日本ペインクリニック学会誌
Online ISSN : 1884-1791
Print ISSN : 1340-4903
ISSN-L : 1340-4903
学会・研究会
日本ペインクリニック学会 第3回北海道支部学術集会
ジャーナル フリー HTML

2023 年 30 巻 5 号 p. 107-112

詳細

会 期:2022年9月10日(土)~9月30日(金)

会 場:Web開催

会 長:澤田敦史(札幌医科大学医学部麻酔科学講座)

■一般演題

1. 有痛性HIZ(high-intensity zone)に対してハイドロリリース法による硬膜外腔神経根癒着剥離術が有効であった2症例

太田孝一*1 中郷あゆみ*2 川岸俊也*2 長井 洋*2

*1江別市立病院ペインクリニック麻酔科,*2江別市立病院麻酔科

椎間板性腰痛でMRI画像T2強調像において,腰椎椎間板後方,線維輪外輪に高輝度を認める場合,その部分をHIZ(high-intensity zone)とよび椎間板性腰痛の一つの有力な所見として注目されている.HIZは椎間板線維輪層板の亀裂内に脱出した髄核組織に由来する炎症を反映し,破綻した線維輪の修復過程として炎症性肉芽組織となり疼痛の原因となると考えられている.HIZでは,椎間板造影検査を行うと線維輪の亀裂像(toxic annular tea)が認められ疼痛の誘発が再現されるため椎間板性疼痛の診断価値が認められている.

このため,有痛性HIZに対する治療は,椎間板造影や椎間板摘出術などの椎間板に対する治療が一般に認められていた.しかしながら,腰下肢痛およびしびれは,限局的な椎間板ヘルニアによる神経根圧迫に伴う神経根性の痛みというより,椎間板成分の硬膜外腔流失による硬膜外腔癒着に伴う広汎な腰部脊柱管狭窄症によると考えられたため,仙骨裂孔より硬膜外腔癒着剥離術を生理食塩水20 mlによるハイドロリリース法で行ったところ良好な疼痛管理が可能であった線維筋痛症患者と交通外傷後で急速な腰下肢痛の増悪により歩行困難となった症例に対して,MRI検査を行ったところHIZが認められ硬膜外腔癒着が疑われたため,ハイドロリリース法による硬膜外腔神経根癒着剥離術(PAE)を行い,良好な経過をたどった2症例を経験したので報告する.

2. 予後予測の難しさと家族への心情配慮の困難性を感じた2事例

渡邊昭彦

札幌清田病院緩和ケア科・麻酔科

【はじめに】がん診療医と緩和ケア医では,予後の診立ては異なるようである.がん診療医においては,患者予後を長めに伝える傾向(楽観的予後予測)が多く報告されている.一方,死亡前1カ月を切るころになると,がん患者の全身状態は急速に悪化しはじめるため,看取りに対する家族への特段の配慮も必須となる.今回,改めて,がん診療医の予後の診立てとその伝え方の難しさを感じるとともに家族への心情的な配慮の見直しを迫られた特徴的な2事例を経験したので報告する.

【事例1】78歳女性,卵巣がん,多発脳梗塞(トルソー症候群疑い).意識レベル3~10(JCS).キーパーソンは夫,長女.202X年6月に子宮全摘,両側付属器摘出術施行.202X+1年4月14日会話困難となり緊急入院.多発脳梗塞発症.連日のMRIにて進行性に悪化が確認され,緩和主体の医療に切り替えられた.この時点で主治医からは,「卵巣がんに関しては予後6カ月程度を見込むが頭の症状が悪化された場合は急変もあり得る」と説明された.面会の希望もあり202X+1年6月22日に当院転入院.転入院時,意識レベルにはムラがあり,入眠されると失調性呼吸となる状況であった.転入院後8日目に死亡.

【事例2】58歳男性,胆のうがん,多発肝転移,OMI,CHF(EF 30%台),TRLI後.キーパーソンは妻.子供は2人.202X年12月末に胆のうがん,多発肝転移と診断.手術適応なしとされた.202X+1年4月27日繰り返す発熱のため入院.貧血を認め,5月9日輸血施行.輸血開始30分後にTRLI発症.挿管され人工呼吸管理.幸い人工呼吸管理からは離脱されて5月15日一般病棟へ.予後1~2カ月と説明され,面会可能な当院へ5月26日転入院.前医にて既にCIV:オピオイド開始されていたため,当院でも継続.しかし,restlessness(3+).直ちに妻に病状説明.看取りに備える時期である旨を説明.妻は驚きを持って受け止めていた.転入院後5日目に死亡.

3. 重症熱傷患者の疼痛管理の経験

井尻えり子*1 和知修太朗*1 丹保亜希仁*1,2 小北直宏*1

*1旭川医科大学病院集中治療部,*2市立旭川病院救急科

【はじめに】重症熱傷の治療は長期にわたり,痛みの機序も多彩である.われわれが経験した症例での鎮痛管理について報告する.

【症例】50代女性.自宅火災で受傷,当院へ搬送された.熱傷部位は顔面・後頚部・両上肢,熱傷面積は12%,熱傷深度は大部分が深達性II度で一部がIII度であった.来院時の意識は清明であったが,重篤な顔面熱傷に気道熱傷を合併していたため人工呼吸管理とした.初期の鎮静・鎮痛ではデクスメデトミジン,プロポフォール,フェンタニル,ケタミンを使用した.植皮術を計5回行ったが,その間,静注オピオイド減量目的に第9病日よりアセトアミノフェン内服,第10病日よりトラマドール・アセトアミノフェン配合錠内服,第14病日にセレコキシブ内服を追加し,多角的な鎮痛を目指した.外科的処置時には,当初フェンタニルとケタミンを主に用いていたが,安静時の持続痛の軽減とともにケタミンとフルルビプロフェンアキセチル,アセトアミノフェンの点滴投与へと切り替えていった.慢性期にはシャワー時の疼痛に対して,リドカインスプレーの患部への噴霧を使用したところ良好な鎮痛が得られた.

【考察】熱傷患者では,急性期の熱傷に伴う痛み,手術後の回復期のガーゼ交換・洗浄といった処置痛,慢性期の瘢痕化に伴う痛みがある.特に慢性期の神経因性疼痛はQOLに大きな影響を与えるとされる.本症例では熱傷診療ガイドライン改訂第3版から新たに加えられた鎮静・鎮痛の項目を参考に管理し,さらにリドカインスプレーの噴霧を取り入れた.余裕を持った極量内での使用,噴霧したリドカインが皮膚面に長くとどまらないことで局所麻酔薬中毒を起こさず,安全に除痛できたと考えられた.

【結語】重症熱傷患者の鎮痛管理はフェーズに合わせて管理することが重要であることを経験した.本症例では,熱傷局所の疼痛管理にリドカインスプレーが有効であった.

4. 帯状疱疹関連痛のアロディニアに八味地黄丸が有効であった2例

諸原清香 上野裕美 山蔭道明 澤田敦史 濱田耕介

札幌医科大学麻酔科

【背景】帯状疱疹関連痛は水痘帯状疱疹ウイルスの再活性化によりもたらされる前駆痛,急性痛,帯状疱疹後神経痛を連続した痛みとする概念である.難治性疼痛をきたし長期的な経過をたどる症例も経験される.今回われわれは帯状疱疹関連痛のアロディニアに対して八味地黄丸が有効であった2例を経験したので報告する.

【症例1】80代男性.X年11月皮疹に先行し右胸部の痛み自覚.その後皮疹が出現し抗ウイルス薬による加療を受けた.徐々に痛みによる歩行困難を自覚されX年12月当科初診となった.ミロガバリン,アセトアミノフェン,ビタミンB12製剤,五苓散などによる治療を開始した.X+1年1月自発痛は改善するもアロディニア強く,八味地黄丸エキス7.5 g/日に変更したところX+1年2月アロディニアも改善したため当科終診となった.

【症例2】60代男性.X年10月左鎖骨付近に皮疹出現し,抗ウイルス薬による加療を受けた.その後も疼痛改善なくX年11月当科初診となった.プレガバリン,アセトアミノフェン,トラマドール製剤,ビタミンB12製剤などによる加療を開始した.X+1年1月自発痛は発症時の約半分程度まで改善したがアロディニアが残存したため八味地黄丸エキス7.5 g/日を開始した.X+1年3月日中の疼痛は改善し,西洋薬を減量した.八味地黄丸内服により夜間頻尿の改善を認め,継続を希望されたため現在も継続中である.

【考察】八味地黄丸は高齢者の老化に伴う症状やフレイル対策で頻用される.散寒止痛効果のある附子が含まれており温めると症状が緩和される症例に有効であることが多い.難治性の帯状疱疹関連痛による,自発痛やアロディニアの治療に漢方薬の併用は有効であると思われた.

5. 頚部神経根症が原因と考えられた難治性上肢痛に対して肩甲骨周囲筋への超音波ガイド下fasciaハイドロリリースが奏功した3症例

原田修人 寺尾 基 岡田華子 赤間保之 的場光昭

旭川ペインクリニック病院

【はじめに】頚部神経根症が原因と考えられた難治性上肢痛に対して肩甲骨周囲筋への超音波ガイド下fasciaハイドロリリース(US-FHR)が奏功した3症例を経験したので報告する.

【症例1】50代女性,主訴は左上肢痛.近位で頚部神経根症と診断され,NSAIDsおよびプレガバリン処方されたが痛みは継続していた.頭部後屈で左背部・左上肢に痛みは出現したが,頚部神経根の責任高位は判然としなかった.左大菱形筋部および左棘下筋部に圧痛があった.同部位にUS-FHRを施行したところ痛みは軽減した.計2回のUS-FHRで痛みは消失した.

【症例2】50代女性,主訴は左肩甲骨部・左上肢痛,近医で頚部神経根症と診断されNSAIDsおよびプレガバリン処方されたが改善せず,寝返りでも痛み出現していた.左肩甲骨部から左C7領域に痛みおよびしびれ感があった.左大菱形筋・左棘下筋部に自発痛あるが,圧痛はなかった.頭部後屈で左肩甲骨部から左上肢にかけて放散痛が出現した.頚椎X線やMRI検査では所見なく,左大菱形筋部にUS-FHRを施行したところ痛みは軽減した.計3回のUS-FHRで痛みは消失した.

【症例3】50代男性,主訴は左肩甲骨部・左上肢痛.頚部後屈で痛みが出現していた.頚部神経根症が疑われNSAIDsやトラマドール処方で経過みていたが痛み改善なかった.頭部後屈で左大菱形筋部,左C6領域に痛み出現した.左大菱形筋部に圧痛があった.頚椎MRI検査では痛みをきたす所見はなかった.左大菱形筋部にUS-FHRを施行,症状は軽減し頚部後屈での痛み出現は消失した.

【考察】頚部神経根症が原因と考えられた難治性上肢痛への治療として肩甲骨周囲筋へのUS-FHRが有効であった3症例を経験した.頚部神経根症と診断されたが難治性である場合,背部fasciaが原因となっている病態が存在すると考えられた.

6. アロディニアを伴う強い痛みを呈した術後ケロイドの2症例

浅野清香*1 御村光子*2 阿久津 裕*3

*1札幌外科記念病院麻酔科,*2NTT東日本札幌病院ペインクリニックセンター,*3札幌禎心会病院皮膚科

ケロイドは痛みもしくは痒みを生じることがある.今回皮膚科と連携し痛みを軽減しえた術後ケロイドの症例を経験した.

【症例】症例1:73歳女性.急性A型大動脈解離手術後にケロイド化した胸骨正中切開創を中心にアロディニアを伴う前胸部痛が出現し,手術の3カ月後に当科紹介となった.プレガバリン等の薬物療法で痛みは軽減せず,硬膜外ブロックも奏効しなかった.リドカインとステロイドの局所注入の効果は1日間のみであった.皮膚科を紹介したところ,大動脈手術の11カ月後にケロイド切除と電子線照射が施行された.ケロイド再発はなく痛みはNRS 3/10となった.

症例2:71歳男性.20歳代後半の背部皮膚線維腫切除後に,また50歳ごろの左前胸部毛囊炎後にケロイドが出現した.その後ケロイド部の痛みが出現,持続したため66歳時に当科受診となった.プレガバリン,パロキセチン内服により痛みはNRS 5/10程度で経過していたが,局所的治療の可否を皮膚科に相談した.病変の領域が広範囲なため外科的切除を選択せず,ステロイド外用薬貼付で痛みはNRS 2/10となった.

【考察】ケロイドは真皮網状層の炎症,増殖した状態である.膠原線維だけでなく,毛細血管,末梢神経線維の増殖を伴う.膠原線維増殖による絞扼性末梢神経障害,毛細血管内皮機能の低下によるc-fiberの機能障害が神経障害性疼痛を引き起こすと考えられている.皮膚科におけるケロイドの治療は軽症の場合,抗アレルギー薬内服,ステロイドの外用・局所注射などであり,重症では切除を考慮し再発予防に放射線治療を加える.ケロイドの痛み出現より数十年経過した症例においても病変部局所に対する治療が奏効する場合があることから,ケロイド部位では神経障害性疼痛にみられるようなアロディニアを生じうるが,帯状疱疹後神経痛と異なり,中枢性感作は惹起されにくいと推測された.

7. 複合性局所疼痛症候群の治療過程で判明したde Quervain病の1症例

高田幸昌*1 御村光子*2 佐々木英昭*1 木村さおり*1 山本明日香*1 山澤 弦*1

*1NTT東日本札幌病院麻酔科,*2NTT東日本札幌病院ペインクリニックセンター

【はじめに】de Quervain病は第1伸筋腱区画内における短母指伸筋腱および長母指外転筋腱の狭窄性腱鞘滑膜炎である.今回前腕内シャント形成術後に複合性局所疼痛症候群(complex regional pain syndrome:CRPS)様の症状を呈した患者の治療過程で,de Quervain病が判明した症例を経験したので報告する.

【症例】60代の男性.X−1年10月に左前腕に内シャントを形成.術後左手背の腫脹と痛みが出現し,静脈高血圧症と診断されたため,X年2月に内シャント修復術を施行された.手術2週後より左手関節周囲の痛みが出現し徐々に増強.痛みの拡大とともに巧緻運動障害も出現したため,CRPSを疑われてX年4月当科初診となった.初診時所見として,左手関節に強い動作時痛と周囲にアロディニアを認め,手指は把握動作が困難であり握力測定不可能であった.また肩と肘関節にも可動域制限を認めた.臨床的にCRPSに矛盾しない病態と考え,腕神経叢ブロックおよびリハビリテーションを開始した.治療への反応は良好であり,痛み,運動機能ともに改善傾向であった.しかし母指背屈および手関節の回内外時の痛みが残存したことから器質的異常の有無について整形外科へコンサルトしたところ,de Quervain病を指摘された.腱鞘へのステロイド注射を施行したところ,残存していた痛みも軽減し,症状は自制内まで改善した.

【考察】本症例では当初痛みの原因が静脈高血圧症もしくは手術操作を起因とするCRPSと考えたが,治療が奏効し症状が限局化したことでde Quervain病の診断に至った.手術操作と腱鞘炎発症の因果関係は不明ではあるが,de Quervain病が本エピソードの主要因であったと考えられた.

8. 当院における高齢者の帯状疱疹後神経痛に対するオピオイド貼付薬使用の現況

佐々木英昭*1 御村光子*2 高田幸昌*1 木村さおり*1 山本明日香*1 山澤 弦*1

*1NTT東日本札幌病院麻酔科,*2NTT東日本札幌病院ペインクリニックセンター

【目的】帯状疱疹後神経痛は未だ痛みのコントロールが難しく,患者の生活の質を著しく損なうことがある.神経障害性疼痛ガイドラインには第3選択薬としてオピオイドが示され,近年ではいくつかの貼付薬が非がん性疼痛患者に対しても使用できるようになったが,安全性の面から特に高齢者には導入が躊躇される.そこで当院における高齢の帯状疱疹後神経痛患者へのオピオイド貼付薬使用の現況と,効果や副作用を調査した.

【方法】2022年1月から2022年7月の期間中,オピオイド貼付薬を処方した75歳以上の帯状疱疹後神経痛患者をカルテから抽出し,その種類,処方量,導入開始時期,痛みの変遷,有害事象(眠気,嘔気,便秘,掻痒感,意識障害,転倒転落など)の有無を調査した.

【結果】対象は5(男性3,女性2)症例あり,いずれも1日交換タイプのフェントステープ®を処方していた.平均年齢は81±5歳で,帯状疱疹発症から導入までの期間は28±26カ月であった.維持量は0.5 mgが3症例,1 mgが1症例,1.5 mgが1症例で,痛みの軽減は4症例で得られたが1症例は不変であった.有害事象は便秘が全症例,眠気が2症例にみられたが,意識障害や転倒転落など重篤なものはなかった.

【考察】高齢者では複数疾患が併存し多剤を処方されていることや,生理的代謝能が低下していることが多くオピオイドの使用には慎重を要する.今回の調査では,高齢者の帯状疱疹後神経痛に対するフェントステープ®は1症例で効果が得られず,引き続き導入開始時期や他のオピオイド貼付薬との比較など検討する必要はあるが,安全に使用できる有用な治療選択肢の一つと考える.

9. 超音波ガイド下腸骨筋膜下ブロックにより腸骨筋内に血腫を形成した1例

宮田和磨 藤井知昭 佐々木慶子 前田洋典 三浦基嗣 敦賀健吉 森本裕二

北海道大学病院麻酔科

症例は40歳代女性,身長162 cm,体重84 kg.外陰部化膿性汗腺炎に対して皮膚科で切除,皮弁形成術が施行されたが,創部感染や創離開,潰瘍形成を繰り返し,創部・左大腿内側部の痛みが強く当科紹介となった.左外陰部から左大腿近位部内側,前面にかけての感覚障害と強い痛みを認め,左閉鎖神経領域の神経障害性疼痛が疑われた.保存的治療を最大限行っても改善に乏しく,診断的治療として閉鎖神経ブロックの施行を考慮したが刺入部まで潰瘍が及んでいたため,suprainguinal approachでの超音波ガイド下腸骨筋膜下ブロックを施行した.ブロックには0.25%レボブピバカイン30 mlを使用し,薬液注入時には血液逆流やparesthesia,注入時痛を認めず,施行後に左大腿内側の痛みは改善した.施行2日後の夜間に左膝の屈曲に伴って大腿部に急な激痛を自覚し,左大腿外側部から前面の痛みのため下肢運動が不能となった.ブロックによる神経損傷や効果遷延の可能性があったため神経内科,整形外科コンサルトを行い精査したところ,外側大腿皮神経の障害が疑われた.下肢のMRIを撮影したところ左腸骨筋内に18 mm大の血腫を認め,それにより左外側大腿皮神経領域が圧迫され強い痛みと運動障害が生じたと考えられた.1カ月後の下肢MRIでは左腸骨筋内血腫は消失し,装具やリハビリテーションにより下肢運動は徐々に改善し歩行可能となった.現在は当科外来を通院し,薬物療法による疼痛コントロールを行っている.

腸骨筋膜下ブロックはランドマーク法で施行されることも多く,比較的安全性が高い手技と認識されている.一般的に筋膜面ブロックは血腫形成のリスクが低いとされ,腸骨筋膜下ブロック後の血腫形成の報告は,探し得た範囲では見つけられなかった.本症例における血腫の発症原因として,血管誤穿刺の他に,ブロックに比較的高用量の局所麻酔薬が使用されたことや患者体格などの要因のため腸骨筋周囲のコンパートメント圧が上昇し,近傍の血管が破綻した可能性も考えられた.

10. 施設紹介 ペインクリニックですがこんな症状も治療しています

佐藤 紀

帯広協会病院ペインクリニック外来

当院ペインクリニック外来を担当して10年になりました.その間,約400名以上の新患患者さんを治療させていただきました.3年前の本学会で,直近5年間のペイン患者治療概要を発表させていただきました.今回,過去10年をさかのぼり東洋医学を併用することで痛み以外の患者さん治療例が増えてきましたので,報告させていただきます.

① 頭痛:脳神経外科を受診していただき画像検査で器質的異常がない方を治療しています.脳神経外科で処方された西洋薬は基本継続します.筋緊張性頭痛・片頭痛・群発頭痛の頭痛分類に分けて考えますが,三系とも五苓散(17番)を最初に処方するのは共通です.

② 眼痛:眼科から紹介されるか,眼科の治療で改善なく患者さん自身が当科を受診します.眼球内外の炎症が否定されていることを確認します(角膜炎,涙嚢炎等).東洋医学では眼は肝と繋がると考えます.黄連解毒湯(15番)を最初に処方します.

③ 喉の違和感:耳鼻咽喉科から紹介されるか,耳鼻咽喉科の検査で異常なく患者さん自身が当科を受診します.喉の違和感は東洋医学では病気として認識されています.東洋医学の症状名では『咽中煑攣』:燻した肉が喉に引っかかった感じと表現されます.半夏厚朴湯(16番)を最初に処方します.

④ 火照り・ホットフラッシュ:基本冷やす生薬(柴胡,石膏,黄連,黄柏,等)で清熱して,経絡治療では太陽膀胱経該当穴を寫します.

⑤ 円形脱毛症:柴胡加竜骨牡蛎湯(12番)を処方します.

⑥ 骨盤位:産科からの依頼を受けて施療します.30~32週での依頼が多いです.左右の至陰穴に10壮を目途に施灸します.病院なので排煙設備がないため,艾を炭化した台座灸を使用します.

⑦ 不登校(小・中・高校生):併設する心療内科からの依頼を受けています.不登校の原因を探ります.身体的不調として,頭痛・腹痛・めまい・悪心・嘔吐・睡眠障害(入眠困難・覚醒困難)が多いです.

痛みの定義が不快な情動体験であるとすれば,痛み以外の不快な情動体験も治療の対象になるかなと思います.西洋医学は検査データに異常がない限り治療の対象とはならないため,症状がとれない患者さんと医療者側で病気に対する認識の違いを免れ得ません.既存の処方薬や神経ブロックに固執することなく,幅広く東洋医学を援用することで治療困難と思われる患者さまに一条の光を照らすことができると考えます.

11. エコーガイド下末梢神経ブロックの展望について

石田 岳

函館おおむら整形外科病院

末梢神経ブロックは,広くペインクリニックで施行されてきた手技であり,その方法と効果については,一定の評価を確立している.近年,整形外科を中心に,末梢神経ブロックをエコーガイド下に施行する動きが広がっており,ペインクリニック独自の手技であった末梢神経ブロックが再定義され,脚光を浴びつつある.一方,末梢神経ブロックをエコーガイド下で施行するに当たっては,エコーによる末梢神経および周囲の構造物の同定が必須であり,現時点で,その技術の習得が最大の参入障壁になっている.

エコーによる構造物の同定(=エコー解剖)を習得する最良の機会はハンズオンセミナーであるが,一開催に対する参加者が限られるという意味で費用対効果は高くない.また,コロナ禍においては,ハンズオンセミナーの開催自体が中止されることが相次ぎ,エコー解剖を習得する機会は失われたままになっている.

発表者は,動画配信サービスを用い,エコー解剖に必要な知識を無料で配信するほか,ハンズオンセミナーの講師,独自のセミナーの主催を通じ,より多くの初学者がエコー解剖を習得する機会を模索してきた.その経験を通じ,末梢神経ブロックをエコーガイド下に施行することについて,安全性と効果の両面からその価値を再定義し,今後わたしたちペインクリニシャンが担っていく役割について提言をしたい.

12. ナットクラッカー現象による疼痛に対し腹腔神経叢ブロックを施行した1例

其田 一

市立釧路総合病院麻酔科

【はじめに】ナットクラッカー現象は左腎静脈が上腸間膜動脈と腹部大動脈に挟まれる事象で,このことにより左腎静脈圧が上昇し血尿をきたす.また,左卵巣静脈,左精巣静脈が左腎静脈に還流するため左卵巣静脈瘤や左精巣静脈瘤を生ずることがある.比較的若年者に発生することがあり,副側血行路ができるため治療を要しないことが多いといわれている.今回,ナットクラッカー現象による内蔵痛と思われる疼痛に対して,複数回の腹腔神経叢ブロックを施行したので報告する.ブロックは都度良好な結果を得られたが,除痛持続期間が2カ月以下と短かった.

【症例】28歳女性.

【主訴】左側腹部から左背部,心窩部にかけての痛み.

【経過】学生時代から食後や運動時の左側腹部痛を感じることがあったが,2年前の出産後から疼痛が増強した.整形外科で筋骨格系の痛みは否定され,原因検索のための造影CTでナットクラッカー現象が指摘され痛みの原因と推測された.鎮痛薬処方されるも効果乏しく,緩和ケア科紹介され,オキシコンチン60 mg/日でも疼痛コントロール不良であったため,神経ブロックの適応について緩和ケア医から相談があり当科初診となった.

経過中の血尿も顕微鏡的血尿を認めるのみであり,若年で育児中でもあり手術療法より比較的非侵襲的な神経ブロックを選択した.疼痛は腎尿管系に分布する交感神経緊張が関与する内蔵痛と考え腹腔神経叢ブロックを施行し,オピオイド処方は必要なくなり,良好な結果を得た.しかしその効果は2カ月足らずであり,再度のブロックを要した.2回目のブロック後,左腎静脈造影,バルン拡張術を施行し拡張後静脈圧の低下がみられたが疼痛の変化はみられなかった.

良性疾患に対するオピオイド投与を避けるために頻回の腹腔神経叢ブロックが許容されうるのかが問題と考える.

13. 馬尾腫瘍増大,移動により腰下肢痛のコントロールが不良となった腰部脊柱管狭窄症の1症例

山本明日香*1 木村さおり*1 御村光子*2 高田幸昌*1 佐々木英昭*1 山澤 弦*1

*1NTT東日本札幌病院麻酔科,*2NTT東日本札幌病院ペインクリニックセンター

【背景】硬膜内に発生する馬尾腫瘍は馬尾を圧迫し,多彩な神経症状を引き起こすことがある.腰部脊柱管狭窄症(lumbar canal stenosis:LCS)の治療経過中に発見された馬尾腫瘍に対して腫瘍切除術を施行し,腰下肢痛の改善がみられた症例を報告する.

【症例】89歳女性.79歳ごろより右腰下肢痛を自覚.83歳時,右腰臀部より下肢外側の痛みを主訴に当科初診となった.腰椎MRI上,L4前方辷り,L4/5の脊柱管狭窄を認めた.右L4症状が主であり,薬物療法およびL4神経根ブロックなどにより症状が軽減していた.84歳時の腰椎MRIではLCSの他,L2/3レベル硬膜内髄外に馬尾腫瘍を認めた.腫瘍径が小さく,腰下肢痛も以前と変わらずコントロールできていたため,腫瘍については経過観察となった.定期的なMRI検査で腫瘍は増大傾向にあったが,89歳時より腰下肢痛の増悪,神経ブロック効果期間の短縮がみられるようになった.腰椎MRIではLCSの明らかな増悪がなかったが腫瘍の増大,尾側への移動を認めた.腫瘍の下縁はL4椎体中部であった.整形外科に手術を提案し,馬尾腫瘍切除および椎弓形成術が施行された.術後は,腰椎辷り症によるLCSは残存するものの症状は軽減しADLの顕著な改善を認めた.

【考察】馬尾腫瘍は神経根症状を有する腰椎変性疾患と類似する症状を呈することがあるが,本症例においてはL4/5の狭窄による右L4症状が初診時より一貫して続いており,腫瘍により新たに症状が出現したわけではない.馬尾腫瘍はこれ自体が症状を発現させることがなくとも既存の脊柱管狭窄症の悪化をきたしうる.馬尾腫瘍の手術成績は一般に良好であるため,保存的治療で対応が困難である場合には高齢者においても治療の選択肢として手術を検討する意義がある.

 
© 2023 一般社団法人 日本ペインクリニック学会
feedback
Top