日本官能評価学会誌
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総説
次世代人工知能技術の社会実装への取り組み—社会のサイバーフィジカルシステム化に向けて—
本村 陽一
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2019 年 23 巻 1 号 p. 2-6

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1.緒言

世界的にビッグデータを活用した人工知能技術の実用化が劇的に進んでおり,わが国においてもAI,ビッグデータを活用した産業構造変革やSociety5.0と呼ばれるスマート社会の実現に向けての取り組みが活発化している.産総研ではNEDOプロジェクト「人間と相互理解できる次世代人工知能技術の研究開発」を進めている.本稿ではそこで行われる研究開発やIoT・ビッグデータのさらなる活用のためのAI技術の社会実装上の課題や生活・サービス分野での応用事例の紹介を行う.

2.ビッグデータを活用する人工知能技術

今,人工知能の研究開発に大きな期待が寄せられているのは単に技術の進化だけでなく,社会側の変化も大きい.1982年から13年間行われた第五世代コンピューターや,その後行われたリアルワールドコンピューティング(RWC)プロジェクトと対比してみると,プロジェクトを取り巻く実社会で生まれるデータ量と受容性が大きく異なる.インターネットは日常の隅々まですでに行き渡り,スマートホンの普及によって,多くの国民が人工知能技術についてすでになんらかのサービスを通じて利用経験も持っている.顔認識などの画像認識,音声認識などの予測精度を競うというよりは,その技術をどんなサービスとして提供できるかによって付加価値が競われる時代である.

現在の人工知能技術を支えているのは機械学習と,ビッグデータである.大量のデータから高い性能を引き出す機械学習に基づく人工知能において,持続的にデータが収集できるプラットフォーム基盤はいわば生命線と言ってもよい.データから学習させることを必須とする人工知能技術の場合,人工知能そのものだけでは高い性能を引き出すことはできない.計算機ハードウェアのコモディティ化,クラウド計算機環境が普及したことで,計算機ハードウェアには差別化要因が薄れ,競争力の源泉は計算機ハードウェアだけではなく,むしろデータの方にあるという状況も生まれてきている.

一方で,どのようなデータから機械学習を実行し,どのような人工知能技術でサービスを実現するか,といった点が産業競争力に直結する.インターネットをデータ流通のプラットフォームとして見ると,これまで圧倒的な存在感を発揮しているのが,Google, Amazon, Apple, Facebookといった自らがインターネットサービスを提供し,多数のユーザーを獲得している巨大IT産業である.そして現在,人工知能技術に対して積極的な投資とチャレンジを行っているのもこうしたアメリカ型の巨大IT産業なのである.対してわが国のハイテク産業は自らがサービスのフロントに立つことが少ない.したがって多数のユーザーを獲得してデータが循環するサービスを構築する立場に立つ場面も限られる.これはデータに基づく機械学習により性能が向上する人工知能技術においては圧倒的に不利な状況とも言える.音声認識の精度を向上させるには,多くのユーザーの発話を収集できることが,画像認識の精度を向上させるのは最新の画像が日々アップロードされる立場にいることが圧倒的に有利なのである.

つまり,次世代人工知能技術の研究開発を進めるうえでは,機械学習にとって必須の条件である付加価値の高い領域におけるビッグデータや,それを活用して展開するサービスにおけるニーズとの関係を確立することが非常に重要になる(Figure 1).

Figure 1 ビッグデータと人工知能による成長の好循環

産総研人工知能研究センターでは,社会・ビジネスへの技術の適用をはかりながら,具体的なビッグデータを対象にして,要素技術を機能を束ねたAI研究フレームワークや人工知能共通基盤として提供する「人工知能研究プラットフォーム」を構築するという構想のもと,大学や企業とも連携し,幅広い人材が共創的に研究開発が行える場づくり,環境整備を行っている(本村,2016a)(Figure 2).

Figure 2 人工知能研究プラットフォーム

次世代人工知能技術の研究開発は先に述べたようにビッグデータや出口戦略との関係が戦略上も重要である.具体的な場面設定や標準データセットの収集,課題として設定する標準タスク,いずれの観点においても具体的であればあるほど,研究成果の有用性は高まり,実用化の道のりは近くなる.具体的な社会実装シナリオのもと,データの持続的集積と人工知能技術の応用による付加価値の増大の循環が実現することで,その応用領域には人工知能技術のエコシステムとしてのデータ・ニーズ・シーズが集約されていくことになる.特に,新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)からの委託事業として進めている「次世代人工知能・ロボット中核技術開発」においては,「人と相互理解できる人工知能技術」を目指し,①大規模目的基礎研究・先端技術研究開発,②次世代人工知能フレームワーク研究・先進中核モジュール研究開発,③次世代人工知能共通基盤技術研究開発,を一体的に推進している.具体的な標準タスクの設定のもと,新たな評価規準の設定や,人や社会との関わりについての検討などもプロジェクトの中で進めている.

3.人と相互理解できる次世代人工知能

次世代人工知能が目指す技術的な課題は「人と相互理解できる」知能の実現である.従来の機械学習手法の多くは,その性能評価として学習結果の精度,予測精度の向上や制御するときの誤差の低減とすることが多い.もちろんそうした従来の評価指標も重要ではある.しかし,今後次世代人工知能技術が社会や産業構造に大きく変革をもたらすことが期待され,本格的な実用化を前提としている現在,それだけでは不十分である.たとえばインターネットサービスにおけるレコメンド技術は今やなくてはならないサービスであるが,これが本人の想定以外の場面で予測精度が高すぎることが気味の悪さを与えるようになってきている.今後さらに多岐に渡る行動履歴データから学習し,人工知能技術の予測精度が飛躍的に向上した場合,ユーザー本人にとって制御できないことが問題になるかもしれない.こうした予測精度の向上とは別に,人工知能技術の人にとっての理解しやすさ,共通表現,制御のしやすさといった面にももっと目を向けるべきである.人工知能技術が今後さらに高性能化し,社会の多くの場面で利用されるものになるためには,人工知能技術が利用される際の信頼性,安全性についても考慮することが重要である.そこで,次世代人工知能の研究開発においては,標準タスクの設定のもと,どのような規準を設定し,技術評価を行うべきかについての検討もプロジェクトの中で進められることになる.また「人と相互理解できる」次世代人工知能の応用として生活・サービスにおける人工知能(AI for human living and service)といった出口も想定されている(Figure 3).

Figure 3 AI for Human Life

生活やサービスの場面における人工知能では,利用者である人のことを理解し,支援すると同時に,人工知能が計算している内部がブラックボックス化されることなく,人にとっての共通表現,共通言語として内部の計算過程が人にとって理解しやすい形で表される(ホワイトボックス化される)生活支援技術を目指している.

確率的潜在意味解析(PLSA)とベイジアンネットを組み合わせることで,ID-POSデータや共通ポイントカードの使用履歴データなどのサービス現場で大量に集積されているビッグデータから顧客の異質性や行動推定を行う確率モデル,利用者モデルが構築できる(本村,2015本村,2016b)(Figure 4).

Figure 4 Probabilistic Latent Semantic Analysis and Bayesian networks

この利用者モデルを使って,顧客それぞれに対して対応を個別に最適化することや,ある時間やエリア,ある商品に対して主たる利用者を推定して利用者の集団の特性を推定することでサービスを最適化する方法などが実現されはじめている.前者は会員カードやスマートホンなどと連携したレコメンド(情報推薦)やナビゲーション,後者は利用者セグメントごとの施策やサービスの最適化という形で実行されることになる.またこれは従来,マーケティングやマネジメントとして実行されている業務のインテリジェント化としても位置づけることもでき,実際の産業応用としてはサービス分野のIT化,あるいは人工知能技術の普及を進めるものとしても考えられる.今後,「サービスのシステム化」「社会基盤技術のインテリジェント化」というものを考えた時,本稿で述べたようなビッグデータを計算モデル化して活用することのできる人工知能技術をさらに多様なデータと組みあわせることによって,付加価値が高く,効率よく実行できる新たなサービスが生まれることになる(Figure 5).

Figure 5 人と相互理解できるAIによる生活支援技術

機械学習に基づく人工知能を社会の中で活用するためには,持続的なデータ収集を行う仕組みが不可欠であり,AI技術の研究開発はウォーターフォール型よりは,スパイラル型の研究推進,つまり生活やサービスの現場でビッグデータの収集と技術活用を併行して行う必要性がある.そのため,プロジェクトの中では社会的なニーズの高い問題設定と,それに関与する多くのステークホルダーとの連携が不可欠になる.インターネットの発展とともに成長した巨大IT産業が,自身のサービスやビジネスを展開しながら最新の人工知能技術の研究開発を進めているのと同様,次世代人工知能技術の研究開発においても,現実的な場面における社会実装と技術検証,つまりユーザーにとっての有用性や安全性,信頼性を初期の段階で示しながら性能を高度化するといった方法論(growth hack)が有効であると考えられる.そのため,単に技術を研究開発するだけでなく,実際にどのようなデータから機械学習が実行され,多くのユーザーに使われ続けるためにはどんなサービスを実現するかを研究開発と合わせて考える工夫も重要である.そこで産総研人工知能研究センターでは,人工知能技術のユーザーである機関,企業とともに応用プロジェクトを進め,人工知能技術コンソーシアムを形成するなど,ユーザー参加型の社会実装,技術評価を進めている(Figure 6).

Figure 6 産総研人工知能技術コンソーシアム

4.おわりに

Internet of Things(IoT)が爆発的に進み,実空間におけるさまざまな現象がビッグデータとして記録され,それらが計算機空間でモデル化,シミュレーション可能になるCyber Physical System(CPS)の構想がある.IoTデバイスの普及とそこから生成されるビッグデータを活用することで,社会の現象を計算モデルとして構築することで新たな現象が計算可能になる.そしてその計算結果をスマホのアプリやサービスを通じて人々に提供し,意思決定や行動を支援することで,良い現象の発生確率を上げ,事故などの良くない現象の発生確率を下げるという意味での物理世界の制御,マネジメントが可能になる.IoTデバイスとAI技術により構成されるCyber Physical System(CPS)を活用することで,産業構造変革を進め,生産性向上や付加価値の向上に寄与することも期待されている.人工知能技術が実社会の産業構造変革に貢献するためには,現実の社会構造や生活と乖離することなく,人々にとって扱いやすい形でその技術が提供され,制度や文化の進化とも歩調を合わせて社会実装が行われる必要がある.人と相互理解できる次世代人工知能技術というコンセプトのもと,オープンな研究開発環境で運営される産総研人工知能研究センターの活動は,IoT/ビッグデータ時代のイノベーション推進への挑戦でもある.これからの新たな社会のあり方や,そこで活用される人工知能技術のあるべき姿がどうあるべきか,多くのステークホルダーとの共創的な場で議論し,現実社会との親和性にも配慮しながら着実に社会実装を進めていく方法論を考えていくことは,次世代人工知能を持続性と信頼性の高いものとして実現するためにも重要であろう.

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