日本官能評価学会誌
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対象の見え方と再生画像の大きさ
-2刺激間の水平方向の角距離が見えの大きさに与える影響-
梶谷 哲也
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2011 年 15 巻 2-2 号 p. 120-124

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1.はじめに

同じ大きさのヒトが前後に並んだとき,手前のヒトとそのすぐ後ろのヒトの大きさが違って見えることはない.さらに,比較的奥の方にいるヒトの大きさも,やや小さく見えてはいるものの,その大きさは幾何光学に従う写真のようには小さくならない.このような現象は“大きさの恒常性”と呼ばれている(大山,他,1996).

同様な理由から,対象を通常の光学カメラで撮影し続けているとき撮影対象がカメラに対して近づきすぎると,対象本来の大きさよりも極端に大きく映り,逆に遠ざかれば本来の大きさより極端に小さく映ってしまう.これをヒトが違和感を感じない程度の大きさで常に対象を描画するためには,対象の撮影時に対象までの距離とその距離での物理的な大きさを把握し,それらの情報に基づいて対象の大きさをヒトの知覚・認知特性に従って再生する方法も考えられる.仮にそれらが異なる場合,観察者は再生画像上の幾何光学的な対象の大きさと自分が知覚した対象の大きさとの差異に違和感を持つことになる(URCF,2010).そこで梶谷ら(梶谷,渡部,2005)は,奥行き距離に対する見えの大きさに従った画像再生法を提案し,これまでの幾何光学的な大きさに従って再生画像の大きさを決定しているコンピュータグラフィックス(以下CG)よりも,より自然な画像を生成する事が可能であることを明らかにした.併せて,見えの大きさを測定する測定環境では,異なる視距離にある移調刺激によって測定される対象の見えの大きさには有意な差がない(梶谷,2008)こと,さらに,標準刺激に対して比較刺激の左右の位置の差で見えの大きさが異なるかどうかを明確にするために,実験環境の側に立った刺激の記述をしていた(梶谷,2009).

その結果,観察者の両眼中央にあたる視点から見た刺激までの距離がどれくらいであったのか,また,標準刺激と比較刺激とが観察者から見てどれくらい離れているのか,という検討ができていなかった.そこで,本報告では,二つの刺激の水平方向の距離を視点に対する角度に変換した値(以下,角距離)が,見えの大きさに与える影響を明らかにする.そこで本報告では,前報とは視点を変えて観察者を中心とした視点で分析を行う.そのために,観察者から見た時の刺激の相対的位置を,以下の2つの要素に分解して考察する.1つは,観察者(視点)から見た比較刺激までの直線距離である視距離.もう1つは,標準刺激と比較刺激が視点に対して水平方向にどの程度離れているのかを表す尺度として,視点に対して2つの刺激が作る角度である角距離をもちいた.

2.対象までの視距離と角距離が異なる対象の見えの大きさ測定

ヒトが違和感を感じない程度の大きさで対象を描画するためには,対象の撮影時に対象までの位置とその位置での物理的な大きさを把握し,それらの情報に基づいて対象の大きさをヒトの知覚特性に従って再生する方法も考えられる(Kajitani,2003).一般に,視点から一定の距離にある対象の見えの大きさは,その距離が2倍になってもヒトには恒常性があるために,対象の見えの大きさは半分とはならない.また,その大きさの程度も対象により様々に異なる可能性がある.そこで,対象までの視距離と角距離の差違による見えの大きさに対する影響(大きさの恒常性の程度)を明らかにする.

目的:同じ球を標準刺激および比較刺激に用いて,視点に対して図1のような測定点で比較した時の見えの大きさを定量化することで,視点に対して標準刺激と比較刺激が作る水平距離である角距離が,視点から比較刺激までの距離である視距離とは別々に,対象の見えの大きさに対して有意な関係があるのか無いのかを明らかにする.

被験者:正常な視力を持つ21から23歳までの大学生11人.

方法:被験者から100cm,台から球の中心まで高さ22cmのところに,無彩色に塗装された直径5.6cmの球を標準刺激として置いて参照球とした.さらに,同じ大きさの比較刺激(ターゲット球)を図1にある20点の測定点に試行ごとにランダムに配置して,それぞれの球の相対的な見えの大きさを測定した(図2).なお,各被験者の繰り返し数は4回であった.

手続き:被験者は,参照球とターゲット球の相対的な見えの大きさを移調法に従って測定した.この時,被験者は試行ごとにランダムに選択される20点全ての測定を4回繰り返した.

具体的には,以下のような手順で球の見えの大きさを測定した.まず,被験者は実空間内の2つの球の大きさを同時に観察し,それらの大きさの関係を記憶する.次に,図2にある,移調刺激であるCG上,向かって左(ターゲット球の大きさに相当)にある円の大きさを,被験者自らが2つの球を観察して記憶した大きさと同等な関係になるまで十分な時間をかけて連続的に調整する.最後に,被験者によって調整された左側の円の大きさを,見えの大きさの測定結果とした.なお,最初に提示される左側の円の大きさは,ランダムに右側の円の大きさの1.5倍または0.5倍の大きさとした.

図1

見えの大きさの測定位置および最大角距離と最小角距離

視点から100cmのところに標準刺激として直径5.6cmの無彩色の球を置き,各測定点に試行毎にランダムに同じ球を提示して,その見えの大きさを測定

図2

見えの大きさを測定するために用いたCG

2つの刺激(参照球とターゲット球)の見えの相対的な大きさを定量化するために,被験者自らが向かって左側の円の大きさを調整して,観察した球の相対的な大きさを再現する(method of transposition)

3.結果と考察

測定点ごとに見えの大きさの平均値を求めたところ,図3のような結果を得た.ここで,測定された見えの大きさの平均値(N=44)を従属変数として,比較刺激までの直線距離である視距離と刺激どうしの水平方向の距離である角距離を説明変数として重回帰分析を行った結果,以下のような重回帰式が得られた.

As=-0.3246r-0.3324θ+136.6924   (1)

なお,Asは各測定点における見えの大きさ,rは比較刺激までの視距離(cm),またθは刺激同士の角距離(Deg.)である.決定係数R2=0.91であり,回帰の有意性に関して分散分析を用いて検定した結果,有意な結果を得た(F(2, 17)=85.95,p<0.01).また,いずれの偏回帰係数も1%水準で有意であった.この結果は,画像の再生時には視点に対する対象の見え方である角距離も同時に考慮する必要があること意味する.そこで,以下のような手順で,従属変数を「ひずみ率」に変換し,説明変数(独立変数)を「視距離」,「角距離」にして,重回帰分析を行なうことで,大きさの恒常性が視距離および角距離に対してどのように作用しているかを検討した.

まず,比較刺激までの観察位置に対して,それぞれの見えの大きさに対する大きさの恒常性の効果を明らかにするために,測定結果をひずみ率に変換した(図4).ここで,ひずみ率(Sr:Skew ratio)は式2のように,物理的な位置における見えの大きさと幾何光学的な大きさの差の量を幾何光学的な大きさで割ったものである.従ってその値は,測定点における見えの大きさが幾何光学的な大きさと同等であった場合は0になる.

Sri=(SiRi)/Ri   (2)

なお,Sriは各測定点におけるひずみ率.Siは各測定点(i)における対象の見かけの大きさ.Riは各測定点における対象の幾何光学的な大きさである.

次に,ひずみ率を従属変数,視距離と角距離を説明変数として重回帰分析を行った結果,式3のような重回帰式を得た.

Apr, θ)=0.0065r-0.0036θ-0.6027   (3)

なお,rは視距離(cm)とθは角距離(Deg.).重回帰分析に用いた被験者数は11名(繰り返し4回)で,決定係数R2=0.96,加えて回帰の有意性に関して分散分析を用いて検定した結果,有意な結果を得た(F(2, 17)=215.78,p<0.01).また,いずれの偏回帰変数も1%水準で有意であった.この重回帰式では,視距離の偏回帰係数が正の値を取っていることから,視距離が大きくなるほど大きさの恒常性が強く働く.一方で,角距離の偏回帰係数が負の値を取ることから,角距離が大きくなるにつれて大きさの恒常性の働きが小さくなる.なお,各測定点における実測値と予測値に有意な差は無かった(χ2=0.0042, df=19, P>=0.05).

一方,前報(梶谷,渡部,2005)で提案した手法どおりに,ひずみ率を従属変数として視点に対する奥行き距離(視距離は異なり,奥行き方向のみの距離)を説明変数とした単回帰分析を行った結果,式4が得られた.この分析結果の決定係数R2=0.89であり,回帰変数も1%水準で有意であった,また回帰の有意性に関して分散分析を用いて検定した結果,有意な結果を得た(F(1, 18)=139.13, p<0.01).なお,式4でも式3と同様に各測定点における実測値と予測値には有意な差は無かった(χ2=0.013, df=19, P>=0.05).

Apdp)=0.0066dp-0.6230   (4)

ただし,dpは視点に対する対象までの奥行き距離(cm).

最後に,それぞれの測定点において,実測値から求めたひずみ率と近似式および,それぞれの予測値は図4のようになった.この図からも分かるように,視距離と角距離を同時に考慮した近似式(R2=0.96)の方が,奥行き距離のみを考慮している近似式(R2=0.86)よりも,再生する対象の大きさをより正確に近似できていた.

図3

各測定点における見えの大きさの平均値:“◆”とその標準誤差,および幾何光学的な大きさ:“▲”

図4

各測定点におけるひずみ率および近似関数による近似値

各測定点における実測値から求めた“ひずみ率”および,その近似関数による近似値.対象までの視距離と角距離を考慮した近似値“◆”,および,奥行き距離を考慮した近似値“×”.なお,縦軸の“ひずみ率”の値が大きいほど,視距離には関係なく見えの大きさと幾何光学的な大きさとの差が大きいことを意味する.逆に,測定された見えの大きさが幾何光学的な量と同じ場合はひずみ率は0となる.

4.まとめ

本報告では,観察者を中心とした視点から,2つのおなじ大きさの球(標準刺激と比較刺激)に関する見えの大きさの分析を行った結果,見えの大きさに対して視距離と角距離が有意な関係を持つことを明らかにした.さらに,それらの測定結果からひずみ率を求めて従属変数とし,説明変数(独立変数)を「視距離」,「角距離」として重回帰分析を行なった結果,見かけの大きさの近似式Apr, θ)(式3)が得られた.この式から,視距離が大きくなると角距離(対象の重なりや近接)とは別に大きさの恒常性が強く働く.一方で,角距離が大きくなる(対象の重なりが少なく,または無くなる)と視距離とは別に大きさの恒常性の働きが小さくなる傾向があることを明らかにした.

これまでも,建築,インテリアなどに代表される分野では,実際の建設以前に,職人がパース(透視投影図)などを作成していた.ところが,そのコストは高く一般のユーザが手軽に利用することができなかった.また利用できたとしても,職人によって仕上がりが異なることも多く,一定の品質を維持することが難しかった.現在,コンピュータの一般的な情報処理にかかるコストはほぼ無視できる.そこで,見たと感じる大きさで画像を再生する技術(職人芸)をコンピュータ上に実現できれば,個人々々の評価を十分に引き出すことが可能となると思われる.とくに次世代の産業において,制作しようとしているモノをその製作以前に,実世界の対象とともに仮想的に高い臨場感(超臨場感)をもって評価する技術(仮想現実:VR,拡張現実:ARなど)に資することができると考えられる.

引用文献
 
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