日本ペインクリニック学会誌
Online ISSN : 1884-1791
Print ISSN : 1340-4903
ISSN-L : 1340-4903
短報
両手指の複合性局所疼痛症候群が疑われたが,超音波ガイド下掌側板局所注射にて症状が改善したPIP関節屈筋腱炎の1例
網谷 謙川喜田 美穂子太田 志摩西村 佳津仲西 康顕
著者情報
キーワード: CRPS, 弾発指, PIP関節, 超音波
ジャーナル フリー HTML

2021 年 28 巻 11 号 p. 241-243

詳細

I はじめに

手指の痛みを伴う可動域制限という病態は,複合性局所疼痛症候群(complex regional pain syndrome:CRPS)以外にもさまざまな原因があり,時に診断が困難な場合がある.今回われわれは,CRPSの疑いで紹介された両手指痛の患者に対して,PIP関節レベルの屈筋腱炎を疑い局所注射を行って良好な結果を得たため報告する.

なお,論文執筆にあたり,患者様ご本人より書面で同意をいただいた.

II 症例

58歳女性.両手根管症候群の診断で4カ月前に当院整形外科で右手根管開放術,2カ月前に左手根管開放術を施行された.同時に近医で右手根管開放術後8週あたりから右手指の可動域制限を指摘されていたが左手術後に増悪し,さらに左手指にも可動域制限がみられるようになったため逆紹介され,整形外科の診察でCRPSの疑いで当科に紹介受診となった.既往歴として糖尿病・関節リウマチなど特記すべきものはなかった.

初診時,両手指PIP関節を中心とした部位に熱感・浮腫・発赤を主とする色調変化を認め(図1a),同部位中心に軽い圧覚で強い痛みを感じる状態であった.両手指PIP関節の自動運動での屈曲は,示指・中指・環指・小指それぞれ50度,伸展はそれぞれ−40度,DIP関節もほぼ屈曲10度の状態で自動運動は困難であった.他動運動は各PIP・DIP関節とも非常に強い痛みのため不可能であった.MP関節に腫脹や可動域制限など明らかな異常所見はみられず正中神経障害も明らかでなかった.血液検査上はCRP 0.59とやや炎症所見の亢進を認める以外に特記すべき異常値はなかった.超音波画像上,PIP関節掌側板周辺において屈筋腱周囲の浮腫と同部位のカラードプラー法にて周囲組織の血流増加を認めた(図2).MP関節レベルでは明らかな異常所見を認めなかった.これらの所見からCPRSよりPIP関節レベルの屈筋腱の炎症と考え,それぞれの手指のPIP関節掌側板膜様部に超音波ガイドで1%リドカイン0.5 ml+トリアムシノロン10 mgの局所注射を6日おきに3回繰り返して行った.局所注射後,PIP関節の色調変化,腫脹,圧痛は著明に改善し(図1b),可動域は各PIP関節の屈曲50度から70度,伸展−40度から−10度まで改善し,握力も右10 kgから18 kg,左13 kgから14 kgと改善傾向を認めた.

図1

右手最大伸展時の肉眼的所見

a:初診時,示指~小指のPIP・DIP関節は屈曲拘縮に近い状態であり,熱感・浮腫・発赤を主とする色調変化を認めた.

b:終診時,PIP/DIP関節の強い可動域制限も軽快し,浮腫,発赤といった肉眼的異常も消失した.

図2

右中指PIP関節掌側板周辺の超音波画像

a:初診時の右中指PIP関節基節骨骨頭レベルでの超音波画像(軸方向断面).

b:同部位におけるカラードプラー画像.屈筋腱周囲滑膜の著明な浮腫と,カラードプラーで周囲組織の血流増加がみられた.

FT:屈筋腱,MP:中節骨.

III 考察

PIP関節の痛みと可動域制限を起こしうる病態としてCRPS以外にデュプイトラン拘縮,弾発指などの屈筋腱炎(いわゆる腱鞘炎),関節リウマチなどがある.とくに弾発指は手根管症候群と合併しやすいことが知られており,どちらかの手術後にもう一方の症状が顕性化することがある.また,屈筋腱炎は糖尿病合併例で強い痛みや拘縮といった症状で現れることがある1).当患者においては糖尿病の合併のない手根管解放術後屈筋腱炎の一つの病態であったと考えられるが,強い他動時痛や軽い圧覚で非常に強い痛みがあり患者が恐怖を感じていたこと,屈筋腱炎は通常弾発指としてMP関節に発生し色調変化をきたすことはまれであるが,炎症がPIP関節に限局し,不動化による血流障害からか浮腫や色調変化をきたしていたことからCRPSを疑われたものと考えられた.指の痛みの検査として超音波画像の有用性は報告されており,屈筋腱炎においては屈筋腱とその周囲の滑膜の肥厚,リウマチ患者においてカラードプラー法での関節腔内血流増加がみられるとされている2).この患者の超音波画像では,屈筋腱と周囲滑膜の肥厚がみられた.関節腔内の異常血流は観察されなかったが,周囲組織の肥厚と血流増加が認められた.一方,臨床用のCRPSの判定指標として皮膚・爪・毛のいずれかの萎縮性変化,関節可動域制限,アロディニアや知覚過敏,発汗亢進もしくは低下,浮腫のうち2項目以上該当することとされており3),当科の診察においてもCRPSも考えられたが,PIP・DIP関節以外の関節に可動域制限が認められないこと,腫脹の所見がPIP関節に限局していること,超音波画像上屈筋腱周囲の浮腫と周囲組織の血流増加を認めたことからPIP関節レベルの屈筋腱の炎症と考えて局所注射を行った結果,痛みや可動域制限の改善を得ることができた.

IV 結語

屈筋腱炎を合併した手指PIP関節の可動域制限に対し,超音波ガイドで局所注射を行い良好な結果を得た1例を経験した.CRPSが疑われ,紹介された患者の中にもこういった病態があり得ることを理解し,詳細な診察が必要である.

この論文の要旨は,日本区域麻酔学会第8回学術集会(2021年4月,岡山)において発表した.

文献
 
© 2021 一般社団法人 日本ペインクリニック学会
feedback
Top