日本ペインクリニック学会誌
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症例
脊椎手術中に挿入した硬膜外カテーテルが髄腔内に迷入した症例
西山 友貴
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2021 年 28 巻 7 号 p. 149-151

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Abstract

【はじめに】脊椎手術中に挿入した硬膜外カテーテルが髄腔内に迷入した症例を経験した.【症例】症例1は74歳,女性.胸腰椎後弯と腰部脊柱管狭窄症に対しT9–S1固定術を施行した.全身麻酔導入後,L3/4から硬膜外ブロックを行い,手術終了前に術野でL1/2より硬膜外カテーテルを挿入,単回投与後に,ロピバカインを持続投与した.その14時間後両下肢が動かなくなった.カテーテルから液体は吸引できなかった.ロピバカインを希釈し下肢運動は改善したが,3時間後に再度下肢が動かなくなった.カテーテルから液体が吸引されたためカテーテルを抜去し,1時間後に下肢運動は改善した.症例2は81歳,女性.胸腰椎後弯と第9胸椎破裂骨折に対しT5–L1の固定術を施行した.全身麻酔導入後T12/L1から硬膜外ブロックを行い,手術終了前に術野でT10/11より硬膜外カテーテルを挿入,単回投与後に持続投与した.29時間後両下肢運動低下し,カテーテルから液体が吸引されたためカテーテルを抜去した.その後下肢運動は改善した.【結語】脊椎手術の術中に挿入した硬膜外カテーテルが挿入後時間を経て髄腔内に迷入することがあるので注意が必要である.

I はじめに

硬膜外カテーテル挿入によるまれな合併症として,カテーテル迷入による薬剤の血管内投与1)や髄腔内投与2)がある.脊椎手術後の硬膜外カテーテル挿入は解剖学的変化によりこれらの合併症が生じやすい危険があるにもかかわらず報告はみられない.今回,脊椎手術中に術野から挿入した硬膜外カテーテルが術後に髄腔内に迷入した症例を経験した.2症例とも発表の同意を麻酔の同意とともに文章で得ている.

II 症例

症例1:74歳,女性,身長145.1 cm,体重60 kg.既往歴に子宮筋腫手術,甲状腺機能低下症,花粉症,および脊柱管狭窄症手術があった.今回,胸腰椎後弯,腰部脊柱管狭窄症に対しT9–S1固定術を施行した.術前検査ではクレアチンフォスフォキナーゼ(CPK)260 U・L−1以外異常を認めなかった.麻酔はミダゾラム,フェンタニルで導入し,ベクロニウムを用いて気管挿管し,酸素,亜酸化窒素,デスフルランで維持した.術中はニカルジピンで低血圧麻酔を行った.全身麻酔導入後,手術開始前にL3/4から20Gフーバーポイント硬膜外針(トップ,東京)で硬膜外腔に0.25%レボブピバカイン12 ml投与した.手術終了前に術野でL1/2より18G Tuohy針(ぺリフィックス,ビーブラウン,ドイツ)を用いて硬膜外カテーテル(ぺリフィックス,ワンカテーテル)を頭側に5 cm挿入し,筋層を通して皮膚に固定(先端より10 cm)した.手術終了時,カテーテルから液体が吸引されないことを確認し0.25%レボブピバカイン9 mlを硬膜外投与後に,0.25%ロピバカインを8 ml/hで持続投与した.麻酔覚醒時,痛みはvisual analog scale(0~10)で0,下肢の動きも良好だった(Bromage scale 0).14時間後両下肢が動かなくなったが(Bromage scale 3),カテーテルから液体が吸引されないことを確かめ,硬膜外ロピバカインを0.2%に希釈したところ,下肢運動は改善した(Bromage scale 1).その3時間後に再度下肢が動かなくなった(Bromage scale 3).痛みはVAS 1であった.硬膜外カテーテルより透明な液体吸引を認め,糖60 mg/dlであったため髄液と考えカテーテルを抜去した.意識レベル,血圧,呼吸に変化はなかった.MRI施行したが血腫などは認めなかった.1時間後下肢運動は改善した(Bromage scale 0).

症例2:81歳,女性.胸腰椎後弯と第9胸椎破裂骨折に対しT5–L1の固定術を施行した.全身麻酔導入後T12/L1から硬膜外にモルヒネ1.5 mg,0.75%レボブピバカイン5 ml,1%キシロカイン2 ml,および生理的食塩水6 mlの混合液を投与した.手術終了前に術野でT10/11より硬膜外カテーテルを頭側に5 cm挿入し,0.75%レボブピバカイン1.5 ml,1%リドカイン1.5 ml,および生理的食塩水7 mlの混合液を投与した.0.1%レボブピバカインを6 ml/hで,フェンタニルを25 µg/hで持続投与した.用いた硬膜外針,カテーテルは症例1と同様だった.術後トイレ歩行可能(Bromage scale 0)だったが,29時間後両下肢運動低下(Bromage scale 2)がみられた.意識レベル,血圧,呼吸に変化はなく痛みはVAS 0であった.硬膜外カテーテルから液体吸引を認め,糖43 mg/dlで髄液と考えカテーテルを抜去し1時間後下肢運動は改善した(Bromage scale 0).両症例とも硬膜外腔の確認は空気による抵抗消失法で行い,手術時に明らかな硬膜損傷はなかった.

III 考察

今回の2症例は脊椎固定術後,直視下で硬膜外カテーテルを挿入し,有効な鎮痛効果が得られていたが,術後に髄腔内迷入が生じた.

症例1では血腫も疑いMRIを施行したが,症例2では症例1の経験もあり,髄液が吸引されたことも加味しMRIは施行しなかった.

伊達ら3)はさまざまな手術を総合して8年間でくも膜下腔6例,胸腔内2例の硬膜外カテーテル迷入を認めている.脊椎手術に関しては,唯一,脊椎固定術の既往がある患者の開腹術で硬膜外カテーテル挿入10時間後に髄腔内に迷入した症例が報告されている4).迷入時期に関して,伊達らの報告3)では硬膜外カテーテル挿入直後から術後1日目,その他,手術中5),無痛分娩開始3時間後2),挿入10時間後4),術後2日目6)などの報告がある.われわれの症例も発見が術後14~17時間と29時間であり,迷入時期は必ずしもカテーテル挿入時とは限らない.

カテーテルの髄腔内迷入に気づくのは,下肢の運動麻痺,低血圧,高位ブロック2)などからで,重篤な場合はショックになる7).今回の症例は,下肢の運動麻痺で気づき,血圧低下は生じてない.硬膜外カテーテルから薬液を注入する場合はその前に吸引して逆流がないことを確認する.今回も単回注入前には確認したがその後持続投与を開始し,途中では確認していない.しかし,硬膜外カテーテルから手術中何度も吸引で逆流がないことを確認したにもかかわらず,カテーテルが血管内に迷入し局所麻酔薬中毒を生じた症例が報告されている1).単孔のカテーテルでは吸引による確認は50%以上の偽陰性率8)だが,複数孔では吸引する価値があるといわれている.今回のカテーテルは単孔だったが,症例1で2回目の下肢運動麻痺後の吸引では逆流が認められた.

硬膜外カテーテルの迷入は脊椎の屈伸によって生じる9).また硬膜外カテーテルからの薬液注入による高圧がカテーテルのくも膜穿刺の原因と考えられる10).今回の症例は持続投与中の迷入であり,高圧だったとは考えにくい.硬膜外カテーテルが硬膜を貫く可能性はきわめて低く,カテーテルが硬膜外針によって傷ついた硬膜から硬膜下腔に挿入されており,くも膜を破って髄腔内に入ると考えらえる11).しかし最初から硬膜下腔にカテーテルがあれば,単回投与の効果が強く出ているはずである.今回,麻酔範囲はチェックしていないが,9 ml,10 mlの単回投与後も血圧低下はなく,硬膜下腔挿入の可能性は低いと考える.今回の症例は手術で認識できていない硬膜損傷があり,術後の体動でカテーテルが移動してくも膜下腔に迷入したと考えられる.

らせん入り硬膜外カテーテルが最も迷入しにくいという報告12)があり,今後使用するカテーテルも検討していきたい.

IV 結語

脊椎手術の術中に挿入した硬膜外カテーテルが挿入後時間を経て髄腔内に迷入することがあるので注意が必要である.

本論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第49回大会(2015年7月,大阪)において発表した.

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