Japanese Journal of Thrombosis and Hemostasis
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Reviews: Cutting-edge approaches for the treatment of ischemic stroke
Development and clinical application of regeneration-inducing HMGB1 peptide drug
Katsuto TAMAI
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2021 Volume 32 Issue 3 Pages 289-295

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Abstract

損傷組織の再生は,各組織に内在する組織幹細胞の量的・質的活性状態に依存する.例えば胎児皮膚には豊富な表皮幹細胞や間葉系幹細胞が存在するため,胎児皮膚を切開しても出生時には傷跡が残らないことが知られている.即ち豊富かつ機能的な組織幹細胞の存在は損傷組織の修復過程で組織発生プロセスを再現する,いわゆるre-generation(再生)を可能とし,結果として傷跡は肉眼的に認識できないレベルまで修復される.我々は,損傷組織内の壊死細胞から放出される核タンパクhigh mobility group box 1(HMGB1)が末梢循環を介して骨髄由来間葉系幹細胞を損傷組織内に集積させて,非瘢痕性機能的組織再生を誘導していることを見出した.現在,HMGB1の骨髄間葉系幹細胞動員活性ドメインペプチドを利用して,劣性栄養障害型表皮水疱症,急性期脳梗塞,変形性膝関節症,慢性肝疾患の患者を対象とした臨床試験が進行している.本稿では,その開発の経緯と現状をまとめるとともに,将来の再生誘導医薬の可能性を展望する.

1.瘢痕性非機能的組織修復と非瘢痕性機能的組織再生

受精卵から外胚葉,中胚葉,内胚葉を経て個体が形成される過程は,各胚葉から発生する胚葉特異的幹細胞が時間的・空間的制御下で固有の臓器・組織を形成するプロセスである.これらの幹細胞は,いわゆる組織幹細胞としてそれぞれの臓器,組織の構造と機能維持に必要な細胞を供給し続けることにより,生体の恒常性を生涯にわたり維持している.

近年,組織幹細胞の幹細胞性(自己複製能と分化能)は,その幹細胞を取り巻く生体微小環境により維持されていることが明らかとなった1, 2.幹細胞ニッチと呼ばれる微小環境は,細胞成分,マトリックス成分,液性因子などから構成され,例えば骨髄内造血幹細胞の維持にはCXCL12-abandant reticular cell(CAR cell)と呼ばれる間葉系細胞が幹細胞ニッチとして寄与していることが知られている1.また皮膚の表皮幹細胞や毛包幹細胞の維持には基底膜を挟んで相対している真皮内間葉系細胞との相互作用が不可欠である.胎児皮膚真皮内には豊富な間葉系細胞が存在しており,表皮幹細胞を活性化して急激な体表面積の増加に耐えうる潤沢な表皮細胞供給を維持するとともに,毛包や汗腺といった皮膚付属器の発生を誘導する.胎児皮膚は生検等により組織障害が生じても線維性瘢痕を形成せずに皮膚付属器を伴う機能的皮膚を再生することが知られており,発生過程を再現する非瘢痕性機能的組織再生能を保持している.一方出生後の皮膚は身体の成長と共に次第に容積当たりの表皮幹細胞,間葉系細胞はその数を減少し,その結果損傷時には毛包や汗腺組織は再生されず,結果として欠損組織を線維性瘢痕組織で充填する,瘢痕性非機能的組織修復機転をとる.即ち,損傷組織の機能的再生を可能にするためには失われた組織幹細胞と幹細胞ニッチ両者の再生が必要であり,その意味において,過去の再生医療で試みられてきた培養幹細胞移植治療のみでは非瘢痕性機能的組織再生が困難であることは明白である.

図1

表皮水疱症患者皮膚における表皮幹細胞再生メカニズム仮説

繰り返す表皮剝離による表皮幹細胞喪失にもかかわらず維持される表皮再生能から,表皮幹細胞それ自体の再生メカニズムの存在が想起された.

一方,組織幹細胞とそれらを取り巻くニッチ環境は,種々の病態に伴って破綻し,結果として各臓器の構造,機能の異常,ひいては生体恒常性維持機能が破綻し,生命予後にも少なからず影響を与えることとなる.例えば,遺伝性皮膚疾患である表皮水疱症患者では,基底膜を介した表皮と真皮の接着に必要不可欠な接着構造分子群の遺伝子異常により,生直後から表皮剝離を繰り返して全身熱傷様皮膚症状を来す3, 4.中でも劣性栄養障害型表皮水疱症の患者皮膚では,皮膚基底膜と真皮間を接着するVII型コラーゲンが遺伝的に欠損ないし機能破綻しており,連日多量の表皮幹細胞を剝離表皮と共に失う結果,表皮幹細胞は顕著に減少の一途をたどる2.かろうじて残存している表皮幹細胞は潰瘍面への表皮細胞供給を担保するために恒常的に高頻度の分裂を余儀なくされ,次第にDNA複製エラーが細胞増殖関連遺伝子に蓄積する結果,30歳代から高頻度に皮膚有棘細胞癌を合併し,このことが劣性栄養障害型表皮水疱症患者生命予後悪化の主要な原因となっている.さらに,基底膜直下で生じる表皮剝離は真皮組織を露出させ,慢性的に持続する真皮内炎症反応が瘢痕組織形成を誘導する結果,手指は棍棒状に癒着し,また真皮内の毛包,汗腺といった皮膚付属器構造は萎縮・消失する結果,皮膚は再生能力のみならずその機能をも喪失する.これらの病態進行を抑制して機能的な組織再生を可能にするためには表皮幹細胞とニッチ細胞である真皮内間葉系細胞両者の再生を実現する方法論の開発が必要である.

図2

幹細胞ニッチによる組織恒常性維持機構

組織幹細胞は,生涯にわたり自己複製能と分化能で臓器・組織の恒常性を維持している.その幹細胞性は幹細胞を取り巻く微小環境に存在する組織幹細胞ニッチにより維持されている.

2.HMGB1の骨髄間葉系幹細胞動員活性

上述したように,劣性栄養障害型表皮水疱症患者では生直後から生涯にわたり広範囲の表皮剝離を連日繰り返し,真皮は著明な瘢痕組織に置換される結果,患者は次第に表皮幹細胞とそのニッチ細胞である線維芽細胞を消失する.しかし,重症劣性栄養障害型表皮水疱症患者の皮膚は,全身皮膚の広範囲が表皮剝離を繰り返し,真皮は瘢痕組織で置換されているにも関わらず剝離表皮の再生能が維持されている.この臨床的観察事実は,表皮水疱症患者皮膚では組織幹細胞とそのニッチ細胞である線維芽細胞それ自身の再生機序が機能していると考えなければ説明がつかない.そこで我々は,組織幹細胞が大量に消失した際,失われた組織幹細胞とそのニッチ構造を再生させて臓器・組織の恒常性を維持する生体内メカニズムが存在すると予想し,表皮水疱症マウスモデルを用いてその仮説検証研究を進めてきた.その結果,表皮水疱症の剝離表皮内壊死細胞から放出される核タンパクhigh mobility group box 1(HMGB1)が末梢循環を介して骨髄内PDGFRα陽性間葉系細胞を活性化し血中へと動員すること5,HMGB1は同時に骨髄由来末梢循環性間葉系間細胞の表面にケモカインCXCL12(SDF-1α)の受容体CXCR4発現を誘導すること6,一方壊死組織周囲の低酸素刺激を受けた血管内皮細胞はSDF-1αを発現し,CXCR4陽性末梢循環間葉系幹細胞を壊死組織周囲に特異的に集積させること7,皮膚に集積した間葉系幹細胞は内在する抗炎症作用,抗線維化・線維溶解作用により真皮内の表皮幹細胞ニッチ微小環境を再生し,かつ残存表皮幹細胞を活性化する結果,表皮水疱症剝離表皮の再生が促進されることが明らかとなった 58.さらに,GFPトランスジェニックマウス骨髄細胞からPDGFRα陽性間葉系細胞を分離し,致死量放射線照射したマウスに移植した後,このGFPトランスジェニック間葉系細胞移植マウス背部皮膚にVII型コラーゲン完全欠損マウス(劣性栄養障害型表皮水疱症モデルマウス)皮膚を移植し,その剝離表皮再生過程におけるHMGB1誘導性PDGFRα陽性間葉系細胞の寄与について評価した.その結果,移植した表皮水疱症マウス皮膚に集積したGFP陽性(PDGFRα陽性)間葉系細胞の一部は表皮細胞へと形質転換し,剝離表皮の再生に直接寄与していることが明らかとなった5.これらGFP陽性表皮細胞は観察し得た半年以上にわたり表皮細胞を供給し続けたことから,骨髄間葉系細胞由来表皮細胞は表皮幹細胞を含んでいることが強く示唆された5.即ち,表皮水疱症剝離表皮内の壊死細胞から血中に放出されたHMGB1は外胚葉組織である表皮細胞への分化能をも併せ持つ骨髄内間葉系幹細胞を末梢循環を介して壊死表皮周囲に誘導し,表皮幹細胞ニッチ及び表皮幹細胞両者の再生を誘導することにより,表皮水疱症患者における剝離表皮再生機序を維持している可能性が初めて示された.

図3

生体組織の非瘢痕性機能的組織再生誘導機構

表皮水疱症皮膚のような重度組織障害時に壊死組織から放出される核タンパクHMGB1は骨髄内間葉系幹細胞を活性化して血中動員し,壊死組織周囲への集積を誘導して組織再生能を維持している.

3.再生誘導医薬HMGB1ペプチドの開発

表皮水疱症マウスを用いた基礎研究から,HMGB1の持つ骨髄間葉系幹細胞血中動員活性を利用して組織幹細胞と幹細胞ニッチの同時再生を可能にする非瘢痕性機能的組織再生誘導医薬開発の可能性が示された.HMGB1は約40年前に同定された,細胞内に普遍的かつ潤沢に存在する核タンパクである9.HMGB1はA-boxとB-boxの二つのDNA結合ドメイン構造で構成され,ヒストン上にあるDNAに結合するとヌクレオソーム構造を弛緩させ,DNA結合タンパクの標的DNAへの結合を促進し,そのDNA領域におけるmRNA転写や遺伝子修復機構を活性化する核内シャペロンタンパクとして機能している9.一方,壊死細胞から細胞外に受動的に放出されたHMGB1は,壊死組織由来DNA断片やヒストンタンパクと結合すると樹状細胞やマクロファージの持つTLRや終末糖化産物受容体RAGEへの結合を介して自然免疫を活性化し,壊死組織に好中球やマクロファージの集積を誘導することにより,壊死組織の除去反応を促進する10, 11.またウイルスや細菌感染組織では,TLR刺激により活性化された樹状細胞やマクロファージからHMGB1が能動的に分泌され,ウイルス由来核酸や細菌由来LPSと結合すると上述した機序でより強く自然免疫が活性化され,感染組織の除去反応が促進される.壊死組織や感染組織が除去された後は残存組織幹細胞や間葉系ニッチ細胞が活性化し,損傷組織の修復機序が回復する.しかし,組織幹細胞や間葉系ニッチ細胞が大量に死滅する広範囲壊死が生じた際には,壊死組織から大量放出されたHMGB1が骨髄由来間葉系細胞を壊死組織周囲に誘導することにより幹細胞ニッチ機能を回復し,さらに一部の間葉系細胞は間葉-上皮転換機序により上皮幹細胞へと形質を転換することにより,組織幹細胞を喪失した上皮組織の再生を可能にしている.即ちHMGB1は核内,組織内,さらには全身性に生体組織の恒常性維持のために機能する極めて重要な生体タンパクであり,そのことはHMGB1がアミノ酸配列レベルでマウスからヒトまで98%(機能ドメインは100%)保存されていることからも支持される12

図4

HMGB1による生体内恒常性維持機構

核内でDNA結合タンパクとしてクロマチン構造やDNAの恒常性維持に寄与しているHMGB1は,損傷組織内の壊死細胞から受動的に放出され,あるいは感染組織の免疫細胞から能動的に放出されると,自然免疫を活性化して組織のリモデリングを誘導するとともに,末梢循環を介して骨髄間葉系幹細胞を壊死組織周囲に誘導し,壊死組織の再生を促進することで,生体内の恒常性を維持している.

図5

HMGB1の骨髄間葉系幹細胞動員活性を利用した医薬開発

HMGB1の骨髄間葉系幹細胞動員活性ドメインペプチドを用いた再生誘導医薬開発が進行している.

HMGB1と骨髄間葉系幹細胞のクロストークによる剝離表皮再生誘導機序の発見を背景として,我々は表皮水疱症患者皮膚をはじめとする生体内損傷組織の非瘢痕性機能的再生誘導医薬として,HMGB1創薬を開始した.しかし,前述したようにHMGB1は壊死組織由来因子やウイルス・細菌由来因子と結合すると自然免疫を強く活性化するため,特に感染を伴う損傷組織はで強く炎症反応を喚起して組織障害を増悪させる可能性が懸念されていた.そこで,HMGB1の骨髄間葉系幹細胞血中動員活性ドメイン(KOI2ドメイン)の同定を進め,KOI2ドメインが過去に報告されていたHMGB1のTLR活性化ドメイン,RAGE活性化ドメインと異なる領域に存在することが明らかになったことから,KOI2ドメインの化学合成ペプチドを作成し,その薬理作用を検証した.その結果,KOI2ドメインHMGB1ペプチド(以下HMGB1ペプチド)はマクロファージ活性化作用を持たないこと,静脈内投与によりPDGFRα陽性間葉系細胞の血中動員および損傷組織への集積を促進すること,表皮水疱症モデルマウス,脳梗塞モデルラット(中大脳動脈再灌流/完全閉塞モデル)に対する有意な治療効果が得られること,さらにげっ歯類,ウサギ,サルを用いた毒性試験で治療用量の安全性が確認されたことから,健常人を対象とした安全性確認のための第I相医師主導治験(プラセボ対照2重盲検試験)を実施した.具体的には,0.5,1.0,1.5,3.0,5.0 mg/kg/100 mL生理食塩水の各用量HMGB1ペプチドまたは100 mL生理食塩水(プラセボ)をそれぞれ6名および2名の健常成人男性に30分かけて点滴静注し,HMGB1ペプチドのヒトへの投与の安全性が確認された.また,治験参加者から得た末梢血中の間葉系細胞をフローサイトメトリーを用いて定量的に解析した結果,HMGB1ペプチドが投与された被験者で特異的に末梢血間葉系細胞が増加することが明らかとなり,HMGB1ペプチドの間葉系細胞動員効果がヒトでも確認された.

図6

HMGB1ペプチド投与による表皮水疱症皮膚再生誘導メカニズム

HMGB1ペプチド静脈内投与により血中動員された間葉系幹細胞は表皮水疱症の難治性皮膚潰瘍周囲に集積し,抗炎症作用,抗線維化作用,表皮幹細胞再生作用により難治性皮膚潰瘍の再生を誘導する.

第I相医師主導治験でHMGB1ペプチドの忍容性と間葉系細胞血中動員作用が確認されたことを受けて,2019年12月より劣性栄養障害型表皮水疱症患者を対象とした第II相医師主導治験を実施した.具体的には,9名の劣性栄養障害型表皮水疱症患者に対し,1.0 mg/kgのHMGB1ペプチドを1か月間,計10回点滴投与し,全身皮膚病変面積(水疱,びらん,潰瘍面積の総和)のベースライン(投与2か月前,1か月前,投与日の3点の病変面積)に対する変化率を投与終了時点から半年間評価した.その結果,HMGB1ペプチド投与終了半年後に有意な病変面積縮小効果が確認され,またHMGB1ペプチド投与に起因する有害事象は認めなかったことから,令和3年3月現在,HMGB1ペプチドはライセンスを受けた塩野義製薬が薬事承認申請に向けてPMDAと協議を進めている.また,急性期脳梗塞モデルラットでのHMGB1ペプチドの有効性が確認されたことから,塩野義製薬は急性脳梗塞患者を対象とした第II相企業治験を開始している.さらに,大阪大学心臓血管外科学講座(澤芳樹教授)弘前大学整形外科学講座(石橋恭之教授),新潟大学消化器内科(寺井崇二教授)との共同研究により,HMGB1ペプチドが慢性心筋梗塞ラットモデル,拡張型心筋症自然発症ハムスターモデル,膝軟骨損傷ラットモデル,肝硬変マウスモデルでの有効性が明らかとなったことを受けて,現在弘前大学で変形性膝関節症患者を対象とした第II相医師主導治験,新潟大学では肝臓の線維化を伴う慢性肝疾患患者を対象とした第II相医師主導治験が進行中である.

4.医学領域における再生誘導医学の展望

生まれたその日から生涯にわたり表皮幹細胞と真皮幹細胞ニッチを失い続ける劣性栄養障害型表皮水疱症患者の表皮再生能維持メカニズム解明研究から再生誘導医薬という新しい創薬概念が創出され,表皮水疱症のみならず,脳神経疾患,心疾患,肝疾患,軟骨疾患など,これまで治療が困難であった多くの難病に対する新たな治療薬の開発が進行しつつある 13, 14.その一方で,HMGB1による骨髄間葉系幹細胞活性化メカニズム,骨髄由来間葉系幹細胞による非瘢痕性機能的組織再生誘導メカニズムの分子基盤については,未だその詳細は不明である.これら生体における損傷組織の再生誘導メカニズムは,おそらく生理的環境下における組織幹細胞とそのニッチ環境の恒常性維持メカニズムと分子基盤を共有していることが容易に予想される.また,間葉系幹細胞を用いた再生医療で示されている抗炎症作用,抗線維化作用,幹細胞活性化作用は15,とりもなおさず生体内における間葉系幹細胞の幹細胞ニッチ環境形成機能を反映している可能性がある.さらに,骨髄内のみならず末梢組織においても間葉系細胞は免疫系細胞とのクロストークにより炎症・免疫反応を抑制的に制御している可能性があり,実際,骨髄由来間葉系幹細胞は骨髄移植や輸血後の移植片対宿主反応(GVHD)に対する治療に応用されている.再生誘導医学の進展により,生体組織の恒常性維持メカニズムの理解に新たな展開が得られるとともに,非瘢痕性機能的組織再生を可能にする新たな医療創出が可能になると期待する

著者の利益相反(COI)の開示:

エクイティ(株など)(ステムリム創業者),研究費(共同研究)(ステムリム),企業などが提供する寄附講座(塩野義製薬)

文献
 
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