Journal of Japan Society of Pain Clinicians
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Is hair cortisol concentration of patients with chronic pain high?
Aki FUJIWARAMitsuru IDAKeisuke WATANABEKatsuhiro KIMOTOKie YOSHIMURAMasaya UEDAHidechika KAWAZOEHinatsu OHGANEMasahiko KAWAGUCHI
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2021 Volume 28 Issue 2 Pages 11-16

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Abstract

【はじめに】毛髪コルチゾール値は慢性ストレスの客観的指標となる可能性が示唆されている.【目的】慢性疼痛患者と健常者の毛髪コルチゾール値を比較し,慢性疼痛患者の毛髪コルチゾール値が高値となるかを調べる.【方法】患者群と健常群の毛髪コルチゾール値,主観的ストレス度,健康関連QOL,不安,抑うつを比較した.また,毛髪コルチゾール値と各因子の相関関係を調べた.【結果】毛髪コルチゾール値の中央値[四分位範囲]は,患者群10.6[7.1]pg/mg,健常群11.9[6.5]pg/mgであり,群間に有意差を認めなかった(p=0.42).主観的ストレス度も群間に有意差を認めなかった.毛髪コルチゾール値と主観的ストレス度に相関関係は認めなかった.【結語】慢性疼痛患者の毛髪コルチゾール値は健常者と有意差を認めなかった.慢性疼痛患者では毛髪コルチゾール値は,ストレス状態の客観的指標とならない可能性がある.

I はじめに

ストレスとは混乱に適応しようとする非特異的な適応反応である1).ストレスによりもたらされる身体的変化は,環境への適応と恒常性の維持のために重要な反応である.しかし,持続かつ増加するストレスは,高血圧2)や心血管障害3),肥満4),糖尿病5),喘息6),精神健康障害7)など体に有害な影響を与える.客観的なストレス測定法として,唾液や血清コルチゾールが測定されるが,測定時点のストレスしか反映しないという問題点がある.近年,慢性ストレスの指標として毛髪コルチゾールが注目されている8).毛髪は毛根から1 cm中に最近1カ月間のコルチゾール分泌情報が反映されるため,慢性ストレスを評価する客観的指標となる可能性がある.Dettenbornらは1年以上の無職者と有職者の毛髪コルチゾール値(hair cortisol concentration:HCC),主観的ストレス度(perceived stress scale:PSS)を比較し,無職群が有意にHCCとPSSが高いことを示した9).さらに,Van Uumらは,慢性疼痛患者と健常者のHCCおよびPSSを比較し,いずれの値も慢性疼痛患者が有意に高かったと報告した10).現時点でHCCの基準値は設定されておらず,さまざまな疾患で検討がなされており,全般性不安障害11),心的外傷後ストレス障害12),クッシング症候群13)でその値が変化することが報告されている.

今回われわれは,慢性疼痛患者と健常者のHCCを比較し,慢性疼痛患者のHCCが高値となるかを調べた.

本研究は当院の倫理審査委員会の承認を得ている(承認番号1941).

II 方法

HCCは性差があり14),さらに3 cm以上の毛髪採取が容易なことから,対象を女性に限定した.本研究は予備的研究であり試薬が利用可能な範囲で研究対象者を各群30名ずつと設定した.

2018年11月1日から2019年5月31日に奈良県立医科大学ペインセンターを受診した患者のうち,以下の基準を満たす患者を適格とした.

1.20歳以上の非妊娠女性

2.3カ月以上継続してペインセンターを受診している

3.数値評価スケール(numerical rating scale:NRS)で7以上の痛みが3カ月間継続している

4.痛みの原因を説明できる器質的疾患がある

5.3カ月以上ステロイド投与を受けていない

6.1カ月以上髪染めやパーマなどの施術を受けていない

健常群は,以下の基準を満たす参加者を,2018年11月1日から2019年5月31日の期間,奈良県立医科大学麻酔・ペインクリニック科のホームページにて公募した.

1.20歳以上の非妊娠女性

2.痛みを伴う疾患を有さない

3.通院加療を要する疾患を有さない

4.3カ月以上ステロイド投与を受けていない

5.1カ月以上髪染めやパーマなどの施術を受けていない

主要評価項目:慢性疼痛患者と健常者のHCCを比較する.

副次評価項目:慢性疼痛患者と健常者の主観的ストレス度,健康関連QOL,不安,抑うつを比較する.さらにHCCと他の因子の相関関係を調べる.

研究に対する口頭および文書による同意を取得後に,後頭部の根元から毛髪を採取し,主観的ストレス度,健康関連QOL,不安・抑うつを評価した.研究参加者には謝礼として商品券を渡した.

【実際の毛髪採取法】

毛髪採取は,午前10時から12時の間に行った.穴を満たす毛髪量が50本以上となるように厚紙に直径約1 mmの穴をあけた物を用意した.その穴に十分量の毛髪を通し,毛束を把持し(図1),把持した毛束を頭皮が露出するよう引っ張り出し根元を眉用ハサミで切った.採取した毛髪は根元部が分かるように粘着テープが付いたシートに固定し,スピッツ内に収納して冷凍庫に保管した.その後,各種情報をマスクして毛髪に番号を割りつけ,シャープ株式会社研究開発事業本部生活環境ソリューション研究所に移送し,盲検下にHCCの測定を行った.根元から1 cmの毛髪断片(過去1カ月分に相当)より得られたコルチゾール濃度をHCCとした.測定は3回行い,その平均値を採用した.

図1

毛髪採取方法

左:直径約1 mmの穴をあけた厚紙.

右:穴に十分量の毛髪を通し,毛束を把持する.

【HCCの測定方法】

1)抽出前処理:被験者から採取した50本程度の毛髪の束を根元で揃えて1 cmごと(過去1カ月分に相当)に裁断し,秤量後マイクロチューブへ格納した.洗浄のため,1 mlの2–プロパノールを滴下,10 rpmで3分間転倒撹拌,溶液を廃棄する一連の工程を3回繰り返し,一晩風乾させた.翌日,破砕用ジルコニアビーズと純水50 µlを添加した.ビーズ式破砕装置によって3,000 rpmで毛髪断片が確認されなくなるまで粉砕した.

2)毛髪コルチゾールの抽出:メタノール1.5 mlを滴下し,室温で10 rpm 18時間以上転倒撹拌を行った.撹拌後の溶液を6,500 Gで5分間遠心分離後,上清を取り出し,遠心濃縮機を用いて乾固した.ここに逆抽出用試薬を100 µl添加し,1,200 rpmで40分間撹拌を行った.その後,6,500 Gで5分間遠心分離にかけた.

3)免疫測定:免疫測定は測定キット(IBL, Cortisol Saliva Luminescence Immunoassay)を用いて行った.本キットは測定ウェルに結合した抗体と測定物質,さらに酵素標識された抗体で形成される免疫複合体の活性を化学発光の強度により定量的に検出する化学発光酵素免疫測定法である.メーカー規定の手順に従って,溶液中コルチゾール濃度ng/mlを測定した.毛髪単位重量あたりの濃度pg/mgへ換算した値をHCCとした.

主観的ストレス度の評価は,perceived stress scale(PSS)を用いて行った.14項目の質問に過去1カ月間に経験した状態の頻度について「まったくなかった」(0点)から「いつもあった」(4点)の5段階で回答を求める.高得点であるほど高ストレス状態であると考えられる.日本語版の信頼性と妥当性が示されている15)

健康関連QOLの評価は,Euro QOL 5 dimension 5 level(EQ5D5L)を用いて行った.現在の健康状態に対して,移動の程度,身の回りの管理,ふだんの活動,痛み/不快感,不安/ふさぎ込み,という5つの観点についてそれぞれ5段階で所定の回答用紙に記入してもらう.換算表に基づいて,QOLを完全な健康を1,死亡を0とする一次元の効用値に換算して測定できる評価法である.

不安・抑うつの評価は,hospital anxiety depression scale(HADS)を用いて行った.不安(HADS(A))と抑うつ(HADS(D))とをスクリーニングするために作成されたスケールであり,不安と抑うつそれぞれ7項目の計14項目の質問に4段階で回答を求める.配点表に従い評価し,それぞれ点数が高いほど重症度が高いと判定される.

III 結果

結果を表1に,患者群の背景を表2に示す.年齢は両群に有意差があった.HCCの中央値[四分位範囲]は,患者群10.6[7.1]pg/mg,健常群11.9[6.5]pg/mgであり,群間に有意差を認めなかった(p=0.42).主観的ストレス評価であるPSSも群間に有意差を認めなかった(p=0.59).健康関連QOLと抑うつは群間に有意差を認めた(どちらもp<0.01).HCCとPSS,EQ5D5L,不安,抑うつの関係を図2に示す.HCCとPSSは相関関係を認めなかった(相関係数r=0.0001,p=0.99).他の因子もHCCと相関関係を認めなかった.

表1 結果
  患者群 健常群 P値
症例数 30 30  
年齢 72.5[52~79] 43.5[34.3~47] <0.01
BMI 21.7[19.3~24.6] 20.8[19.5~24.2] 0.55
HCC(pg/mg) 10.6[7.5~14.6] 11.9[8.3~14.7] 0.42
PSS 22.5[19.3~26.8] 25.0[19.8~27.5] 0.59
EQ5D5L 0.50[0.3~0.6] 0.89[0.87~1.0] <0.01
HADS(A) 7[4.0~9.8] 5.5[2.3~8.0] 0.17
HADS(D) 8[5.3~10.8] 4[3.0~8.0] <0.01

中央値[25~75%]

毛髪コルチゾール値,主観的ストレス度,不安尺度は群間に有意差を認めなかった.

HCC:毛髪コルチゾール値,PSS:主観的ストレス度,EQ5D5L:健康関連QOL,HADS(A):不安尺度,HADS(D):抑うつ尺度.

表2 患者群の背景
  中央値 範囲
NRS 8 7~10
罹病期間(月) 56 5~192
  人数 割合(%)
疼痛部位    
 頭部 2 6.7
 頸肩上肢 6 20
 腰下肢 22 73.3
原因疾患    
 筋骨格筋疾患 23 77.7
 複合性局所疼痛症候群 4 13.3
 神経障害性疼痛 2 6.7
 末梢循環障害 1 3.3
既往歴    
 高血圧 9 30
 糖尿病(経口糖尿病薬) 1 3.3
 高脂血症 5 16.7
 骨粗鬆症 2 6.7
内服    
 オピオイド 8 26.7
 プレガバリン 14 46.7
 抗うつ薬 8 26.7
 ベンゾジアゼピン 11 36.7
 NSAIDs 7 23.3
 ビスホスホネート 2 6.7
図2

毛髪コルチゾール値とPSS,EQ5D5L,HADSの関係

a:全参加者(n=60)の主観的ストレス度(PSS)と毛髪コルチゾール値(HCC)の関係.r=0.0001,p=0.99.

b:全参加者(n=60)の健康関連QOL(EQ5D5L)と毛髪コルチゾール値(HCC)の関係.r=0.08,p=0.53.

c:全参加者(n=60)の不安尺度(HADS(A))と毛髪コルチゾール値(HCC)の関係.r=−0.19,p=0.15.

d:全参加者(n=60)の抑うつ尺度(HADS(D))と毛髪コルチゾール値(HCC)の関係.r=0.18,p=0.16.

IV 考察

HCCは血清コルチゾール測定に比し,過去のコルチゾール分泌の蓄積を知ることができるため,慢性ストレス状態の判断に有用な手段となる可能性がある.しかし,HCCの正常範囲は,現時点では一定した見解は認めない.男女44人のボランティア(平均年齢:36歳,範囲:2~90歳)のHCCを測定した研究では,平均18 pg/mg(範囲:5~91)であった16).また,Stalderらの研究では,健常コントロール群(n=20,年齢43.6±8.2歳)のHCCは16.55±12.59 pg/mgであった17).Van Uumらの研究では健常群(n=39,平均年齢39±16歳)のHCCは平均46.1 pg/mg(範囲:27.2~200)であった10).これらの結果と比較すると,本研究で得られたHCCは低値であった.

Van Uumら10)は,慢性疼痛患者は高ストレス状態でありHCCがその高ストレス状態を評価する客観的指標となる可能性を示した.この報告を参考に,慢性疼痛患者のHCCを健常者と比較したが,有意差を認めなかった.その原因として,2点考えられる.1点目は,必ずしも慢性疼痛患者が健常群と比べて高ストレス状態とはいえない可能性である.PSSも両群で有意差がなかったことがその可能性を示唆する.2点目は,HCCが慢性疼痛患者のストレス状態の指標とならない可能性である.急性ストレスはコルチゾール分泌量を増加させるが,慢性ストレスではコルチゾールの一日分泌量が減少するという報告がある18).また,Millerらは,ストレスの制御可能性でコルチゾール分泌が異なることを示している19).さらに,モルヒネ換算1日量200 mg以上のオピオイドの長期服用は二次性副腎不全を起こし,血中コルチゾールを低下させるという報告もある20).ただし,本研究のオピオイド内服患者(n=8)のモルヒネ換算一日量は,平均26.1 mg(範囲:8.5~60 mg)と少量であった.これらのことから,現状ではHCCは慢性疼痛患者のストレス状態を評価する客観的な指標とはならない可能性がある.

本研究の限界は,三つある.一つめは,患者群と健常群の年齢が異なることである.HCCに影響する因子は,性別,BMI,収縮期血圧が報告されている19).年齢に関しては,相関関係はないという報告21),負の相関があるという報告22),正の相関があるという報告23)があり,一定の見解が得られていない.今後の研究では,地域の健康イベントなどを活用し,60~70歳台の通院加療を要する疾患をもたない参加者を募る方法を用いて年齢をマッチングさせることを検討している.二つめは,夜勤の有無や運動習慣の調査を行っていないことである.夜勤や運動習慣がHCCに影響を与える可能性が示されている24).三つめは,HCCの個体によるばらつきが大きい可能性である.HCCはコルチゾール分泌の測定法としての信頼性と妥当性が示されている25)が,前述のRaulらの研究16)でも値にばらつきを認める(平均値18 pg/mg,範囲:5~91 pg/mg).本研究の患者群でも,HCCとEQ5D5Lが大きく解離した症例が3例認められた.

V 結語

慢性疼痛患者の毛髪コルチゾール値は健常者と有意差を認めなかった.慢性疼痛患者では毛髪コルチゾール値は,ストレス状態の客観的指標とならない可能性がある.

この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第54回大会(2020年11月,Web開催)において発表した.

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