日本ペインクリニック学会誌
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症例
超音波ガイド下傍脊椎神経ブロック(paravertebral block:PVB)が有効であった小児の肋骨腫瘍切除術の症例
古賀 恵里柴田 純平堤 啓彰秋山 正慶戸田 法子西田 修
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2021 年 28 巻 11 号 p. 222-225

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Abstract

4歳,男児.身長102 cm,体重16 kg.左第4肋骨の肋骨腫瘍を認め,肋骨腫瘍切除術が計画された.全身麻酔下に右側臥位とし,0.25%ロピバカイン10 mlを用いて,超音波ガイド下に左Th4レベルで肋間外側アプローチ傍脊椎神経ブロック(paravertebral block:PVB)を施行した.術中の鎮痛は十分で,術直後はface scale 0で経過した.周術期を通して合併症なく経過し,術翌日ICU退室,術後2日で退院となった.本術式は骨膜損傷を伴うため,強い疼痛を生じることが予想された.小児に対するPVBは胸腔鏡手術時のものが散見されるが,肋骨切除のような直接的肋骨侵襲に対しても鎮痛効果が発揮された.また,肋間神経の損傷や術中所見により広範切除の可能性があったが,単回穿刺のPVBは十分な鎮痛域と鎮痛時間が維持でき,今回のような手術に有用であった.

I はじめに

近年,小児に対しても末梢神経ブロックは普及してきており,疼痛緩和に広く用いられている.

小児病院における傍脊椎神経ブロック(paravertebral block:PVB)の集計データによると,単回注入のPVBを施行した403例のうち,腹腔鏡手術187例(46.4%),乳房縮小術52例(12.9%)が大半を占めており,肋骨切除術は4例(1%)と少数であった1).肋骨切除術に対してPVBを施行したという報告は少ないが,単回注射で多肋間領域への鎮痛効果が期待できることより,PVBは良い適応と考える.今回,4歳児の肋骨腫瘍切除術に超音波ガイド下PVBを施行し良好な鎮痛を得た症例を報告する.

また,症例報告に関して,患者とその家族から書面による承諾を得ている.

II 症例

4歳,男児.身長102 cm,体重16 kg.38週2日,3,645 gで帝王切開にて出生した.完全口唇口蓋裂に対して,口唇形成術と1次口蓋形成術の手術歴があるものの,他の合併奇形は認めない.卵とクルミのアレルギーがある.

左乳頭付近に皮下腫瘤があることに保護者が気づき,当院形成外科を受診した.MRI画像で左第4肋骨に8 mm大の腫瘍を認めた(図1).肋軟骨骨軟骨種と診断され,全身麻酔下の肋骨腫瘍切除術が計画された.

図1

胸部MRI画像(T2強調画像)

第4肋骨に腫瘍を認める.T2強調画像で軟骨帽が高信号を示している.

III 経過

卵アレルギーがあるため,ミダゾラム1 mgを用いて急速導入した.フェンタニル50 µg,ロクロニウム15 mgを投与後に気管チューブ(マイクロカフ小児用気管チューブ,内径4.5 mm)を挿管した.全身麻酔導入後に,体位を右側臥位とした.PVBは,超音波装置(富士フイルム,Sonosite SII)のリニアプローブ(6~15 MHz)を,左Th4~5の肋間隙に平行に置いて,横突起,壁側胸膜,内肋間膜を確認し,この三者に囲まれたスペースである傍脊椎腔に対して,平行法アプローチを用いて穿刺した.ブロック針(八光,ディスポーザブル硬膜外針(曲)20G 80 mm)が内肋間膜を貫通したところで血液や空気が引けないことを確認し,0.25%ロピバカイン10 mlを注入した.

麻酔維持は2%セボフルランで行った.肋骨周囲組織が剥離され,腫瘍部分の肋骨が切断された.術中,レミフェンタニルの使用量0.2~0.3 µg/kg/min程度で,収縮期血圧100 mmHg台,心拍数90回/分と循環動態は安定して経過していた.肋骨切除後,創部に生理食塩水を貯めてリークテストを行い,胸膜損傷がないことを確認した.閉創時よりアセトアミノフェン240 mgを投与し,フェンタニルの持続投与(0.3 µg/kg/h)を開始した.麻酔時間2時間20分,手術時間45分,輸液量231 ml,尿量60 ml,出血量5 gであった.術中を通して換気量やSpO2は低下しなかった.術後の胸部レントゲン写真で気胸や血胸は認めず,循環動態も安定していたため手術室で抜管した.抜管後の呼吸状態も穏やかであった.呼吸状態の継続的な観察を行うことを目的に,ICU入室とした.ICU入室直後より嘔気が強かったため,入室5分後にはフェンタニルの持続投与を中止した.その後も鎮痛はface scale 0(0:痛みなし,1:わずかに痛い,2:もう少し痛い,3:さらに痛い,4:かなり痛い,5:最大の痛み)と良好で,呼吸状態も問題なかったため翌朝にはICU退室となった.ICUおよび病棟において,鎮痛薬の追加投与はされることなく疼痛は自制内であり,術後2日で退院となった.周術期を通じて,気胸や局所麻酔薬中毒などのPVBに伴う合併症は発症しなかった.摘出された腫瘍は後日,骨軟骨種と病理診断された.術後3週間経過した外来でも疼痛はなく創部の経過も良好であったため,現在は無治療経過観察となっている.

IV 考察

小児病院2病院における1~2年間の集計データによると,PVBを施行された症例は2,390件あり,そのうち単回注入は403人に対して1,765回施行されていた1).小児においても術後鎮痛に頻繁に用いられている末梢神経ブロックであるが,肋骨切除術に対するPVBの報告例は少ない.

本症例の術式は,肋骨骨膜を剥離した後に腫瘍の両端で肋骨を切断・摘出するもので,肋間神経損傷の可能性もあり,疼痛の強い術式であることが予想された.加えて腫瘍浸潤がみられた場合,広範切除や肋間神経の合併切除によって疼痛範囲の拡大と疼痛強度の増強が起こる可能性もあった.今回は片側の手術であること,多肋間にわたる鎮痛が得られること,鎮痛作用が比較的強力で長時間であることなどから,単回穿刺でのPVBを選択した.

1歳以上の小児に対する単回注入のPVBにおいて,ロピバカインの平均投与量は1.25 mg/kgであったとの報告1)があるため,これをもとに本症例では0.25%ロピバカイン10 ml(1.56 mg/kg)を投与することにした.PVB単回注入による薬液の拡がりについては,成人における報告がいくつかみられる.18~45歳のボランティアを対象として,Th6のレベルで1%メピバカインを20 ml投与した時の局所麻酔薬の拡がりを見た報告では,薬液は頭側に0.5~1椎間,尾側に3椎間ほど拡がっていたとしている.またこの時の鎮痛域は9.8~10.7椎間拡がっていて,薬液の拡がりよりも鎮痛域の方が広範囲にわたっていたと報告している2).小児におけるPVB施行時の薬液や鎮痛域の拡がりについての報告はないが,前述の成人における報告から,今回の症例でも鎮痛域が多椎間にわたっていたことが予想され,Th4を中心とする数椎間に創部痛が及んでも十分にカバーできていたと推測される.

局所麻酔薬の種類は,手術時間が延長する可能性があったことと術後鎮痛効果が持続することを考慮して,長時間作用性のロピバカインを選択した.局所麻酔薬の選択では,効果時間と局所麻酔薬中毒に留意をする必要がある.小児に対する単回注入PVBに,ロピバカインを使用した際の効果時間を検討した報告はない.しかしながら,小児に対する0.2%前後のロピバカインを用いた単回注入ブロックの効果時間は,経験的に成人とほぼ同様の8~10時間程度であったとの報告がある3).本症例は,腫瘍の周囲組織への浸潤を認めなかったため,骨膜を剥離して残し,腫瘍部分の肋骨だけを切除することができた.そのため肋間神経を損傷することなく,神経障害性疼痛に至らなかったと考える.術後に鎮痛薬の追加投与を必要としなかったのは,侵害受容性疼痛はあるものの創は小さく,疼痛も軽度であったからかもしれない.

局所麻酔薬の極量に関して,多少報告によりばらつきはあるが,ロピバカインの場合,小児に対する単回注入末梢神経ブロックにおける最大使用量は概ね2.5~3 mg(最大4 mg)/kgとされている46).今回の患者において,ロピバカインの極量を40 mg(2.5 mg/kg)とすると,実際の使用量は25 mgであるため問題はなかったと考えられる.しかし,効果時間は濃度よりも総投与量(mg)に依存すると考えられていることを踏まえると,効果時間のことを考えれば,極量近くまで投与量を増やしても良かったかもしれない.

胸部の手術や肋骨の手術に対して,長期的に鎮痛可能な方法としては硬膜外麻酔も検討される.肋骨腫瘍切除術や肋骨切除術施行の小児患者に対するPVBと硬膜外ブロックの効果を比較した報告はない.漏斗胸に対するNuss法手術の際に,持続PVBと胸部硬膜外麻酔の鎮痛効果を比較した報告があるが7),周術期の鎮痛効果に差はなかった.小児におけるPVBでは,カテーテル留置を行った2,390件のうち1件(0.04%)に痙攣がみられたが,PVBの単回注射を行った1,765件の中では,合併症は認めなかった1)と報告されている.カテーテルが血管内に迷入し,局所麻酔薬投与による中毒症状によって心停止を起こした症例の報告例8)もあるが,PVBによる合併症は非常にまれであると考えられる.これに対して,小児における硬膜外麻酔の合併症は,3,152症例のうち24例(0.76%)と報告されており9),PVBは合併症の面では硬膜外麻酔より優位性がある.

近年,PVBを含めた神経ブロックは超音波ガイド下に施行することが主流となっている.大人の乳腺手術に対してPVBを施行した症例を対象にした研究では,超音波ガイド下に施行したPVBは,解剖学的ランドマーク法で施行したPVBと比較すると鎮痛効果が高かったと報告されている10).また,大人の乳腺腫瘍切除術を対象に,53人の超音波ガイド下PVBと55人の解剖学的ランドマーク法PVBを比較した研究では鎮痛効果に差がなく,超音波ガイド下PVB群で気胸が1例発生したとされている11).胸腔が近いPVBは針先を見失うと気胸の危険性があり,超音波ガイド下胸部PVBは技術の熟練が必要である.とはいえ,効果は遜色ないかより高いこと,小児では穿刺目標が小さいことなどから,小児の胸部手術には有効な鎮痛手段と考えられる.

V まとめ

小児の肋骨腫瘍切除術に対して超音波ガイド下PVBを施行し,術中および術後にかけて良好な鎮痛を得た.強い疼痛が予想される肋骨切除術に対して,胸部PVBを行った報告は少ないが,術中・術後を通して良好な鎮痛を得ることが可能で,安全性も高い胸部PVBは有用な鎮痛手段であることが示唆された.

この論文の要旨は,日本区域麻酔学会第7回学術集会(2020年8月,Web開催)において発表した.

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