日本血栓止血学会誌
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特集:線溶検査の現状と今後の可能性
線溶検査としての血液粘弾性検査の可能性―ROTEM,ClotPro―
香取 信之
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2023 年 34 巻 3 号 p. 332-337

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Abstract

血液粘弾性検査(viscoelastic test: VET)は全血を検体として凝固過程における血液粘弾性の変化を経時的に測定する検査であり,複数の試薬を使用して複数チャネルで並行して検査を行うことができる.VETの特徴は血液凝固能を包括的かつ分画的に評価できる点にあり,凝固過程だけでなく線溶過程も評価できる.凝固波形が描出されたのちの波形の減衰を線溶亢進としてとらえ,減少幅を線溶亢進パラメーターとして表示するが,線溶亢進の確定診断としてはアプロチニンやトラネキサム酸を加えた試薬を使した線溶検出検査を用いる.しかし,D-dimerなどのバイオマーカーの値や臨床所見からは線溶亢進と判断できるにもかかわらず,VETでは検出できない症例も報告されている.現時点では軽度または中等度の線溶亢進の診断をVETで行うのは困難である.

1.はじめに

血液粘弾性検査(viscoelastic test: VET)は全血を検体として凝固過程における血液の粘弾性変化をモニタリングする検査であり,数種類の試薬を使用して複数チャネルで並行して検査を実施することによって血餅強度を包括的に評価するとともに凝固因子,血小板数・機能,線溶それぞれが血餅形成におよぼす影響を個別に評価できる.一般的な血液凝固検査では凝固因子活性,血小板数・機能,線溶という血液凝固に関わる個々の因子の評価は可能だが,それらを総合した結果として,どのような経過でどの程度強い血餅が形成されるかは分からない.VET機器は小型で操作も容易なため手術室や救急外来での大量出血・止血困難症例においてベッドサイドで凝固障害を評価できるpoint-of-care(POC)モニターとしてその活用が広まっている.

2.血液粘弾性検査の測定原理と測定パラメーター

VET機器の基本的な測定原理は1948年にドイツのHartertによって報告されたThrombelastographyに用いられたカップ&ピンシステムによるずり応力測定である1.カップ内に血液検体をピペット注入し,検体中にピンを沈めた後にカップを一定の角度で往復回転運動させることによって低ずり応力を加える.血液凝固の進行にしたがってピンに加わるずり応力が変化し,その変化がワイヤーに伝わって波形として描出される(図1).横軸を時間,縦軸を血餅強度として表示し,波形パターンから凝固過程と血餅強度を評価する検査であったが,凝固検査として定着しなかった.しかしその後,米国のHaemoscope社が製品開発・製造・販売を手掛け,1980年代から肝臓移植手術などでの血液凝固モニターとして注目され始めた.1996年にはThromboelastographyの略称であるTEGが商標登録され,TEGはHaemoscope社製VET機器(現在はHaemonetics社が製造販売)の呼称となった.最新機種のTEG 6sではカップ&ピンシステムを廃止し音響共振法が採用されたが,TEGの後発機種であるthromboelastometry(現行機種はROTEM deltaとsigma,国内販売:アイ・エル・ジャパン株式会社)やROTEMを改良したClotPro(国内販売:フィンガルリンク株式会社)ではカップ&ピンシステムを採用している.操作性や試薬の種類,同時測定可能なチャネル数は機種によって異なり,TEG 6s,ROTEM sigmaは検査にピペット操作が不要のカートリッジ式を採用している.これらの機種では同時に4種類の検査が可能ではあるが,既製のカートリッジなので検査の組み合わせを自由に変えることはできない.ROTEM deltaやClotProはオートピペットによる操作は必要だが,各チャネルが独立しているため検査の組み合わせを自由に選択可能で,ROTEM deltaは4チャネル,ClotProは6チャネルでの同時検査がおこなえる.

図1

Thromboelastographyの測定原理

TEGはカップに検体を注入し,検体の中にピンを沈めて測定を開始する.カップは±4.45°で振り子状に往復回転運動をしており,ずり応力を発生させる.血液凝固が進み検体の粘稠度が高くなるとカップとともに検体も往復回転運動を始め,検体とピンの間に生じる力が検出器で感知され,波形となる.

TEG,ROTEM/ClotProは凝固の活性化から血液凝固の進行にともなって変化する血餅強度を,横軸を時間,縦軸を血餅強度として表示する.検査を開始すると時間とともに波形が表示され,①凝固時間,②血餅形成動態,③最大血餅強度が順に数値表示される(図2表1).凝固時間(RまたはCT)は凝固活性化から初期フィブリン産生までの時間であり,PT/APTTに相当する.血餅形成動態(KまたはCFT)はR/CT確定から振幅(AまたはCF)が20 mmに到達するまでの時間であり,短いほど血餅形成が速いことを表す.MA/MCFは振幅の最大値であり,検体中のフィブリノゲン濃度と血小板数で規定される.正常の検体であってもMA/MCFが確定するまでには15~20分程度は必要であり,凝固障害の検体ではその時間はさらに延長する.VETの利点の一つは迅速性であり,最近では迅速性を活かすためにR/CT確定から5分後,10分後の振幅であるA5,A10で評価する傾向にある.A5,A10はMCFとの相関性が高く2, 3,MA/MCFを反映するパラメーターとして活用される.VETの特徴の一つは凝固過程だけでなく線溶過程も評価できる点である.最大振幅後は活性化第XIII因子によって血餅は安定化し振幅は減少することなく描出されるが,線溶亢進状態の検体ではフィブリンがプラスミンによって分解され,一度形成された血餅の粘弾性が低下する.VETは血液の粘弾性変化を測定するため,フィブリン分解による血餅の液状化に伴い振幅が減少する(図2).線溶の程度はMA/MCF確定後30分,60分後の振幅または振幅の減少幅のMA/MCFに対する百分率で表示され,TEGではMA30分後の減少幅,ROTEM/ClotProはMCF30分後の振幅からLY30,LI30が表示される.さらにROTEM/ClotProでは検査終了時の最終的な振幅減少幅からMLが算出される(表1).しかし,線溶による振幅の減少は常に現れるわけではなく,多くの症例では振幅の減少はみられない.外傷や肝臓移植手術,大量出血症例などの線溶亢進を生じやすい病態では明らかな振幅減少が出現することがある4, 5

図2

TEG,ROTEM,ClotProの測定パラメーター

表1 TEG 6s,ROTEM/ClotProの測定パラメーター
TEG ROTEM/ClotPro パラメータの解釈
R: reaction time (sec) CT: clotting time (sec) 測定開始から初期フィブリン産生(振幅=2 mm)までの時間.トロンビン産生能を反映し,PT/APTTに相当する.
A: amplitude (mm) CF: clot firmness (mm) 凝血塊の粘弾性度.大きいほど血餅強度が高い.
K: clot kinetics (sec) CFT: clot formation time (sec) R/CTから振幅が20 mmになるまでの時間.
短いほど血餅形成が速い.
α: angle (degree) 振幅の増加率を角度で表したもの.
角度が大きいほど血餅形成が速い.
MA: maximum amplitude (mm) MCF: maximum clot firmness (mm) A/CFの最大値.主にフィブリノゲン濃度と血小板数(+機能)で規定される.値が大きいほど血餅は強固.
LY30 (%) CLI30, CLI60 (%) MA到達から30分または60分後の振幅減少率.
TEGでは値が大きいほど,ROTEM/ClotProでは値が小さいほど線溶亢進を示唆する.
ML (%) 検査終了時点の振幅減少幅のMCFに対する百分率.値が大きいほど線溶亢進を示唆する.

3.血液粘弾性検査の種類と解釈

VETの基本検査はカオリンなどの接触活性因子や組織因子を刺激試薬とした検査で,機種によって試薬の種類は異なる(表2).TEGはカオリン刺激のCK,カオリン+組織因子刺激で迅速に波形を描出することに重点を置いたCRTが基本検査であり,ROTEM/ClotProはAPTT,PTと同様に接触因子刺激検査と組織因子刺激検査を分けたINTEM/IN-testとEXTEM/EX-testを基本検査としている.VETの臨床使用では,これらの基本検査とその他の特殊検査を並行して実施し,それぞれの波形の違いから凝固障害の鑑別診断を行う.鑑別診断に用いる検査としてはフィブリン重合能検査やヘパリン検出検査,線溶検出検査が挙げられる.フィブリン重合能検査は組織因子とGP IIb/IIIa阻害薬のabciximabやサイトカラシンDを組み合わせた試薬を使用して血小板機能を抑制しフィブリンゲルのみの粘弾性を評価する検査で,クラウス法で測定したフィブリノゲン濃度との相関が高く6,フィブリノゲン濃度評価として用いられる.組織因子刺激検査とフィブリン重合能検査のMA/MCFを比較することでフィブリノゲンと血小板の血餅形成への寄与をそれぞれ切り分けて評価することが出来る.ヘパリン検出検査では接触活性因子とへパリナーゼを組み合わせた試薬を使用しており,検体中のヘパリンを中和した凝固波形を描出できる.検体中にヘパリンが存在する場合,内因系検査の凝固時間は延長し,ヘパリン検出検査では正常な凝固時間が得られるため,両者を比較することで検体中のヘパリンを検出できる.この検査は人工心肺装置を使用する心臓血管外科手術などヘパリンを投与する症例で残存ヘパリンの検出に有用である.

表2 TEG 6s,ROTEM/ClotProの基本検査
検体はクエン酸採血 TEG 6s(global hemostasis検査) ROTEM/ClotPro 試薬
TEG 6s ROTEM/ClotPro
内因系検査(接触活性系) CK INTEM/IN-test カオリン エラジン酸
外因系検査(組織因子系) EXTEM/EX-test 組織因子+ポリブレン
迅速検査 CRT カオリン+組織因子
ヘパリン検出検査 CKH HEPTEM/HI-test カオリン+ヘパリナーゼ エラジン酸+ヘパリナーゼ
フィブリン重合能検査 CFF FIBTEM/FIB-test 組織因子+Abciximab 組織因子+サイトカラシンD(+tirofiban)+ポリブレン
線溶検出検査 APTEM/AP-test 組織因子+トラネキサム酸/アプロチニン+ポリブレン

波形出現後の振幅減衰,消失は線溶亢進を示唆するが,それのみでは粘弾性低下の原因が線溶亢進と診断することはできない.ROTEM/ClotProでは線溶亢進診断の検査として線溶検出検査APTEM/AP-testを用いる.APTEM/AP-testの試薬には組織因子に加えトラネキサム酸またはアプロチニンが含まれているため,線溶亢進の検体であってもプラスミンを阻害し,波形を描出することができる(図3).基本検査での振幅減衰波形に加え,APTEM/AP-testで減衰のない波形が描出される場合には線溶亢進と判断できる.最大振幅後に波形が減衰する現象は線溶だけでなく,正常な凝固過程で生じる血餅退縮でも生じることがある(図4).血餅退縮はフィブリンと結合した血小板が収縮運動をすることによって血餅全体が収縮する現象であり,血小板数が高いほどVETでの振幅減衰が大きくなることが報告されている7.この現象は凝固能の高い検体でみられるものであり,当然ながら出血傾向を生じることはない.GP IIb/IIIa阻害薬を添加することで振幅の減衰が消失し,線溶と血餅退縮を鑑別できると報告されているが,APTEM/AP-testでも同様の波形が描出され,出血傾向がなければ鑑別可能である.

図3

ROTEMで表示された血餅退縮による振幅の減衰

血小板数410×103/μLの患者のEXTEMとAPTEM波形.どちらも正常範囲内のMCFを描出した後に振幅が減衰し最大線溶率(ML)は30%以上を示した.

APTEMでも波形の変化はなく,出血傾向もないことから血餅退縮による振幅減衰と判断した.

図4

健常人の血液にtPAを添加して測定したClotProの波形

EX-test,IN-test,FIB-testでは波形が徐々に減衰し最終的に消失しているが,AP-testでは波形が減衰することなく描出されている.

4.線溶検査としてのVET

ROTEM/ClotProでは基本検査による凝固過程の評価だけでなくAPTEM/AP-testを用いた線溶亢進の診断が可能である.EXTEMで波形減衰が見られ,APTEMで減衰のない波形が得られれば視覚情報から容易に線溶亢進と診断できる(図3).ユーログロブリン溶解時間を基準としてROTEMの線溶検出を検証した研究では,CL30 71%,APTEM-MCFでEXTEM-MCFの7%上昇を閾値とした場合の線溶検出は感度が75%と80%,特異度が100%と報告されている4.また,リポポリサッカライド誘発性エンドトキシン血症においてもtPAの血中濃度とROTEM-MLは高い相関を示しており8,凝固過程だけでなく線溶検出においてもPOCモニターとして期待できる.線溶亢進は止血困難の一因であり,特に外傷領域ではROTEMの線溶パラメーターの増悪と患者予後との相関性が報告されている9, 10.しかしながら,ROTEMで定義されている線溶亢進の閾値(ML>15%)と臨床との解離も報告されている.外傷患者を対象に来院時の線溶系検査値とROTEMを比較した研究では11,プラスミン・アンチプラスミン複合体(PAP)高値かつML>15%の重症線溶亢進患者は5%のみであり,PAP高値かつML<15%の中等度線溶亢進患者が57%と最も多かった.死亡率はそれぞれ40%,12%と当然ながら重症患者の予後の方が不良だが,線溶所見のなかった患者(PAP低値かつML<15%)の死亡率は1%であり,ROTEMで線溶所見を示さなかった患者であっても高い死亡率を示した.また,線溶所見のなかった患者に比べ,中等度患者はより多くの輸血を必要とし,在院日数も有意に延長しており,より濃厚な治療を必要とした.すなわち,臨床的に線溶亢進状態にある患者の中にはROTEMの線溶閾値ML<15%では検出できない予後不良な患者が存在することを示している.900名を超える多施設共同研究においても同様の患者群の存在が示されており,ROTEMで線溶を検出できない原因の一つとしてS100A10蛋白の関与が示唆されている12

5.おわりに

VETは凝固から線溶までを出血現場で評価できる検査だが,現時点では重症線溶亢進の検出には有用であるものの,普遍的な線溶検査としての可能性は限定的である.VETを指標とした出血治療アルゴリズムによって出血量や輸血量を減少させる効果は報告されているが,従来のバイオマーカーと同様に体外検査である以上は生体内の状況を再現するのに一定の限界がある.しかし新たな試薬の開発も進んでいるためVETの全血で迅速に凝固能を評価するというメリットを活かした測定法の進化に期待したい.

著者の利益相反(COI)の開示:

本論文発表内容に関連して開示すべき企業等との利益相反なし

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