スポーツ社会学研究
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原著論文
体罰容認論を支えるものを日本の身体教育文化から考える
西山 哲郎
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22 巻 (2014) 1 号 p. 51-60

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抄録

 本稿では、日本のスポーツの場に根強く残る体罰の問題について、直接的な批判ではなく、体罰容認論からアプローチして解決の糸口を考えてみる。世界的に人権意識が高まり、日本でも教育の場で体罰容認論を主張することはほぼ不可能となっているのに、スポーツの場ではコーチ側だけでなく、選手やその保護者の側にも許容論がなくならない。その理由は、ここ日本でスポーツ活動を通じて達成が期待されている「人間の成長」や「社会化」が、諸外国とは違った発展を遂げてきたからではないだろうか。
 日本のスポーツの場で、体罰が容認される際によく見られる言説は2種類に分類できる。ひとつは「礼儀作法や上下関係を守るため」で、もうひとつは「選手個人では乗り越えられない壁をコーチとの共生関係を利用して乗り越えるため」である。両者に共通するのは、競技スポーツでの業績達成より組織の維持を優先する〈集団主義〉と、自他の境界を曖昧にして、言語より身体的コミュニケーションを発達させる〈心身一元論〉であった。
 日本の体罰容認論は単に伝統的なものではなく、平成時代に入ってからの高校や大学受験におけるスポーツ推薦入試枠の拡大の影響でむしろ強化されてきた。しかし、グローバル化の深化などによって、社会で求められる人材像に変化が見られる今、日本のスポーツ界も体罰を許容しない育成制度を模索し始めている。

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© 2014 日本スポーツ社会学会
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