2023 年 34 巻 5 号 p. 538-548
がんと血栓症の関係は古くはトルソー症候群として,そして現在はがん関連血栓症と定義され,両者は密接な関係にあることが知られている.さらに,がん治療において出現する心血管合併症の中で最も発症頻度が高いがん関連静脈血栓症に対する治療は直接経口抗凝固薬の登場により大きく進化しており,各学会において予防と治療を中心とした診療ガイドラインが作成され,最新のアップデートがなされている.その一方で,Onco-Cardiologyのような新しい領域ではがん治療の進歩のスピードに実臨床でのエビデンスの創出が追いついていないため,臨床の現場で鍛えられたエキスパートオピニオンによる臨床実践判断が重要である.そして,抗凝固療法に制限が存在する本邦では「がんと血栓症」対する独自のエビデンスの蓄積とエキスパートオピニオンを生かしたフレキシブルなガイドラインが策定されることが期待される.
がんと血栓の関係は,古くは19世紀に遡り1823年にBouillaudにより初めて記された後,1865年Trousseauが潜伏がんに伴う移行性血栓性静脈炎を報告したことに始まる1, 2).1800年代中盤は,Virchowが血栓塞栓症発症のメカニズムを「血流うっ滞」「血管壁障害」「血液成分の変化」のいわゆるVirchowの3徴として明らかにした時期でもあった.その後,いわゆるトルソー症候群として「がんに合併する血栓症」の病態解明には多くの検討がなされたが,1977年にSackらは播種性血管内凝固障害(disseminated intravascular coagulation: DIC)を合併するがん患者の検討を行い,トルソー症候群において全体の6割に血栓性静脈炎,2割に動脈塞栓症を発症した.そして抗凝固療法としてヘパリンが有効であったがビタミンK拮抗薬(vitamin K antagonist: VKA)は無効であったことを報告した3).さらに,2000年代にがん治療は大きく進歩し血管新生阻害薬に代表される分子標的薬の登場によりがん患者の予後が改善する一方で,従来は認めなかった心血管毒性が急速に増加した.特に,血栓症は頻度が高いばかりでなく外来化学療法室における死亡原因としてがん死についで感染症と共に2位を示すなど重症例も多く4),病態も複雑化しており腫瘍医が治療に難渋することから循環器医が積極的にがん診療に参加するようになった5–9).
現在のがんと血栓症の関係は,図1に示すように古典的なトルソー症候群に微小循環異常,傍腫瘍神経症候群の一部,そしてがん治療に伴い出現する血栓症などを加えた幅広い血栓症の概念としてがん関連血栓症(cancer-associated thrombosis: CAT)と定義されるようになった.そして低分子量ヘパリン(low molecular weight heparin: LMWH)と直接経口抗凝固療薬(direct oral anticoagulant: DOAC)を用いた最新の診療ガイドラインの元で腫瘍医と腫瘍循環器医の連携による積極的な治療がなされている10, 11).本稿では,各学会より発表されているがん関連血栓症を中心として最新の腫瘍循環器診療ガイドラインとアップデートされたCATに関連したガイドラインについて概説する.
がんに合併する血栓症:がん関連血栓症(cancer-associated thrombosis)
文献11を参照し筆者が改変
がん診療において出現するCATの中で,最も頻度が高く重要な血栓症はがん関連静脈血栓塞栓症(cancer associated venous thromboembolism: CAVT)である.その頻度はがん患者の5~20%に発症し,剖検例の約半数に認め,非がん患者に比べて発症頻度が4~7倍であることが報告されている12–14).CAVTは近年増加傾向にあり15, 16),最近のコホート研究でも20年前に比較して発症リスクは3倍に増加している.特に化学療法施行時,分子標的薬を投与した症例では6倍と高頻度に認め,同時に死亡リスクも高い17, 18).本邦におけるCAVTの検討では,循環器内科外来を受診した静脈血栓塞栓症患者の検討でがんを原因とする症例が約4分の1を占めていた19–21).2020年に本邦で始めてCAVTを対象とした前向き他施設研究では,6種類の固形がん(大腸,肺,胃,乳,膵臓,婦人)患者9,753例のうち5.9%の症例にがん治療開始前にCAVTを発症していた.がん種別では,膵臓がん(8.5%),胃がん(6.9%),大腸がん(6.4%),婦人科がん(5.5%),肺がん(5.1%),乳がん(2.0%)の順で認め,腺がんで多い傾向にあり,ステージ4症例が11.2%と高頻度で認めた22).また,我々の検討でも腫瘍各科から循環器外来に紹介されたCAVT症例は,全体の68.5%が外科的手術療法,50%が化学療法に関連し発症しており,がん治療に関連した血栓症がCAVT全体の増加に大きく影響していること示唆された.さらに,転移を認めた症例が57.4%と半数以上を占めておりがんの病期進展と血栓症が密接な関係を有していた11).
2.Onco-Cardiologyガイドラインとがん関連静脈血栓症マネジメントCAVTの出現時期はがん診断後3ヵ月以内が約半数を占めており,がん治療ストラテジーを決定する時期と重なることから,がん治療を有効かつ安全に進めるためにがん関連血栓症に対する予防と治療に関するマネジメントの標準化が進められている.2000年以降,世界中で腫瘍循環器外来が開設され,がんと循環器に関わる腫瘍循環器学が注目される中で2016年に欧州心臓学会(European Society of Cardiology: ESC)より「がん治療に伴う腫瘍循環器領域の合併症に対する診療および治療指針」23)が作成され,がん診療で出現する心血管毒性に対するマネジメントの指針が示された.さらに,腫瘍循環器領域で蓄積された多くのエビデンスを基に2022ESC腫瘍循環器診療ガイドラインが発表された.ここでは,腫瘍医と共に積極的に連携を進めている腫瘍循環器医が施行すべき心血管毒性(cancer therapy-related cardiovascular toxicity: CTR-CVT)に対する標準的なマネジメントがエビデンスと共に具体的に示されている24, 25).
1)がん治療開始前の血栓リスク因子チェックがんと診断されがん治療ストラテジーを検討する際に,腫瘍医は血栓発症のリスクを層別化し検討することで,がん治療薬の選択や治療開始後の血栓発症予防ならびにモニタリング計画をたてる.CTR-CVT発症に関連したリスク因子は,臨床的所見として心血管疾患の既往,心血管リスクファクター(喫煙,高血圧,脂質異常症,糖尿病など),身体所見そしてがん治療歴があげられる.がん治療前の時点ですでに心血管合併症を有する場合には腫瘍循環器医(または循環器専門医)と相談の上対応を決定する.心電図検査や心筋バイオマーカーの測定に加え病状に応じて下肢静脈超音波検査,経胸壁心臓超音波検査,胸部造影CT検査,そして心臓CT検査などの専門的な検査を追加する.
CAVTに対するマネジメントは表1に示したそれぞれの項目について評価し患者ごとのリスク層別化し血栓症発症を予測し対応する.
がん関連静脈血栓塞栓症の発症リスク
Thromboembolic risk | 血栓塞栓リスクの評価 ・患者関連因子 ・がん関連因子 ・治療関連因子 |
Bleeding risk | 出血リスクの評価 ・血小板減少症 ・胃腸/泌尿生殖器がん,消化管併存疾患または消化管毒性 ・最近または進行中の頭蓋内病変 ・急性出血または最近の大出血 ・重症腎機能(eGFR<30 mL/min/1.73 m2) |
drug-drug Interactions | 薬剤相互作用の評価(P糖蛋白,CYP3A4) ・抗がん剤 ・がん支持療法 |
Patient preferences | 患者希望の評価 |
文献24を参考に筆者が作成
①患者関連因子:加齢,併存疾患(comorbidities),年齢,遺伝性血栓性素因(hereditary defects),活動性低下,静脈血栓症既往などの標準的なリスク因子のチェックを行う.併存疾患として急性感染症,慢性腎臓病(Ccr<45 mL/min),肺疾患,肥満(BMI ≥ 30 kg/m2),血栓塞栓症の既往などが挙げられる.さらに,遺伝性血栓性素因として,欧米では第V因子Leiden変異やプロトロンビン遺伝子変異が知られている.また,本邦ではプロテインC/S異常症の頻度が高い26).したがって,CAVTと診断した際には血栓症の家族歴の詳細を確認する.
②がん関連因子:膵臓,胃,卵巣,脳,肺におけるがんや骨髄腫,組織型では腺がんに血栓症を発症する.さらに,病期進展により頻度が増加する.また血栓症発症にがん遺伝子変異が関連していることが明らかとなり,JAK2(janus kinase2),KRAS遺伝子変異が報告されている.さらに本邦で多く認めるALK(anaplastic lymphoma kinase),ROS1(ROS proto-oncogene 1, receptor tyrosine kinase)の遺伝子変異を有する症例27, 28)で血栓症が報告されている.
③治療関連因子:外科手術や長期入院,そして化学療法であるプラチナ製剤,代謝拮抗薬,タキサン系薬剤そしてホルモン療法が知られている.さらに,分子標的薬とくに血管新生阻害薬,免疫調節薬やプロテアソーム阻害薬,免疫チェックポイント阻害薬が報告されている.また,赤血球性造血刺激性因子薬,ステロイド薬などの薬剤を併用する場合にも注意が必要である.がん治療が血栓症を形成するメカニズムは,薬剤ごとに異なりそれぞれが完全には解明されていないが,血小板活性化,抗凝固活性低下,組織因子を誘導する単球や血管内皮刺激,血管内皮細胞に対する毒性や機能障害などの機序が知られている29).
(2)出血リスクの評価(Bleeding risk)がん患者は血栓形成と出血の相反する病態が同時に存在する矛盾する病態を呈する30).特に,抗凝固療法施行時の出血リスクは非がん静脈血栓塞栓症患者に比べ2倍であり,死亡リスクは10倍である.そして,一旦出血した場合には死に至る重篤な病態を招く危険性があるだけでなくがん治療が中断する31, 32).出血リスクの増悪因子は血小板減少症の合併,胃腸/泌尿生殖器がん症例,頭蓋内腫瘍,出血の既往,そして重症腎機能障害(eGFR <30 mL/min/1.73 m2)である.そこで,HAS-BLED,RIETE,VTE-BLEEDなどの出血リスク評価スコアを用い33–35),高出血リスク症例に対してより精密な全身状態と出血のモニタリングを施行する18, 36).
(3)がん治療薬と抗凝固薬の薬物相互作用(drug-drug interaction)がん治療で使用される抗がん剤,支持療法薬の種類は多彩であり,DOACやVKAを投与するにあたり薬物相互作用を確認する.特に,DOACは表2に示すようにp糖タンパクやCYP3Aによる代謝を受ける薬剤との相互作用を有する.ワルファリンはCYP2C9やVKORC1などに関連する薬剤を使用する場合に注意する.
直接経口抗凝固薬(DOAC)と主な抗がん剤との薬物相互作用
抗がん剤 | 相互作用 | |
---|---|---|
アカラブルチニブ(カルケンス®) | BTK阻害薬 | A-a, E-a, R-c |
イブリツモマブ チウキセタン(セヴァリン®) | 抗悪性腫瘍剤・放射標識抗CD20モノクローナル抗体 | A-a, E-a, R-a |
イブルチニブ(イムブルビカ®) | BTK阻害薬 | A-a, E-a, R-a |
オビヌスズマブ(ガザイバ®) | CD20モノクローナル抗体 | A-a, E-a, R-a |
ザヌブルチニブ(Brukinsa®) | BTK阻害薬 | R-a |
ダサチニブ(スプリセル®) | BCR-ABL阻害薬 | A-a/c, E-a, R-a/c |
ニンテダニブ(オフェブ®) | 小分子TKI:VEGFR,FGFR,PDGFRに作用 | A-a, E-a, R-a |
パゾパニブ(ヴォトリエント®) | c-KIT,FGFR,PDGFR,VEGFR | A-a, E-a, R-a |
ベムラフェニブ(ゼルボラフ®) | BRAF阻害薬 | A-a/c, E-a, R-a |
リボシクリブ(Kisqali®) | CDK阻害薬(CDK4/6) | A-a/c, E-a, R-a |
アビラテロン(ザイティガ®) | アンドロゲン受容体拮抗薬(CYP17阻害薬) | A-b, E-b, R-b |
イデラシリブ(ザイデリグ®) | PI3K阻害剤 | A-b, E-b, R-b |
イマチニブ(グリベック®) | BCR-ABL阻害薬 | A-b, E-b, R-b |
エルダフェチニブ(Balversa®) | FGFR阻害薬 | A-b, E-b |
エンザルタミド(イクスタンジ®) | アンドロゲン受容体拮抗薬 | A-b, E-b |
クリゾチニブ(ザーコリ®) | ALK/ROS1阻害薬 | Ab, Eb, Rc |
スニチ二ブ(スーテント®) | VEGF,PDGF,阻害薬 | A-b, E-b, R-b |
ドキソルビシン(アドリアシン®) | アントラサイクリン系抗がん剤 | A-b, E-b, R-b |
ニロチニブ(タシグナ®) | BCR-ABL阻害薬 | A-b, E-b |
バンデタニブ(カプレルサ®) | VEGF,EGFR,RET阻害薬 | A-b, E-b, R-b |
ビンブラスチン(エクザール®) | 微小管阻害薬 | A-b, E-b |
ラパチニブ(タイケルブ®) | HER2/new阻害薬,EGFR阻害薬 | E-b, R-c |
イダルビシン(イダマイシン®) | アントラサイクリン系抗がん剤 | A-c, R-c |
イフォスファミド(イホマイド®) | アルキル化薬 | A-c, R-c |
エトポシド(ラステット®) | トポイソメラーゼ阻害薬 | A-c, R-c |
エンコラフェニブ(ビラフトビ®) | BRAF阻害薬(MAPK/ERKシグナル阻害) | A-c |
シクロスポリン(シクロスポリン®) | カルシニューリン阻害薬 | A-c, R-c |
シクロフォスファミド(エンドキサン®) | アルキル化薬 | A-c, R-c |
シロリムス(ラパリムス®) | mTOR阻害薬,マクロライド化合物 | A-c, R-c |
タクロリムス(プログラフ®) | 免疫抑制薬 | A-c.E-d.R-c |
タモキシフェン(ノルバテックス®) | 抗エストロゲン薬 | A-c.E-d.R-c |
テポチニブ(テプミトコ®) | MET阻害薬 | A-c |
テムシロリムス(トーリセル®) | mTOR阻害薬,マクロライド化合物 | A-c, R-c |
ドセタキセル(タキソテール®) | タキサン系薬 | A-c, R-c |
パクリタキセル(タキソール®) | タキサン系薬 | A-c, R-c |
ビカルタミド(カソデックス®) | 抗アンドロゲン薬 | A-c, R-c |
ビンカアルカロイド(ビンブラスチンなど) | 微小管重合阻害 | A-c, R-c |
ルカパリブ(ルブラカ®) | PARP阻害薬 | A-c |
ロムスチン(CEENU®) | アルキル化薬 | A-c |
アパルタミド(Erleada®) | 非ステロイド性抗アンドロゲン薬 | R-d |
ロルラチニブ(ローレブナ®) | ROS1/ALK阻害薬 | R-d |
A:アピキサバン,E:エドキサバン,R:リバーロキサバン
a:相乗作用で出血リスクが上昇.血小板数と出血エピソードを監視
b:CYP3A4および/またはp糖タンパクの強力な阻害剤併用を避ける
c:軽度のCYP3A4および/またはp糖タンパク誘導剤または阻害剤.多剤併用または,2つ以上の出血危険因子を有する場合は注意が必要
d:リバーロキサバンとの併用を避ける
文献24を参考に筆者が作成,我が国での保険適応外の治療を含むことに注意
Abbreviations
ALK: anaplastic lymphoma kinase, BCR-ABL: breakpoint cluster region-abelson, BTK: bruton’s tyrosine kinase, CDK: cyclin-dependent kinase, FGFR: fibroblast growth factor receptor, mTOR: mammalian target of rapamycin, PDGFR: Platelet-Derived Growth Factor, PI3K: Phosphoinositide 3-kinase, RET: ret proto-oncogene, ROS1: c-ros oncogene 1, VEGFR: vascular endothelial growth factor receptor
現在のがん診療では,患者やご家族などのケアを担当する方にがん治療ならびにそれに伴う診療においてリスクとベネフィットの十分な説明を行うことで患者の好みを配慮した医療(patients centered medicine)を施行する.そして,腫瘍循環器医は腫瘍医をリーダーとしたがん治療チームの一員として,がん治療戦略,合併症対策,生命予後を含む長期治療を見据えた話し合いを患者さんと共に行う.低分子量ヘパリン(本邦では保険適応外の治療を含む)やDOACなどの薬剤選択では,がん治療を継続するための合併症に対する治療であること,投与する予想期間・医療費などのコスト,そして血栓症の再発や重篤な出血の出現によりがん治療が中断となる危険性などを説明する.
2)がん治療開始後:腫瘍医による血栓症の発症予防とモニタリングがん治療開始後,急性期血栓症に対するサーベイランスは,臨床症状として下肢静脈血栓症では下肢の発赤,圧痛,腫脹,下腿浮腫,表在静脈怒張など,肺動脈塞栓症は呼吸困難,胸痛,咳,頻脈,チアノーゼ,めまい,失神,過剰な発汗などの有無で診断する.しかしながら,がん患者では臨床症状を有さない症例も多く,非がん症例であればその診断に有用であるDダイマーの上昇が必ずしもCAVTの確定診断に結びつかない場合がある.したがって,血栓発症リスクが高くCAVTの発症が予測される症例に対し,積極的に下肢静脈超音波検査ならびに胸部造影CTを施行し診断する.
3)血栓症発症後の治療のための抗凝固療法とその管理腫瘍医は,CAVTが発症すれば腫瘍循環器医と連携し速やかに抗凝固療法を開始する.ここでは,TBIPリスク因子による血栓形成と共に出血リスクを考慮した上で抗凝固療法を決定する.最初の5~10日間に施行される初期治療が最も重要であり,血栓のコントロールを開始し少なくとも6ヵ月間の長期維持治療を施行する.さらに,進行がんや抗がん剤治療を受けている患者については6ヵ月以上の延長治療を施行することが推奨されている.血栓症の発症時期はがん治療開始直後が最も頻度が高いとされているが,がん治療後20~30年経過したがんサバイバーにおける検討で非がん症例に比してCAVTの頻度が高いことが報告されており,血栓症に対する長期間のモニタリングは可能である限りがん治療終了後も継続することが望ましい37, 38).
3.がん関連静脈血栓症の予防と標準的治療のためのガイドラインがん関連血栓症に対応するためのガイドラインが2006年にイタリア腫瘍学会39)と全米総合がんセンターネットワーク(National Comprehensive Cancer Network: NCCN)40),そして米国臨床腫瘍学会(American Society of Clinical Oncology: ASCO)41)と腫瘍側から相次いで発表された.その後,がん治療の急速な進歩と共にそれぞれの立場でアップデートがなされている.
1)がん関連静脈血栓症に対する最新のマネジメントCAVT診療ガイドラインは,新しい抗凝固薬であるDOACに関するエビデンス42–44)が明らかとなった結果,すべてのガイドラインでアップデートされている.ASCOは2020年と2023年に改訂45, 46),NCCNは2021年ののちは,最新版は2023年Ver2(Web)である47, 48).さらに,アメリカ血液学会(American Society of Hematology: ASH)が2021年に 49),欧州臨床腫瘍学会(European Society for Medical Oncology: ESMO)が2023年に新たに発表した50).一方,国際血栓止血学会は2020年のDOACに関するアップデート51)を発表した後,The International Initiative on Thrombosis and Cancer-Continuing Medical Education(ITAC-CME)より,DOACの新しいエビデンスとCOVID-19パンデミックへの対応に関する2022年版ガイドラインを発表した.CAVTやCOVID-19も含めエビデンスが不足している領域に対応するため世界中のエキスパートが参加し臨床実践判断(Guidance)として治療指針を示した.ここでは,本邦から池添隆之に加えアドバイザリーボードとして4名の日本人がガイドライン作成に参加した52).
一方,本邦では2017年に日本循環器学会を中心に作成された肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断,治療,予防に関するガイドライン53)以来,改訂がなされていない.2023年に日本臨床腫瘍学会と日本腫瘍循環器学会によりOnco-cardiologyガイドラインが発表され,CAVT関連のCQは「7-2:がん薬物療法中に発症した静脈血栓塞栓症(肺塞栓症と中枢型深部静脈血栓症)に対する抗凝固療法を行うことを提案する.」(推奨;弱,エビデンスB,中)の記載に留められている54).本邦の血栓関連の診療ガイドラインのアップデートが遅れている理由の一つに,LMWHがCAVT治療薬として薬事承認されておらず治療関連のエビデンスの創出が困難であり世界的な治験にも参加できない状態が続いている.そこで,現在日本腫瘍循環器学会,日本臨床腫瘍学会,日本血栓止血学会などにより厚労省未承認薬・適応外薬検討会に対し要望書を提出しており審査中である 55).
(1)がん治療を施行するがん患者に対するCAVT発症予防CAVTの70~80%が外来で発症することや外来化学療法室における死因で血栓症の頻度は高いことからCAVT発症予防はがん診療を開始する時点で検討せねばならない重要な課題である.表3に各学会のガイドラインにおけるCAVT発症予防についてまとめた.
がん治療施行する際の静脈血栓症予防的治療
ASCO 2023 | ASH 2021 | NCCN 2023 | ITAC-CME 2022 | ESMO 2023 | ||
---|---|---|---|---|---|---|
外来 | 低リスク症例 | 全てのがん患者に定型的な血栓予防療法は施行しない | 低リスク[コラナスコア=0] 血栓予防療法施行しない |
低リスク[コラナスコア<2] 血栓予防療法施行しない |
低リスク[コラナスコア<2] 血栓予防療法施行しない |
低リスク[コラナスコア<2] 血栓予防療法施行しない |
中-高リスク症例 | 高リスク[コラナスコア≧2] | 中リスク[コラナスコア≦2] | 中-高リスク[コラナスコア≧2] | 中-高リスク[コラナスコア≧2] | 中-高リスク[コラナスコア≧2] | |
〇DOAC: アピキサバン/リバ-ロキサバン 〇LMWH: ダルテパリン/エノキサパリン 〇フォンダパリヌクス ・重大な出血リスク,薬剤相互作用がない場合 ・相対的な利益/害,薬剤費,投与期間を考慮する |
〇予防療法は施行しない 〇DOAC: アピキサバン/リバ-ロキサバン (出血リスク・薬剤費を考慮) |
〇LMWH: ダルテパリン/エノキサパリン (上部消化管,泌尿生殖器腫瘍はLMWHを推奨) 〇DOAC: アピキサバン/リバ-ロキサバン (薬剤相互作用,重症腎機能障例に注意) |
〇LMWH(Grade1A) 〇DOAC(Grade1B): アピキサバン/リバ-ロキサバン (出血リスクの低い患者) |
〇DOAC: アピキサバン/リバ-ロキサバン 〇LMWH | ||
高リスク[コラナスコア≧3] | ||||||
〇LMWH 〇DOAC: アピキサバン/リバロキサバン (高出血リスク症例は慎重施行) |
||||||
入院 | 血栓予防療法を推奨 | 血栓予防療法を推奨 | 血栓予防療法を推奨 | 血栓予防療法を推奨 | 血栓予防療法を推奨 | |
〇LMWH 〇フォンダパリヌクス 〇UFH(重度腎機能障害例) (軽度の処置,化学療法のみの入院は施行しない) |
〇LMWHを推奨(>UFH) 〇UFH(重度腎機能障害例) (抗凝固薬を推奨>機械的血栓予防法) |
〇LMWHを推奨 〇フォンダパリヌクス 〇UFH(重度腎機能障害例)抗凝固療法困難例は機械的血栓予防法考慮 |
〇LMWHを推奨. 〇フォンダパリヌクス 〇UFH(重度腎機能障害例) (DOACは推奨しない) |
〇LMWHを推奨. 〇フォンダパリヌクス 〇UFH(重度腎機能障害例) (再発リスクが出血性合併症のリスクを上回る場合) |
ASCO2023, ASH2021, NCCN2021/2023, ITAC-CME 2022, ESMO 2023
我が国での保険適応外の治療を含むことに注意
Abbreviations
ASCO: American Society of Clinical Oncology, ASH: American Society of Hematology, DOAC: direct oral anticoagulation, ESMO: European Society for Medical Oncology, ITAC-CME: The International Initiative on Thrombosis and Cancer-Continuing LMWH: low molecular weight heparin, Medical Education, NCCN: National Comprehensive Cancer Network, UFH: unfractionated heparin, VKA; vitamin K antagonist
外来化学療法を施行するがん患者に対する予防的抗凝固療法は血栓形成リスク評価ツール(表4:コラナスコア)48, 56)を用いて血栓発症リスクを層別化しその適応を決定する.コラナスコアが2点未満の低血栓発症リスク患者では抗凝固療法による血栓予防療法はすべてのガイドラインで推奨されていない.コラナスコアが2点以上の高血栓発症リスク患者に対しては抗凝固療法による発症予防は有用である 57–59).また,ASHではさらに厳しくコラナスコア2点以下を中リスク,3点以上を高リスクに分けて対応する事で血栓形成リスクと出血リスクを十分考慮するよう注意喚起している49).予防的抗凝固療法薬は,LMWHまたはDOACが投与される.
コラナスコア
パラメータ | リスクスコア | |
---|---|---|
がんの部位 | ||
最高リスク:膵,胃 | 2 | |
高リスク:肺,リンパ腫,膀胱,精巣,婦人系がん | 1 | |
血小板数>35万/μL | 1 | |
Hb <10 g/dLまたはエリスロポエチン刺激薬の使用 | 1 | |
白血球数>11,000/μL | 1 | |
BMI >35 kg/m2 | 1 | |
リスク分類 | 合計スコア | 症候性VTE発症リスク |
低リスク | 0 | 0.3~1.5% |
中リスク | 1.2 | 2.0~4.8% |
高リスク | 3≦ | 6.7~12.9% |
入院がん患者で化学療法を施行する場合,血栓発症リスクが高くすべてのガイドラインで血栓予防療法が推奨されている.抗凝固薬はLMWHまたはフォンダパリヌクスが投与される.重度の腎障害(eGFR <30 mL/min/1.73 m2)を有する場合には未分画ヘパリン(unfractionated heparin: UFH)を投与する.また,高出血リスクを有し薬物的抗凝固療法が困難な症例については機械的血栓予防療法を考慮する.なお,本邦のガイドラインでは,抗凝固薬を用いた予防的治療は手術症例や多発性骨髄腫以外は外来入院ともに認められていない.
(2)がん関連静脈血栓症発症後の治療がん関連静脈血栓症発症後の抗凝固療法における各学会の対応を表5に示す.CAVT発症し初期治療として長期維持治療へと続けて抗凝固療法が施行される.そしてがんが存在する限りさらに長期の延長治療がなされることになる.本邦以外の全てのガイドラインではLMWHが標準薬として用いられるが,最近のエビデンスからDOACがほぼ同等またはより高い頻度で投与されている.
がん関連静脈血栓塞栓症に対する抗凝固療法
ASCO 2023 | ASH 2021 | NCCN 2023 | ITAC-CME 2022 | ESMO 2023 | |
---|---|---|---|---|---|
初期治療 | 最初の7日間 | 最初の1週間以内(5~10日) | 最初の7日間 | 最初の10日間 | 最初の5~10日間 |
〇LMWHs 〇フォンダパリヌクス 〇DOAC: リバーロキサバン/アピキサバン 〇UFH(CCr<30 mL/min) |
〇DOAC: アピキサバン/リバーロキサバン 〇LMWH(>UFH,フォンダパリヌクス) 〇UFH(重度腎機能障害例) 〇フォンダパリヌクス(HITの既往例で考慮) |
〇LMWH: ダルテパリン/エノキサパリン(腎機能障害例,HIT既往は注意) 〇DOACs: リバーロキサバン/アピキサバン/エドキサバン(5日非経口抗凝固療法後)(消化器・泌尿生殖器がん,出血リスクに注意) 〇UFH(HIT既往例に注意) 〇フォンダパリヌクス(重度腎機能障害例は禁忌) 〇VKA(薬剤相互作用CYP2C9, 1A2, 3A4) |
〇LMWH(重度腎機能障害例を除く) 〇DOACs: リバーロキサバン/アピキサバン/エドキサバン(5日非経口抗凝固療法後)(薬物相互作用や腎機能を考慮) 〇UFH(LMWHやDOACが使用できない場合) 〇フォンダパリヌクス |
〇LMWHを推奨 〇DOACs: リバーロキサバン/アピキサバン/エドキサバン(5日間LMWH投与後) 〇UFH(重度腎機能障害例) 〇フォンダパリヌクス(HITの既往例で考慮) | |
長期維持治療 | 6ヵ月間 | 3~6ヵ月間 | 3~6ヵ月間 | 6ヵ月間 | 3~6ヵ月間 |
〇LMWHs 〇DOACs: アピキサバン/エドキサバン/リバーロキサバン(消化管/泌尿生殖器がん,粘膜出血のリスクが高い時は注意.薬物相互作用に注意) 〇VKA(LMWH, DOACs使用できないとき) |
〇DOACs(>LMWH): アピキサバン/エドキサバン/リバーロキサバン 〇LMWH 〇VKA(重度腎機能障害例:Ccr <30 mL/min/m2) |
〇DOACs: アピキサバン/エドキサバン/リバーロキサバン(消化器・泌尿生殖器がん,出血リスクに注意) 〇LMWH(重度腎機能障害例,HIT既往は代替薬を考慮) ・腎毒性・肝毒性の化学療法患者に注意 |
〇LMWH(重度腎機能障害例を除く) 〇DOACs: アピキサバン/エドキサバン/リバーロキサバン(薬物相互作用や腎機能を考慮) |
〇LMWH(用量調節が可能,消化器疾患,肝機能障害,重度血小板減少,粘膜出血を有する) 〇DOACs: アピキサバン/エドキサバン/リバーロキサバン(薬物相互作用に注意) | |
延長治療 | 6ヵ月以上 | 6ヵ月以上無期限 | 6ヵ月以上,がん活動中/治療中/危険因子がある場合無期限 | 6ヵ月以上 | 6ヵ月以上 |
〇LMWH 〇DOACs: アピキサバン/エドキサバン/リバーロキサバン 〇VKA(活動性がん患者で,利益/リスクを評価) |
〇DOACs: アピキサバン/エドキサバン/リバーロキサバン 〇LMWH(活動性がん患者および二次発症予防として抗凝固療法を推奨) |
〇DOACs: アピキサバン/エドキサバン/リバーロキサバン(消化器・泌尿生殖器がん,出血リスクに注意) 〇LMWH(腎機能障害例,HIT既往は注意) |
〇LMWH 〇DOACs:アピキサバン/エドキサバン/リバーロキサバン 〇VKA(中止/継続は,利益/リスク比,忍容性,患者の好み,薬剤利用の可能性,がん の活動性で決定) |
〇LMWH 〇DOACs:アピキサバン/エドキサバン/リバーロキサバン 〇VKA(活動性がんおよび高リスクVTE再発患者) |
我が国での保険適応外の治療を含むことに注意
Abbreviations
ASCO: American Society of Clinical Oncology, ASH: American Society of Hematology, DOAC: direct oral anticoagulation, ESMO: European Society for Medical Oncology, ITAC-CME: The International Initiative on Thrombosis and Cancer-Continuing LMWH: low molecular weight heparin, Medical Education, NCCN: National Comprehensive Cancer Network, UFH: unfractionated heparin, VKA; vitamin K antagonist
①初期治療:発症から約1週間(5~10日間)に施行される初期治療における標準的治療薬としてLMWHまたはDOACが投与される.DOACは消化管・泌尿器生殖器がん症例などで出血リスクが高い症例や薬剤相互作用(p糖蛋白,CYP3A)を考慮した上で投与されるが,その効果はLMWHと同様と考えられている43–45).その他,フォンダパリヌクスはヘパリン起因性血小板減少症(heparin-induced thrombocytopenia: HIT)を合併した症例に,重症腎機能障害症例(eGFR <30 mL/min/1.73 m2)はUFHを使用する.またLMWHやDOACが使用できない場合にはVKAも考慮する.なお,本邦ではLMWHの代替薬としてUFHが使用される.
②長期維持治療と延長治療:VTE発症し3~6ヵ月間までの長期維持治療は,LMWHまたはDOACが投与される.重度腎機能障害例はVKAが推奨される.最新のガイドラインでは最低6ヵ月間の長期維持治療が推奨されているが,現時点でがん患者の様々な治療期間を試験したランダム化研究がなくCAVTの最適な治療期間は不明な点が多い.したがって,活動性がんを有する症例,特に転移性がんを有する症例やがん治療を施行する症例はCAVT再発リスクが高いことからがんを有する限りは抗凝固療法を継続することが推奨されている.さらに,がん患者の予後が改善しがん治療が長期化する傾向にあり,延長治療として6ヵ月以上の抗凝固療法を施行する症例も多く認めるようになった.延長治療はがんの種類,病期,長期予後,患者の好み,そして金銭的コストなどを考慮した上で,病状や出血リスクを検討し治療期間を個別に決定する.
長期間にわたり継続された抗凝固療法の終了または中止のタイミングのエビデンスは明らかではない.しかし,2021ASHガイドラインにおいてがんが治癒して血栓症の再発リスクがなくなった場合,または人生最後(end of life)を迎える前に治療を中止しても良い事が示されている49).人生最後の数週間は7~10%と高出血リスクの状態を示しその原因として抗凝固薬や高血小板薬の投与が強く関与することが報告されており抗凝固療法を中止することが推奨されている.
現代のがん診療の現場では,常に新しい抗がん剤が登場しがん治療戦略は日々進化しており,診療ガイドラインは毎年のようにアップデートされている.その一方で,Onco-Cardiologyのような新しい領域ではエビデンスの創出が今だ不十分でありがん治療の進化のスピードに追いついていない.しかしながら,診療ガイドラインのみでは対応することが困難な状況が続いているからこそ,経験豊富な医師・メディカルスタッフによる臨床実践判断(エキスパートオピニオン)が重要である.そしてLMWHなどのドラッグラグや予防投与ができないなど多くの制約がある本邦において「がんと血栓症」に対する独自のエビデンスの蓄積とエキスパートオピニオンを生かしたフレキシブルな概念のガイドラインが策定されることが期待される.
講演料・原稿料など(2020年第一三共株式会社)