2021 Volume 32 Issue 5 Pages 600-606
COVID-19感染妊婦に関する海外の系統的レビューでは,7~10%がICUに入院し,母体死亡率は1%前後,新生児死亡率は1%以下であったが,わが国では感染者数および重症者数は少なく,家庭内感染が最多であった.海外の報告では,妊婦のCOVID-19重症化と関連しているのは,高年齢,肥満,慢性高血圧,糖尿病などであった.COVID-19は凝固障害をきたすので,妊婦ではDダイマー,血小板数,FDPs,フィブリノゲンなどを定期的に測定する.妊婦を敢えて特別扱いする必要はないが,妊婦は過凝固状態であるためCOVID-19に罹患すると一層静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism: VTE)リスクは高くなる.VTEリスクを充分に評価したうえで,理学的予防法やヘパリンによる抗凝固療法を行う.抗凝固療法としては海外では低分子量ヘパリンが推奨されているが,日本ではVTE予防に適応がないため,未分画ヘパリンを使用する.
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)はCOVID-19(coronavirus disease 2019)を引き起こすが,2021年9月10日までに世界中で2億2,300万人以上が感染し,460万人以上が死亡している(https://extranet.who.int/kobe_centre/ja/covid).海外では「重症例では血中Dダイマー値が高値を示す1)」あるいは「重症例では静脈血栓塞栓症(VTE)を合併しやすい2)」と報告されている.一方,日本ではCOVID-19患者における血栓症を対象とした大規模な2つのアンケート調査(日本静脈学会・肺塞栓症研究会による合同のアンケート調査3, 4),日本血栓止血学会・日本動脈硬化学会・厚生労働省研究班による合同アンケート調査5))が実施されている.これらのアンケート調査からは,現在日本ではVTEと診断され臨床的にVTEと認知されている症例の割合は諸外国の報告に比しかなり低率であるが,重症例では相応数の症例が存在する可能性が示唆された.軽症症例ではVTE発症は極めて低かったが,重症例では40%4),13.2%(動脈血栓症も含む)5)であり,VTE発症には肥満,高血圧,糖尿病,脂質異常症,高尿酸血症などを併存する重症例が多かった3).しかし,これらの調査では妊婦の報告例はなかった.
妊産婦は,元来血液が固まりやすくなっており,血栓症が発症しやすい状況にある.それに加えて,妊娠悪阻による脱水や切迫早産などでの長期安静臥床によって,さらにVTEが発症しやすくなる.また,COVID-19重症例では,肺炎による呼吸不全の治療のためさらに安静臥床が必要になり,VTEを合併するリスクは高くなる.COVID-19感染妊婦の分娩方法は,経腟分娩では分娩時間が長くかかることと共に,陣痛発作時の怒責の際の呼吸でエアロゾルが起こりやすいため,院内感染防止の観点から,わが国では原則帝王切開とすることになっている.このため,さらにVTEを合併するリスクが高くなるので,VTE発症に注意する必要がある6).本稿では,国内外におけるCOVID-19感染妊婦の状況と妊婦における凝固学的特徴や管理方法を解説する.
海外における77の研究のメタアナリシス7)では,全体のほぼ10%が入院し,臨床症状は発熱(40%)と咳(39%)が多かった.妊婦は非妊婦に比しICUへの入院(オッズ比1.62,95%信頼区間1.33~1.96),人工呼吸(1.88,1.36~2.60)が有意に高く,73人の妊婦(26の研究,11,580人)が死亡した.高年齢(1.78,1.25~2.55),肥満(2.38,1.67~3.39),慢性高血圧(2.0,1.14~3.48)と糖尿病(2.51,1.31~4.80)はCOVID-19重症化と関連しており,これらの合併症はICUへの入院(4.21,1.06~16.72)と人工呼吸(4.48,1.40~14.37)のリスク因子であった.早産率は6%で,非感染妊婦に対しオッズ比3.01(1.16~7.85)であった.新生児の25%は,新生児部門に入院し,入院リスクはオッズ比3.13(2.05~4.78)と高かった.
また,最近の英国における全国コホート研究(2020年5月29日から2021年1月31日)では,単胎児を出産した342,080例のうち3,527例がCOVID-19感染妊婦で,感染妊婦は非感染妊婦に比し,胎児死亡(調整オッズ比2.21,95%信頼区間1.58~3.11,P<0.001),早産(2.17,1.96~2.42,P<0.001),妊娠高血圧腎症・子癇(1.55,1.29~1.85,P<0.001),緊急帝王切開(1.63,1.51~1.76,P<0.001),出産後の長期入院(1.57,1.44~1.72,P<0.001)のリスクが有意に高かった.感染妊婦から出生した新生児は,新生児有害転帰リスク(1.45,1.27~1.66,P<0.001),新生児専門医療の必要性(1.24,1.02~1.51,P=0.03),出生後の新生児入院期間延長(1.61,1.49~1.75,P<0.001)がいずれも有意に高かった8).
上記のようにCOVID-19感染妊婦は,母体および胎児ともにいくつかの合併症リスクが高くなる.VTEに関しては,肥満(BMI=35),2型糖尿病,尿細管アシドーシス,喘息およびビタミンD欠乏症を合併した英国在住の29歳パキスタン人女性および特に合併症のない22歳のイラン人女性の血栓症死亡例の報告がある.前者は,妊娠29週にCOVID-19で入院,抗菌薬投与と低分子量ヘパリン(LMWH)であるエノキサパリンによるVTE予防が開始された.妊娠31週にCOVID-19重症化のため帝王切開を受けたが,術後5日目に右肺下葉肺塞栓症と脳底動脈血栓症を発症し,その後死亡したものである9).後者は,妊娠30週に意識消失と呼吸不全で入院,広範な肺塞栓症と胎児死亡が確認され,種々の治療にも反応せず,入院翌日に児を娩出することなく死亡した.入院時Dダイマーは3 μg/mL以上に増加,フィブリノゲン値0.81 g/Lに減少しており,翌日にはPT 69秒,PT-INR 5.6,APTT 82秒,血小板数103×109/Lと凝固異常を呈していた10).他にもイタリア人の17歳の肥満妊婦(BMI=32)が妊娠29週に肺塞栓症を発症したが,直ちに抗凝固療法を行い,緊急帝王切開により母児共に救命された報告がある.この救命例は,入院時Dダイマー1.64 μg/mL,フィブリノゲン値6.02 g/L,PT 10.9秒,APTT 31.8秒,血小板数300×109/Lと正常範囲内であった11).これらの症例報告からもCOVID-19重症例が肺塞栓症を発症した場合の救命は困難のようである.
日本産婦人科医会では,2020年6月末までの段階における妊産婦や産婦人科医師などの感染者数や各施設の院内感染防止のための取り組みの実態を調査する目的でアンケート調査を行った(7月11日から8月11日に実施).対象は分娩取扱い医療機関2,185施設で,1,418施設(回収率65%)から回答を得た.結果の概要を下記に示す12).
・外来・入院中の医療者の感染対策として,マスク装着は約80%,ガウン・ゴーグル・手袋装着は50%以下であった.
・院内感染は58施設(4.1%)で発生しており,そのうち産婦人科内での発生は9施設(0.6%)あった.
・産婦人科内での院内感染は,他科病棟からの波及,医師・職員を介した発生であった.
・院内感染は,多くの患者が出入りする施設ほど発生率は高く,院内感染のあった施設ではCTやPCR検査が多く実施されていた.
・院内感染防止には有症状患者のピックアップと標準的予防策が重要である.感染拡大局面においては,有症状患者と無症候患者を施設で分ける策も有用な可能性がある.
・2020年6月末までの6ヶ月間に,72人の陽性妊産婦[有病率0.02%:72/305,722(半年の報告施設の分娩数)]の報告があった.
・妊産婦の感染経路は,家庭内感染が57%と最多であった.
・無症候妊産婦のユニバーサルスクリーニング実施施設における検査陽性率は0.03%(2/7,428)であり,有病率とほぼ同等であった.
・一次施設は有症状者を感染症対応施設に紹介することで結果的に院内感染が防御できていた.
・陽性妊産婦の81%(58/72)が有症状であり,その71%(41/58)には発熱があった.
・妊産婦死亡事例は1例発生(外国人旅行者)したが,わが国で妊娠管理中の妊産婦に発生はなかった.
・有症状の妊婦の17%(10/58)に酸素投与,2%(1/58)に人工呼吸器が必要であった.酸素投与を要する有症状の妊産婦は,妊娠後半・産褥期には37%(7/19)であり,妊娠初期・中期(8%:3/39)に比べて有意に多かった.
・出生児への感染の報告は無かった.
以上の結果より,わが国の妊産婦のCOVID-19有病率は約0.02%(1:5000)と少なく,肺塞栓症の報告もみられていない.しかし,妊娠後期の妊婦は重症化しやすく,感染予防に特に気を配る必要がある.症状のある妊婦に確実に速やかにPCR検査が実施できる体制の整備が必要であり,陽性の場合は治療を速やかに行うことが重要である.
国際血栓止血学会(ISTH)のWomen’s Health Issues in Thrombosis and Hemostasis小委員会が2,567人の妊婦に関する系統的レビューとメタアナリシスを行ったところ,7~10%がICUに入院し,母体死亡率は1%前後,新生児死亡率は1%以下であった.COVID-19関連凝固障害は播種性血管内血液凝固症候群(DIC)とVTEに特徴づけられるが,DICを来した非妊婦のCOVID-19感染者では,フィブリノゲンおよびDダイマー高値が著明である.感染者の血液凝固マーカーの変動と入院患者の管理法に関するISTHガイダンスおよびエキスパート意見はすでに公表されているが(表113)),妊婦における凝固学的特徴や管理方法に関する指針はまだない.そこで,上記小委員会が妊婦のCOVID-19凝固障害のためのガイダンスを作成したので紹介する13).なお,現在,COVID-19関連凝固障害および妊婦管理における国際レジストリが行われている.
パラメータ | 正常範囲 | COVID-19感染者の特徴 | 暫定的ISTHガイダンスおよびエキスパート意見a,b,c |
---|---|---|---|
PT | 9.9~13.1秒 | 非生存者では50%延長し,生存者の7%延長に比しp<0.001d | ・COVID-19感染者では,必ず測定する ・もし,PTが延長していれば入院させる ・すべての入院患者では,PTは少なくとも1日1~2回測定するb ・出血患者(COVID-19感染者ではまれ)では,PT比<1.5に維持する |
APTT | 24~36秒 | 入院時には有意差はないが,入院4日目にPTは有意に延長するのに対し,APTTは延長しないe | |
Dダイマー | 0~0.5 μg/mL | ・>0.5 μg/mLは重症と関連f ・重症では軽症に比し有意に増加g |
・COVID-19感染者では,必ず測定する ・もし,増加していれば入院させる ・すべての入院患者では,少なくとも1日1~2回測定するb |
血小板数 | 150~450×109/L | ・<100×109/Lは重症と関連するd,g,h ・重症患者における血小板数増加はサイトカインストームによるi,j |
・COVID-19感染者では,必ず測定する ・もし,<100×109/Lなら入院させる ・すべての入院患者では,少なくとも1日1~2回測定するb ・出血患者(COVID-19感染者ではまれ)では,>50×109/Lに維持する |
フィブリノゲン | 2~4 g/L | 入院時>4 g/Lは生存者と非生存者で有意差があるd,e | ・COVID-19感染者では,必ず測定し,>2 g/Lなら入院させる ・すべての入院患者では,少なくとも1日1~2回測定するb ・出血患者(COVID-19感染者ではまれ)では,>2 g/Lに維持する |
FDPs | 増加d,k | ||
VTEリスク | ICU入院患者のVTE発症率 28/184(27%)l,m 35/75(47%)n,o 64/150(42%)p 8/48(16.7%)q |
・禁忌(出血患者,血小板数<25×109/L.ただし,PT・APTT異常値は禁忌ではない)がない限り,軽症者を含むすべての入院患者に予防的低分子量ヘパリン投与を行う ・急激な呼吸障害やDダイマー高値はVTEを考慮する ・VTEを評価するために,CTや下肢超音波検査を考慮する |
PT:prothrombin time(プロトロンビン時間).APTT:activated thromboplastin time(活性化部分トロンボプラスチン時間).FDPs:fibrin degradation products(フィブリン分解産物).VTE:venous thromboembolism(静脈血栓塞栓症).
a: Levi M, et al. Lancet Haematol 7(6): e438–e440, 2020. b: Thachil J, et al. J Thromb Haemost 18(5): 1023–1026, 2020. c: Spyropoulos AC, et al. J Thromb Haemost 18(8): 1859–1865, 2020. d: Tang N, et al. J Thromb Haemost 18: 844–847, 2020. e: Fogarty H, et al. Br J Haematol 189(6): 1044–1049, 2020. f: Guan WJ, et al. N Engl J Med 382(18): 1708–1720, 2020. g: Huang C, et al. Lancet 395: 497–506, 2020. h: Lippi G, et al. Clin Chim Acta 506: 145–148, 2020. i: Kobayashi T. J Obstet Gynaecol Res 40: 1500–1506, 2014. j: Qu R, et al. J Med Virol 92(9): 1533–1541, 2020. k: Wang D, et al. JAMA 323(11): 1061, 2020. l: Klok FA, et al. Thromb Res 191: 145–147, 2020. m: Klok FA, et al. Thromb Res 191: 148–150, 2020. n: Middeldorp S, et al. J Thromb Haemost 18(8): 1995–2002, 2020. o: Tang N, et al. J Thromb Haemost 18(5): 1094–1099, 2020. p: Helms J, et al. Intensive Care Med 46(6): 1089–1098, 2020. q: Lodigiani C, et al. Thromb Res 191: 9–14, 2020.
表213)に正常妊婦およびCOVID-19感染妊婦の血液凝固マーカーの変動を示すが,血液凝固マーカーの特徴は下記の通りである.
パラメータ | 正常範囲(正常妊婦) | 非妊婦 | COVID-19感染妊婦の変化 | 予後マーカーの可能性 | 非妊婦重症COVID-19感染者の値 | ||
---|---|---|---|---|---|---|---|
妊娠第3三半期 | 分娩時 | 分娩後 | |||||
PT | 8.5~11.0秒 | 16秒 | ・↑COVID-19凝固障害またはDIC ・分娩後出血 |
有用 | ・3秒延長 ・生存者の3秒に対し,DICによる非生存者の47.6%は>6秒延長 | ||
APTT | 25.5~42.5秒 | 27.0~37.0秒 | ・↑COVID-19凝固障害またはDIC ・分娩後出血 ・消費障害 ・↓血液凝固VIII因子放出 |
有用 | ・5秒延長 | ||
Dダイマー | 0.16~1.7 μg/mL | ・↑COVID-19凝固障害またはDIC ・↑急性相反応物質 ・静脈血栓塞栓症 ・外傷 ・肝疾患,腎疾患 |
有用(重症者および院内死亡:カットオフ値2 μg/mL) | ・非生存者は2.12,生存者は0.61 μg/mL ・DICによる非生存者の86%は>3 μg/mL | |||
血小板数(平均) | 225(57~505)×109/L | 217(63~552)×109/L | 264(91~575)×109/L | 273(111~999)×109/L | ・↓COVID-19凝固障害またはDIC ・↑分娩後出血 ・サイトカイン誘導 |
有用 血小板減少(重症者および院内死亡) |
・非生存者の33%は<100×109/L ・DICによる非生存者の24%は<50×109/L |
フィブリノゲン | 2.48~5.06 g/L | 2.5~4.0 g/L | ・↓COVID-19凝固障害またはDIC ・↑急性相反応物質 ・炎症 ・↓分娩後出血 |
有用 | ・非生存者は5.16,生存者は4.5 g/L(有意差なし) ・DICによる非生存者の29%は<1 g/L | ||
FDPs | <15 μg/mL | 3.09±1.96 μg/mL | ・↑COVID-19凝固障害またはDIC ・急性相反応物質 |
・非生存者は7.6,生存者は4 μg/mL |
PT:prothrombin time(プロトロンビン時間).APTT:activated thromboplastin time(活性化部分トロンボプラスチン時間).FDPs:fibrin degradation products(フィブリン分解産物).DIC:disseminated intravascular coagulation(播種性血管内凝固症候群).
a: Tang N, et al. J Thromb Haemost 18: 844–847, 2020. b: Liu J, et al. Clin Chim Acta 413: 258–261, 2012. c: Reese JA, et al. N Engl J Med 379: 32–43, 2018. d: Ercan S, et al. J Matern Fetal Neonatal Med 28: 983–987, 2015. e: Kobayashi T. J Obstet Gynaecol Res 40: 1500–1506, 2014. f: Qu R, et al. J Med Virol 92(9): 1533–1541, 2020.
・プロトロンビン時間(PT)および活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)
妊娠中は血液凝固因子が増加するため,PTもAPTTも短縮する.したがって,秒よりもPT比およびAPTT比が有用で,共に>1.5をもって凝固異常とする.なお,PT比は患者のPT(秒)/正常対照のPT(秒),APTT比は患者のAPTT(秒)/正常対照のAPTT(秒)をいう.
・フィブリノゲン値
妊娠中にフィブリノゲンは非常に増加するので,現時点ではCOVID-19感染妊婦の閾値を決めることができない.非妊婦では,入院時のフィブリノゲン値は生存者と非生存者に有意差はない1).しかし,入院の終わり頃では,非生存者のフィブリノゲン値は有意に減少する.低フィブリノゲン血症はCOVID-19感染妊婦2名にみられたが,1例は重症分娩後出血で輸血が行われ,1例は術前のフィブリノゲン濃縮製剤投与で過剰出血は抑えられた.
・血小板数
COVID-19感染妊婦に特徴的な血小板数のデータに明確なエビデンスはないが,<100×109/Lを臨床的閾値と考えている.妊娠時には30×109/L,分娩時には50×109/Lを必要とする.
・Dダイマー
Tangら1)は非妊婦での非生存者は2.12 μg/mL,生存者は0.61 μg/mLだったと報告しているが,正常妊婦では2 μg/mLを超えることもしばしばみられるので,COVID-19感染妊婦の閾値は明らかでない.しかし,正常妊婦上限(1.7 μg/mL)の数倍を超える増加があれば凝固障害を考え,注意深く観察する必要がある.
・フィブリン分解産物(FDPs)
FDPsはCOVID-19感染者の非妊婦非生存者で増加しており,その増加は早期からの病的な兆候と考えられる.正常妊婦では有意な増加はみられないが,分娩や分娩後1週間では著増する.なお,常位胎盤早期剝離,子癇,子宮内胎児死亡,分娩後出血などで増加する.
・DIC
ISTHが作成した妊婦特有のDICスコアは,輸血を必要とする産科出血リスクを判別するのに役立ち,COVID-19感染妊婦にも適用される.
・過凝固状態とVTE
妊娠は過凝固状態にあり,4~6倍もVTEリスクが増加し,分娩後はさらに増加する.妊婦が入院した場合,特に35歳以上,妊娠第3三半期,3日以上の入院などでは,VTEリスクは18倍にも増え,退院後も持続する.したがって,禁忌がない限り,妊婦が入院した場合にはLMWHによる抗凝固療法が推奨されている.通常,LMWHの出血リスクは<2%であり,COVID-19凝固障害患者でも出血リスクの増加は報告されていない.
VTE予防については以下の通りである.
1.COVID-19感染者では,凝固障害およびVTEリスクの増加がみられるので,活動性出血や血小板減少(<30×109/L)がない限り,入院中のすべての妊婦では妊娠中も分娩後も低分子量ヘパリンによるVTE予防を考慮する.もし,病状の悪化により急速遂娩が必要な場合は,症例毎に予防法を考慮する.
2.PT・APTT延長は抗凝固療法の禁忌ではない.
3.抗凝固療法が禁忌の患者には,理学的予防法(間欠的空気圧迫法)を行うべきである.
4.退院に当たっては,退院後の抗凝固療法の期間を決めるために他のVTEリスクを含め注意深くリスク評価を個別に行う.
・それ程重症ではなく,短期間入院で,まだ分娩に至ってない妊婦では,10~14日間のLMWHが適切である.
・特に妊娠第3三半期にDダイマーが非常に高値など重症の場合は,残りの妊娠期間および分娩後にわたりLMWHを継続すべきである.
・分娩後の抗凝固療法の期間は,他のリスク因子,分娩方法,COVID-19感染の重症度,入院期間にもよるが,概ね2~6週間とする.
・重症患者や入院中および退院後に合併症のある患者においては,投与量,投与期間,そして抗凝固薬の種類などは,救急科,血液科,産科などの専門チームで決めるべきである
5.家庭で管理される多くの軽症から中等症の患者のVTEリスク評価は注意深く行われるべきである.軽症患者の場合,水分補給,栄養管理,適度な運動,発熱の制御をしっかり行う.家庭での弾性ストッキング使用も推奨される.LMWHによる抗凝固療法は,不動,高熱,脱水,または妊婦特有のVTEリスクがある場合に考慮されるべきである.
(注)日本では術後を除きVTE予防にLMWHは保険適用されていないので,予防には低用量未分画ヘパリンを使用することを留意されたい.
COVID-19パンデミックの終息にはCOVID-19ワクチンの普及が喫緊の課題であるが,妊婦に対する安全性は確立されてはいない.そこで,予備調査結果ではあるが,米国におけるmRNA(メッセンジャーRNA)COVID-19ワクチンの妊婦投与の結果を紹介する14).これは2020年12月14日から2021年2月28日までの期間に「ワクチン安全性妊娠レジストリ」および「ワクチン有害事象報告制度(VAERS)」に登録されたデータを用いて妊婦のmRNA COVID-19ワクチンの安全性を評価した最初の報告である.注射部位の痛みは非妊婦より多く報告されたものの,頭痛,筋肉痛,悪寒,発熱の報告は少なかった.「ワクチン安全性妊娠レジストリ」に登録された3,958人のうち827人は妊娠が終了したが,115人(13.9%)は流産に終わり,712人(86.1%)は生産であった(大部分は妊娠第3三半期に予防接種を受けていた).新生児の有害事象としては,早産(9.4%),低出生体重児(3.2%)であり,新生児死は報告されなかった.これらの結果はCOVID-19パンデミック以前に報告された結果と変わりなかった.VAERSに報告された221件の妊娠関連有害事象で最も多かったのは自然流産(46件)だった.今回の結果は,mRNA COVID-19ワクチンを接種された妊婦に対して明らかな安全性を示しているわけではないので,今後は妊娠初期に予防接種を受ける多数の女性のフォローアップを含めたもっと長期間のフォローアップが必要である.
妊婦は免疫能が低下しているためSARS-CoV-2に感染すれば重症化することが危惧されるが,海外での報告では重症例は意外に少なく,死亡例は1%前後である.日本ではさらに少なく,妊婦を敢えて特別扱いする必要はないようである.血液凝固の観点からみるとCOVID-19は凝固障害をきたし易いが,妊婦は過凝固状態であるためCOVID-19に罹患すると一層VTEリスクは高くなる.したがって,VTEリスクを充分に評価し,適切なVTE予防を行うことが肝要である.なお,海外ではLMWHによる抗凝固療法が推奨されているが,日本ではVTE予防に適応がないため,未分画ヘパリンを使用することになる.
講演料・原稿料など(日本コヴィディエン株式会社)