Japanese Journal of Thrombosis and Hemostasis
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The Young Investigator Award for the Year of 2020
Platelet CLEC-2 promotes hematogenous metastasis and thromboinflammation in tumor-bearing mice
Toshiaki Shirai
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Keywords: Platelets, Cancer, CLEC-2
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2020 Volume 31 Issue 4 Pages 452-459

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1.はじめに

血小板は止血に必須である一方で,古くからがんの進展を増悪することが知られている1.血小板から放出された種々の生理活性物質が癌細胞の生存・遊走・血管新生・上皮間葉転換を促進し,血中循環癌細胞との凝集反応は免疫応答やシェアストレスから癌細胞を保護するとともに血管内皮への接着を促進する.

我々は血小板活性化受容体C-type lectin-like receptor 2(CLEC-2)およびその生体内リガンドとしてPodoplanin(PDPN)を同定し,CLEC-2/PDPNの相互作用が血栓止血を超えた様々な生理学的役割を持つことを明らかにしてきた2.血栓形成においては,CLEC-2は動脈血栓症および静脈血栓症を増悪する一方でCLEC-2欠損マウスは出血時間を延長しないため,出血リスクの少ない新規抗血小板薬の標的分子として期待される.

興味深いことに,PDPNはリンパ管内皮などの正常細胞に加えてメラノーマ,扁平上皮癌,グリオーマなどいくつかの癌細胞上に高発現する.したがって,血小板CLEC-2は癌細胞PDPNとの相互作用により癌進展を増悪していると考えられる.しかしながら,遺伝的CLEC-2欠損マウスは出生直後致死,血管リンパ管吻合,血小板減少など様々な表現型を示すことから,これらの影響を排除した動物モデルの作成・解析が必要である.そのため,今日まで血小板CLEC-2の癌進展における役割は明らかになっていない.

本研究において,我々は抗体により巨核球・血小板CLEC-2が欠損する現象に着目し3,ラット抗マウスCLEC-2モノクローナル抗体2A2B10を樹立した.抗体投与後の表現型を解析した後,PDPN発現マウスメラノーマB16F10を用いて,癌進展における血小板CLEC-2の病態生理学役割を調査した4

2.抗CLEC-2抗体2A2B10による血小板特異的CLEC-2欠損マウスの作成

GPVIと同様に,抗CLEC-2抗体は一時的な血小板減少を生じた後,CLEC-2欠損血小板が産生される3.我々はラット抗マウスCLEC-2モノクローナル抗体2A2B10を樹立し,腹腔内投与後の表現型を解析した.他グループの報告と同様に2A2B10の単回投与は一過性の血小板減少を認め,血小板上のCLEC-2欠損状態を8日間維持した(図1A,B).2A2B10を7日毎に反復投与すると2回目以降は血小板減少を惹起せず(図1A),34日後まで血小板CLEC-2欠損状態を維持した(図1B).この際,貧血,血小板減少,および血管・リンパ管吻合は認められなかった.

図1

抗CLEC-2抗体2A2B10による血小板特異的CLEC-2 KOマウスの作成

(A)野生型C57BL/6マウスにControl rat IgGあるいは2A2B10(8 mg/kg, i.p.)を投与した時の血小板数の変動.(B)Flow cytometry法による血小板CLEC-2発現量の定量.(C)2A2B10投与後の白血球上のCLEC-2発現量.(D)2A2B10の中和活性の解析.Control rat IgGあるいは2A2B10と共培養された好中球に対するリコンビナントPDPN結合量をFlow cytometry法で測定した.

マウスでは白血球上にもCLEC-2が発現するため,2A2B10投与後の白血球上のCLEC-2の発現量の変化をFlow cytometry法で解析した.NK細胞,B細胞,マクロファージ,好中球すべての細胞において,2A2B10投与によるCLEC-2発現量の低下は認められなかった(図1C).さらに,好中球CLEC-2に2A2B10を結合させた後にリコンビナントマウスPDPNが結合するかFlow cytometry法で解析した所,2A2B10はCLEC-2/PDPN結合量を抑制しなかった(図1D).したがって2A2B10に中和活性は無い事が明らかになった.

以上の結果より,2A2B10は遺伝的CLEC-2欠損マウスに認められる表現型を示すこと無く,後天的に血小板CLEC-2を特異的に欠損させた.

3.CLEC-2は血行性転移を促進する

本研究ではPDPNを発現するマウスメラノーマ細胞B16F10を用いる事にした.まず我々は血行性転移に対するCLEC-2の機能を明らかにするため,GFPをトランスフェクションしたB16F10(B16F10-GFP)を尾静脈より注射し実験的肺転移モデルを作成した(図2A).移植時の血小板数は血行性転移に決定的な影響を与えるため,2A2B10抗体投与4日後の時点で細胞を注射した.癌細胞移植14日後,肺GFP蛍光強度をIVISにより測定した所,2A2B10群はControl rat IgG群に比べて有意にGFP蛍光強度を減弱した(図2B).肺の重量も同様に2A2B10投与群で有意に低下していた(図2C).B16F10-GFPを右側腹部に皮下移植し,21日後の耳静脈の血流を観察し血中循環癌細胞数を測定したところ,実験的肺転移モデルと一致して2A2B10群では有意に血中循環癌細胞が減少していた(図2D).従って,血小板CLEC-2はB16F10の血行性転移を促進することが明らかになった.

図2

CLEC-2除去は血行性転移を抑制する

(A)実験的肺転移モデルの概要.移植14日後の肺におけるB16F10-GFPの蛍光強度をIVISにより測定し(B),同時に肺の重量を測定した(C).**P<0.01(Student’s t-test)(D)B16F10-GFPを皮下移植した21日後,耳静脈の血流を蛍光顕微鏡下で撮影し,10分間GFP陽性細胞数をカウントした.Scale bar=50 μm.*P<0.05(Student’s t-test).

4.CLEC-2はin vivoにおける腫瘍増殖を抑制しない

次に我々は腫瘍増殖について調査した.まずin vitroにおいてB16F10とマウス洗浄血小板を共培養し,48時間後の細胞数を測定した.野生型マウスあるいはControl rat IgG投与マウス由来の洗浄血小板の添加により,血小板濃度依存的にB16F10細胞数が増加した(図3A,B).一方,遺伝的CLEC-2欠損マウスあるいは2A2B10投与マウス由来の洗浄血小板では細胞増殖促進効果が消失した.次に,血小板活性化上清(図3C)あるいはリコンビナントmCLEC-2-rFc(図3D)をB16F10に添加すると,血小板活性化上清は細胞増殖を促進したが,mCLEC-2-rFcでは変化がなかった.すなわち,B16F10によるCLEC-2依存的な血小板活性化が増殖因子など種々の生理活性物質の放出を誘導することによって細胞増殖が促進されることが明らかになった.

図3

CLEC-2除去はin vivoにおける腫瘍増殖を抑制しない

(A–D)In vitroにおけるB16F10の細胞増殖.B16F10と遺伝的CLEC-2 KOマウス(A)あるいは2A2B10抗体投与マウス(B)の洗浄血小板を添加し,48時間後の細胞数をカウントした.(C)血小板活性化上清(APS)による細胞増殖促進効果.(D)リコンビナントmCLEC-2-rFc2添加による細胞増殖促進効果.***P<0.001,(Dunnett’s t-test).(E)皮下移植後のB16F10腫瘍体積の経時的解析.

そこで我々は,マウスの右腹側部にB16F10を皮下移植して経時的に腫瘍体積を測定した(図3E).その結果,in vivoでは2A2B10群は腫瘍増殖を抑制しなかった(図3F).

5.CLEC-2は腫瘍内血栓形成を増悪する

2A2B10投与マウスが腫瘍増殖を抑制しない原因を探索するため,我々は移植21日後の腫瘍の免疫組織学的解析を行った.腫瘍血管(CD34)および血小板(CD41)とフィブリノゲンの沈着を観察した所(図4A),2A2B10投与群では腫瘍血管密度には変化は認められなかった(図4B).

図4

CLEC-2除去は腫瘍内の血栓形成を抑制し血液循環を改善させる

(A)移植21日後の腫瘍切片における血管(青),フィブリノーゲン(緑),血小板(赤).Scale bar=50 μm.(B)腫瘍血管密度の定量.(C)フィブリノーゲン(マゼンタ)の詰まった腫瘍血管(緑)の定量解析.*P<0.05(Student’s t-test).(D)移植21日後の腫瘍ライセートにおける血小板(CD41)の半定量.タンパク量をβ-actinで補正した.*P<0.05(Student’s t-test).(E)腫瘍内の機能性血管の割合.FITC標識デキストラン(緑)を灌流し,血液循環のある血管(緑+マゼンタ)の割合を解析した.***P<0.001(Student’s t-test).

しかしながら,2A2B10群では腫瘍内にフィブリノゲンが沈着している血管の割合が有意に低下していた(図4A,C).腫瘍ライセートを用いたウエスタンブロッティング法では,腫瘍内に沈着した血小板が2A2B10群で有意に減少していた(図4D).次に,腫瘍摘出前にFITC標識デキストランを投与し,血液循環が維持されている機能性血管の割合を解析した.血栓形成とは反対に,2A2B10群は機能性血管の割合がControl rat IgG群に比べて有意に増加していた(図4E).

以上の結果から,2A2B10投与マウスが腫瘍増殖を抑制できなかった理由として,血小板CLEC-2欠損により腫瘍内の血栓形成が抑制されて機能性血管が増加することにより,腫瘍への栄養・酸素の供給が改善した可能性が示唆された.

6.CLEC-2はThromboinflammationの増悪により予後を不良にする

2A2B10投与マウスは実験的肺転移および腫瘍内の血栓形成を抑制したが,腫瘍増殖は抑制しなかった.これらの影響が予後改善に寄与するか皮下移植後に生存解析を行った.興味深いことに,CLEC-2欠損状態を維持できる30日間において,2A2B10群はControl rat IgG群に比べて生存率が有意に増加した(図5A).

図5

CLEC-2除去はThromboinflammationを抑制し,予後を改善する

(A)皮下移植後の生存解析.P値はログランク検定により算出した.(B-E)癌悪液質に関する解析.腫瘍移植21日後にサクリファイスし,肺切片におけるフィブリノゲンの沈着(B),血漿中IL-1βおよびIL-6濃度(C),大腿四頭筋重量(D),血液学的解析(E)を行った.*P<0.05(Student’s t-test)

癌患者において,転移を伴う癌進展に続く2番目の死因は癌関連血栓症である5.2A2B10投与マウスが腫瘍内の血栓形成を抑制していた事から,我々はCLEC-2が全身性に血栓形成を増悪している可能性に着目した.腫瘍移植21日後,肺の血栓形成を免疫組織学的に解析すると,2A2B10群はControl rat IgG群と比較してフィブリノゲンの沈着が有意に減少していた(図5B).さらに,2A2B10群は炎症性サイトカインIL-1β, IL-6の血中濃度が低下し(図5C),大腿四頭筋重量の減少(図5D)および貧血(図5E)の程度がControl rat IgG群と比較して有意に軽微だった.以上の結果から,CLEC-2/PDPN相互作用による血栓形成が慢性炎症を増悪し,癌関連血栓症および癌悪液質を増悪する可能性が示唆された.

7.おわりに

癌細胞においてPDPNは遊走,浸潤,転移を促進する分子として注目されてきた.一方CLEC-2は適切な実験モデルが構築されておらず,その役割は不明であった.本研究はCLEC-2を標的とした癌研究の初めての報告である.

グリオーマは癌関連血栓症を高頻度で引き起こす癌種の1つである.グリオーマ患者の組織学的解析から,PDPN発現が腫瘍内血小板凝集塊に関与しており,PDPN発現がVTE発症リスクを増強する事が報告されている6.さらに,マウスモデルにおいてグリオーマ細胞由来のPDPNが腫瘍内の血小板凝集を増悪している事が報告された7.これらは本研究と一致する結果であり,CLEC-2を標的とした新規抗血小板剤はグリオーマ患者の癌関連血栓症の予防・治療として有益である可能性が高い.同時に,機能性血管の増加は腫瘍深部への抗がん剤の輸送の観点からも有効かもしれない.

本研究で明らかにされていない点も多い.癌関連線維芽細胞(Cancer-associated fibroblasts: CAFs)や癌関連マクロファージ(Tumor-associated macrophages: TAMs)などの癌間質細胞にもPDPNが発現することが知られているが,これらのPDPN発現癌間質細胞に対する血小板CLEC-2の機能は全くわかっていない.今後も精力的に研究を続け,癌におけるCLEC-2の病態生理学的役割について明らかにしていきたい.

謝辞

本研究を行うにあたり,ご協力頂いた著者の皆様,また実験をサポートしていただいた中澤久一郎様,小松千亜紀様,福田初菜様,大竹志門先生に感謝いたします.また,本研究は最先端・次世代研究支援プログラム(LS052)の助成を受けて行われました.感謝いたします.

著者の利益相反(COI)の開示:

本論文発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし

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