Japanese Journal of Thrombosis and Hemostasis
Online ISSN : 1880-8808
Print ISSN : 0915-7441
ISSN-L : 0915-7441
Reviews: Topics in Hemophilia Treatment
Advances in gene therapy for hemophilia
Yuji KASHIWAKURATsukasa OHMORI
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2021 Volume 32 Issue 1 Pages 17-25

Details
Abstract

血友病は,F8(血友病A)あるいはF9(血友病B)遺伝子変異が原因となる先天性出血性疾患である.出血に対して凝固因子製剤が用いられるが,凝固因子の半減期が短く頻回の投与が必要なことが患者QOLを阻害する.血友病は古くから遺伝子治療に適した疾患と考えられ,様々な研究がなされてきた.この10年間で飛躍的に遺伝子治療に対する基礎研究が進み,実際にアデノ随伴ウイルス(adeno-associated virus: AAV)ベクターを用いたヒト臨床試験において,一回の投与で長期にわたって血中凝固因子が維持され,製剤投与の必要性がなくなる結果が得られている.現在の遺伝子治療の弱点として,中和抗体陽性患者に適応がないこと,小児に適応がないことなどが指摘されている.これらを克服するために,染色体DNAにアプローチするゲノム編集治療や,レンチウイルスベクターで治療遺伝子を導入した自己造血幹細胞移植治療も進行している.血友病に対する遺伝子治療が日常診療において利用できる日も近いが,長期的な有効性・安全性の観察に加え,高額な医療費に対する議論が必須である.

1.はじめに

血友病は,血液凝固因子である第VIII因子(FVIII:血友病A)または第IX因子(FIX:血友病B)の産生・機能が低下する先天性出血性疾患である.原因となる遺伝子F8(FVIII遺伝子)およびF9(FIX遺伝子)はそれぞれX染色体上に存在するため,X連鎖潜性遺伝となる.重症の患者では,関節内や筋肉内での出血が特徴で,特に,膝・足首・肘などの関節内で反復する再発性出血は,血友病性関節症と呼ばれる慢性関節症の原因となる.血友病の標準的治療は,不足する凝固因子濃縮製剤の定期的および出血時の補充療法である.欠乏した凝固因子活性を1%以上に維持することにより,血友病性関節症の発生率を低減,あるいは発症を遅延できる.補充療法に使用する通常の凝固因子製剤の半減期は短いため,通常の凝固因子製剤の場合は週に2~3回の輸注が必要となる.現在は様々な半減期延長型凝固因子製剤やバイスペシフィック抗体医薬の開発により,輸注の間隔は遥かに伸び,患者の生活の質(QOL)は劇的に改善した.しかし,血友病患者が定期的な薬剤投与・輸注を生涯続けることに変わりはない.また,凝固因子製剤による補充療法では,投与した凝固因子に対する中和抗体(インヒビター)の発生が問題となる.インヒビターは,投与した凝固因子の活性を直ちに阻害するため,補充療法が無効となる.インヒビターの発生率は,重症血友病Aで30%,重症血友病Bで9%である.血友病Bでは,インヒビターの発生がアナフィラキシー反応や他のアレルギー反応とネフローゼ症候群と関連するため問題となる.

血友病は単一遺伝子に起因する遺伝性疾患であること,数%の凝固因子活性の上昇により治療効果が得られること,凝固因子レベルの厳密な調節が不要なこと,出血率や凝固因子レベル測定などの治療効果の評価が容易であることから,遺伝子治療に適した標的疾患と考えられてきた.これまで数十年間の基礎研究・治療開発研究の積み重ねから,実際のヒト臨床試験では有望な成績が得られてきた.血友病に対する遺伝子治療では,一回の治療ベクター薬の投与により,数十年あるいは生涯にわたって凝固因子製剤による補充療法が不要となる可能性がある.動物モデルの基礎検討では,肝臓を標的として治療タンパク質を発現させることでインヒビターの消失を誘導することも示唆されている.本稿では,血友病遺伝子治療臨床試験を中心に,これまでの血友病に対する遺伝子治療の進歩について概説する.

2.血友病遺伝子治療の概要

これまでの遺伝子治療は,正常な遺伝子あるいは標的遺伝子を代替する治療遺伝子を導入する,いわば遺伝子補充治療であった.近年ゲノム編集技術の登場により,変異遺伝子を正常型に是正する遺伝子正常化治療も技術的には可能となった.標的治療タンパク質を内在的にかつ長期的に発現を可能にする遺伝子治療の実臨床応用は,数十年来の目標である.現在は様々な疾患を標的とした遺伝子治療が研究開発・臨床開発されている.血友病に対する遺伝子治療においても,2011年に報告された血友病B遺伝子治療の成功例1を受けて飛躍的に進展し,現在は主に3つのアプローチによる遺伝子治療法が実臨床に向け臨床試験が実施されている.1つ目は,アデノ随伴ウイルス(adeno-associated virus: AAV)ベクターを用いたFVIIIあるいはFIX遺伝子の治療遺伝子導入法で,臨床開発が最も進んでいる.2つ目は,ゲノム編集技術を用いた標的ゲノム配列への治療遺伝子挿入法であり,生涯にわたる遺伝子発現と小児の治療を可能にする.これら2つの遺伝子治療法は,遺伝子導入の際に運び手となるベクターを直接患者に投与するin vivo遺伝子治療法である.3つ目は,レンチウイルスベクターを用いた自己造血幹細胞への治療遺伝子導入と細胞輸注によるex vivo遺伝子治療法で,治療遺伝子を患者細胞のゲノムに挿入させ,治療遺伝子の長期的な発現安定性を提供する.現在進行中の血友病A(表1)および血友病B(表2)に対する遺伝子治療臨床試験の主なものを表に示す.

表1 公開されている血友病Aに対する遺伝子治療臨床試験
治療ベクターなど Phase スポンサー 状態 ID
BMN 270 Phase 1 BioMarin Pharmaceutical Active, not recruiting NCT02576795
Phase 2
Valoctocogene Roxaparvovec Phase 3 Active, not recruiting NCT03392974
Phase 1 Enrolling by invitation NCT03520712
Phase 2
Phase 3 Not yet recruiting NCT04323098
Phase 3 Active, not recruiting NCT03370913
BAY2599023 (DTX201) Phase 1 Ultragenix pharmaceutical Bayer Recruiting NCT03588299
Phase 2
SPK-8011 Phase 1 Spark Therapeutics Recruiting NCT03003533
Phase 2
SPK-8016 Phase 1 Active, not recruiting NCT03734588
Phase 2
SB-525 Phase 3 Pfizer Recruiting NCT04370054
Phase 2 Recruiting NCT03061201
AAV2/8-HLP-FVIII-V3 Phase 1 Medical Research Council University College, London Recruiting NCT03001830
YUVA-GT-F801 Phase 1 Shenzhen Geno-Immune Medical Institute Not yet recruiting NCT03217032
BAX 888 Phase 1 Takeda Active, not recruiting NCT03370172
Phase 2
Auto CD34+PBSC, lentiviral vector encoding BDDFVIII Phase 1 Medical College of Wisconsin Parameswaran Hari Recruiting NCT03818763
Auto CD34+, lentiviral vector encoding CD68-ET3 Phase 1 Expression Therapeutics, LLC Not yet recruiting NCT04418414
SIG-001 Phase 1 Sigilon Therapeutics, Inc. Recruiting NCT04541628
Phase 2
表2 公開されている血友病Bに対する遺伝子治療臨床試験
治療ベクターなど Phase スポンサー 状態 ID
scAAV2/8-LP1-hFIXco Phase 1 National Heart, Lung, and Blood Institute (NHLBI) St. Jude Children’s Research Hospital Active, not recruiting NCT00979238
Hemophilia of Georgia, Inc.
Children’s Hospital of Philadelphia
University College, London
TAK-748/SHP648/BAX 355 Phase 1 Takeda Active, not recruiting NCT01687608
Phase 2
AMT-060 Phase 1 UniQure Biopharma B.V. Active, not recruiting NCT02396342
AMT-061 Phase 2 Active, not recruiting NCT03489291
Phase 3 Active, not recruiting NCT03569891
FLT180a Phase 1 University College, London Recruiting NCT03369444
Phase 2 Freeline Therapeutics Recruiting NCT03641703
Phase 3
SPK-9001 Phase 2 Pfizer Recruiting NCT03307980
PF-06838435/fidanacogene elaparvovec Phase 3 Recruiting NCT03861273
SB-FIX Phase 1 Sangamo Therapeutics Active, not recruiting NCT02695160
YUVA-GT-F901 Phase 1 Shenzhen Geno-Immune Medical Institute Not yet recruiting NCT03961243

3.AAVベクターを用いた血友病遺伝子治療

1)AAVベクターの構造と特徴

AAVは,非病原性のパルボウイルス科のDNAウイルスであり,末端逆位反復配列(inverted terminal repeat: ITR),複製に必要な非構造蛋白(Rep)遺伝子,キャプシド(Cap)遺伝子で構成される約5 kbのゲノムを持つ.AAVベクターは,ITR間のウイルス由来の遺伝子配列を,導入遺伝子・プロモーター・エンハンサーなどの要素で置き換えた遺伝子配列構造をとる(図1).外殻を構成するキャプシドは,血清型により細胞への感染指向性が異なり,標的細胞に指向性の高い血清型を選択することが可能である.また,搭載するプロモーターを標的細胞特異的プロモーターとすることで,搭載遺伝子の特異的発現が可能となる.血友病遺伝子治療では,肝臓に指向性を持つAAV血清型を選択(あるいは改変型AAV血清型を構築)し,肝臓細胞特異的プロモーターとの組み合わせにより,肝臓特異的なFIXおよびFVIII遺伝子の発現を可能にしている.

図1

AAVベクターの構造

野生型AAVは,Rep遺伝子とCap遺伝子の2つの遺伝子をコードしている一本鎖DNAウイルスである.血友病遺伝子治療では,Rep/Cap遺伝子の代わりに肝臓特的プロモーターの下流にFVIII遺伝子やFIX遺伝子を配したAAVベクターが用いられる.

2)血友病遺伝子治療の歴史

初期の血友病に対する遺伝子治療臨床試験では,遺伝子挿入型のレトロウイルスベクターやプラスミドベクターを用いて治療遺伝子を細胞に導入し,治療遺伝子発現細胞を移植するex vivo治療法と,レトロウイルスベクターおよびアデノウイルスベクターの直接投与によるin vivo治療法が,1990年代後半から2000年代前半にかけて実施された.いずれの臨床試験においても,治療遺伝子の発現は一過性の低レベル発現にとどまる成果であった2.また当時,他の疾患に対するレトロウイルスベクターを用いた遺伝子治療臨床試験の結果は,遺伝子導入による挿入変異と免疫応答性合併症のリスクに対する強い懸念をもたらした.そのため,それらリスクを回避可能な非遺伝子挿入型で,病原性が低いAAVベクターを利用した治療研究が精力的に進められた.AAVベクターには搭載遺伝子サイズに制限があるため,cDNA長が8 kbを超えるFVIIIよりも,cDNA長の短いFIXを用いた血友病Bに対する遺伝子治療研究の開発が先に進展した.AAVベクターを用いた血友病B患者に対する最初の臨床試験は,2型血清のAAVベクター(AAV2ベクター)の筋肉内投与である.ベクターの忍容性は良好であったが,治療タンパク質であるFIX発現は一過性であり,2%以下の低レベルの発現であった3.同様のAAV2ベクターを用い,FIXの産生臓器である肝臓を遺伝子導入の標的とした最初の臨床試験では,肝動脈を介してベクターを注入することでFIX発現は10%を超えた.しかし,FIXを遺伝子導入された肝臓細胞のMHCクラスIがAAVのキャプシドタンパクを抗原提示し,FIX発現肝臓細胞が細胞性免疫により排除され,この免疫応答時の肝逸脱酵素の上昇とともにFIX発現の消失が観察された.さらに,野生型AAVの既感染を起因とする既存の中和抗体(neutralizing antibodies: NAbs)を保有した患者では,AAVベクターによる遺伝子導入が著しく阻害されることが明らかとなった4.AAVベクターを用いた後続の血友病遺伝子治療臨床試験はこの治験結果に基づき,NAbs陰性患者を対象にし,肝臓指向性の高い血清型のAAVを選択して静脈投与により肝臓からFIXおよびFVIIIを発現させ,肝逸脱酵素の上昇時にはステロイドで細胞性免疫応答を抑制することで良好な成績を収めている.

3)血友病B遺伝子治療

AAVベクターを用いた血友病B遺伝子治療の最初の成功例は,St. Jude Children’s Research Hospital(SJCRH)とUniversity College London(UCL)のグループによって報告された1.肝臓への指向性が高い8型AAV(AAV8)ベクターを選択し,遺伝子配列コドンを最適化したFIXを搭載したAAV8-coFIXの投与により,1~6%の持続的なFIX発現を実現し,現在もベクター投与後のFIX発現が持続している(NCT00979238).最近の血友病B臨床試験では,正常型と比較して8倍のFIX活性を示す高活性型バリアントであるFIX Padua(FIX-R338L)が用いられ,低容量のベクター投与によって正常レベルのFIX発現を可能にしている.FIX Paduaを搭載するAAV8ベクターによる臨床試験として,武田薬品工業が主導するTAK-748(BAX 335)のベクター用量漸増試験がある(NCT01687608).8名の血友病B患者が3つのコホートで治療を受け,1名で4年間の治療レベルのFIX活性維持が観察された.他の被験者では,治療後11週を超えて治療レベルのFIX活性が維持せず,ステロイド治療によるFIX活性発現も改善しなかった.その要因として,FIX遺伝子コドン最適化の際に生じたCpG配列が誘導する自然免疫応答による排除の可能性が考えられている5

UniQureが主導するAMT-060の臨床試験では,バキュロウイルスにより作製したAAV5ベクターを利用している.第I/II相試験において,10名の患者が2コホートでコドン最適化したFIX遺伝子を搭載したAAV5ベクターの投与を受け,低容量ベクター投与の患者で4年間の有意なFIX発現の維持(各コホートで平均5.1%と7.5%)と出血イベントの顕著な減少が観察された.これを受けてUniQureは,AMT-060試験での5年間の追跡調査を発表している.また,FIX Paduaを搭載したAAV5ベクターであるAMT-061(etranacogene dezaparvovec)の第II相臨床試験の報告では,3名の患者が治療後の36週において正常レベルのFIX活性(30.1~54.1%)を維持した.AMT-061は忍容性が良好で免疫抑制処置が不要であった.これに続き,AMT-061の第III相HOPE-B試験が実施され,54名の患者が投与を受けた(NCT03569891).

UCLが主導する新しい遺伝子改変血清型AAVS3を使用したFLT180aの第I相臨床試験(NCT03369444)では,免疫抑制を前処置する4コホートで実施された.ベクター低用量投与の患者においても,FIX活性が二年間約40%を維持するとともに,肝逸脱酵素の上昇を認めない有望な治療成績が報告された.ベクター最大用量投与の患者の1名では,FIX活性が正常値を超え,抗凝固薬による管理が必要とされた.FLT180aの第II/III相臨床試験はFreelineが主導し,最大50名の被験者を募集している.

Spark TherapeuticからPfizerに引き継がれたSPK-9001は,生物工学的に改変した新規血清型AAVベクター(AAV-Spark100-FIX-padua)を使用している.第I/II相試験では合計15名が投与され,最初に治療を受けた10名では投与後12週でFIX活性が14.3%,52週で76.8%と正常レベルまでのFIX増加が報告された.現在,第III相試験が行われている.

4)血友病A遺伝子治療

血友病Aでは,AAVベクターの遺伝子長搭載制限から,Bドメインを除いたFVIII(BDDFVIII)が使用される.最初の成功例は,BioMarinが主導するBMN270(Valoctocogene roxaparvovec, Valrox)である.遺伝子配列コドンを最適化したBDDFVIIIを搭載したAAV5ベクターによる第I/II相試験4コホートが実施され,投与後の3年間の追跡調査が報告された6.低用量を投与された2名(6×1012 vg/kgと2×1013 vg/kg)ではFVIII発現は1%未満であった.高用量の7名と中用量の6名では,投与後約3年後のFVIII発現の中央値はそれぞれ20%と13%であった.この結果を受け,第III相GENEr-1試験では134名の患者に高用量ベクター(6×1013 vg/kg)を投与する用量評価試験が実施された.ごく最近,米国食品医薬品局(FDA)は,第I/II相試験中に観察された遺伝子発現の大幅な低下,第I/II相試験と第III相試験との乖離により,BioMarinの生物製剤承認申請を一旦棄却し,第III相試験での2年間の追跡データを要求した.

Bayerが主導するAAVhu37ベクター(BAY-2599023)の臨床試験では,これまで3コホートの第I/II相試験で合計6名が治療を受けた.低用量と中用量(0.5と1×1013 vg/kg)投与では,5~20%のFVIII発現が16ヶ月以上維持された.高用量(2×1013 vg/kg)投与された2名では,FVIIIレベルが投与28週間後に8~40%に増加し,33週にわたり15%以上のFVIII発現が維持されている7

Spark Therapeuticsが主導するSPK-8011は,BDDFVIIIを搭載したAAV-LK03(Spark200)を使用し,2コホートの第I/II相試験で5名が治療を受けた.2年以上の追跡調査から,0.5×1013 vg/kgで6.9~8.4%,1×1013 vg/kgで5.2~19.8%のFVIII発現が維持された.続いて9名が1×1013 vg/kgコホートに追加されたが,2名に経口ステロイドで改善できないFVIII発現の低下が報告されている.

PfizerとSangamoが主導するSB-525の第I/II相ALTA試験では,AAV6-BDDFVIIIの高用量投与(3×1013 vg/kg)により,正常レベル(平均71%)のFVIII発現が1年以上維持する成果を報告した.

FIXの遺伝子治療とは異なり,BioMarinおよびPfizer・Sangamoの血友病A臨床試験では,長期間で徐々にFVIII発現レベルが減衰している.その機序は解明されていないものの,肝実質細胞でのFVIII発現が小胞体ストレスを促進して細胞死を誘導することが起因とも考えられている.遺伝子導入したFVIIIの安定発現の持続期間を推定するためにも注意深い観察が必要である.

5)AAVベクターを用いた血友病遺伝子治療の課題

(1)AAV中和抗体

AAVに対するNAbsの保有は,AAVベクターによる遺伝子導入を阻害するため,NAbs保有患者は遺伝子治療の対象から除外される.また,SJCRH/UCLによる臨床試験でのNAbs発現解析から,AAVベクターによる遺伝子治療を受けた患者は,高力価のNAbsを保有することが明らかとなった.遺伝子治療を受けた患者において導入治療遺伝子発現が著減した場合には,AAVベクターの再投与が必要となる可能性がある.NAbs保有患者およびAAVベクター再投与の戦略として,前臨床試験で様々な手法が検討されている.投与前の体液性免疫の調節,NAbsに交差しない血清型への変更,標的細胞の変更,デコイベクターの投与,一時的な免疫抑制,AAV特異的吸着カラムによるNAbsの除去などが報告されている8.我々は,門脈アプローチによるAAVベクター投与法を開発し,NAb陽性サルにおいてAAVベクターによる遺伝子導入を可能にした9

NAb陽性患者へのAAV5ベクターの使用は興味深い.AAV5は欧米においてNAbs陽性率が低く,他の血清型に対するNAbsほど生体内への遺伝子導入を阻害しないことが報告されている.AAV5ベクターによる臨床試験後に投与前の患者NAbsを再解析した結果,NAbs陽性患者においても,ある程度の遺伝子発現が得られることが明らかとなった.BioMarinはNAbs陽性患者を対象とした臨床試験を予定している(NCT03520712).ただし,NAbs測定は標準化されておらず,個々の臨床試験の解釈が,他の臨床試験に外挿できるかどうかについては注意が必要である.

(2)インヒビター保有患者への遺伝子治療

インヒビターの発生は,血友病における最も重要な合併症である.これまでの血友病遺伝子治療では,インヒビター既往歴またはインヒビター保有患者を治療の対象から除外している.動物モデルの前臨床試験では,FVIII/FIXに対するインヒビターを保有した場合でも,AAVベクターやレンチウイルスベクターによる肝臓でのFVIII/FIXの発現が免疫寛容を誘導し,インヒビターを消失させることが報告されている.この免疫寛容誘導の主なメカニズムは,免疫応答を負に制御する制御性T細胞の増加が原因とされている.実際にSpark Therapeuticsは,FVIIIインヒビター保有患者を対象としたベクター用量設定第I/II相臨床試験(SPK-8016)を開始した(NCT03734588).

(3)遺伝子治療の安全性

血友病遺伝子治療におけるAAVベクターの安全性評価はこれまでのところ許容範囲内であり,肝逸脱酵素の上昇はステロイドでうまく管理されている.肝障害の原因はキャプシドに対するMHCクラスIの反応性と考えられているが,明らかな用量依存性があり,他の機序も想定される.ごく最近,高用量のAAV8ベクター(血友病治療の数100倍~10倍)を投与された17名のX連鎖型先天性ミオパチー患児において3名の死亡が報告され,少なくとも小児患者群では用量制限毒性が適用されることが示唆されている.これを受け武田薬品工業は,AAV8ベクターの血友病A遺伝子治療(TAK-754)の第I/II相試験への採用を一時停止するという予防措置を講じた.遺伝子治療による長期的なリスクは明らかでないため,通常の治験とは異なる枠組みで長期的フォローが必須と考えられる.世界血友病連盟(WFH)では,標準化された個々の患者のデータ取得によるレジストリの必要性が唱えられている.

4.血友病に対するゲノム編集遺伝子治療

現在実施されている血友病遺伝子治療の2番目の方法は,自然界のDNA修復システムを利用して開発された遺伝子修正または挿入ツールを使用したゲノム編集治療である.ゲノム編集の結果,是正された標的遺伝子および特異的標的部位に挿入された治療遺伝子は,細胞分裂では希釈されず,生涯にわたる遺伝子発現と小児患者に対する治療を達成可能にするため,魅力的な治療である.一方,遺伝情報が世代を跨ぐ生殖細胞へのゲノム編集は,現在のところ倫理的にも安全性の面でも回避しなければならない.ゲノム編集治療において最も懸念されるのは,オフターゲット効果によるDNA変異のリスクである.オフターゲット効果を減じる技術的工夫とともに,その安全性を評価する必要がある.

1)ゲノム編集技術の基礎

ゲノム編集は,特定のDNA配列を切断するヌクレアーゼによりDNA二本鎖切断(double-strand break: DSB)が引き起こされ,生体が保持するDSB修復機構によりゲノムが編集される.In vitroex vivoでは容易にゲノム編集のツールを導入・発現させることが可能であるが,これを生体内で治療に用いる場合には,ゲノム編集ツールを効率的に標的細胞へ送達させることが必要となる.DSBを引き起こすヌクレアーゼとして,第一世代のジンクフィンガーヌクレアーゼ(zinc finger nuclease: ZFN),第二世代のTALエフェクターヌクレアーゼ(transcription activator-like effector nuclease: TALEN),第三世代のCRISPR-Cas9(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats, CRSPR-Associated Proteins 9)がある.ZFNとTALENは,DNA結合ドメインが特定のDNA配列を認識し,制限酵素FokIの二量体形成によりDSBを引き起こす.CRISPR-Cas9は,ガイドRNA(gRNA)が結合したDNA部位とPAM(protospacer adjacent motif)配列をCas9が認識し,DSBを引き起こす.CRISPR-Cas9はgRNAの配列を変更するだけで様々な遺伝子座にDSBを引き起こすことが可能である.ヌクレアーゼにより生じたDSBは,非相同組換え(non-homologous end joining: NHEJ)または相同組換え(homology directed repair: HDR)により修復される.NHEJでは,適切なDNAテンプレートが無い場合,DSBに欠失や挿入を生じる.DNAテンプレートが存在した場合には,NHEJ部位にノックインが起こる.一方,HDRでは修復のためのテンプレートDNAが存在すると,これを鋳型とした精度の高い修復が行われる.この修復過程を経ることからHDRはNHEJよりも効率が悪い.

2)血友病ゲノム編集治療

血友病に対するゲノム編集治療臨床試験はすでに実施されており,2018年にSangamoがZFNを利用した血友病Bに対するゲノム編集治療第I/II相試験が開始した(NCT02695160).2種のZFNとF9ドナーテンプレートをそれぞれ搭載したAAV6ベクター(SB-FIX)を3コホートで12名が治療を受けた.内在性アルブミンプロモーター制御下でのFIX発現を実現するため,アルブミン遺伝子のイントロン1の下流にF9が挿入されるようにZFNとDNAテンプレートが設計されている.この臨床試験の成績は未だ公表されていないが,非ヒト霊長類での前臨床試験において20~50%程度のFIX発現を実現させた10.Sangamoは現在,in vivo送達を上昇させる第2世代ZFNを開発し,SB-FIXの臨床研究を検討している.

ZFNによるゲノム編集治療に追随するのは,ゲノム編集効率が良好なCRISPR-Cas9と考えられるが,まだ臨床試験には達しておらず,前臨床試験が実施されている.我々は,SaCas9(Staphylococcus aureus Cas9)をAAVベクターに搭載し,ほぼ全ての肝実質細胞にCas9が発現可能なこと,FIXcDNAのノックインにより血友病Bマウスの出血が改善することを明らかにした11.この方法はCas9とF9テンプレートの両方をAAV8ベクターに搭載する,デュアルAAVベクターシステムである.Intellia TherapeuticsとApplied Stem Cellはそれぞれ,F9テンプレートを搭載したAAVベクターと脂質ナノ粒子でカプセル化したCas9を投与する,シングルAAVベクターシステムを利用し,非ヒト霊長類を用いた前臨床試験を実施している.

5.レンチウイルスベクターを用いたex vivo血友病遺伝子治療

3番目の血友病遺伝子治療法は,遺伝子挿入型レンチウイルスベクターを用いて自己造血幹細胞へ治療遺伝子を導入し,遺伝子発現細胞を移植するex vivo遺伝子治療である.AAVベクターは非遺伝子挿入型ベクターであるため,細胞分裂中に導入遺伝子が希釈されることから,終末分化した長命の細胞でのみ安定発現が実現する.これは患者が成長するにつれ治療遺伝子の発現レベルが減衰する可能性を示す.標的細胞ゲノムへ治療遺伝子を挿入し分裂後の細胞に治療遺伝子が伝達可能となれば,この問題が解決される.多くのex vivo遺伝子治療研究では,宿主ゲノムに効率よく組み込まれるレンチウイルスベクターを使用している.AAVベクターと比較した場合,レンチウイルスベクターには,1)宿主ゲノム複製時の導入遺伝子希釈の回避,2)NAbs保有率の低さ,3)搭載遺伝子サイズ制限の拡大などの利点がある.

レンチウイルスベクターを利用した臨床試験では,造血幹細胞にF8またはF9ex vivoで遺伝子導入する第I相試験が登録されている(NCT03818763,NCT03961243,NCT03217032).動物モデルにおいてはインヒビター保有に対する治療効果も明らかとなっているex vivo治療法で12,前者は血小板を標的とし,後者2つは間葉系幹細胞を標的細胞としている.最近,Expression Therapeuticsが申請していた改変型キメラFVIII遺伝子(ET3)を搭載したレンチウイルスベクターによるex vivo遺伝子治療臨床試験がFDAに承認された.造血幹細胞へET3を導入し,単球を発現標的細胞としてインヒビター保有血友病A患者への展開も視野に入れた臨床試験である(NCT04418414).これら造血幹細胞移植によるex vivo遺伝子治療では,被験者には一時的な免疫抑制が必要となる.

6.おわりに

血友病遺伝子治療は大きな進歩を遂げ,非常に有望な治療法となった.近い将来,血友病に対するAAVベクター治療薬が間もなく市場に投入されると考えられる.現在のところ,NAbs保有の面から全ての患者が対象となるわけではない.また,これまで報告されたNAbs保有率などについても,地域差や測定系の違いで著しく異なる可能性がある.現在臨床開発されている全ての血清型NAbsを比較できるような標準化されたNAbs測定系の構築が必要と考えられる.最近,脊髄性筋萎縮症に対するAAVベクター治療薬ゾルゲンスマが日本国内において薬価1億6千万円で承認された.血友病に対するAAVベクター治療薬についても同程度の価格設定が予測される.一時的にも高額な医薬品費を国民皆保険制度で補償するには,社会全体の理解が必要である.研究者や製薬企業においては,薬価の減額を可能とし,全ての患者を治療の対象にできるような革新的技術開発を推進すべきである.また,一般社会への難治性疾患に対する遺伝子治療薬を認知させるためにも,研究者や医療者側からのアウトリーチ活動も重要となる.

著者全員の利益相反(COI)の開示:

大森司:研究費(受託研究,共同研究,寄付金等)(田辺三菱製薬株式会社,ノボノルディスクファーマ)

柏倉裕志:本論文発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし

文献
 
© 2021 The Japanese Society on Thrombosis and Hemostasis
feedback
Top