日本官能評価学会誌
Online ISSN : 2187-2546
Print ISSN : 1342-906X
ISSN-L : 1342-906X
大会講演概要
AIを用いた感性学習と事例紹介
岡本 卓
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2019 年 23 巻 1 号 p. 10-13

詳細

1.緒言

現在のAIブームは,第3次AIブームと呼ばれ,ディープラーニングと呼ばれる技術がその中心となっている.FAMGA(Facebook, Apple, Microsoft, Google, Amazon)をはじめとする企業が,ディープラーニング技術をはじめとするAI技術の事業応用の可能性を示したこと,コンピュータスペックの向上とIoT技術の発展により,ビッグデータが容易に収集できるようになったこと,ディープラーニング技術を支えるGPUコンピューティング環境,クラウドコンピューティング環境の充実,AI技術を実装するためのFrameworkの整備を背景として,いわゆるコモディティ化が進んでおり,AI技術を容易に事業に取り込むことが可能となり,その応用範囲は拡大の一途をたどり続けている.

2018年現在,一般的にビジネス展開ができている分野を中心に見ると,主として,画像認識,音声認識,自然言語処理が成功している分野と言える.これらは,いわゆるヒトの知覚に相当し,ヒトが普遍的に,外部(自然と他者)からの入力をどのように認識しているかをコンピュータが代替できるようになり始めた状態と言える.

SENSYでは,ディープラーニング技術を用いて,ヒトの感性を学習し,その嗜好と行動を予測するパーソナル人工知能の技術開発を進めている.前述したように一般的にビジネス展開ができているAIは,ヒトの知覚を学習することで,いわばヒトの代替を目指す技術であるが,パーソナル人工知能では,ヒトの知覚の先にある行動とそのロジック(感性)を理解することが目標であり,ヒトの代替ではなく,その理解を目指している点が特徴的である.結果として,その応用先も,前者は,いわゆるファクトリーオートメーションが中心であるが,後者は,たとえば消費者の嗜好や行動を予測してほしいサービス産業が中心となる.

本稿では,パーソナル人工知能の基盤となるディープラーニング技術について紹介し,これを感性工学に応用したAI技術であるパーソナル人工知能SENSYについて紹介する.その応用事例として,アパレル商品の自動タグ付け,ワインの嗜好予測,小売業向け販促対象者選択の事例について紹介する.

2.ディープラーニング技術

ニューラルネットワークとは,ヒトや生物の脳の情報処理過程を模した数理モデルであり,ニューロンと呼ばれる神経細胞(の数理モデル)のネットワークとしてモデル化される.ニューラルネットワークの構造の例をFigure 1に示す.Figure 1の白丸がニューロンを表し,入力層で入力情報を受け取ると,入力層のニューロンから結線を経由して順に階層的に情報が伝播し,出力層から情報処理の結果が出力される.ニューラルネットワークの学習では,訓練データと呼ばれるユーザが学習させたいデータをあらかじめ準備しておき,入力層に訓練データの入力情報が入力されると,それに対して出力層から所望の情報が出力されるように,誤差逆伝播法を用いて,各結線がもつ重みパラメータを最適化する.ニューラルネットワークは,AI技術の一翼を担う機械学習で実現すべき情報処理のうち,回帰・識別・分類を行うことができる.ディープラーニングは,多層のニューラルネットワークを用いた機械学習の方法論である(岡谷,2015).

Figure 1 An example of the structure of the neural networks (Multi-layer Perceptron)

Figure 2に示すように,一般の機械学習技術では,入力情報を特徴量と呼ばれる数値情報に変換し,これを機械学習器に入力して,出力を得る.一方,畳込みニューラルネットワークに代表されるディープラーニング技術では,入力情報を「そのまま」ニューラルネットワークに入力するアプローチが取られる.このとき,ニューラルネットワークは,特徴量を抽出する部分(特徴量抽出器)と情報処理を行う2層の多層パーセプトロン(情報処理器)に分解して考えることができる.情報処理器においては,近似定理(Cybenko, 1989; Funahashi, 1989)により,適切な構造で適切な学習を行うことができれば,任意の非線形写像を近似可能,すなわち任意の非線形情報処理が可能なことが保証される.事実,学習済みニューラルネットワークにおいて,情報処理器をほかの機械学習器と交換し学習を行うこと(これを転移学習と呼ぶ)が可能であり,このことも前段部が特徴量抽出器とみなせることの左証である.このように,ディープラーニングでは,これまで利用者が考えてきた特徴量抽出を自動的に学習していると考えることができる.

Figure 2 The neural networks and other machine learning techniques

SENSYでは,特徴量抽出器をエンコーダ(Encoder)と呼び,事前にディープラーニングを行って,感性理解に必要なエンコーダを作成しておき,これを転用して感性学習器を生成している注1)

3.感性工学とSENSYの感性学習

人間は情報を知覚し,知覚した情報に対して反応(行動)する.感性工学においては,この現象をシステム工学的にとらえて,「感性は知覚の関数」であると定義している.すなわち,知覚をs(入力)とし,知覚に対する人間の応答表現をe(出力)として,感性情報処理をefs)と表すとき,入出力関係を表す関数fを感性と呼ぶ.fは個人ごとに異なり,fを外部からの観測と定量的な解析を通して同定し,これを応用したシステムを構築することが感性工学のミッションである.

SENSYの感性学習は,人間の行動履歴を記録したデータ,人間が知覚する情報を表現したデータを用いて,前述した因果関係を読み取ることにほかならない.そこで,SENSYでは,感性学習における因果関係をFigure 3に示す4W1Hモデルとして捉えて,感性学習を行っている.すなわち,どんな人が(Who),何に対して(What),いつ(When),どこで(Where),どう感じたか(How)の因果関係を学習することを感性学習と定義している.このモデルにおいて,感性は因果関係を表現するWhyの部分に相当し,この因果関係をディープラーニング技術を用いて学習している.また,前述したディープラーニングによる事前学習によって得られたエンコーダなどを用いて,4W情報を表現する特徴量をデータから抽出して用いている.

Figure 3 4W1H model

4.応用事例

4-1.アパレル商品の自動タグ付け

アパレル企業においては,商品に対して,カテゴリ(Tシャツ,セーターなど)やシーン(オフィス,休日,エレガントなど)の情報を表すタグを付与している.このタグ付けをディープラーニング技術の1つである畳込みニューラルネットワークを用いて自動的に行う技術を開発している.開発した自動タグ付け器は,学習に適した画像を選別する機能と画像に対してタグ付けを行う機能の2つで構成されている.前者では,入力された画像に対して,顔の映り込み識別,平置き画像識別を行う.後者では,入力された商品画像に対して適切なタグを付与する.

SENSY社でリリースしているスマートフォンアプリ「SENSY CLOSET」向けに収集した47万枚あまりの画像データセットを用いて,学習と評価を行った結果をFigure 4に示す.Figure 4には,フィルタ機能に平置き画像識別を用い,商品カテゴリの分類を行ったときの評価データに対する各カテゴリに対する分類精度(Accuracy)のConfusion Matrixを示している.全体の分類精度は0.834である.さらに,この分類器に,あるアパレル企業で扱っている商品画像を追加学習させ,さらに担当者の誤分類に対する修正を反映した学習を行うと,さらに分類精度を高められる(分類精度が0.93以上になる)ことを確認している.また,同様の学習器を応用して,シーンや柄タグを出力する機能も開発しており,その正解率はおおむね0.8以上となっている.

Figure 4 Category classification

4-2.ワインの嗜好予測

SENSYでは,ユーザが試飲したワインに対する味覚評価および嗜好評価から未知のワインに対する嗜好を予測する技術を開発している(渡辺他,2017).味覚は定量的に測定することが困難で,かつ同じワインでも人によって感じ方が異なる.開発した嗜好予測技術では,この課題を解決するために,Figure 5に示すようなアプローチを取っている.まず,味覚物質の代替として,専門家の味覚評価から算出した特徴量を用い,ユーザの試飲したワインに対する味覚評価を訓練データとして,味覚物質とユーザが感じる味覚の因果関係である味覚感性を学習する.つぎに,味覚評価と嗜好評価から,ユーザの味覚に対する嗜好の因果関係である嗜好感性を学習する.未知のワインに対しては,味覚感性学習器を用いて,その味覚物質からユーザの味覚を予測し,嗜好感性学習器を用いて,予測したユーザの味覚から,ユーザの嗜好を予測する.

Figure 5 Kansei learning on SENSY Sommelier

この技術を用いたプロダクトSENSY Sommelierでは,3本のワインを試飲し,甘み・酸味・苦味などの5項目の質問に5段階の評価で回答し,ワインの好みの度合いと,一緒に食べたい料理を入力すると,その人の味覚にあった導入店舗で販売しているワインの中から最適なワインを提案する.

4-3.小売業向け販促対象者選択

アパレル販売業をはじめとする小売業では,顧客に対して,ダイレクトメール(DM)などのマーケティング施策を行い,売上拡大を図っている.対象とする期間での購入金額が高いと期待される顧客を事前に選定し,この施策を行うことができれば,いわゆる無駄打ちを抑制することができ,マーケティング施策に際するコスト(印刷,郵送費など)削減につなげることができる.

この課題を解決するために,DMの効果期間(おおむね送付後1ヶ月)での購入金額が高い顧客を予測する技術を開発している.この技術においては,Figure 3の4W1Hモデルにおいて,WhoをDM送付対象顧客,WhatをDMで訴求したい商品,WhenをDMの効果期間,WhereをDMの対象店舗,Howを購入金額とした学習器を用いている.成果の一例として,あるアパレル企業向けに,商品と店舗の指定を行わずに,対象期間の購入金額を予測し,その金額が大きい順にDMを送ったときの通数単価(1通あたりの平均売上)を,従来のRFM分析による結果と比較した結果をFigure 6に示す.なお,この結果は,実際に送付した場合ではなく,過去の購入履歴上でのシミュレーション結果であることに注意されたい.Figure 6から従来手法と比較して,たとえば,400,000通送付で47%程度の通数単価の改善が期待されることがわかる.

Figure 6 Comparison on revenue by DM

本稿では,アパレル企業向けの技術について紹介したが,同様の技術については,美容・健康食品,GMS,カタログ通販,百貨店など,さまざまな小売業における応用を進めている.

5.緒言

本稿では,ディープラーニング技術と感性学習を行うパーソナル人工知能SENSYについて紹介し,その応用事例として,アパレル商品の自動タグ付け,ワインの嗜好予測,小売業向け販促対象者選択の事例について紹介した.感性学習では,4W情報と1Hの因果関係を学習しているが,SENSYでは,膨大なデータから,4Wの情報をできるだけ細かく,究極的には「個」を表す粒度まで表現した上で,4Wと1Hの間にある,まさに無数と言えるほどの膨大なルールを,AIに学び取らせることを目指している.今後は,取り扱うデータ量を増やしながら,より表現力を向上させ,その精度をより高めていき,パーソナル人工知能を用いたプロダクトを広く展開していきたい.

1)特徴量抽出部だけでなく,出力層までを含んだ学習器全体の出力を用いる場合もある.

References
 
© 2019 日本官能評価学会
feedback
Top