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材料系研究所における機関リポジトリNIMS eSciDocの開発から応用まで 研究者総覧SAMURAIと研究ライブラリコレクション
高久 雅生谷藤 幹子
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2012 年 55 巻 1 号 p. 29-41

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著者抄録

物質・材料研究機構(NIMS)では,2008年よりデジタルライブラリー構想に基づく機関リポジトリNIMS eSciDocの開発と運用を始めた。eSciDocは柔軟な拡張可能性と豊富なWeb APIを併せ持つドイツ製のオープンソースのリポジトリソフトウェアであり,単に文献リポジトリにとどまらず,eサイエンスのための汎用ツールとしての機能を持ち合わせている。このような利点を活かして開発,運用してきた機関リポジトリNIMS eSciDocの現状と課題を報告する。あわせて,機関リポジトリと対をなして取り組んでいる研究者総覧SAMURAIについても報告する。SAMURAIは,NIMS研究者約500人を対象に,その連絡先や業績文献,研究内容などをわかりやすく伝えるサービスとして,機関リポジトリや外部データベースと密に連携しながら,2010年より運用を開始した。本報告では,これらのサービス内容と利用動向とともに,今後の展開について述べる。

1. 研究所における機関リポジトリと情報発信

研究所という学術機関における研究成果のデータベース化と社会公開の歴史は古い。例を挙げると,機関リポジトリNIMS eSciDoc1),前身のNIMS研究データベース2),放射線医学総合研究所の発表論文等データベース3),宇宙航空研究開発機構のJAXAリポジトリ4),知財権公開システムIDEA5),また測定値や材料特性,計算ソフトウェアなどをデータベースとして公開したNIMS材料データベースMatNavi6)や産業技術総合研究所のプログラム・ソフトウェア公開サービス7)など,データベースとして情報を構造化し,情報共有,公開する文化が古くからある。研究者にとって,論文や特許の発表が研究成果そのものであるので,所属機関に研究業績として登録・申請することは研究ワークフローの1つである。機関は登録情報全体を管理することにより研究プロジェクトを管理・評価し,その蓄積に基づき経営戦略を立て,次の研究開発へと活かすとともに,社会に対するアウトリーチ(社会公開)に展開する。このため,研究所における機関リポジトリとは,

  1. (1)   従来からあるデータベースからいかに必要な情報を取り出し,一元化して統一的なインターフェースとして公開するか
  2. (2)   データの仕様をいかに標準化し,外部からの検索や収集に応えられるようにするか
  3. (3)   外部データベースや汎用Webサービスと連携することによって,個々の論文本文へどのように誘導するか
  4. (4)   さらに,研究者個人やグループ,研究プロジェクト等の粒度の異なる利用へ,いかに効率的に展開するか

といった情報の多元利用とアウトリーチのためのデータベースの再編成といった側面を強く持つ。すなわち,機関リポジトリという枠組みに登載する人(profile)や成果(publication list)の情報には,組織上のデータフローとして所轄部署ごとに進化してきた管理業務用データベースがある。これらを統合した上で,さらなる発信を促進する更新性と,内容の正確性を担保することの両者をうまくバランスする役割分担が最大の関門となる。

1.1 機関リポジトリ開発の経緯と狙い

物質・材料研究機構(NIMS)では2006年にデジタルライブラリー化の構想が立ち上がった。研究者の流動性すなわち留学や外来研究員,外部機関との連携が多いことや,在宅や外部勤務など機構以外の場所で研究をする場合など,研究環境の多様性に応えることが要請された。図書館が収集する図書資料の収集・利用形態が,紙版からオンライン版中心へと変わろうとしていた時期である。オンライン版を中心とする図書利用環境を整える議論では,おのずと図書館という館の在り方,ネット環境における研究情報基盤についても考えることとなり,より現在の状況に沿う象徴としてのデジタルライブラリーのイメージが,人,情報,インフラ基盤,運用方法などさまざまな断面で議論された。ちょうど大学図書館を中心とした機関リポジトリ構築が盛り上がりを見せはじめた時期でもあった。先行する海外では機関をアピールするためのリポジトリのショーケース化,主題分野リポジトリ,ホスト機関が中心となるセンター方式リポジトリなど,より機関戦略的にとらえた動きが進んでいた頃でもある。

NIMSでは,従来からあった図書委員会を核として発展させる形で,外部有識者を含むデジタルライブラリー専門委員会を立ち上げた。専門委員会では,自機関の事情と世界の状況・政策動向を踏まえ,NIMSの研究機関としての特徴をどのようにデジタルライブラリーとして実現するかという議論が進んだ。 そうした中で,NIMSが最も重要と考えていたリポジトリ構築の原点は,日常の研究サイクルになじむこと,すなわち研究者自身によるセルフアーカイブが簡便にできること,そして機関のアウトリーチである。 図書館の役割は,デジタル化(および書誌情報のXML化)の支援,アーカイブとしての安定運用,図書資料と一体化した横断的検索・閲覧・管理,そして利活用を促進する研究者向けインターフェース設計により「使いたくなるリポジトリ」「使って良かったりポジトリ」を実現することである8)10)

1.2 マックスプランク研究所電子図書館との連携

2006年当時,機関リポジトリの構築にあたってはePrints, Dspace, Fedora Commonsなどのオープンソースソフトウェアを採用し,機関ごとに適用する開発が世界で多く行われた。並行して,論文などの文献を記述するXMLスキーマも標準化され,各リポジトリ間の検索や書誌情報の収集が進んでいた。

研究機関としては,研究分野ごとの研究データの持ち方の多様性や,柔軟に機能を拡張し,登録した研究成果を自在に取り出して,独自のデータベースに取り込むなどの使い方を念頭に置くことが必要である。すなわち,拡張,応用,展開の場面において多額な開発費用が必要になったり,利活用において制限がかかることは避ける必要がある。サービスは常に改良できる余地があり,また最新のWeb環境において無料・有料の文献管理や情報発信サービスが多数出現していることも念頭に置くと,そうしたネットサービスとも連携できる可能性を考慮しておく必要がある。こうした前提を念頭に採択技術を検討したところ,フランスのCNRS(National Center for Scientific Research)で開発・運用されている「HAL」11),同技術をドイツのマックスプランク研究所でさらに展開した「eDoc」12)の先行例がNIMSが求める機関リポジトリ環境に近く,またデジタルライブラリー構想で求める柔軟性,拡張性にも応える選択肢との結論に至った9),13)。また,NIMSとマックスプランク研究所の間で共同研究や人的交流が多くなされ,研究者にとって親和性が高くなる可能性を持っていたことも理由の1つである。

マックスプランク研究所電子図書館(Max Planck Digital Library: MPDL)は,eDocの展開を機に,ドイツのマックスプランク協会(Max Planck Society)の傘下にある80近いマックスプランク研究所への総合的研究情報基盤を提供する組織として設立された機関である14)。図書サービス部門とシステム部門に分かれ,システム部門は欧州から集まった総勢30名ほどの開発エンジニアを有する。ドイツ政府は,MPDLとドイツの情報提供組織FIZカールスルーエ(FIZ Karlsruhe)などへ補助金を出し,研究情報流通基盤の共同開発,サービス構築,ヨーロッパ全体でのeサイエンス連携を支援している15)。MPDLとFIZ KarlsruheはeSciDocという基盤ソフトウェアを開発し,Webサイト16)やメーリングリスト17)などを通してeSciDocコミュニティーを立ち上げ,eSciDoc Days18)という会議での情報交換など,研究成果の保存・発信・共有化を具現化する開発支援部隊として活動している。日本でもNIMSとMPDLで共同して研究情報発信のワークショップ“eSciDoc Workshop”19),20)を開催するなど,利用ソフトウェアを限定せず研究者視点で発信する草の根活動を進めている。このような状況を背景としてNIMSは,MPDLと共同研究の形をとってNIMS eSciDocの開発に取り組み,2010年度に共同開発プロジェクトは終了した。この間,NIMSにおける利用ニーズをもとにMPDL開発チームと議論しながら新機能を追加したり,NIMSにおける日本語化を含む国際化対応機能の開発などを行った。運用においては,2011年から新たに協力連携協定を結び,相互機関における実践や事例を参考に,改良やサービス展開に取り組んでいる。

2. eSciDocプロジェクト

MPDLとFIZ Karlsruheがドイツ政府の助成金を得て開発するeSciDocプロジェクト16)は,主にeサイエンス情報基盤用のオープンソースソフトウェアの開発,改良を通じてサービス展開している。米国で開発されたリポジトリソフトウェアFedora Commons21),22)をベースに,認証機構や文献管理のための機能を追加し,eサイエンス向けのアプリケーションを開発している。

eSciDocの特長は,通常の機関リポジトリ等に用いる文献管理,提供機能と,生データや構造化データを活用したeサイエンス向けの機能とをシームレスにつないでいる点にある。これにより,論文の文献情報と著者情報,実験データなど,多様なデータを構造化した形でリンクし,関連付けることができるようになっている。実際に使う場面での利用形態としては,文献管理ソフトウェアPubManと,写真データ管理Imejiの2つがある。

2.1 文献管理ソフトウェアPubMan

文献管理ソフトウェアPubManは,機構内の研究者が論文,書籍,特許といった文書として刊行した研究成果を1か所に保存し,外部に提供するインターフェースである23),24)

NIMSにおける運用では,2008年9月に所内向けにPubManの提供を開始した。NIMSでソフトウェアインターフェースの日本語対応版を開発し,その後にも日英独の3言語に加えて,MPDLや他の開発者の協力によりスペイン語への対応を加えるなどして,国際化を実現している。

なお,機能面では研究者の情報発信を促進し,サポートする目的のため,PubManは次の特徴的な機能を備えている。

• 簡易登録,インポート機能(ArXiv, PubMed)

研究者や研究支援に従事する人たちの登録をサポートするために,簡便に文献情報を登録する機能を備えている。特に,外部データベース上にある情報をそのまま登録できるようにする機能は,その極めつけである。例えば,arXiv25)に登録されたプレプリントの文献情報は,そのarXiv IDを入力するだけで取り込むことができ,書誌情報を重複して打たなくともよい。

• Web API機能

外部サービスから,PubMan上の検索機能やアイテム情報を呼び出して自在に連携できるWeb API機能を備えている。これを使うことにより,リアルタイムで最新の検索結果を外部Webサイトに掲載したり,情報の再利用が可能である。

• 固定リンク,バージョン管理機能

登録された論文等の文献情報は,自動的にIDが生成され,URLとして外部から参照可能となる。また,書誌情報に修正があった場合も,自動的にバージョン管理が行われ,アイテム単位でバージョン番号を付加できる。

• 典拠管理機能(著者,件名等)

著者や件名等の典拠管理が可能である。この機能を使うことにより,独自の統制語彙を構築し,それにより書誌情報をリッチにすることができる。PubManでは,著者,分類件名,記述言語,国・地域,掲載雑誌といった項目に統制語彙を用いることができ,さまざまな応用ができるようになっている。後述する研究者総覧との連携においても,典拠管理機能における著者IDを使って連携を実現している。

• 関連付け機能

論文は,単体で存在するのではなく,その成果発表の様態は,さまざまな関連資料を参照しながら発信する側面を持っている。例えば,国際会議等におけるプロシーディングス原稿,ポスター発表資料,口頭発表時のスライド資料,国際会議後に刊行される論文誌に収録された原稿,といった形でさまざまな派生をたどることもある。また,国際的な発信やアウトリーチの観点から,英語論文の内容を要約して日本語訳した原稿として紹介したいといったニーズもある。こういった発表資料等をそのまま別々のものとして登録するのではなく,それぞれの関係性を説明しながら,メタデータとしても関係性を登録できる機能を持っている。翻訳資料や,抄録原稿とスライド資料といった関係は,そのまま資料の関係性としてメタデータ登録でき,相互に張られたリンクをたどって閲覧していくことができる。

2.2 画像管理ソフトウェアImeji

文献管理のためのPubManと並んで,NIMSにおいては,画像管理用アプリケーションImejiをMPDLと共同開発してきた26),27)。Imejiは,さまざまな主題のメタデータを柔軟に付与できることを特長とした画像保存,管理,閲覧ソフトウェアである。

研究に伴って生産される研究データの扱いに関する実践は,近年盛んになっており,eサイエンスとも呼ばれている。Imejiは画像を対象としたeサイエンスアプリケーションといえる。

画像データは,単にキャプションや作成日のような標準的なメタデータ項目だけでなく,実験写真であれば,温度,対象物質,サンプル量,実験機器などの実験条件も記載することができる。また,これらはメタデータのスキーマ定義にあたる部分だが,スキーマ定義を管理者,利用者それぞれのレベルで定義しながら提供できる。設計思想として,既存の画像公開用ツール等と大きく異なり,eサイエンス向けツールたるゆえんである。

1は,ファイバーフューズ(fiber fuse)の実験画像群をImeji上で閲覧している画面例である。それぞれの画像にはメタデータとして,実験時の条件,材料等を追加した上で,説明文章を追加しており,これらの属性をファセット風に絞り込んで探すことができる。このほかにも,鉄系材料の腐食実験の写真や人工ダイヤモンド生成実験など,いくつかの研究領域ごとに展開を試みている。

図1 ファイバーフューズの実験画像例

3. NIMS eSciDoc

前節ではMPDLとの共同開発の概要を説明した。本章では,NIMSにおける独自の機関リポジトリNIMS eSciDocの構築と展開について述べる。

2008年以来,論文等の研究成果を中心に,PubManを利用し開発運用を続けてきたNIMS eSciDocは,機構内における研究成果のアウトリーチ,図書館蔵書の電子化資料の蓄積保存,研究者のセルフアーカイブを担うツールとして運用している。

2にNIMS eSciDocの全体像を示す。NIMS eSciDocは主に,研究論文や報告書からポスター,講演スライドといった文書系の資料全般を扱うPubManと,実験写真などを中心に画像系の資料を扱うImejiの2つから構成され,それらの機関リポジトリからの応用としての情報発信ツールとして,研究者総覧SAMURAIやWeb CMS(Contents Management System)による発信プラットフォームがある。これらは研究者IDの連携などを通じて,それぞれ連携しながら多様な観点からの情報発信を支えるツールとなっている。

図2 NIMS eSciDocの全体像

3.1 セルフアーカイブプラットフォームとしてのNIMS eSciDoc

機関リポジトリNIMS eSciDocの主要な用途は,研究成果を研究者自身により,セルフアーカイブすることである。NIMSの研究者は,自身のアカウントでPubManにログインし,発表資料をそのまま登録し,公開条件を設定して公開する。管理者(ライブラリアン)機能を使った代理登録もできるが,基本的な方針として,研究成果に直接責任を持つ各自がそれぞれ登録資料を管理できるよう,直接的なセルフアーカイブを原則としている。

このように研究者自身によるセルフ登録を基本とすることの利点の1つは,成果発表者自身が迅速に研究成果を発信できる点にある。代理登録の場合では,管理部署への送付から一定の処理を経た後に公開処理に至るためタイムラグが生じるが,直接セルフ登録する場合には,これは生じない。よって,研究会における口頭発表資料等を,発表したその場で公開して,会場で知り合った研究者に知らせたりすることも容易になる。

3.2 図書館蔵書の電子化コレクション「材料研究電子図書館」

NIMS eSciDocにおいては研究者の発表成果だけでなく,図書館蔵書のうち,NIMS成果文献やシンポジウム資料,一部の学協会寄贈資料などを電子化して,公開するプラットフォームとしても活用している。例えば,特にNIMS前身の無機材料研究所,金属材料技術研究所の時代に作成された報告書,ニュースレターなどはNIMS固有の文献資産であり,研究所としての一種のアーカイブを構築し,セルフアーカイブされた研究者の手による個別研究論文と並んで検索可能としている。このほか,研究のために収集した資料や,研究報告書など,研究者からの寄贈資料も受け入れている。これら登録資料の公開は,著作権を確認し,外部公開/所内限定の公開設定をしている。

4. NIMS eSciDocの応用–研究者総覧SAMURAI

機関リポジトリNIMS eSciDocの実践を通じて,研究成果(論文,特許)を発信するだけにとどまらず,NIMSに所属する研究者たちの活動をさまざまな角度からたどれる形に整理してアウトリーチしたいというニーズが出てきた。このニーズに応えるため,NIMSの研究者を切り口として研究成果をまとめて社会に積極的に発信するため,NIMS研究者総覧「SAMURAI」28)を開発した。SAMURAIの開発は2009年度に着手し,2010年秋に公開した。研究者総覧は海外にもなじみのある名称として「SAMURAI」と名付けた。以下,研究者総覧SAMURAIの背景および詳細を述べる。

4.1 研究者総覧開発の背景

機関リポジトリとしての研究成果の保存だけでなく,付加価値を付けて有用性の高い情報として,いかに魅力的に発信するかという設計も重要である。文献やデータの著作者である研究者の「人」としての顔,また「研究内容」という断面から情報を切り出し,研究環境全体を描写する情報として外部に公開する。さらに外部データベースとの連携によって利用されやすくする付加価値を高めることが,NIMSの研究者総覧SAMURAIの究極目標である。そのため,人に関するデータベースとして連絡先を並べた単なる電話帳の役割を果たすだけでは不十分であり,外部発信にふさわしい内容を備えることが必要である。これには,研究者自身が自分自身と研究内容について表現する仕組み,そして業績リストについても,文献リストの表示順を研究者自身の判断で並べ替える仕組みを付けるなど,研究者自身によって表現する部分と,所属部署や職位の情報など機関として更新性を担保する部分とを統合したインターフェースが肝要となる。研究者個人にはそれぞれに来歴があり,その表現や情報量には差がある。その差を許容しつつも,可能な範囲でアウトリーチ活動を支援することがSAMURAIの目指すところと考えている。

2012年1月現在,SAMURAIは研究に従事する研究職やエンジニア職を対象に500人弱を有し,人・所属・研究内容や出版物から検索することができる。出版物は出版社サイト,特許は特許データベース,また機関リポジトリに保存する文献情報(論文別刷りや特許本文など)にリンクし,機関内/機関外のアクセス設定を通して本文閲覧する仕組みを持つ。

3に,研究者総覧SAMURAIの画面例を示す。氏名や連絡先情報に加えて,研究者自身が執筆した研究キーワードや紹介文を表示している。

図3 研究者総覧SAMURAIにおけるNIMS研究者プロフィールの表示例

4.2 研究者総覧SAMURAIの設計と機能

研究者総覧SAMURAIの開発にあたっての第一歩は,所内に有する資産から,人的情報として研究者情報,研究成果として研究業績管理情報,産独連携用のアウトリーチ資料として研究紹介情報など,多くの関連する部署が個別に蓄積,運用している情報とシステムの間をつなぐことであった。研究者の実績である研究成果は,学術論文や研究大会,特許申請等を通じて発表されるが,所属先である研究所に対しては成果発表に伴う研究成果の登録が行われる。SAMURAIの構築にあたっては,このような既存の研究データフローを流用することを設計の基本として,発生源入力の活用を念頭においた。それというのも,既存の研究データフローの大半は,研究者総覧のようなアウトリーチ活動そのものを念頭においたものではないものの,データフローにおいては流用可能な書誌データ等が多く含まれるだけでなく,往々にしてより詳細なデータが得られることがその理由である。また,それぞれの研究フローには年月を費やして構築したシステムへの投資とノウハウがあり,新規開発部分との多重投資を避けることも重要である。さらに,研究者が所内の研究フローに割く時間は貴重であり,再入力を促すことは避ける必要もある。

SAMURAIの開発にあたって連携活用したデータフローの概略を図4に示す。研究者総覧の提供にあたっては,所内の主要な2つのデータベースを参照,連携して開発した。(1)基礎となる人情報(氏名,所属部署,職位,連絡先など)は職員コアデータベースと呼ぶ,人事課,総務課,IT室が共用運用している所内の職員データベースから,氏名や職位,所属,連絡先の情報を抽出し,(2)研究成果情報(発表論文,口頭発表などの書誌事項および別刷PDF)は研究業績評価システムとして評価室が運用しているシステムから抽出する。これらのデータベースからは,それぞれ日次で情報を抽出しているため,NIMS内で研究者が部署異動したり,新しい研究成果情報を評価データベースに登録した際には,翌日にはその情報が反映・更新される仕組みとなっている。これら機構内の別システムとの連携開発にあたっては,将来的に連携先システムやその構成に変更があることも考え,そのデータベースに直接接続するのではなく,いったんデータ交換用のタブ区切りテキストファイルを出力し,それを利用する方式をとっている。内部連携は別部署との組織上・システム上の調整も含むため,このような疎結合の方式で実現することが望ましいと判断した。

図4 研究者総覧SAMURAIの開発における外部連携システムとの間のデータフローの概要

また,所内だけでは得られない情報については,外部データベースを参照している。例えば,外部公開する研究者総覧においては業績リスト中の文献は出版社サイトですぐに確認できれば,閲覧者にとっても研究者自身にとっても便利である。ただし,所内の業績評価システムにはDOI番号など書誌事項のうち一部の項目が存在していなかったため,CrossRefが提供する検索APIを通じて,自動でDOI番号を付与する試みも行った。これはとりわけ欧文論文に有効であり,7割強の文献にDOIリンクを追加することができた。

なお,DOIリンクの付与は,おおむね以下の要領で行った。まず,DOI情報が存在しない文献情報に関しては,そのタイトル,掲載誌名,巻号,開始ページの項目のうち複数項目で合致した場合に,これを正解として自動でDOIリンクを付与する。また,業績データベース中にDOI情報が入力済みの文献に関しても,DOI情報に入力ミスがないか検索し直した上で再度判定をかけている。これらの手法により,できるだけ多くのリンクを確保して利便を図るとともに,リンク誤りが少なくなるよう工夫している。

4.3 研究者総覧SAMURAIからの出力機能

研究者総覧SAMURAIでは,研究概要や研究キーワード,紹介文などを通じて,研究者ごとの詳細な情報を研究者自身が編集し発信できる機能もある。また,メールアドレスやWebサイトなどの連絡先情報についても自身で自由に設定できる編集インターフェースを設けている(図5)。

図5 研究者総覧SAMURAI用の編集インターフェース

SAMURAI上で提供している情報は,研究者が自分のWebサイトに流用したり,業績リストとして報告書に転用しやすいよう,編集画面からそのままエクスポート出力する機能を提供している。プロフィール情報と研究業績リスト情報に分けて,それぞれCSV(カンマ区切り)テキストファイル形式やBibTeX形式での出力機能を用意している(図6)。これらの情報を再利用することにより,研究やその他の活動に利活用していくことができる。

図6 研究者総覧SAMURAI用の出力用インターフェース

また,管理者向けの機能として,研究者情報や研究者IDを外部データベースとやりとりし,連携するための出力機能もある。主なものとして,トムソン・ロイター社が運営するResearcherID29),ReaD&Researchmap30),研究者リゾルバー31)などを対象とし,研究者・著者IDを連携するための出力形式に対応している。

5. NIMS eSciDocの応用–Web CMSへの展開

研究者総覧SAMURAIを,研究者個々人にフォーカスした展開例とすれば,それをさらに個人に限定しない共同運営型サイトに応用したサイト展開例として,Web CMSのツールWordPress32)活用の方式がある。

この方式は,PubManが持つAPI機能を通じて,自動的に外部サイト側に書誌データを抽出し,ブログ構築等に広く使われているWordPressに適用している。また,PubManからの抽出にはSRU CQL(Common Query Language)での検索条件をそのまま指定する方式のため,非常に柔軟な指定が可能である。例えば,「escidoc.context.objid="escidoc:28207"」という検索条件は,コレクション "escidoc:28207" (図書館蔵書電子化コレクションを指す)に属するアイテム群を自動的に抜き出し,連携CMS上に展開する。

7に図書電子化蔵書コレクションに対して適用した画面例を示す33)。いったん展開されたCMS上の表現では,機関リポジトリに由来しない他のコンテンツと混在した表現やリンクが可能となる。例えば,研究の紹介やイベントの案内など通常のブログツールやサイトとして活用し,かつ機関リポジトリのコンテンツを随時反映させたサイトを容易に作ることができる。さらに,これらのCMSサイトを構築する単位も,各種コレクション,研究者,もしくは研究プロジェクト単位で,それぞれの条件に合わせることができるので,用途に応じて柔軟に機関リポジトリからWebサイトを展開し,新たなアウトリーチとして提供できる(例: 原田幸明(NIMS元素戦略材料センター)がセルフアーカイブした元素戦略ライブラリー34))。なお,図7に示した図書館蔵書を対象としたコレクションは,図書館蔵書OPAC(図書ポータルサービス)35)への書き出しによる検索への連携対応を予定している。

図7 図書館の電子化蔵書コレクションをWordPress連携により提供する画面例

6. 現状:これまでの発信成果

本節では,ここまで述べてきた機関リポジトリNIMS eSciDocおよび研究者総覧SAMURAIの現状を,登録されたコンテンツ内容や訪問者といった視点から述べてみたい。

6.1 機関リポジトリNIMS eSciDoc

2012年1月末現在,機関リポジトリNIMS eSciDocに登録されたアイテム総数は,約6,600件となっている。図8は,2008年のプロトタイプ運用開始以来のアイテム登録の増加の様子を示している。

図8 機関リポジトリNIMS eSciDocへのアイテム登録数の推移

2008年9月にテスト運用を開始後,コレクションごとに伸び方はそれぞれだが,全体にアイテム数が順調に増えてきていることがわかる。例えば,「図書館蔵書コレクション(Materials Science Library)」は,図書館蔵書を登録したコレクションだが,2011年1月に蔵書を電子化したものを一括登録したため,そこでアイテム数が急増している。また,「NIMS研究成果(NIMS Publication)」と「元素戦略コレクション(Library of Strategic Materials)」は,研究者自身の研究成果コレクションだが,セルフアーカイブによるものであるため,一気に増えるというよりも日々少しずつ登録が伸びていることが読み取れる。これらをあわせると,機関リポジトリNIMS eSciDocにおいては,「図書館蔵書コレクション」を除くセルフアーカイブ由来のアイテムが全体の9割を超える。

6.2 研究者総覧SAMURAI

9に,研究者総覧SAMURAIへのアクセス数(ページ閲覧数・ページビュー)の推移を示す。公開直後の2010年秋から,一気にアクセス数が伸びていることが読み取れる。震災でサービスそのものを停止していた2011年3月を除けば,同年4月以降は,月間4万から5万ページビュー(PV)をコンスタントに記録している。

図9 研究者総覧SAMURAIへのアクセス数の推移

10に,これらの訪問者がどのサイトを経由してアクセスしてきたかを示す。7割超の訪問者はグーグルやヤフーといった一般のサーチエンジンを経由してアクセスしてきている。一方で,NIMS公式サイトなどの所内のページを経由している訪問者も1割程度にのぼる。また,図11には,SAMURAIへのアクセスのうち,NIMS内部からのアクセスと,外部からのアクセスの内訳を示している。8割を超えるアクセスはNIMS外からのアクセスであり,ある程度社会への情報発信としてアウトリーチの目的を満たすアクセスとなっていることもわかる。また,2割弱のNIMS内からのアクセスは,所内の情報ツールとして利用されていることが推察され,双方のニーズがバランスよく満たされていると考えられる。

図10 研究者総覧SAMURAIへのアクセス元
図11 研究者総覧SAMURAIへのアクセスのNIMS内外の内訳

研究者総覧の運営にあたっては,以上のようなアクセス傾向を知るだけでなく,NIMS内の研究者からのフィードバックも重要な要素である。2010年より運用を開始して以来,所内の研究者からも多くのフィードバックを得てきた。発信する研究者情報については自身で適切に管理したいという要求があるのと同時に,研究上の状況にあわせて,タイミングよく発信していきたいニーズが多いと推察される。とりわけSAMURAI開発当初,所内向けの問い合わせ窓口には発信情報の訂正希望をはじめ,多くのリクエストや要望が寄せられた。問い合わせ窓口としたアドレスには,総数300件近いメールのやり取りがあり,運用開発へのフィードバックとして重要な示唆やアイデアを改修や機能追加に反映することができた。

7. まとめ

研究成果を保存し発信するための機関リポジトリNIMS eSciDocの構築と,その応用について報告した。機関リポジトリの取り組みにおいては,特に研究者自身の研究フローの中で保存,編集,公開設定できるセルフアーカイブの枠組みが重要とみる観点から,システム開発と運用を行ってきた。とりわけ,機関リポジトリでの発信用に作られた研究データ,メタデータ,さらには,発信以前の研究フローの中で作られたデータをうまく再利用して,社会への発信とアウトリーチにつなげ,Webの環境において,研究所の中からも外からも活用され検索しやすい環境を構築することが肝要である。さらに研究者に対しては,アクセス状況の可視化といったサービスを通じて,成果発信の訴求を強める工夫をこらすとともに,セルフアーカイブを通じて,自身で発信する情報は可能な範囲で適時に提供できることにも努めてきた。今後とも,さらに内外のシステムと情報の更新性と連携を高めることに注力していきたい。

参考文献
 
© Japan Science and Technology Agency 2012
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