日本官能評価学会誌
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味噌嗜好とストレス受容度との関連性について
河野 昭子栗山 寛子
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2008 年 12 巻 1-2 号 p. 30-33

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緒論

食品の味は, 味覚受容体細胞でキャッチされ, 延髄, 視床をとおして大脳皮質の体性感覚皮質に伝達されることが示されている1). また, 味覚は他の諸感覚と相互作用しながら, 一般的な快・不快感情と関連して認知されることが指摘されている2).

一方, 快不快感情に関連すると考えられる, 気分・感情状態, 心身ストレス状態が, 味覚感度に影響を及ぼすとの報告がある3,4). 水間らの気分状態と味覚感受性の関連性調査では, すべての味の感受性が精神的疲労状態では抑制され, 一方, 酸味の感受性が身体的疲労状態で低下することを示唆している3).

最近, 鰹だしのうま味成分の気分・感情状態とくに疲労感に及ぼす影響が石崎らによって示されている5). また, 味噌の嗜好性調査から, 食経験が嗜好性に影響を及ぼすことが真部によって示されているが6), 味噌の嗜好性が気分・感情にどのような影響を及ぼすのか, あるいは, 気分・感情とくにストレス受容度と赤味噌, 白味噌などの選択嗜好性との関連性は知られていない.

そこで, 本研究では, 日本人の食生活における一般的な発酵食品として, 二種類の味噌をサンプルに選択し, それぞれの嗜好性と心身ストレス受容度との関連性を統計調査した結果, ある種のストレス感(抑うつ傾向)が味噌嗜好と関連することが示された.

方法

1. 研究対象および研究時期

対象者は大手前栄養学院の2年生の学生141人を対象とし, あらかじめ研究の目的並びに, 本調査は学業成績等にはなんら関わらないことを説明し, 自発的参加意志を確認後, 同意を得た上で, 2005年10月に学内実験室において実施した.

2. 味噌嗜好性調査

本調査では, タイプの異なる, 赤味噌と白味噌を用いることとし, K社の八丁味噌の赤出しとS社の西京白味噌を用いた. かつおだしにより味噌汁を調製し, 2点嗜好試験法を用いて好ましい方を選択させた. なお, かつおだしは, M社製のティーパック調製品を, 600mlの水に対して, 5g使用した. 味噌汁の調製法は, かつおだし600mlに対して, 赤味噌は40g, 白味噌は80gを懸濁させ, 沸騰後, 火を止め, 直ぐに検査に供した. 試飲時の温度は約70~80℃であった. 塩分濃度は, 赤味噌の場合, だし汁に対して味噌6.7%となり, この場合の食塩濃度は0.71%に相当し, 一方, 白味噌では, だし汁に対して味噌13%となり, 食塩濃度は0.65%に相当する7).

また, 原材料表示によれば, 赤味噌は豆味噌と米味噌を混合した八丁味噌であり, 白味噌は米味噌100%の西京味噌である.

3. ストレス調査

尾関らの, 大学生用ストレス自己評価尺度法は看護学校における入学から卒業までの縦断調査研究に使用され, 主に大学生のストレス判定に用いられている8). この調査により, 心理的には, 抑うつ, 不安, 怒り, 情緒的混乱, 引きこもりの程度が推測でき, 身体的反応では疲労感と自律神経系の活動性亢進の程度が推測できる. 計算されたストレス度は実数で与えられる. 過去の研究による各項目の平均値は, 抑うつ度6, 不安度6, 怒り度6, 情緒的混乱度6, 引きこもり度4, 身体的疲労感7, 自律神経系亢進度3, とされている. また, 合計値は38以上の人は上位15%であると報告されている8).

本調査は被験者が日常感じているストレス度合いが食品嗜好性とどのような関連性があるかどうかを味噌汁を例に検討することを目的にしたものであり, 被験者のストレス度合いを独立して調べられるこの方法を用いた.

4. 統計分析

味噌嗜好性とストレス度との関連性は, 分散分析により解析した. さらに, 分散分析で有意差が得られた抑うつ項目について, その関連性の傾向をみるために, -(0~1の値), ±(2~5の値), +(6~15の値)の3グループに分類した. その際, 個々のストレス度平均値と, それぞれの度数分布ができるだけ均等になるように配慮した. 得られたクロス表からカイ二乗検定を行い, 分散分析の結果と比較検討した. なお, 統計解析には SPSS7.5版を用いた.

結果

1. 調査項目の基本分析結果

ストレス度以外の調査項目の度数分布をTable 1に示した. 被験者の年齢については, かならずしも均等ではないが, 概して10代から20代に分布していると限定しうる範囲であり, この項目については検討事項から除外し, 調査対象としては, 本校学生グループとして取り扱った. また, 被験者の性別については, 女性に著しい偏りがあることを指摘しておく必要があろう.

2. 味噌嗜好性と各種ストレス度合との関連性

味噌嗜好性と個々の心身ストレス感受度との関連性調査の結果をTable 2に示した. 基礎統計量(平均値)の比較より, 赤味噌を選んだケースが, 白味噌を選んだケースに比べて, 各ストレス度のみならずストレス合計値も低いという傾向が認められた. また, 分散分析の結果, 抑うつ度と味噌嗜好性との間で, 有意確率0.026で有意差が検出された. この結果は, 赤味噌嗜好グループは, 白味噌嗜好グループに比べて, より抑うつ感が低い傾向にあることを示している.

3. 各ストレス度のグループ分類とクロス分析

ここで用いたストレス度の評価は0から最高15の計16段階に設定されており, かなり分散していると考えられる. そこで, 分散分析で有意差が得られた抑うつ項目に関して, Table 3に示したクロス分析表に基づき, カイ二乗検定をおこなった. その結果, 味噌嗜好性と抑うつ度との間で有意水準を 0.05とした場合, 有意な結果がえられた(p=0.041). 即ち, 赤味噌嗜好グループは, 白味噌嗜好グループよりも有意に抑うつ度が低い傾向が認められ, 分散分析の結果との整合性が示された.

Table 1

A frequency table on respective factor and level under investigation

Table 2

Descriptive statistics on one-way layout for ANOVA

Table 3

Cross table between miso preference and degree of depression

考察

本報告において, 我々は, 日本人にとって一般的な食材である味噌嗜好性と心身ストレス度との関連性を評価した. その結果, 二種類の統計解析値から判断して, 味噌嗜好性が抑うつ感情の程度に関連することが示された.

その他, 結果には示さなかったが, ストレスの程度を3段階に分けたクロス表によるカイ二乗検定では抑うつ度以外に, 怒り度の項目に関連性が指摘された(p=0.03). すなわち, 赤味噌嗜好グループはストレス要因を怒りという形で程よく外に発散させることにより抑うつ度を比較的低く保っているとの考察ができるが, Table 2に表示した数値から, 分散分析による評価では怒り度の項目は有意なものとは評価できなかった. そこで, 本論文では抑うつ度との関連性の指摘にとどめる. 本研究での被験者は健康人を対象としており, ここでいう抑うつ度は通常の生活の範囲内にあり, あくまで程度の差と考えられる.

石崎らは, 鰹だし中のうま味成分が, 摂取後の被験者の気分感情に与える効果を調査し, 抑うつや疲労感の改善を報告している5). 本研究では, 事前に気分・感情に関して調査済みの被験者の味噌汁嗜好性を検討しており, 石崎らの調査とは方法が異なる. しかし, うま味成分の指標とされる窒素成分は, 5訂増補日本食品成分表によれば, 赤味噌では3.012%, 白味噌では1.698%であり, 赤味噌が白味噌の2倍程度は含まれている. 旨味成分含量の高い赤味噌を日常的に好む人は, 抑うつ感が低いという我々の結果は, 方法の違いはあるが, 石崎らの結果と何らかの関連性をもつと考えられる.

今回用いた白味噌汁と赤だし味噌汁は, 今述べた窒素含量以外に食材の色の違いがあり, その他, 大きな差としては塩分濃度の違いが考えられる. ここでは一般的な調理法で調整しているので, 赤味噌汁の塩分濃度は0.71%に対して白味噌汁は0.65%と推測される. そこで, この塩分濃度の差も本調査結果に影響を与えている一因と考えられる. 健康人を対象とした塩分感受性と気分・感情を調査した報告はほとんどないが, 塩分摂取と関連する高血圧症については, ストレス度との関連性について若干の報告がある. たとえば, Sullivanらは9), 抑うつを伴う強い不安感の上昇により怒り感情が内面に抑圧されるようなことが, 高血圧症を引き起こす要因になることを報告している. これらの結果は, 抑うつ, 不安, さらに怒りなどの感情が, 通常の範囲を超えた場合に塩分感受性の高血圧が生じることを示唆している. 本調査研究での被験学生は健康人であり, それぞれのストレス因子が通常の学生生活に影響を与えない範囲にあるものと考えられるが, 味噌などの塩味の強い食品の嗜好と心身ストレス度との関連性も今後検討する必要があると考えられる.

以上述べたように, 味噌汁中のどのような成分が本調査結果に影響を及ぼしているのか興味が深い. 赤味噌汁と白味噌汁の各種成分の差を調査し, 本調査結果に影響を及ぼしたと考えられる成分の検討も今後の課題である. ここでは, 被験者の, 抑うつ度という気分・感情が, 日常の食生活と関連していることが, 味噌汁嗜好性を通して示唆されたといえよう.

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