日本官能評価学会誌
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論文
主観評価と生理応答の対応
宮崎 良文
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1997 年 1 巻 1 号 p. 37-42

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1. はじめに

いま, 官能評価をはじめとした主観評価と生理応答の対応に関心が集まっている。生理応答については, これまでのデータの蓄積はまだまだ十分であるとは言えないが, 最近の関心の高まりや測定機器ならびに測定手法の進歩により, 急激にそのデータが蓄積されつつある。

ここでは, 自然環境要素の刺激に対する主観評価と生理応答の対応について, 嗅覚, 触覚, 聴覚を例にとって, その実験例を中心に紹介する。

2. 主観評価と生理応答測定手法について

(1)主観評価指標

官能評価はSD法(増山と小林 1989)によった。さらに, 横山ら(1990)による日本語版POMS(感情プロフィール検査)を用いた。POMSは65項目の質問からなり, 緊張―不安, 抑鬱―落ち込み, 怒り―敵意, 活気, 疲労, 混乱の6感情尺度にわけて評価することができる。

(2)生理応答測定指標

生理応答の評価手法として, 一般には, 1)自律神経系, 2)中枢神経系, 3)内分泌系, 4)作業能率ならびに 5)疲労等が用いられる。自律神経系を指標とする場合, (指式連続)血圧(宮崎 1996a), 心電図R-R間隔, R-R間隔変動係数ならびにR-R間隔の周波数解析(綿貫・小林 1996), 瞳孔径ならびに瞳孔対光反射(宮崎 1996a), 指尖脈波, 末梢皮膚温, 精神性発汗等が用いられることが多い。中枢神経系においては脳波(菊池 1996)を指標とする場合が多いが, 最近, 近赤外光による脳内血流量(田村 1996)や磁界を使った脳磁図(菊池 1996)による評価の試みもなされつつある。内分泌系を指標とする場合, 一般にストレスホルモンと呼ばれているアドレナリンやノルアドレナリンならびにコルチゾール(谷田 1996)等の測定が行われる。最近までは, 血液中あるいは尿中の測定に限られており, 被験者に対する負担が大きく, 使用できる状況が限定されていた。しかし, コルチゾールに関しては唾液中における測定が可能となった。さらに, 文字消去法等による作業能率(山田 1996)も有用な情報を提供する。

現状においては, 実験の目的に合わせて, 上記の複数の生理応答指標を組み合わせ, さらに主観指標を同時測定することにより, 総合的な評価が行われるようになってきた。

3. 実験例

(1)嗅覚

19種類の植物由来の香り物質の官能評価を行った(宮崎 1993)。その結果, SD法による官能評価においては, 五つの因子が抽出された。第1因子のさわやか感はオレンジ果皮油とその主成分の一つであるシトラールで最も強く感じられていた。歯科において消毒に用いられ, 歯科治療を印象させるオイゲノールの吸入は不快であると評価されていた。自然感に関しては, 男女とも, タイワンヒノキ, ヒバ, キソヒノキ, ヤクスギ土埋木の各材油において強く感じられていた。材のにおいは自然感と強い相関があることが分かった(図1)。カンファー, シトラール, シトロネラールなどの精油成分の多くは, 人工的な印象をもたれることが分かった。

また, 感情プロフィールテストを使ってタイワンヒノキ材油の揮発成分を吸入した場合の心理的な気分の変化について以下に示す(宮崎 1992a)。

官能評価において自然感を最も強く感じさせていたタイワンヒノキ材油の吸入によって, “緊張”, “疲労”, “抑鬱”, “怒り”の感情尺度が減少する傾向にあることが明らかとなった(図2)。

生理応答については, 1)タイワンヒノキ材油の吸入は, 有意に血圧を低下させ(図3), 作業能率(文字消去量)を有意に上昇させること, 2)快適感を最も強く感じさせたオレンジ果皮油の吸入は血圧を低下させること, 3)官能評価において, 不快感を強く感じさせていたオイゲノールは有意に脈搏数を増加させること(図3)がわかった(宮崎 1992a)。

さらに, 我々は, 感情状態を鋭敏に反映することが知られている瞳孔径ならびに瞳孔対光反射を用いて香りの物質評価を行った。

第1に, 植物の精油の主要な成分(α―ピネン, シトラール, シトロネラール, ペリルアルデヒド, オイゲノール)を吸入させ瞳孔対光反射を調べた(宮崎 1996b)。その結果, 官能評価(SD法)において, 「自然な感じ」がし, 「気分が休まり」「好き」であると印象されたα―ピネンは最小から瞳孔径変化の63%まで戻る時間が増加し交感神経抑制状態にあること, 逆に, 「人工的な感じ」がし, 「気分が休まらず」「嫌い」であると印象されたオイゲノールとシトロネラールは, 最大散瞳速度が増加し, 交感神経亢進状態にあることが示唆された。

第2に, オレンジの精油を吸入させ, 瞳孔対光反射, 血圧, 主観評価を調べた(宮崎 1992b)。その結果, 官能評価においては, 「好き」で「華やか」で「軽い」という印象をもたれること, ならびに感情プロフィール検査においては「活気」が抑えられること, 血圧は有意に低下すること, ならびに最小から瞳孔径変化の63%まで戻る時間が有意に増加し交感神経抑制状態にあることが認められた。

第3に, 樹木の精油(タイワンヒノキ材油)を吸入させ, 瞳孔径を指標として連続的な測定を行った(宮崎 1996b)。その結果, 「好きである」と評価した被験者群と「好きではない」と評価した被験者群に分けて分析した所, 「好き」であると感じていた群においては, 有意に瞳孔径が減少し(図4―1), 「好きではない」と感じていた群においては有意に瞳孔径が増加する(図4―2)ことが分かった。好き―嫌いという価値観の違いによって瞳孔径は反対の方向へ変化することが認められた。

つまり, 官能評価や感情プロフィール検査に代表される主観評価の結果と各種の生理応答の結果は良く対応して変化することが分かった。加えて, 同じ香り物質を吸入した場合でも, 個人の価値観の違いによって異なる主観評価がなされ, それに対応した生理応答が生じていることが明らかとなった。今後の課題になるであろう個人差研究に重要な視点を与えるものと思われる。

(2)触覚

木材に接触することによる印象の変化を明らかとすることを目的として, SD法による官能評価を行った(宮崎 1994a)。3樹種の木材をカンナで削った鉋削面とノコギリ引きした挽材面にわけ, さらに, ガラス, アルミニウム, ビニール, タオル, ござ, 綿, 紙ヤスリ, 人工芝, タワシの9種を加えた15種類とし, 閉眼状態にて行った。

その結果4因子が抽出され, 第1因子を平滑感, 第2因子を自然・快適感, 第3因子を重量感, 第4因子を粘着感と命名した。因子得点の結果から, 第1に木材は6種類すべてが自然で快適で(図5), 重量感があると評価されていること, 第2に挽材面の方が鉋削面より, 自然・快適・重量・荒さ感を強くもたれていること, 第3に表面を撫でているだけであるにもかかわらず, 3種の樹種の中では, 比重の最も大きなブナ材が最も重量感があると感じられていることが分かった。

さらに, 木材への接触が人の自律神経反射に及ぼす影響を調べた(宮崎 1994b)。材料は, ヒノキの鉋削面と挽材面にガラス, ビニール, 綿, タワシの4種を加えた6種類とした。その結果, ヒノキ鉋削面, 綿, ヒノキ挽材面は, 撫でることなく接触した場合, 拡張期血圧(最低血圧)が低下するのに対し, ガラスへの接触は増加する傾向にあることが分かった(図6)。ヒノキに接触した場合とガラスに接触した場合の拡張期血圧には有意な変化が認められた。

また, 脳波による評価を行った(宮崎 1995)。

α波の速い成分である10―13H2の周波数帯を用いて, 左中心部(C3)の減哀を指標とした。つまり, 右手で物に接触し, その刺激を脳が処理した場合, 左中心部(C3)のα波が減衰することを利用した。その結果, 木材に単に触れるという接触の場合, 15種の内, 6種の木材のα波の減衰の程度は6, 7, 8, 11, 12, 14番目であり, 他の材料に比べ, 比較的小さい事が分かった。しかし, 撫でた場合は, 挽材面において強くα波の減衰が強く認められた。触れた場合に対する撫でた場合の減衰率の大きさは, ブナ, キリ, ヒノキの挽材面において, 15種類中, 1, 2, 4番目であった(図7)。つまり, 木材の挽材面への接触は, 単に触れた場合は脳における処理量が少なく人に優しい素材であることを示しており, 積極的に撫でた場合は, 脳における処理量が他の材料に比べて多く, 面白みのある素材であることを示唆しているものと考えられる。

(3)聴覚

森林由来の音を聞いた時の気分の変化を明らかにすることを目的として, 実験を行った(宮崎 1996b)。森林の音は清里で収録した市販のCDによる「小川のせせらぎ」, 「ウグイスの鳴き声の入った森の音」, 「カッコウの鳴き声の入った森の音」ならびに, 不快な音である「ピュアートーン」を用い, 測定はすべて閉眼状態で行った。

その結果, 森の音を流さなかった対照に比べて, 「せせらぎ」, 「ウグイス」, 「カッコウ」においては危険率1%で有意に快適であると感じられ, 脳血流量が減少した。「ピュアートーン」については, 有意に不快であると評価されており, 脳血流量変化の絶対量が大きいことが観察された。そこで, 12人の被験者について, 増加した群と減少した群に分けて評価した所, 「ピュアートーン」は, 増加あるいは減少の両群において最も大きな変化を起こすことが分かった。つまり, 被験者によって, 血流量を増加させたり, 減少させたりしながらストレスの処理を行っていることが示唆された。主観評価において, 快適でリラックスすると評価された森林由来の音は脳内の前頭部の血流を減少させることが明らかとなった。

Fig. 1

Scores of “natural feeling” in factor analysis by the inhalation of essential oils and their components.

■ : male, □ : Female. Bars are standard errors.

Fig. 2-1

Changes in “tension” in POMS (profile of mood states) by inhalation of odoriferous substances.

Fig. 2-2

Changes in “fatigue” in POMS (profile of mood states) by inhalation of odoriferous substances.

Fig. 3

Changes in blood pressure and pulse by inhalation of odoriferous substances.

Fig. 4-1

Changes in pupil size by inhalation of odoriferous substances.

(refreshing group) ★ : p<0.05

Fig. 4-2

Changes in pupil size by inhalation of odoriferous substances.

(non refreshing group) ★ : p<0.05

Fig. 5

Scores of “natural-refreshing feeling” in factor analysis upon touching several materials.

Fig. 6

Changes in blood pressure upon touching woods and grass.

Fig. 7

Changes in EEG (α wave) upon actively touching several materials.

4. おわりに

以上の実験例から明らかなように, 今回測定した主観評価と生理応答指標間には対応関係が認められた。しかし, 個々人について検討した場合, 多くの実験例において個人差が認められている。今後は, 官能評価を中心とした主観評価と各種の生理応答評価の両面から個人差に注目しつつ評価していくことが必須になるものと思われる。

 

本論文は平成8年11月16日に開催された日本官能評価学会設立シンポジウムにおける研究発表に基づいて執筆されたものである。

引用文献
 
© 1997 日本官能評価学会
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