Japanese Journal of Thrombosis and Hemostasis
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Reviews: Diverse Functions of Fibrinolysis
Roles of the fibrinolytic system in inflammatory diseases
Koichi HattoriSatoshi TakahashiTaro OsadaHeissig Beate
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2020 Volume 31 Issue 4 Pages 388-393

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筆者らは,これまでの研究でマトリックスメタロプロテアーゼの活性化を通じた凝固・線溶系による炎症性サイトカインの分泌と炎症性細胞動態制御機構を明らかにしてきた.近年,凝固・線溶系因子を含む臓器特異的血管内皮由来のアンジオクライン因子による臓器・組織中のプロテオリティックニッチの形成と,ホメオスタシスの維持機構-アンジオクラインシステムの存在が示唆されている.筆者らは臨床検体と疾患モデルを使用し,血管内皮障害をトリガーとしたアンジオクラインシステムの破綻,凝固・線溶系の異常亢進が急性,慢性炎症性疾患と「サイトカインストーム」,またこれらの関連疾患の発症と病態制御に関与していること,そして炎症性疾患に対するこれらのアンジオクライン因子,線溶系因子を標的とした分子療法の可能性を提示した.本稿では,筆者らの研究成果を中心に,免疫病態における線溶の意義について紙面の範囲内で概説する.

1.炎症とマトリックスメタロプロテアーゼ

世界保健機構によりパンデミックと認定された新型コロナウィルス(COVID19)感染症を含むウィルス性感染性疾患の重症化に伴って,これら腫瘍壊死因子(TNF-α)や,Fas-ligand,インターロイキン-1(IL-1),IL-6などの複数の炎症性サイトカイン,またIL-10や可溶型IL-1受容体と言った抗炎症性サイトカインの血中濃度が増加する「サイトカインストーム」と呼ばれる病態に移行することが示唆されている1.この「サイトカインストーム」という言葉は,造血幹細胞移植における重要な副作用である移植片対宿主病(graft-versus-host disease: GVHD)の病態に関する総説で初めて使用されたものだが2,敗血症や全身性炎症反応症候群,急性呼吸促迫症候群,血球貪食症候群(マクロファージ活性化症候群:MAS)などの病態での発生も確認されており,「サイトカインストーム」の発生は,血液凝固,線維素溶解系(線溶系)の亢進を伴い,ショックや播種性血管内凝固症候群,多臓器不全を併発し,致死的経過を辿る症例が多い.

TNF-αを含むTNFファミリーの構成因子の多くは,メタロプロテアーゼによる細胞外ドメイン分泌(プロセシング)を経て血中に放出されている.マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)ファミリーは膜型と可溶型(分泌型)とに大別されており,可溶型の多くは前駆酵素(ProMMP)として放出され,これらが有するプロペプチドがMMP相互により限定分解除去されること(相互活性化システム)で活性型へと変換され機能するのに対し,膜型は活性型として細胞表層に発現し,機能する.これらのMMPは,炎症性サイトカインの分泌のみならず,炎症性細胞群の動態を制御し,炎症性病変を構成する微小環境(ニッチ)の形成上でも必須の因子であることが判明している.

著者らは順天堂大学大学院での研究で「サイトカインストーム」を伴う敗血症性ショック,そして急性GVHDの疾患モデルの作製,解析を通じてMMPの活性阻害剤がTNF-αを含むアポトーシス誘導因子,炎症性サイトカインの血中濃度を抑制し,両疾患の生存率と標的臓器の病理所見とを有意に改善することを報告した3.MMP阻害剤の炎症性疾患への臨床応用は,欧米での臨床試験で深刻な副作用を確認したこともあって進んでいないが,近年,関節リウマチや炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease: IBD)に対し,TNF-αを標的とした分子療法が急速に臨床普及している4.最近では,IBD患者の便中のMMP活性が,その病勢や予後を反映するとの報告もあり,IBDのバイオマーカーとしての役割が期待されている5

筆者らは米国コーネル大学在職中,血管基底膜を構成するIV型コラーゲンを主な基質とするMMP-9の活性が,Kit-ligand(stem cell factor: SCF)等の造血因子のプロセシング促進を通じて造血幹細胞から炎症性細胞への成熟と分化が誘導されることを明らかにした6.また,筆者らは,東京大学医科学研究所,腫瘍社会学教室との共同研究で,多くの可溶型MMPの活性を上方制御するMMP-14(MT1-MMP)の遺伝子欠損マウスが,汎血球減少と骨髄細胞の有意な減少を有していること,そしてその原因として,骨髄間質細胞(ストローマ)からの造血因子分泌障害,そしてMMP-14の活性に応じ,その細胞内ドメインに結合している低酸素誘導因子(Hypoxia Inducible Factor: HIF-1)により,炎症性細胞動態を制御するCXCL12をはじめとするケモカイン,サイトカインの産生障害などのストローマの機能不全が関与していることを報告した7

2.炎症と線溶系

MMPの相互活性化システムの上方には,セリン型プロテアーゼに属する主要な線溶系因子,プラスミンが存在し,MMP-13やMMP-9の活性化を上方から制御していることが広く知られている.プラスミンは,その前駆酵素であるプラスミノーゲンが組織型,あるいはウロキナーゼ型プラスミノーゲンアクチベータ(tPA, uPA)により活性化されて生成する.筆者らはデンマークのコペンハーゲン大学との共同研究で,マウス生体へのtPAの投与がMMP-9の活性化を通じ,Kit-ligandのプロセシングと有意な造血促進そして造血幹細胞の細胞周期S期への移行と末梢血中への動員,そして造血前駆細胞,さらには炎症性細胞群への分化誘導効果のあることを見出した8

しかしながら,tPAの投与量依存性に増加する出血傾向の問題に対処するため,著者らは,東北大学との共同研究でPA抑制因子(PAI-1)阻害剤を使用することにより,内因性tPAの有意な血中濃度の増加を誘導することを考案した9.筆者らは,大腿動静脈の結紮によって生じる虚血壊死組織の再生過程を精査する虚血肢モデルを作製し,これらにtPAないしはPAI-1阻害剤を投与することによって,線溶系の亢進と,これに伴う複数のMMPの活性化,造血因子の供給増加を惹起し,骨髄細胞のマクロファージ,顆粒球等の炎症性細胞への分化と動員を促進し,血流途絶に伴う虚血壊死組織中に血管,そして組織再生に至適な微小環境,「血管新生ニッチ」の形成が誘導されること等を明らかにした10, 11.これらに続く筆者らの最近の研究では,これまで判明しているtPAの複数の受容体の中ではlow-density lipoprotein receptor-related protein(LRP1)を通じたtPA/LRP1シグナルがERK1/2経路を介したMMP-2,MMP-9の発現調節,細胞増殖因子の分泌促進を通じて細胞動員,細胞増殖に関与している可能性が高いことが示唆されている(図112

図1

tPA/tPA受容体によるシグナル伝達(参考:中枢神経系におけるtPAの役割 永井信夫 血栓止血誌20(1): 18~22 2009一部改変)

tPAにはLRP以外にも多くの受容体が報告されており,機能解析が進んでいるものだけを選んで記載した.LRPは結合したtPAを細胞内に取り込む代謝型受容体の代表で,アネキシンA2は活性を調節する組織線溶調節型の代表である.tPAの作用は,凝固・線溶以外でも筋肉・神経系細胞代謝での作用が明らかになっており,受容体下流のシグナルについてはあえて単純化して記載したが,実際には各経路が三次元的に複雑に関与し合っていることが判明している.今後,他細胞系統でも解析が進むことが予想される.

以上の研究成果を基礎として,筆者らはMMPの活性化—ProMMPからMMPへの変換をプラスミンの活性を阻害することで抑制すること,抗線溶剤による間接的なMMPの活性阻害に基づく炎症性疾患,「サイトカインストーム」に対する新しい治療法開発の基盤形成に取り組むことにした.まず,敗血症性ショック,急性GVHDに加え,MAS,IBDの各種疾患モデルを,MMP-9,あるいはプラスミノーゲン遺伝子欠損マウスとその野生型で作製したところ,興味深いことにこれらの遺伝子欠損マウスの生存率は野生型と比較して有意に高いことが判明した13, 14.このため,筆者らは,神戸学院大学との共同研究で,プラスミンの活性中心に作用するプラスミン阻害剤を開発し,これらの疾患モデルとその対照群に投与したところ,疾患モデル群において血中あるいは組織中のMMP-2,MMP-9の活性,発現と血中TNF-α及びFas ligand濃度を有意に抑制し,生存率を改善することに成功した15.また,これらの疾患の病理組織所見の解析から,プラスミン阻害剤投与群では,マクロファージ,好中球系細胞の両疾患の標的臓器組織中への動員が障害されており,このことが,MMPの活性阻害のみならず,TNF-αをはじめとする炎症性サイトカインの供給量,またこれらによるアポトーシスの抑制に関与したものと考察した.これらの研究成果は,造血幹細胞移植で問題となってきている血栓性微小血管障害(thrombotic microangiopathy: TMA)や肝中心静脈閉塞症(veno-occlusive disease: VOD),敗血症や重症ウィルス感染症に頻発するDICやMAS,さらには,慢性炎症でTNF-α関連疾患の代表であるIBDに併発する,深部静脈血栓症や肺塞栓の発症機構を説明する上でも重要な知見を提示している.

最近の研究で筆者らは,順天堂大学下部消化管外科との共同研究で,虫垂炎の重症化や腹腔内の縫合不全に起因する汎発性腹膜炎などの急性炎症に続発する腸管癒着症の疾患モデルを作製し,前出のPAI-1阻害剤を使用することにより,癒着病変の有意な減少,予後の改善を見出した16.癒着病変は主に凝固因子の一つであるフィブリン塊と腹腔内マクロファージの集簇によって構成されている.本研究におけるPAI-1阻害剤の薬効機序としては,内因性tPA産生増加を通じフィブリン分解が誘導されること,そしてPAI-1の発現を阻害することでマクロファージ集簇を回避することにより,腸管癒着が抑制されたものと考えられる.これらの研究成果はまだ基礎研究のレベルではあるが,炎症性疾患の時間軸に応じた薬剤による線溶系活性の調節が疾患治療に寄与する可能性を示唆したものと考える.

3.炎症と血管内皮

疾患や生理学的ストレスの侵襲に対するホメオスタシスの維持に際し,傷害された組織の修復に寄与する細胞群の動員,そして接着分子の発現,サイトカインやケモカインの分泌にMMPや線溶系因子等のプロテアーゼが豊富に供給される至適微小環境が必要となる.2015年の総説で著者らは,こうしたプロテアーゼやプロテアーゼ産生細胞群を中心とした微小環境,「プロテオリティックニッチ」の概念を提唱した(図217.これに前後して,コーネル大学のRafiiらのグループは,既に本稿で紹介したMMP,線溶系の相互活性化システムの起点,トリガリングを担うプロテアーゼや成長因子,ケモカイン,接着分子などの多くが血管内皮から分泌供給され,これに続く組織中の「プロテオリティックニッチ」の形成,そしてホメオスタシスの維持に寄与していることに注目し,「アンジオクライン因子」の概念を提唱した(表118.また,その後の研究で,生体内の異なった臓器組織中の血管内皮は,細胞内のAKT及びp42/p44 MAPキナーゼの活性バランスに依存し,それぞれ特異的なアンジオクライン因子を発現,産生していることも判明してきており,これらが「臓器特異的血管内皮」として,アンジオクライン因子を通じて臓器組織の損傷修復,再生を制御するアンジオクラインシステムの存在が示唆されている.これまで,むしろ酸素や生体因子,細胞の供給路のイメージで捉えられてきた血管が,いわば内分泌器官としても機能していることが判明したことは,血管を基盤インフラとして成立していた臓器円環仮説のパラダイム変革期に突入したことを意味する.

図2

骨髄中のアンジオクラインシステムとプロテオリティックニッチ仮説

骨髄内の臓器特異的血管内皮から分泌されるtPAは,肝臓,ないしは造血系・間葉系細胞由来のプロテアーゼ群との相互作用を有し,活性増加に応じた至適環境(プロテオリティックニッチ)でサイトカイン産生,細胞分化・増殖が制御していることが判明している.

表1 アンジオクライン因子群
分類 アンジオクライン因子
成長因子群 VEGFs, Angiopoietin, Kit-ligand, FGFs, PDGF, G-CSF, GM-CSF, IL-1, IL-6, IGF, TGF, PGF, PEDF, TNF, BMP, BDNF, PEDF, Egfl7
ケモカイン群 SDF (CXCL12), IL‐8, MCP-1
接着分子群 ICAM‐1, VCAM‐1, E-selectin, P-selectin, VE‐cadherin, LAMA‐4, Hyaluronan
プロテアーゼ群 MMPs, tPA, uPA, PAI‐1

その一方で,アンジオクラインシステムの破綻が腫瘍増殖,肺線維症や肝硬変など数々の病態に関与していることが近年次々と報告されている.凝固・線溶系亢進のキーファクターの多くが血管内皮に由来していることから,重症炎症に起因するDICや深部静脈血栓,肺塞栓などの病態の背景に何らかの血管内皮障害が存在することは想像に難くない.GVHDにおいては,その関連疾患として,TMAやVOD,capillary leak syndrome,engraftment syndrome,diffuse alveolar hemorrhage等の血管内皮障害が関与すると考えられる多彩な疾患群の総称として,血管内皮細胞症候群(vascular endothelial syndrome)という概念が既に提唱されている19.つまり,本稿で既出の「サイトカインストーム」,急性,そして慢性炎症性疾患の原因は,感染,拒絶反応,自己抗体など様々ではあるが,これらに血管内皮障害が加わることによって自然免疫系細胞によるpathogen-associated molecular patternsやdamage-associated molecular patternsの察知に基づく炎症反応,獲得免疫反応の重症化が招来され,免疫学的血栓形成ともいうべき凝固・線溶系亢進からMMPの活性化へと進んでいくとの仮説が支持されている(図3).つまり,免疫系の異常と,アンジオクラインシステムの破綻との相互作用がこうした炎症性疾患病態の全体像を構成しているとの見方から,世界的にも抗炎症療法としてアンジオクライン因子を標的とした分子療法の有用性の解明が進められつつある.

図3

血管内皮障害を背景とした炎症性疾患の病態仮説

血管内皮障害はサイトカインストームを含む急性炎症や慢性炎症において,アンジオクライン因子を介し病態を制御している可能性がある.つまり,炎症性疾患は,血管内皮によるアンジオクライン因子分泌を通じたアンジオクラインシステムによるホメスタシス維持機構の破綻と捉えられることになる.

著者全員の利益相反(COI)の開示:

本論文発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし.

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