2022 年 33 巻 4 号 p. 433-436
近年の創薬研究の対象は,患者数の多い疾患を対象としたブロックバスター領域(高血圧,高脂血症など)から,病因病態がより難解で患者数も少ないアンメットメディカルニーズ領域(がん,中枢神経,難病など)へシフトし,それに伴い低分子医薬品からバイオ医薬品(特に抗体医薬品)へ新薬創出の対象が移ってきている.
抗体医薬品は,疾患関連分子に特異的に結合する抗体を遺伝子組み換え技術などを応用して作製し,医薬品としたものの総称である.1975年にKohlerとMilstein1)によって細胞融合技術を応用したマウスモノクローナル抗体作製技術が報告されて以来,キメラ化,ヒト化抗体,ヒト抗体作製技術,そして大量生産技術など,抗体医薬品は様々な技術革新に支えられて発展してきた2, 3).抗体医薬品の最大の特徴は,可変領域のアミノ酸配列の多様性により多様な標的分子に対して高い特異性と親和性をもって結合する典型的な分子標的医薬品であるという点である.また,元来が生体内分子であることから,高い安全性が期待されるとともに,Fc領域とその受容体を介したリサイクリング機構によって長い血中滞留性を有し,効果の持続性が長いこと,さらに多様な作用機序を付与できることも大きな特徴である4).今日では多くの抗体医薬品が臨床応用されており,近年は広義の抗体医薬品であるFc融合タンパク質も開発されている.
現在,世界中で100品目を超える抗体医薬品が承認され,2021年の抗体医薬品の市場規模は20兆円を超え,適応疾患は当初がんと免疫炎症疾患であったが,近年は感染症や高脂血症などへも広がってきている.血栓止血領域においても新規に開発された国内未承認薬や他疾患の国内承認薬に対して,適応拡大を目的とした企業治験や医師主導治験が実施され,治療選択肢が増えている.本稿では,血栓止血性疾患に対する抗体療法について概説する.表1に以下の各論で解説する抗体医薬品の一覧を示す.
| 疾患名 | 抗体医薬品名 | 抗体医薬品の種類 | 承認年 | コメント |
|---|---|---|---|---|
| 免疫性血小板減少症(ITP) | リツキシマブ | 抗CD20抗体 | 2017年 | 医師主導治験により適用拡大 |
| ロミプロスチム | Fc融合タンパク質 | 2011年 | ||
| 血栓性血小板減少性紫斑病(TTP) | リツキシマブ | 抗CD20抗体 | 2019年 | 医師主導治験により適用拡大 |
| カプラシズマブ | 抗VWF単鎖抗体 | 承認申請中 | 本邦で治験実施済 | |
| 先天性血友病 | Eloctate | Fc融合タンパク質 | 2015年 | |
| Alprolix | Fc融合タンパク質 | 2014年 | ||
| エミシズマブ | バイスペシフィック抗体 | 2018年 | ||
| Concizumab | 抗TFPI抗体 | 未承認 | ||
| 自己免疫性凝固因子欠乏症 | リツキシマブ | 抗CD20抗体 | 未承認 | 保険外使用での有用性の報告多数 |
| 後天性血友病A | エミシズマブ | バイスペシフィック抗体 | 承認申請中 | 本邦で治験実施済 |
* グレー網掛け:国内未承認および承認申請中の薬剤
リツキシマブ(Rituximab)は,Bリンパ球の表面抗原CD20に対するマウス-ヒトキメラ型モノクローナル抗体製剤である.本邦で2001年に低悪性度B細胞性リンパ腫に承認されて以来,B細胞性リンパ腫の治療薬として長年にわたり多くの使用実績がある.また,B細胞除去(B cell depletion)効果により自己免疫性疾患や炎症性疾患に対する治療効果が期待され,世界中で臨床応用が試みられてきた.本邦でも2013年に公知申請によりリンパ増殖性疾患,ウェゲナー肉芽腫,顕微鏡的多発血管炎に追加承認された.
血栓止血領域においても自己抗体産生が病因である自己免疫性の病態が存在し,それらの疾患に対するリツキシマブの有用性が報告されていた.具体的には,抗血小板抗体により発症する免疫性血小板減少症(immune thrombocytopenia: ITP)やvon Willebrand因子(VWF)切断酵素であるADAMTS13に対する自己抗体による後天性血栓性血小板減少性紫斑病(thrombotic thrombocytopenic purpura: TTP),単一の凝固因子に対する自己抗体による自己免疫性後天性凝固因子欠乏症(Auto-immune coagulation factor Deficiencies: AiCFDs)などである.
1)ITP欧米では,2000年代から慢性ITPのセカンドライン治療の脾臓摘出に代わる薬物治療としてリツキシマブが広く使用されてきた5).本邦でも宮川義隆医師が実施した医師主導治験の成果により6),2017年3月に慢性ITPに対して適応拡大された.日本のITP治療の参照ガイドにおいて,リツキシマブは副腎皮質ステロイド無効時のセカンドライン治療としてトロンボポエチン(TPO)受容体作動薬や脾臓摘出と並び推奨されている(推奨度:2B)7).
2)後天性TTP後天性TTPの標準治療は血漿交換療法であるが,血漿交換とステロイド投与を行っても約30%の症例でinhibitor boostingによる病勢悪化や再発を認める 8).欧米では,そのような再発・難治例に対するセカンドライン治療としてリツキシマブが広く使用されていた9).日本のTTP診療ガイドにおいてもセカンドライン治療として推奨度1Bで推奨されている8).再発・難治性の後天性TTPに対してもリツキシマブの医師主導治験が実施され,その結果をもとに2019年に後天性TTPにも適応拡大となった10).
3)自己免疫性後天性凝固因子欠乏症単一の凝固因子を標的とする自己抗体により発症するAiCFDsは,ほぼ全ての凝固因子とVWFにおいて報告されており,その中で最多の代表疾患は凝固第VIII因子に対する自己抗体により発症する後天性血友病Aである.次いで比較的頻度の高い,自己免疫性凝固第V因子欠乏症,自己免疫性凝固第XIII因子欠乏症と自己免疫性VWF欠乏症を合わせた4疾患はAiCFDsとして指定難病に認定されている11).
後天性血友病A診療ガイドラインにおいて,リツキシマブは初回治療の保健適用外代替療法,セカンドライン治療として推奨されている12).本疾患群に対するリツキシマブの有用性は多く報告されているが,保険適用外のため実臨床において非常に制限が多い.将来的に本疾患群に対するリツキシマブの保険適用追加が望まれる.
単鎖抗体は,標的抗原に結合する重鎖のみから成る免疫グロブリンの可変領域のことで,nanobody,単一ドメイン抗体などと呼ばれることもある.
後天性TTPに対して,標準治療である血漿交換療法と副腎皮質ステロイド,再発難治例に対するリツキシマブの組み合わせでも解決できない問題は,約10%の症例で生じる急性期の血栓性事象による死亡と臓器後遺障害である13).この急性期死亡と臓器後遺障害の低減のために開発されたのが,抗VWF抗体であるカプラシズマブである.カプラシズマブは,VWFのA1ドメインを標的としたnanobodyであり,標準治療と併用することで血小板数正常化までの日数を短縮し,死亡の回避,重篤な血栓症の合併を予防する効果が示された14).本邦でも後天性TTP患者を対象としたカプラシズマブの第2/3相試験が終了し,2022年2月に承認申請された.
Fc融合タンパク質は,血中半減期の延長を期待して人工的に設計された機能性蛋白質とIgGのFcドメインを融合させたタンパク質である.これまでに世界で10品目以上のFc融合タンパク質医薬品が承認されている.
1)ロミプロスチム(Romiplostim)ロミプロスチムは,2011年に本邦で承認された皮下注のTPO受容体作動薬(TPO-RA)であり,ヒト免疫グロブリンFc領域とTPO様ペプチドを融合させた遺伝子組み換え融合タンパクである.TPO-RAは,本邦のITP治療の参照ガイドでセカンドライン治療として推奨(推奨度:1A)されている7).
2)Fc融合遺伝子組み換え型半減期延長凝固因子製剤ヒト免疫グロブリンG1のFc領域を融合した凝固因子製剤であり,Fc受容体を介したリサイクリング機構により半減期を延長させている.2014年に血友病Bに対して承認されたEftrenonacog alfa(Alprolix)は,標準型製剤の約3~5倍の半減期を有し,血友病Aに対して2015年に承認されたEfraloctocog alfa(Eloctate)は,標準型製剤の約1.5倍の半減期を有する15).これら半減期延長製剤の登場により定期補充療法の利便性向上と多様性が得られた.
血友病の止血治療は長らく欠損する血液凝固因子の静脈注射での補充療法が原則であったが,近年non-Factor製剤と呼ばれる治療薬が開発されてきている.Non-Factor製剤は主に抗体医薬であり,皮下注射による投与が可能であることや,薬物動態的にフラットな薬効が特徴として挙げられる.
エミシズマブ(Emicizumab)は,活性化第IX因子(FIXa)および第X因子(FX)に対するヒト化二重特異(バイスペシフィック)抗体であり,活性化FVIII(FVIIIa)の補因子機能を代替するnon-Factor製剤である16).
1)先天性血友病Aエミシズマブは,2018年5月にインヒビター保有の先天性血友病Aの出血抑制に対して承認され,同年12月にインヒビター非保有の先天性血友病Aの出血抑制に追加承認となった.現在はインヒビターの有無を問わず,定期的な出血抑制が必要な血友病A患者に数多く使用されている.
2)後天性血友病Aエミシズマブの薬効から後天性血友病A患者における出血抑制効果も期待され,本邦において適応拡大のための第3相試験(AGEHA試験)が実施され 17),その結果をもとに2021年11月に後天性血友病Aに対して承認申請された.
抗Tissue factor pathway inhibitor(TFPI)抗体は,TFPIによる活性型血液凝固第X因子(FXa)と組織因子(TF)/活性化凝固第VII因子(FVIIa)複合体の不活性化を阻害し,血液凝固のバランスを変化させることにより止血能を高める.このように凝固と抗凝固の不均衡を是正することによって治療効果を得る治療法は,rebalancing therapyと呼ばれ,血友病A,Bいずれにも有効であるという特徴を有する18).
コンシズマブ(Concizumab)は,TFPIのK2ドメインをターゲットにしたモノクローナル抗体である.血友病Aおよびインヒビター保有血友病A/B患者に対するコンシズマブの第2相試験において既存の治療薬と遜色のない出血抑制効果が示された19).
上述のように様々な抗体医薬品の登場によって,難治性の血栓止血性疾患の治療選択肢が広がってきている.今後も新規抗体医薬品の開発と既存抗体医薬品の保険適用の拡大によって,血栓止血領域の患者さんの治療利便性が更に向上することを期待したい.
本論文発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし