日本官能評価学会誌
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巻頭
機器分析技術は官能評価の代替となる?
吉田 浩一
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2019 年 23 巻 1 号 p. 1

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私の官能評価との出会いは,今から約15年前に遡る.当時,アルファ・モスが開発したElectronic NoseやElectronic Tongue(直訳すると「電子鼻」や「電子舌」)の応用開発に携わるなかで,センサーがにおいや味を検知してその特性を表現することに限界を感じ始めていた頃だ.QDA法を開発したDr. Herbert Stoneと運よく出会うことで,官能評価(ヒトを使うこと)の重要性を深く認識し,そして私の官能分析に対する考え方が120°くらい変わった.感覚情報に関する機器分析技術は,官能評価の代わりとなるものではなく互いに補い合うべきもの,であると.

Stone氏には,それ以降のワークショップや顧客とのプロジェクトを通じてQDA法の思想から実践までを学ばせてもらった.特に,QDA法の哲学の基礎となる人々の行動と感覚の生理学についての解釈は,非常に興味深いものであった.官能評価がヒトを使う試験である以上,あらゆる障害,バイアスが生じる.組織内での官能評価に対する理解度や試験への参画の仕方が,パネリストのモチベーションに影響し,使用するパネルや試験設計によって先入観を増大させる.サンプルに対する十分な情報を有する人を集めれば,実際に感じるものではなく,自らの知識や期待に基づいて応答しやすいものである.こうした背景からか,官能評価より機器分析データのほうが客観的という声を耳にすることがあるが,果たしてそれほど簡単なことであろうか.

現在の商業化されているセンサーでは,ヒトの嗅覚・味覚受容体レベルでの応答を再現することはできない.仮に将来,末梢での刺激を検出する技術開発に成功したとしても,においや味の情報を最終的に処理している脳を模倣しなければ,そのアウトプットはヒトの知覚と必ずしも一致しない.脳の代替には,単純なところで多変量解析,いずれはAIが担うであろう.機器分析的アプローチによってサンプルの感覚特性を予測するには,学習プロセスを避けて通ることはできず,科学的な官能評価の取り組みが必要不可欠となる.良好な予測モデルがあってはじめて,機器分析の自動処理能力や個人の力量によらない客観性が生かされるのである.

機器分析の教師用データとして,また消費者が好む製品の特徴の把握にもQDA法は適している.QDAがうまくいくかどうかは,パネルリーダー(PL)次第と実感している.パネリスト選抜のための識別試験に供するサンプルペアの選定,構築されたパネルに評価用語を気分良く出してまとめてもらうグループワークの進行など,PLの役割は大きい.また,各特性の定量化にラインスケールが使われるが,正解の位置は存在しないことをパネルに理解してもらうことも大切である.刺激に対して個人の受容体レベルの応答は異なり,その感度の違いは3桁の濃度差にも及ぶ.そのため,尺度合わせをしようとするほど,また目盛りを増やすほど感度が下がり,差が検出されにくくなる.パネリストの感度のバラツキは,分散分析をもって解釈すればよい.

官能評価手法の選択肢は,QDA法や識別試験はもとより,近年ではTDSやTCA TAなど豊富になっており,活用の場面も広がっている.官能評価の主要な目的の一つは,製品を購入する消費者にとって推定可能な製品情報を提供することである.消費者の期待を満たし,繰り返し購入が製品の成功をもたらすとすれば,官能評価の意義は大きい.ただ,その価値あるデータをマーケティング部門や生産部門とうまく連携できていないように感じるのが,やや残念である.

末筆ながら,モノに溢れている現代において,さらに良い,そして何か新しいモノづくりに励む開発担当者の想い,努力に敬意を表する.しかも,開発スピードが要求され,腰を据えて官能評価や機器分析を行う時間も人員も確保しにくい中で,である.私としては,それぞれの状況に見合った技術や情報,サービスの提供をもって微力ながら官能分析に貢献していきたいと思う.そして,一人の消費者として,そうしてでき上がった商品を楽しみたい.

 
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