は「脚が焼けるように熱いのは,抗がん剤を飲みすぎたからだ」という医療に対する不信感だけでなく,「これまでのような生活ができない」という不安や悔しさ,憤りを緩和ケア医や心療内科医に話した.
入院14日目,患者家族へ,神経伝導速度で異常はない,MRIで骨転移がある,など医学的事実を明確に説明した.患者が抱いていた抗がん剤と身体症状の関連性は傾聴にとどめ,患者の訴えを否定する発言は控えた.患者は,「骨転移が症状の原因であり,放射線治療をしたい」と言った.身体症状と検査結果の関係性に対し医学的評価は言及せず,放射線治療が可能か放射線治療医に相談することを伝えた.入院15日目,プレガバリンやスルピリドの有効性は乏しいと判断し漸減し,デュロキセチン20 mg/日を開始した.入院16日目,放射線治療の日程を患者へ伝えた.その後,急に患者から退院の要望があった.気持ちを確認すると,患者は「胃がんに気づくのが遅かったのは自分の生活を優先したから.がん細胞は全身を回っており,放射線治療をしても意味がない.早く帰って自分の生活をしたい.」と話した.緩和ケア医は,身体症状があり苦しんでいることは事実であり,継続して診療を行うことを伝えた.入院17日目,灼熱感はNRS 6/10に軽減し,徐々にNRS 3~4/10まで改善し,入院20日目に自宅に退院した.外来通院でもデュロキセチン20 mgを継続し,灼熱感の範囲は変動したが,NRS 3~4/10で推移した.
今回,身体症状症SSDの比較的珍しい表現型である下肢灼熱感に対し,支持的精神療法を行い症状が改善に向かった1例を経験した.
SSDは気力がない(96%),頭痛(74%),疲労感(70%),手のチクチクやしびれ感(70%),口渇感(66%),下肢の疼痛(66%)などさまざまな症状を呈する.そのなかでも,頭部の灼熱感(42%),胃の焼ける感じ(58%),眼が焼ける感じ(35%),皮膚全体の掻痒感と焼ける感じ(16%),全身の灼熱感(40%)を訴える場合もある2,3)が,下肢に限局した灼熱感を訴えたケースは,筆者が調べた範囲では報告がなかった.
本症例では下肢灼熱感に対し支持的精神療法が有効だった.支持的精神療法は,患者が抱く病を発症して生じた役割変化,喪失感や不安感をはじめとした精神的な苦痛を,医療者が患者ごとに支持的な対応を柔軟に変化させ,信頼関係を構築・発展させることで軽減することを目標とした精神療法である4).その本質は,患者の訴える内容に分析や批判的な解釈は行わず,非指示的な態度で,患者の心境や苦悩をあるがままに受け止め理解することに努力し続けることにある.このような医療者とのかかわりを通じ,患者は病気が生活に与える意味を理解するとともに,医療者は患者が感じている苦痛を理解しようとしていることを伝えることになり,関係性が続くことで治療的に作用する.明智らは,「自分の感じるままを言葉にしても常に支持しようとする医療者に接することは患者にとって日常的な体験となり,患者の自己評価を高め,対処能力を強化する」5)ことにつながると記述している.
本患者は灼熱感の原因を抗がん剤の飲みすぎと捉え,不信感や症状が改善しない不安感が募っていた.最初の入院では,当時の治療医が考えた必要な検査を行い,症状の改善には心療内科医の診療が必要と判断し早々に紹介した.しかし,患者は十分な精査を行わず精神的な症状とみなされ心療内科に紹介されたと受け取った.急に精神的な症状と決めつけられたと感じ,治療医への不信感が強まったと考える.次の入院では,患者の訴えを聞き,器質的疾患の検索のために身体診察や検査を行った.入念に症状の変化を確認し,患者の苦悩を理解に努め,症状緩和のために薬物調整を行った姿勢を通じ,患者と医師の治療関係が構築され,患者自身が自分の病を理解し,適応し始めるきっかけとなったと考える.入院16日目に放射線治療の日程を伝えたとき,患者は受容され承認され敬意をもって扱われていることを確信し,自分の病に対する対処能力が高まった結果,退院を希望されたと推察した.
本症例では,デュロキセチンの効果は得られなかったと考える.デュロキセチンは投与初期の副作用発現を抑制するために20 mg/日から開始し,1~2週間後に最適投与40~60 mg/日まで増量することで鎮痛効果が得られる薬剤である6).本症例ではデュロキセチン投与による鎮痛効果が発現するよりも先に症状は改善し,入院中の患者とのかかわりかた,支持的精神療法が症状改善につながったと判断した.
今回,SSDとして比較的珍しい表現型である下肢灼熱感に対し,支持的精神療法が有効であった1例を経験した.臨床現場において,患者が訴える症状を生じさせる器質的疾患の検索を十分に行うことは重要である.検査を十分に行った結果,症状に見合う病変がなく,「悪いところはありませんよ」,「病気ではないですよ」などと医学的に正しい説明を行ったとしても,患者によっては「良かった」という安心感よりも,「検査で異常がないから,私の症状は存在しないと言っているのか」,「先生は私の言っていることをわかってくれない」と否定的に受け取り,悲しみや辛さ,憤りなどの感情を与えてしまう可能性がある.本症例の場合,「症状は抗がん剤や病気が原因である」,「早く検査して治療が必要である」という患者の思いを受け止めながら医療提供を行った.このように,患者のもつ苦痛を軽減するために,患者の医療に対する期待値を把握しながら,支持的精神療法を意識した構造的な患者医師関係の構築を行うことが有用であると示唆された.