日本官能評価学会誌
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研究報文
ポテトチップス中グリコアルカロイド含有量とその味覚への影響
中野 真衣小川 慶一古賀 秀徳
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2007 年 11 巻 2-2 号 p. 107-111

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1. 緒言

ポテトチップスの原料であるジャガイモは, ナス科の植物に属し, ステロイドアルカロイド配糖体のα-チャコニンおよびα-ソラニン, ポテトグリコアルカロイド(以下PGA)を含んでいる.

J. A. Woolfe(1987)は, 「アルカロイドは苦味物質であり, PGAも強い苦味物質であり, ジャガイモ100gあたり20mg以上のPGAが含まれると強い苦味を感じる」と記述している. 小机と水野(1989)は, ジャガイモのPGAは, 芽および塊茎皮層部に多く含まれており, また緑化部位にも多いと報告している. 小机(1992)は, PGAを多量に含むジャガイモを一度に多量に摂取した場合, 下痢, 嘔吐, 腹痛などの胃腸障害, 呼吸障害を引き起こし, 時に重症, 更に死亡する場合もあるという報告があると述べている. K. E. Hellenas(1995)の報告によれば, 中毒症状発症に関しては, 成人体重1kg当たりPGA1mgとされている. 日本では, 小学校で栽培されたジャガイモを授業で調理し, 中毒症状を起こした報道が毎年のように流れており, 最近では2006年7月20日に東京都の福祉保健局の発表資料で, 江戸川区の小学校で栽培したジャガイモを喫食したことによる食中毒の事例がある. ジャガイモの食中毒に対して, その予防対策に関する報告もある(松井ら, 2001). その一方で, アルカロイド類は昔から潰瘍などに対する民間薬として使用されているものも多く, またジャガイモの絞り汁が癌に効くとされてきた(西野, 2003年). 最近では, PGAの抗がん剤としての作用に関する報告がある(Nobara, 1998, ・Nakamura, 1996,・Lee, 2004).

そこで本報告では, ジャガイモをポテトチップスに加工する工程でのPGAの濃度変化, またPGA濃度がポテトチップスの呈味にどのような影響を及ぼすかを検討した.

2. 実験方法

(1)材料

ジャガイモは1995年度北海道産の品種トヨシロを用いた. トヨシロは, 扁卵形で芽の深さが浅いので, ポテトチップスに向く主力品種で, ジャガイモの国内作付面積では2005年度はコナフブキ, ダンシャクについで多く育成されている品種である.

(2)試薬

α-チャコニン, 及びα-ソラニン(SIGMA社製特級品)をメチルアルコール溶液に溶解し, 適宜希釈して使用した. メチルアルコール, アセトニトリルは関東科学社製HPLC用のものを使用し, その他の試薬はすべて関東科学の特級試薬を用いた.

(3)PGA測定方法

PGAをジャガイモから抽出する方法は, 小机(1986), Saito(1990), 浅野ら(1996)の報告がなされている. 本実験では, PGA抽出を迅速にかつ大量に行える方法として以下の方法を検討し採用した. ブレンダーカップ中にジャガイモ5g, あるいはポテトチップス10gを計り取って入れ, 抽出溶媒としてメタノール30mlを加えて5分間ホモジナイズした. これをブフナーロートで吸引ろ過後, 固相抽出法でPGAの抽出を行った. ジャガイモの場合は, C18カラム(Waters社)を使用し, ポテトチップスの試料は更にその後, NH2カラム(Waters社)で分画を行った. 固相抽出法で分画した溶液は, 45℃にて減圧乾固し, 1mlのメタノールで溶解したものを高速液体クロマトグラフィー(HPLC)にて分析を行った. HPLCは日本分光875-UV検出器を用い, 検出は208nmの波長に設定した. カラムは東京化成Kaseisorb LC NH2-60-5を使用し, カラム温度は38.0℃にて行った. 移動相は, 40mMリン酸=水素カリウム緩衝液とアセトニトリル(25:75, V/V)を用い, 流速は1.0ml/minとした(Scheme 1).

(4)ジャガイモ塊茎中のPGAの測定ジャガイモ10個を塊茎の頂部・基部縦方向に半分に切断し, 半分は全量ミキサーにかけてPGA濃度を測定した. 他方は, 皮と芽を除去して, その割合を算出し, ジャガイモのPGA濃度を測定した. ジャガイモの皮や芽を除去することをピールと呼び, ポテトチップスを製造する一つの重要な工程である. また, この皮や芽を除去した割合をピール率と呼ぶ. 本実験でのピール率は, 皮つきジャガイモ半分の重量及び除去した芽と皮の重量から求めた.

(5)ポテトチップスの調製方法

100gのポテトチップス調製のために皮付きのジャガイモ350gを用いた. 洗浄したジャガイモを, 厚さ1mm程度で皮と芽を除去し, 1.5mmの厚さにスライスしたもの310gを180℃に加熱した19kgの油(ライス油とパーム油の混合)中にて2分間フライした(図1). 使用したフライヤーは電磁フライヤー(エイシン電気株式会社製)である.

(6)ポテトチップス中のPGA含有量の調整

PGAは直射日光や蛍光灯の光照射により, ジャガイモ中での濃度が増加すると報告されている(小机ら, 1993). そこで, PGA濃度の異なるポテトチップスを作成するため, 多くのジャガイモに強制的に日光を当てた. その際, 照射部位の偏りがないように, 毎日ジャガイモを反転させた. ジャガイモは3~4日おきに採取した. ジャガイモ1個から作ったポテトチップスの半分量をPGA分析に供し, 残りを官能検査に供した. 光を照射しないジャガイモから作ったポテトチップスをコントロール品とし, そのPGA濃度は, 0.3mg/100gであった. サンプル中のPGA濃度は, 1mg/100g, 3mg/100g, 5mg/100g, 7mg/100gの4段階に分けて作成した. つまり, 3~4日おきに採取したジャガイモでポテトチップスを作成し, その半分は分析用試料に使用し, その残りは官能検査用試料として保管した. ポテトチップスは, 油の酸化を防ぐためにアルミ蒸着5層の袋(市販のポテトチップスに使用される袋)に空気をなるべく入れないよう封入し, 冷凍庫(-20℃)で保管した. 冷凍保管のため, 空気による酸化は考慮しない. ポテトチップスは官能検査実施の前日に冷凍庫より取り出し, 常温に戻して使用した.

PGAの分析結果をもとに, ポテトチップスのPGA濃度毎にグルーピングを行い, 官能検査に供した. K. H Hellenas(1995)の報告により, 体重50kgの成人が中毒症状を起こさない量であることを十分考慮し, 検査員が一度に摂取するPGA量が1mg以下になるように実施した.

(7)官能検査

苦味の強さとPGA含量の関係を明らかにするために, 官能検査による識別検査を実施した. 官能検査は所定の味覚識別試験に合格した20名の検査員(男6人, 女14人)で行った. 苦味の官能検査であるため, 苦味の蓄積による感度の鈍化を考慮に入れ, 試食順はコントロールを先に試食する方法とした. また, 1回の官能検査では, コントロールとサンプルの1組のみを実施し, 日を改めて他の1組の官能検査を実施した. すなわち, 官能検査を4日間実施した. 苦味・収斂味を強く感じるものを選択する2点識別法で評価を行い, 続いて苦味の差の程度を5段階評価法で実施した. 苦いと感じた方は他方に比べて, 評点1は苦味を僅かに感じる, 評点2は苦味をやや感じる, 評点3は苦味を感じる, 評点4は苦味をやや強く感じる, 評点5は苦味をかなり感じるとした. また, 評価したポテトチップスの味に対して記述法により表現させ, PGAの特徴を洗い出した.

Scheme 1

ジャガイモ及びポテトチップスのPGA迅速抽出方法 PGA:ポテトグリコアルカロイド

図1

ポテトチップスの加工工程及びPGAの含有量

PGA:ポテトグリコアルカロイド

3. 結果と考察

(1)ポテトチップス加工によるPGA含量の変化

ジャガイモ中のPGAは, 皮と芽を除去することにより, 無処理のジャガイモよりも54%減少した. また, PGAは皮と芽に偏在している事が分かった (2-(4)の方法を参照). そしてフライ後のポテトチップスでは, 皮と芽を除去したジャガイモから更に83%のPGAが減少した (2-(5)の方法参照). ポテトチップスのようなフライ製品では, 水分が減少する為PGAの見かけ上の含有率が増えるという説(J. A.WOOLFE, 1987)とフライ工程では減少するという説(小机と水野, 1989)があったが, 今回の実験ではポテトチップス中のPGA含量は減少した. PGAは水に不溶で, 280~285℃の温度で分解されるとされている(衛生試験法, 2000). このため, ジャガイモからポテトチップスに加工される際のPGAは, 油に溶け出したと考えられた. そこで油中のPGA含量の測定を試みたが, 今回の迅速測定方法では油からのPGAの分離が出来ず, 測定できなかった. 一方, 同じ油でジャガイモをフライし続けることにより油中のPGAが増加すれば, その油を含むポテトチップスのPGA含量が増加すると考えられたが, 同じ油でポテトチップスを揚げ続けてもポテトチップスのPGA含量は増加しななかった. このことより180℃のフライ油中におけるPGAの分解が示唆された.

(2)ジャガイモ中のPGAの分布

2-(4) の方法に従い, ジャガイモの皮と芽を1%程度除去すると, 全体の20%のPGA濃度が減少する. 更に2%の皮と芽の除去により30%, 5%の皮と芽の除去により全体の60%のPGAが減少している. しかしながら, 5%以上の芽と皮の除去はPGAの減少にあまり影響しない. このことから, ジャガイモ全体の5%に過ぎない皮層部に60%のPGAが局在しており, 残りの40%のPGAは, ジャガイモ全体の95%を占める髄部に均一に分布していると考える(図2参照).

(3)ポテトチップスの苦味とPGA濃度との関係

一般的に苦味は油によってマスキングされるといわれるが, PGA濃度1mg/100gのポテトチップスと0.3mg/100gのコントロール品を2点識別法で評価すると, 1mg/100gのポテトチップスの方が苦味を強く感じると答えた検査員は20人中17人あった(p<0.01). 更にPGA濃度3mg/100gのポテトチップスでは, コントロール品より苦味を強く感じていると答えた検査員は20人中19人, 5mg/100gのポテトチップスでは, コントロール品より苦味を強く感じていると答えた検査員は20人中20人, 7mg/100gのポテトチップスでは, コントロール品よりも苦味を強く感じていると答えた検査員は20人中19人であった(p<0.001, 図3).

また, 苦味の程度の評価では, コントロール品と比較してPGA濃度1mg/100gのポテトチップスは, 評点1の「苦味を僅かに感じる」, 評点2の「苦味をやや感じる」という評価が全体の 90%であり, 平均値は1.4点であった. PGA濃度3mg/100gのポテトチップスでは, 評点3の「苦く感じる」, 評点4の「苦味をやや強く感じる」という評価が全体の30%で, 平均点は2.1点あった. さらにPGA濃度5mg/100gの平均点は1.9点, 7mg/100gの平均点は2.0点であった(図4).

記述法で抽出されたポテトチップスの味についての「表現」をまとめると(表1), 1mg/100gの試料では, 「苦味」や「こげ味」を感じる人が20名中13名で多かった. PGA濃度が増加するに従って, 「苦味」の他に「収斂味」や「渋味」を感じる人が多く, 「こげ味」と答えた人は減少した.

従って, ポテトチップスの苦味はPGAによって引き起こされるが, PGAの濃度の増加によって官能的に苦味の強さは増すものではなく, 苦味の質が変化してくると考えられる. 今後, ポテトチップス中にはPGA以外の苦味物質が含まれる可能性が考えられることから, ジャガイモ中のフェノール類等の苦味への関与を課題としたい.

図2

ジャガイモの芽及び皮の除去率とPGA減少率との関係

PGA:ポテトグリコアルカロイド

図3

苦味の比較

コントロールとサンプルを試食し, 苦味・収斂味でどちらが強く感じるかを2点識別法で評価した検査員の割合

n - 20, **p<0.01, ***p<0.001

PGA:ポテトグリコアルカロイド

図4

苦味の程度の評価

n = 20

1点:苦味を僅かに感じる 2点:苦味をやや感じる

3点:苦味を感じる 4点:苦味をやや強く感じる

5点:苦味をかなり感じる

PGA:ポテトグリコアルカロイド

表1

苦いと感じたポテトチップスに対する味の表現

4. 要約

PGAはジャガイモの皮や芽及び皮層部に偏在しており, 皮や芽を除去することでジャガイモ中のPGAの60%が減少する. その後180℃のフライ工程により, 更にPGA含量は90%減少することが確認された. また, 官能検査によって低濃度PGAのポテトチップスで苦味が感じられたことからPGAは苦味物質として認められたが, その苦味の強さはPGA濃度に依存的ではなかった. このことからPGAだけがポテトチップスの苦味物質ではないことが示唆された.

引用文献
 
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